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第2章
42.懸念
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「まずいですね」
帰りの馬車の中で、ギスカーは向かい側の座席に座るカールマンにそう声をかけた。
「ああ」
そう短く答えるカールマンに、ギスカーが続ける。
「彼は本当に強くなった。これからまだまだ強くなるでしょう。そして冒険者として活躍すれば、名声は高まり、その影響力は強くなる。
その上であのような事を口にされると、士気に関わります」
「その通りだ」
カールマンはまた短く答えた。
ギスカーの言うとおり、エイクの影響力は今後強くなるだろう。
フォルカスを倒した一件については、出来る限り大事にしたくないとの政府の意向もあり、大々的には喧伝されていない。
そのため、エイクの名は、未だ一般民衆にはそれほど知れ渡っていると言えない。
だが、これから冒険者として活躍すれば、その名声を高める事は間違いない。
そして、カールマンにはギスカーが士気に関わると言ったことも、良く理解出来ていた。
何しろ、カールマン自身ですら揺らぐものを感じていたからだ。
カールマンは未だ結婚しておらず、子供もいない。それでも、仮に自分が戦死した後、自分の家族が虐げられたらと考えると、平静ではいられなかった。
確かにこれは軍の士気に関わる。それもかなり深刻な士気の低下を招きかねなかった。
(ルファス大臣、やはり我々の行いは高くつきましたよ)
カールマンは心中でそう呟いた。
そして彼には、エーミールが、可能ならエイクを消してしまった方が良いと口にした気持ちが分かるような気がした。
もちろん、今の時点でそんな事を検討するのは、飛躍が過ぎる。
しかし、将来エイクの存在が、国や軍にとって邪魔になる可能性も考えないわけにはいかない。
場合によっては、エイクと生死をかけて戦わなければならないかも知れない。そう考えた時、カールマンに9年という自分とエイクの歳の差が重くのしかかった。
ギスカーも口にしたとおり、エイクはまだまだ強くなるだろう。
果たして彼が強くなるほどに、自分は今後強くなれるのだろうか。そんな疑念が彼の中に湧き起こった。
(今なら恐らく俺は彼に勝てるだろう。だが、5年後、いや1年後でも勝てるかどうか……)
それは重い問いかけだった。
(いや、争う前提で考えるべきではない。今はそうならないように努力すべきだ)
そう考え直したカールマンは、ギスカーに向かって告げた。
「まあ、それでも彼は、国の役に立ちたいという気はあると言っているのだ、いきなり国に仇なす様な行いはしないだろう。
それに彼は貴君には心を開いているように見受けた。とりあえずは、貴君は彼と良好な関係を続け、彼が誤った行動を取らないよう見守るべきだろう」
「分かりました。しかし、彼と同僚として働ければ、これほど嬉しい事はない。彼になら部下として仕えてもいいとすら思っていたのですが、上手くいかないものです」
ギスカーはそう言って嘆息した。
「ああ、ままならないものだ」
カールマンも目を伏せてそう呟いた。
ギスカーとカールマンを送り出した後、エイクも己の言動を後悔していた。
エイクは元々仕官に応じるつもりはなかった。
現状で国に仕えるのは、余りにも制約が多くなりすぎると考えたからだ。
しかし、もしも仕官の誘いが来た場合は、思わせぶりな態度をとって、脈はあると思わせるつもりだった。
そうすれば、いろいろと便宜を図ってもらう事が出来るだろうと考えたからだ。
しかし、実際に仕官を勧められると、感情が先に立ってしまい、ついつい思いの丈を述べてしまった。
あれでは政府の行いへの批判そのものであり、叛意ありと思われても仕方がない。
いきなり国の有力者と敵対関係になるつもりまではないエイクは、言い過ぎてしまったと後悔しきりだった。
(国の役に立ちたいとか、国につくすつもりもあるとか取り繕ったが、どこまで通用するか……。
採算を度外視して国のためになる依頼をこなしたのは事実だから、汲んで欲しいところだな)
エイクはそう思った。
国のためになる依頼とは、下水道跡のアンデッド退治のことだ。
あの依頼を請けたのは、客観的に見て、国の為になる仕事を採算度外視で行った事といえるだろう。
エイクはあの仕事をこなした事が、せめてその程度には役に立って欲しいと思っていた。
(ルファス公爵に敵視されるようになったなら、反対派閥を味方つけるようにする必要がある。今の内からつながりを持つ方法を考えるべきか……)
エイクはまたそのようなことも考えていた。
(それにしても「己の役割を果たすべき」か……)
エイクはカールマンが語ったその言葉にも感じるところがあった。
それは生前の父の言葉にも通じるものだったからだ。
(確かに、父さんでもそう言っただろうな)
父ガイゼイクは長年戦いの場に身を置き、自分が殺される事も覚悟の上で相手を殺していた男だ。そして、エイクにも戦いに臨むならばその覚悟を持てと説いていた。
その父が、例え何らかの陰謀の結果だったとしても、戦って死んだことに恨みを残すとは思えない。
父ならば、仇討ちに拘るよりも、世の為に己の役割を果たせと言っただろう。エイクにもそう思えた。
そう思い至ったエイクは、しばらくの間考え込んでしまったのだった。
その日の夜、事態を動かす出来事があった。
エイクの家にいつの間にか書状が届けられており、そこには、ガイゼイク殺害の黒幕は軍務大臣エーミール・ルファス公爵であると書かれていた。
そして、もしもエイクが、明日の指定した時間に、指定した場所に一人で来るならば、そのことを証明する動かぬ証拠を示すことが出来る、とも書かれていたのだった。
