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第4章
55.反乱貴族達の真実②
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フィントリッドは話しを続けた。
「ところが、それから何年もの時が経ってから、真実が明らかになった。
きっかけはオフィーリアの行いだ。
彼女は即位した後も、父王の治世や反乱の経緯について良く調べていた。世間に対しては事実を隠したが、自分自身は事実を出来るだけ詳しく知りたいと考えていたからだ。
父の過ちや失政を己への戒めとしようと考えての事だ。
だから、時折当時の事を知る者に話を聞いていた。
そうやって、幾人もの証言を聞くうちに、オフィーリアは違和感を持つようになったのだそうだ。
恐らく、自ら政を行い海千山千の貴族共とも渡り合う経験を何年も経たからこそ、得られた感覚だったのだと思う。
そして、オフィーリアは今更ながら反乱に関する再調査を行った。密かに、だが徹底的にだ。
その結果、ついにアルトリオの策謀が明らかになった。
オフィーリアを殺そうとしたのはクラスス侯爵達ではなく、アルトリオだったと分かったのだ。
だが、手遅れだった。
その少し前に、アルトリオは病であっけなく死んでしまっていた。
オフィーリアは深く苦悶した。
自分を殺そうとし、そして親しい者達を実際に殺した憎い相手は、クラスス侯爵ではなかった。むしろ、彼は自分の命を助けようとしてくれていた。
そして、真に怒りを向けるべきだったアルトリオを許してしまっていた。ということが分かったからだ。
もし、アルトリオ当人がまだ生きていれば、オフィーリアは何らかの形で奴を殺しただろう。
だが、父の罪を子に問うことはせずに、結局トラストリア公爵家はそのまま残した。
真実を公にすることも避けた。アルトリオの悪事を公にすれば多少溜飲は下がっただろうが、その代わりオフィーリアがずっと騙されていた事も明らかになってしまう。それは彼女の権威を低下させ、治世の綻びとなる。
真実を公にするだけの為に、そのような実害を被るわけには行かない。
だから、この事を知るのは私も含めたオフィーリアの側近数人だけだった。
しかし、オフィーリアは随分と深く思い悩み苦しんでいた。あの時のオフィーリアは哀れだった。
私も、もっと思慮深く行動していればと思って、少し悔いたものだ。
反乱貴族達と戦っていた当時、私は、オフィーリアがクラスス侯爵たちを処刑するように、彼女をたきつけたりしていたからな。
反乱鎮圧直後にも他の者と一緒になって、オフィーリアに即決を迫ったりもした。当時の状況では、クラスス侯爵らを殺さない訳には行かなかったし、決断を先延ばしにしても、悪いことしかないと思ったのだ。
真実を知っていれば、後でオフィーリアが苦しむと分かっていれば、そんな事はしなかったのだが。
それに、私がもっと真剣に注意深く行動していれば、反乱鎮圧前に真実を知ることも出来ただろう。事件の当事者ではなく、事態を最も客観視できたのは私だったのだから。
そう思えば、私も悪い事をしてしまったものだ。
まあ、いずれにしても、そういうことで、アルトリオはオフィーリア殺害計画の首謀者ではあった。しかし、反乱そのものの首謀者ではなかった。
そして、オフィーリアがアルトリオを許してしまったのは、優しかったからではなく、単に事実を知らず、奴に騙されていたから、要するにただの過ちだったということだ」
「……、ルファス公爵家の始祖は、ずっとアルトリオが反乱の首謀者だと思っていたと聞くが、それはどうなんだ?」
エイクはそう尋ねた。
「ああ、ルファナのことか。あの娘はあの娘で、面倒な点があってな。
まあ、今詳しく説明するのは止めておくが、彼女は確かに最初からアルトリオが首謀者だと言っていた。だが、皆を納得させるだけの根拠はなかった。
私は、あれは彼女の思い込みだったと思っている。アルトリオにクラスス侯爵を操ることが出来たとは思えないからな。
いずれにしても、真実を知った後ルファナは、アルトリオが首謀者だったかどうかなどよりも、オフィーリアの命を狙っていた事に対して激怒した。
そして、オフィーリアを騙していた事にも。オフィーリアがその事で深く悩み苦しんだ事も、彼女の怒りをいっそう大きなものにした。
彼女は、今からでもトラストリア公爵家を滅ぼすべきだと強く主張した。トラストリア公爵家は必ず将来の禍根となると、そう言ってな。
これは、満更思い込みともいえなかった。
