剣魔神の記

ギルマン

文字の大きさ
238 / 373
第4章

56.母の事

しおりを挟む
「そなたの父君の話は良く耳にするが、母君のことはあまり聞かぬ。どのような者だったのか気になっていたのだ」
 フィントリッドは、そんな問いを口にした。

(露骨に聞いてきたな)
 エイクはそう思った。
 自分が隠している能力を探る為に、出自を確認しようとしていると考えたからだ。
 実際、特殊な能力を代々受け継ぐ家系というものは存在する。エイクの能力を探る上で、母方の血統から何らかの能力を受け継いでいる可能性は、考慮すべき事といえるだろう。

(まあ、全く関係ないんだがな。
 教えてやっても良いだろう。どうせそれなりに手間をかけて本格的に調べようとすれば直ぐに分かることだ)
 エイクはそう考えて語り始めた。
「生前の母は、いつも親父の事を立てて、目立たないように立ち回っていたらしいからな。
 “剣姫”と讃えられてもいたそうだが、基本的には英雄ガイゼイクの妻と認識されていた。
 元々外国の出で、この国に縁がなかったせいもあるだろう。
 母はブルゴール帝国出身だったんだ」

「ほう、それがどういった経緯で、アストゥーリア王国の英雄の妻となったのだ?」
「……そうだな、最初のきっかけは、母が実家を追放された事かな。
 母の実家はとある貴族に使える騎士の家系だったんだそうだ。
 まあ、とるにならない家だ。家名も聞いたが、忘れてしまった。その程度の、普通ならまったく耳に入らない程度の家だ。
 だが、母は相当勤勉だったそうで、その剣の技量は若い頃からかなりのものだったそうだ。そして、そのことが災いの元になった。
 父や兄よりも強くなった結果、父や兄に酷く嫌われてしまったんだ」

 それはありえる話だった。
 この世界において、身体的な攻撃の威力や体の強靭さは主にオドによる。そのため、世の中には男と同等に、或いはそれ以上に強くなる女も普通に存在する。だから、女戦士はそれほど珍しいものではない。
 中には女騎士など、戦う者として一定の地位を築く者もいる。

 だが、その反面、子を産めるのは女だけである為、女は家庭で子を産み育てるべきだという考えを持つ者も少なくはない。
 そのような者にとっては、女が社会で目立つ地位に着く事は不愉快だし、男よりも強い女という存在も目障りだ。
 そして、エイクの母エレーナの家族はそのような考えを持つ者たちだった。
 そのような家庭において、エレーナは男達よりも強くなってしまった。

「母は、なんだか適当な冤罪を着せられて、実家から追い出された。結構な嫌がらせもされて、国にも居づらくなり、国も出たんだそうだ」
「なるほど、ありがちな話だな」
 フィントリッドはそう告げた。
「むしろ、追放しただけで、殺そうとまではしなかった分、まだ、ましとも言えるな……」
 そして、続けてそんな事を口にした。

「そうかもな」
 エイクはそう答えて、話しを続ける。
「どっちにしても、その時点で母と実家の縁は完全に切れたのだそうだ。
 実際親父も、母の実家の存在など気にも留めていなかった。
 実家の方でも、母がアストゥーリア王国の炎獅子隊長の妻という、それなりの地位を得ても一切接触してこなかったらしいから、もはや関わるつもりは全くなかったんだろう。
 当然俺も、母の実家は俺と全く関係ないと思っている」
 
 これは事実だった。
 状況から考えれば、母の実家にはエイクの祖父母や伯父に当たる存在が居るのだろうし、いとこがいる可能性も高い。だが、エイクはその者達のことを、自分の縁者と考えた事は一瞬たりともない。
 父の死後苦しい生活を送っていた時も、母の実家に頼るなどという発想は、当然ながら脳裏に思い浮かぶ事すら全くなかった。