エイクは熟考の末、この指示に従う事にした。
帰りの馬車の中で、ギスカーは向かい側の座席に座るカールマンにそう声をかけた。
「ああ」
そう短く答えるカールマンに、ギスカーが続ける。
「彼は本当に強くなった。これからまだまだ強くなるでしょう。そして冒険者として活躍すれば、名声は高まり、その影響力は強くなる。
その上であのような事を口にされると、士気に関わります」
「その通りだ」
カールマンはまた短く答えた。
ギスカーの言うとおり、エイクの影響力は今後強くなるだろう。
フォルカスを倒した一件については、出来る限り大事にしたくないとの政府の意向もあり、大々的には喧伝されていない。
そのため、エイクの名は、未だ一般民衆にはそれほど知れ渡っていると言えない。
だが、これから冒険者として活躍すれば、その名声を高める事は間違いない。
そして、カールマンにはギスカーが士気に関わると言ったことも、良く理解出来ていた。
何しろ、カールマン自身ですら揺らぐものを感じていたからだ。
カールマンは未だ結婚しておらず、子供もいない。それでも、仮に自分が戦死した後、自分の家族が虐げられたらと考えると、平静ではいられなかった。
確かにこれは軍の士気に関わる。それもかなり深刻な士気の低下を招きかねなかった。
(ルファス大臣、やはり我々の行いは高くつきましたよ)
カールマンは心中でそう呟いた。
そして彼には、エーミールが、可能ならエイクを消してしまった方が良いと口にした気持ちが分かるような気がした。
もちろん、今の時点でそんな事を検討するのは、飛躍が過ぎる。
しかし、将来エイクの存在が、国や軍にとって邪魔になる可能性も考えないわけにはいかない。
場合によっては、エイクと生死をかけて戦わなければならないかも知れない。そう考えた時、カールマンに9年という自分とエイクの歳の差が重くのしかかった。
ギスカーも口にしたとおり、エイクはまだまだ強くなるだろう。
果たして彼が強くなるほどに、自分は今後強くなれるのだろうか。そんな疑念が彼の中に湧き起こった。
(今なら恐らく俺は彼に勝てるだろう。だが、5年後、いや1年後でも勝てるかどうか……)
それは重い問いかけだった。
(いや、争う前提で考えるべきではない。今はそうならないように努力すべきだ)
そう考え直したカールマンは、ギスカーに向かって告げた。
「まあ、それでも彼は、国の役に立ちたいという気はあると言っているのだ、いきなり国に仇なす様な行いはしないだろう。
それに彼は貴君には心を開いているように見受けた。とりあえずは、貴君は彼と良好な関係を続け、彼が誤った行動を取らないよう見守るべきだろう」
「分かりました。しかし、彼と同僚として働ければ、これほど嬉しい事はない。彼になら部下として仕えてもいいとすら思っていたのですが、上手くいかないものです」
ギスカーはそう言って嘆息した。
「ああ、ままならないものだ」
カールマンも目を伏せてそう呟いた。
ギスカーとカールマンを送り出した後、エイクも己の言動を後悔していた。
エイクは元々仕官に応じるつもりはなかった。
現状で国に仕えるのは、余りにも制約が多くなりすぎると考えたからだ。
しかし、もしも仕官の誘いが来た場合は、思わせぶりな態度をとって、脈はあると思わせるつもりだった。
そうすれば、いろいろと便宜を図ってもらう事が出来るだろうと考えたからだ。
しかし、実際に仕官を勧められると、感情が先に立ってしまい、ついつい思いの丈を述べてしまった。
あれでは政府の行いへの批判そのものであり、叛意ありと思われても仕方がない。
いきなり国の有力者と敵対関係になるつもりまではないエイクは、言い過ぎてしまったと後悔しきりだった。
(国の役に立ちたいとか、国につくすつもりもあるとか取り繕ったが、どこまで通用するか……。
採算を度外視して国のためになる依頼をこなしたのは事実だから、汲んで欲しいところだな)
エイクはそう思った。
国のためになる依頼とは、下水道跡のアンデッド退治のことだ。
あの依頼を請けたのは、客観的に見て、国の為になる仕事を採算度外視で行った事といえるだろう。
エイクはあの仕事をこなした事が、せめてその程度には役に立って欲しいと思っていた。
(ルファス公爵に敵視されるようになったなら、反対派閥を味方つけるようにする必要がある。今の内からつながりを持つ方法を考えるべきか……)
エイクはまたそのようなことも考えていた。
(それにしても「己の役割を果たすべき」か……)
エイクはカールマンが語ったその言葉にも感じるところがあった。
それは生前の父の言葉にも通じるものだったからだ。
(確かに、父さんでもそう言っただろうな)
父ガイゼイクは長年戦いの場に身を置き、自分が殺される事も覚悟の上で相手を殺していた男だ。そして、エイクにも戦いに臨むならばその覚悟を持てと説いていた。
その父が、例え何らかの陰謀の結果だったとしても、戦って死んだことに恨みを残すとは思えない。
父ならば、仇討ちに拘るよりも、世の為に己の役割を果たせと言っただろう。エイクにもそう思えた。
そう思い至ったエイクは、しばらくの間考え込んでしまったのだった。
その日の夜、事態を動かす出来事があった。
エイクの家にいつの間にか書状が届けられており、そこには、ガイゼイク殺害の黒幕は軍務大臣エーミール・ルファス公爵であると書かれていた。
そして、もしもエイクが、明日の指定した時間に、指定した場所に一人で来るならば、そのことを証明する動かぬ証拠を示すことが出来る、とも書かれていたのだった。
エイクは熟考の末、この指示に従う事にした。
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