当時私たちは貴族の権力を削減する政策を打ち出し始めており、その事に不満を持つ貴族達が、トラストリア公爵家の周りに集まっていたからだ。
だが、当時彼らは愚痴を言い合う程度の事しかしておらず、謀反の兆しはなかった。少なくとも私達には見つけられなかった。だから、彼らを滅ぼす事はできなかった。
罪のない貴族を滅ぼす、或いは証拠をでっち上げて冤罪で滅ぼす。などということを頻繁に行えば、貴族の全てを疑心暗鬼に陥らせ、国内を不安定化させてしまう。
既にクラスス侯爵らに対してそのような事を行ってしまっていた以上、尚の事、同じような事を繰り返すことは出来ない。
しかし、ルファナはトラストリア公爵家を危険視する事を止めなかった。奴らの存在がいつか必ず災いをもたらすと確信していた。
そして、王命として彼らを滅ぼせないなら、貴族の権力闘争の結果として奴らの力を削ぐ。と、そう言って、トラストリア公爵家を苛烈に攻撃するようになったのだ。
そして更に、己の子孫にトラストリア公爵家を絶対に許してはならないと説きつづけた。その影響が、彼女の家には今も残っているようだな」
「……なるほど」
エイクはそう呟いた。
意図していた、ルファス公爵家とトラストリア公爵家の対立の原点は知れた。
だが、それよりも気になる事が出来ていた。
エイクは思わずその事を口にした。
「真実が分かった後、クラスス侯爵達の方についてはどうしたんだ」
「どうもしない。
オフィーリアは随分思い悩んではいたが、そもそもクラスス侯爵らにフレグストの悪政を背負わせることは、彼らがオフィーリアを殺そうとしていたかどうかに関わらず、フレグストの悪政を隠すと決めた時点で確定していた事だ。
だから、オフィーリア殺害を狙っていなかった事が明らかになったからといって、何も変わる事はない。後になって彼らの名誉回復をするなどあり得ないことだ。
実際、当時既にほとんどの民は、彼らの事を諸悪の元凶だったのだと信じ込んでいたし、本当の事を知っている者も、全て口を噤んでいた。
オフィーリアはクラスス侯爵らの一族を皆殺しにはしなかったから、その子孫も残っていたのだが、彼らは随分な迫害を受けて、まともに生活する事も出来なくなり、他国に逃げたり身を隠したりすることになった。
そんな状態になってしまった後に、今更彼らの真実を公にして名誉を回復などしたら、世を乱してしまう。
だから、彼らはそのまま極悪人として歴史に名を残す事になった。
そんな事はそなたも知っているだろう?」
「そうだな」
エイクはそう答えた。
確かに、それはエイクにとっても自明の事だった。何しろクラスス侯爵らは、今もって悪逆非道の極悪人として広く世に知られているからだ。
(歴史は勝者によって作られる。か、良く聞く話しだが、これは中々酷いものだ)
エイクはそう思った。
民の為を思って立ち上がった者達が、他者の悪事を擦り付けられて極悪人として殺される。
そして、その後二百数十年にも渡って極悪人の汚名を着せられ続け、子孫すら迫害される。それは相当の悲劇だと、そう思ったのである。
そして、それ以上に、このことに関するフィントリッドの態度が気にかかった。
フィントリッドは、その悲劇を滑稽と評して笑ったのだ。
エイクには、それは真っ当な人の心を持たぬ者の、異常な対応としか思えなかった。
(悠久の時を生きる者の感覚とは、そして暇つぶしというのは、こういうものか。
興味の対象で、それなりに情も湧いていたらしいオフィーリア女王には同情もするが、それ以外の者については、どんな悲劇も笑い話というわけだ。
フィントリッドは、悪というわけではないと思う。だが、この精神性は悪よりもむしろ厄介だ。一歩間違えれば、何をしでかすか分からない)
エイクはそのように考え、今まで以上にフィントリッドとの関わり方に気をつけなければならないと思った。
もともと、エイクはフィントリッドの事を、契約者ではあるが味方というわけではないと認識していた。だから、出来るだけ借りを作るべきではないと思っていた。
ただでさえ、今の自分では勝ち目がないほど強い相手に、不用意に借りを作れば、取り込まれてしまう危険もあると考えていたからだ。
また、下手に興味を持たれて、自分や王国へ積極的に介入するようになられても、厄介きわまりない、とも思っていた。
そして、今フィントリッドの言動をみて、その考えをいっそう強くしたのである。
(下手に介入して来ないように、いっそう注意しなければならない。
俺の行いや王国の現状にあまり興味を持たせないように、十分に気をつけるべきだ)
エイクは自分にそう言い聞かせた。
そんなエイクに、フィントリッドが気楽な様子で声をかけた。
「ところで、私もそなたに聞きたいと思っていたことがあったのだ。
