剣魔神の記

ギルマン

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第4章

39.許容範囲の我が侭

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 エイクは、しばらくそのまま周りの様子を伺った。
 広間には不審なオドも気配もない。四方に伸びる通路にも、感知出来る範囲には異常はなかった。
 その事を確認した上で、エイクはアイアンゴーレムの残骸から降りた。
 そして、通路の中で身を縮めていたテレサとニコラの方に近づいて声をかける。
「取引をしたい」
「は、はい」
 テレサが上ずった声で、そう答えた。その様子は怯えているように見える。
 ニコラは先ほどからずっと言葉を発していない。

「回復薬を渡すから、代わりに、魔石や戦利品を回収してくれ」
 エイクはそんな提案をした。
 今倒した魔物たちの多くは、その身体に魔石を宿しているはずである。他にも金に換えられそうな戦利品が得られるかも知れない。それをふいにするのは惜しい。
 だが、疲労困憊の今の状況で、そんな作業をするのはエイクにとってもさすがに面倒だった。

 エイクが見たところ、ニコラの足の傷は大分酷く、確かに歩く事は出来ないだろう。
 だが、今なら回復薬で回復させれば、支障なく歩けるようになるはずだ。
 自力で歩けるようにならなければ帰還もおぼつかないのだから、多少の作業を行う代わりに足を治してもらうのは、割のいい取引のはずである。

「……そ、それは、あ、ありがとうございます」
 少し考えてからテレサがそう答える。
「あ、ありがとう、ございます」
 苦痛に耐えながら、ニコラもそう告げた。

 同意を得たエイクは、早速回復薬をテレサに渡す。
 テレサは、直ぐにそれをニコラに飲ませた。回復薬は問題なく効果を発揮し、ニコラは直ぐに自ら立ち上がれるようになった。
「あ、ありがとうございます。そ、その」
 回復したニコラは、エイクに向かって感謝の言葉を述べ、更に何かを言いたそうにしている。
「早く、約束を守ってくれ」
 だが、エイクはそう告げて、さっさと魔石などの回収作業を行うように促した。エイクには、ニコラと話したいと思うことは特にはなかった。
「わ、分かりました」
 ニコラはそう言って、姉と共に魔石などの回収作業を始めた。



 エイクは、姉弟が作業をし始めると、通路の直ぐ際の壁面に背をつけて、もたれかかった。姉弟の前では見栄を張っていたが、立っているのも苦しいほどの状況だったからだ。
 それでも、何とか座りこまないようにはしている。
 そんな姿勢で息を整えながら、エイクはしばらく作業をしている姉弟を見ていたが、やがて通路に少し入ったところに横たわったままの女剣士に目を向けた。
(我ながら優柔不断だ)
 そして、そんな事を思った。他人など関係ないと思って戦いに臨んだのに、結局は、“呪いの破壊者”なる能力まで使ってこの女剣士を助け、その後も姉弟ともども守るような行動をとってしまっていたからだ。

(いい女だったから、死なせるのは惜しいと思ってしまったんだな)
 エイクはそう自己分析した。
 確かに女剣士は美しかった。
 長く美しい黒髪を背中で束ねただけの簡単な髪型だが、それが秀麗な容貌を際立たせている。良く見ると歳はかなり若く、エイクは自分とさほど違わない年齢なのではないかと思った。
 そして、女剣士の衣服は、胸元や袖が酸攻撃により溶け、右肩のあたりもシェイプチェンジャー・ゴーストによって破られて破損している。そのため肌が大きく露出しており、艶かしい姿になっていた。

 エイクはその美しい肌に目をやりながら更に思った。
(もっと露骨な言い方をすれば、抱きたいという欲望に駆られてしまったから、死なせないように立ち回ったんだ。
 あっちの女についてもそうだ)
 そして、作業を続けているテレサという娘の方に目をやった。

(戦いの最中に性欲に駆られるとは、褒められた事じゃあない。
 だが、少なくとも今回に関しては、猛省しなければならないほどの大失態ではないはずだ。俺には、それでも勝つだけの強さがあったんだからな。
 伝道師さんも、強者はその強さに応じて、我が侭に振舞っていいと言っていた。
 俺は女達を守りながらでも勝てる見込みをもっていたし、事実勝ちきった。俺にはそれだけの強さがあった。
 抱きたいと思った女が死なないように振舞ったのは、その強さに裏打ちされた、許容範囲内の我が侭だったと思っていいだろう。

 特殊能力を披露してしまったのは良くなかったが、それもやむを得ない。
 憑依したゴーストは生前の能力を使えるようになる。もしもあのゴーストが腕利きだった場合、憑依されたままだと不味い事になっていたかも知れない。
 特殊能力といっても、俺にゴーストの憑依を解く能力があるとばれたとことで、俺にとって致命的な被害はないだろう。これも許容範囲と考えていいはずだ)
 エイクはそんな風に自分の行いを評価した。
 そして更に、自分がこの女達を抱きたいと思っているのだと自覚した結果、不埒な事を考えてしまった。

(俺が戦って命を助けてやったんだから、見返りに抱かせろと要求してもいいような気もするが……)
 エイクは、自分の中で勝手にそんな基準を持っていた。
 だが、本当にその基準どおりに行動すれば、自分が異常な性犯罪者と扱われてしまうことも弁えていた。

(強引に迫るわけには行かないな。
 それでも、感謝されるべき事をしたのは事実だから、話の持って行きようでは、どうこう出来るかも知れないが……。まあ、そんなことに費やしている時間がない。
 それに、こいつらには俺が多数の魔物を倒した事を証言してもらって、俺が名声を得る為に一役かってもらうべきだ。
 だから、印象も良くしておいたほうがいい。不埒な要求なんかをしたら台無しだ。
 どちらにしても、この女達に手を出そうとするのは現実的じゃあない。
 無駄な事を考えずに、もっと現実的な事を考えるべきだ)
 エイクはそう思って、自分の中に生じ始めていた欲望を振り払った。

(例えば、亡霊の存在を考慮していなかったのは失態だった。
 亡霊はオドの感知に引っかからない上に、姿を消せる。俺にとっても最も発見しにくい魔物だ。その存在を日頃から意識していなかったとは大失敗だった。我ながら、本当に至らない事が多いな……。
 いずれにしろ、今後はもっと注意深くならなければな)
 エイクはそう思って、姿を消したゴーストの気配を察知した時の事を思い出して、あの感覚を忘れないようにしようと、自分に言い聞かせた。
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