「母の話に戻るが、実家を追われた時点で母の剣の腕前はかなりのものだったらしい。
 しかし、歳若い女が1人で生きていけるほど圧倒的な強さだったわけではなくて、随分辛い目にもあったそうだ。
 例えば、どこぞの傭兵団の団長の愛人にならざるを得なかった。
 そして、その男の母の扱いは酷いものだった。
 手柄を立てた部下への褒美として母を抱かせたり、権力者に阿るために母を差し出したりした。要するにまるっきり物扱いしたんだ」
 その話を聞いたフィントリッドが若干顔をゆがめた。思いのほか辛い話になってしまった事を気にしたようだ。

 エイクが語ったのは、父から教えられた母の前半生だ。そして、他の者からも、母のそうした過去が語られる事があった。
 かつて、フォルカス・ローリンゲンが、エイクを侮辱する為に母親が有力者に尻を振るような行為でのし上がった、などと言ったことがあった。
 その発言は、完全に事実無根というわけではなく、かつて愛人だった男にやらされていた事を踏まえてのものだったのである。

 ちなみに、その時フォルカスは、それがガイゼイクの出世のきっかけになった。などとも述べた。だが、この発言は事実ではない。
 独占欲が強かったガイゼイクは、自分の女に他の男が手を出すことを絶対に許していなかった。
 当然、自分の女とした後のエレーナにそのような行為をさせていなかった。
 だから、その発言は完全な誹謗中傷である。

 エイクは言葉を続けた。
「その傭兵団が、冒険者だった頃の親父と敵対する事になった。
 その時親父は母とも何度か直接戦ったそうだ。強敵だったと言っていたな。
 結局親父がその傭兵団長を討って勝利した。
 そして、傭兵団長の愛人だった母を、戦利品として自分のものにした。
 これが、俺の両親の馴れ初めというわけだ。
 まあ、何とも色気がない、殺伐とした話だな」

「……立ち入った話しをさせてしまって悪かった」
 フィントリッドがすまなそうな様子でそう告げた。
「いや、構わない。別に隠すような話ではない。
 それに、母の人生はそれほど不幸なものではなかったと思う。少なくとも親父と出合った後は、な。

「そうなのか?」
「ああ、多分な。
 親父は、その後自分で傭兵団を立ち上げて、己の望みを叶える為に何年間も活動したんだが、結局失敗して、部下や当時囲っていた多くの女達に逃げられた。だが、母だけは残った。
 きっと母は、その時点で親父の事を心から好いていたんだろう。親父もその後は母一筋になったそうだから、以降は相思相愛の2人だったんだと思う。
 だからこそ、母は、その好いた男との子である俺を、命を懸けてまで産んでくれたんだろう……」
 そう言ってエイクは、会ったこともない母にしばし思いを馳せた。

「どちらにしても不躾な質問だった。許して欲しい」
 フィントリッドはそう口にした。
「別に気にしない。
 今後も聞きたいことがあったら聞いてくれ、もちろん答えたくない事を聞かれた時には断るが、それだけの事だ。
 聞くこと自体を遠慮してもらう必要はない」

「そう言ってもらえると助かる。
 まあ、私達の関係はそのくらいがちょうどよいかも知れないな。
 私に対しても聞きたいことがあれば何でも聞いてくれ。当然私も、答えられる事なら答え、答えられぬ事だったなら、断らせてもらおう」

(こういう流れになったなら、ここで聞いてみるかな?)
 フィントリッドの言葉を受けたエイクはそう思い、早速一つの問いを口にした。
「そう言ってもらえるなら、早速で悪いが、テティスが俺の攻撃を受けても死ななかったのは、どういうからくりだったんだ?
 教えてもらえる事なら教えて欲しい」

 それは、エイクがずっと気にしている事だ。
 より正確には、自分のオド感知では、すっかりオドがなくなっていたはずのテティスがなぜ生きていたのか。自分のオド感知を誤魔化す方法があるのか? という点こそが、エイクにとって重大な関心事だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます

neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。 松田は新しい世界で会社員となり働くこととなる。 ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。 PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。 ↓ PS.投稿を再開します。ゆっくりな投稿頻度になってしまうかもですがあたたかく見守ってください。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

処理中です...