そなたの母君のことだ」
フェントリッドはそんな事を告げた。
「ところが、それから何年もの時が経ってから、真実が明らかになった。
きっかけはオフィーリアの行いだ。
彼女は即位した後も、父王の治世や反乱の経緯について良く調べていた。世間に対しては事実を隠したが、自分自身は事実を出来るだけ詳しく知りたいと考えていたからだ。
父の過ちや失政を己への戒めとしようと考えての事だ。
だから、時折当時の事を知る者に話を聞いていた。
そうやって、幾人もの証言を聞くうちに、オフィーリアは違和感を持つようになったのだそうだ。
恐らく、自ら政を行い海千山千の貴族共とも渡り合う経験を何年も経たからこそ、得られた感覚だったのだと思う。
そして、オフィーリアは今更ながら反乱に関する再調査を行った。密かに、だが徹底的にだ。
その結果、ついにアルトリオの策謀が明らかになった。
オフィーリアを殺そうとしたのはクラスス侯爵達ではなく、アルトリオだったと分かったのだ。
だが、手遅れだった。
その少し前に、アルトリオは病であっけなく死んでしまっていた。
オフィーリアは深く苦悶した。
自分を殺そうとし、そして親しい者達を実際に殺した憎い相手は、クラスス侯爵ではなかった。むしろ、彼は自分の命を助けようとしてくれていた。
そして、真に怒りを向けるべきだったアルトリオを許してしまっていた。ということが分かったからだ。
もし、アルトリオ当人がまだ生きていれば、オフィーリアは何らかの形で奴を殺しただろう。
だが、父の罪を子に問うことはせずに、結局トラストリア公爵家はそのまま残した。
真実を公にすることも避けた。アルトリオの悪事を公にすれば多少溜飲は下がっただろうが、その代わりオフィーリアがずっと騙されていた事も明らかになってしまう。それは彼女の権威を低下させ、治世の綻びとなる。
真実を公にするだけの為に、そのような実害を被るわけには行かない。
だから、この事を知るのは私も含めたオフィーリアの側近数人だけだった。
しかし、オフィーリアは随分と深く思い悩み苦しんでいた。あの時のオフィーリアは哀れだった。
私も、もっと思慮深く行動していればと思って、少し悔いたものだ。
反乱貴族達と戦っていた当時、私は、オフィーリアがクラスス侯爵たちを処刑するように、彼女をたきつけたりしていたからな。
反乱鎮圧直後にも他の者と一緒になって、オフィーリアに即決を迫ったりもした。当時の状況では、クラスス侯爵らを殺さない訳には行かなかったし、決断を先延ばしにしても、悪いことしかないと思ったのだ。
真実を知っていれば、後でオフィーリアが苦しむと分かっていれば、そんな事はしなかったのだが。
それに、私がもっと真剣に注意深く行動していれば、反乱鎮圧前に真実を知ることも出来ただろう。事件の当事者ではなく、事態を最も客観視できたのは私だったのだから。
そう思えば、私も悪い事をしてしまったものだ。
まあ、いずれにしても、そういうことで、アルトリオはオフィーリア殺害計画の首謀者ではあった。しかし、反乱そのものの首謀者ではなかった。
そして、オフィーリアがアルトリオを許してしまったのは、優しかったからではなく、単に事実を知らず、奴に騙されていたから、要するにただの過ちだったということだ」
「……、ルファス公爵家の始祖は、ずっとアルトリオが反乱の首謀者だと思っていたと聞くが、それはどうなんだ?」
エイクはそう尋ねた。
「ああ、ルファナのことか。あの娘はあの娘で、面倒な点があってな。
まあ、今詳しく説明するのは止めておくが、彼女は確かに最初からアルトリオが首謀者だと言っていた。だが、皆を納得させるだけの根拠はなかった。
私は、あれは彼女の思い込みだったと思っている。アルトリオにクラスス侯爵を操ることが出来たとは思えないからな。
いずれにしても、真実を知った後ルファナは、アルトリオが首謀者だったかどうかなどよりも、オフィーリアの命を狙っていた事に対して激怒した。
そして、オフィーリアを騙していた事にも。オフィーリアがその事で深く悩み苦しんだ事も、彼女の怒りをいっそう大きなものにした。
彼女は、今からでもトラストリア公爵家を滅ぼすべきだと強く主張した。トラストリア公爵家は必ず将来の禍根となると、そう言ってな。
これは、満更思い込みともいえなかった。
当時私たちは貴族の権力を削減する政策を打ち出し始めており、その事に不満を持つ貴族達が、トラストリア公爵家の周りに集まっていたからだ。
だが、当時彼らは愚痴を言い合う程度の事しかしておらず、謀反の兆しはなかった。少なくとも私達には見つけられなかった。だから、彼らを滅ぼす事はできなかった。
罪のない貴族を滅ぼす、或いは証拠をでっち上げて冤罪で滅ぼす。などということを頻繁に行えば、貴族の全てを疑心暗鬼に陥らせ、国内を不安定化させてしまう。
既にクラスス侯爵らに対してそのような事を行ってしまっていた以上、尚の事、同じような事を繰り返すことは出来ない。
しかし、ルファナはトラストリア公爵家を危険視する事を止めなかった。奴らの存在がいつか必ず災いをもたらすと確信していた。
そして、王命として彼らを滅ぼせないなら、貴族の権力闘争の結果として奴らの力を削ぐ。と、そう言って、トラストリア公爵家を苛烈に攻撃するようになったのだ。
そして更に、己の子孫にトラストリア公爵家を絶対に許してはならないと説きつづけた。その影響が、彼女の家には今も残っているようだな」
「……なるほど」
エイクはそう呟いた。
意図していた、ルファス公爵家とトラストリア公爵家の対立の原点は知れた。
だが、それよりも気になる事が出来ていた。
エイクは思わずその事を口にした。
「真実が分かった後、クラスス侯爵達の方についてはどうしたんだ」
「どうもしない。
オフィーリアは随分思い悩んではいたが、そもそもクラスス侯爵らにフレグストの悪政を背負わせることは、彼らがオフィーリアを殺そうとしていたかどうかに関わらず、フレグストの悪政を隠すと決めた時点で確定していた事だ。
だから、オフィーリア殺害を狙っていなかった事が明らかになったからといって、何も変わる事はない。後になって彼らの名誉回復をするなどあり得ないことだ。
実際、当時既にほとんどの民は、彼らの事を諸悪の元凶だったのだと信じ込んでいたし、本当の事を知っている者も、全て口を噤んでいた。
オフィーリアはクラスス侯爵らの一族を皆殺しにはしなかったから、その子孫も残っていたのだが、彼らは随分な迫害を受けて、まともに生活する事も出来なくなり、他国に逃げたり身を隠したりすることになった。
そんな状態になってしまった後に、今更彼らの真実を公にして名誉を回復などしたら、世を乱してしまう。
だから、彼らはそのまま極悪人として歴史に名を残す事になった。
そんな事はそなたも知っているだろう?」
「そうだな」
エイクはそう答えた。
確かに、それはエイクにとっても自明の事だった。何しろクラスス侯爵らは、今もって悪逆非道の極悪人として広く世に知られているからだ。
(歴史は勝者によって作られる。か、良く聞く話しだが、これは中々酷いものだ)
エイクはそう思った。
民の為を思って立ち上がった者達が、他者の悪事を擦り付けられて極悪人として殺される。
そして、その後二百数十年にも渡って極悪人の汚名を着せられ続け、子孫すら迫害される。それは相当の悲劇だと、そう思ったのである。
そして、それ以上に、このことに関するフィントリッドの態度が気にかかった。
フィントリッドは、その悲劇を滑稽と評して笑ったのだ。
エイクには、それは真っ当な人の心を持たぬ者の、異常な対応としか思えなかった。
(悠久の時を生きる者の感覚とは、そして暇つぶしというのは、こういうものか。
興味の対象で、それなりに情も湧いていたらしいオフィーリア女王には同情もするが、それ以外の者については、どんな悲劇も笑い話というわけだ。
フィントリッドは、悪というわけではないと思う。だが、この精神性は悪よりもむしろ厄介だ。一歩間違えれば、何をしでかすか分からない)
エイクはそのように考え、今まで以上にフィントリッドとの関わり方に気をつけなければならないと思った。
もともと、エイクはフィントリッドの事を、契約者ではあるが味方というわけではないと認識していた。だから、出来るだけ借りを作るべきではないと思っていた。
ただでさえ、今の自分では勝ち目がないほど強い相手に、不用意に借りを作れば、取り込まれてしまう危険もあると考えていたからだ。
また、下手に興味を持たれて、自分や王国へ積極的に介入するようになられても、厄介きわまりない、とも思っていた。
そして、今フィントリッドの言動をみて、その考えをいっそう強くしたのである。
(下手に介入して来ないように、いっそう注意しなければならない。
俺の行いや王国の現状にあまり興味を持たせないように、十分に気をつけるべきだ)
エイクは自分にそう言い聞かせた。
そんなエイクに、フィントリッドが気楽な様子で声をかけた。
「ところで、私もそなたに聞きたいと思っていたことがあったのだ。
そなたの母君のことだ」
フェントリッドはそんな事を告げた。
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