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第4章
80.本隊の戦い①
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ヴァスコ・べネスから切実な期待を寄せられている、アストゥーリア王国妖魔討伐軍の本隊だったが、その本隊も重大な事態に陥ろうとしていた。
チムル村からの急報を受け、本隊はヤルミオンの森を左手に見ながら北上していた。
本隊の総兵力は約1200。前衛部隊、中央部隊、後衛部隊の三つの部隊に、概ね400ずつ分かれている。
そのような編成で本隊は北のチムル村へと急いだ。
中央部隊を直率し、アストゥーリア王国妖魔討伐軍全体の総司令官でもあるメンフィウス・ルミフスは焦っていた。
チムル村を攻撃する妖魔軍の総数が3000を数えたとの続報を得て、兵力差とチムル村の防御施設の状況を考えれば、長くは耐えられないと判断せざるを得なかったからだ。
だが、先を急ぐ本隊の前方から「ヒュゥ~」という甲高い音が響いた。
それは非常事態発生を告げる鏑矢の音だった。
メンフィウスは強く焦ってはいたが警戒を怠る事はせず、索敵の為に軽装騎兵を先行させていた。
その索敵兵が何かを発見し、本隊に急を知らせているのである。
「停止! 全軍停止せよ!」
メンフィウスは即座にそう命じた。
何事が起こったのかはまだ不明だが、そんな状態で行軍を続けるなどありえない。
行軍停止を告げるラッパが吹き鳴らされ、伝令が走る。
更にメンフィウスは前方へ向けて新たに偵察部隊を送ることにした。
索敵兵が伝令を送れない状況に陥っている可能性もあると考えたからだ。
メンフィウスの命令は問題なく伝達され、全隊が速やかに動きを止めた。
ちょうどその時、前方からメンフィウスの下に駆けつける騎兵があった。メンフィウスが策敵の為に先行させていた兵の1人だ。
その兵はメンフィウスの近くに至り馬を止めると、そのまま報告を始める。
「ご報告いたしますッ! 前方の森の中に妖魔の大群を発見。その数、少なくとも3000以上ッ!」
メンフィウスは眉間に皺を寄せた。
声を挙げることはなかったが、事態の深刻さを受け、メンフィウスといえども平静なままではいられなかった。
「右へ移動する」
メンフィウスは速やかにそう決断した。とにかく森から距離をとるべきだと判断したのである。
しかし、その命令を伝える伝令が動く前に、後ろから「隊長!」という声が聞こえた。
メンフィウスが振り向くと、炎獅子隊副隊長の1人で、今は後衛部隊を指揮しているはずのパトリシオが、騎馬でこちらに向かって来ていた。
メンフィウスは更に顔をしかめた。
「隊長、なぜ行軍を止めるのですか!」
メンフィウスの近くに至ったパトリシオがそう問いかける。
だがメンフィウスの答えは叱責だった。
「馬鹿者! 指揮官が勝手に部隊を離れてどうする! 直ぐに部隊へ戻れ!」
「し、しかし……」
「前方に妖魔の大群がいるのだ、東へ動いて距離をとる。直ぐに隊へ戻って指揮をとれ」
とにかく速やかに部隊を動かす事が先決だと判断したメンフィウスがそう説明した。
だが、パトリシオがその命令に従う前に、今度は前方から「急報! 急報!」という声を上げ、騎馬を走らせて来る者があった。
それもまた索敵兵の1人だった。
その者は、メンフィウスがいる場所を確認すると、つぶれても構わないというほどの全速力で馬を走らせた。
そして、メンフィウスに近づくと直ぐに報告を始める。
「前方の妖魔が、森から出てきました。数は5000以上!」
「な!」
パトリシオがそんな声を挙げた。
「命令を変更する。この場で前方の妖魔に対して横陣を組む。
前衛のギスカーの部隊が右翼、私が中央、パトリシオ、貴様の後衛部隊は左翼だ」
メンフィウスは騒がすに、改めてそう指示を出す。
既に妖魔が姿を現した以上、直ぐに攻めかかってくる可能性が高い。その時に移動していたのでは隙が大きすぎる。この場で陣形を組むべきだとの判断だった。
「はい!」
今度こそパトリシオもそう答えて、自分が指揮する部隊へと向かった。
メンフィウスは更に指示を続ける。
「冒険者達には私の近くに控えて指示に従うように伝えよ。
ハイファ神官団は左翼部隊、トゥーゲル神官団は右翼部隊の後方に位置して、それぞれ部隊を支援するよう依頼しろ」
メンフィウスはチムル村からの最初の伝令を受けた際に、少しでも戦力を増やす為に、近くの辺境の村に配属されていた2パーティ合計10人の冒険者を本隊に合流させていた。
また、今回の作戦に、ハイファ、トゥーゲルの両教団から一定の協力を得ていた。
この作戦は、あくまでも妖魔を討ち民を安んずるものあって、国家間の戦争とは関係がない。社会の安寧の為に必要な作戦だ。また、これこそ戦うべき戦いだ、と両教団を説得し、教団として王国軍の作戦に直接参加は出来ないが、個々の神官が参加する事は禁止しないことにしてもらっていたのである。
結果、それぞれ十数名の神官の参加を得ていた。その半数ほどが神聖魔法の使い手だ。
メンフィウスはこの神官たちをまとめて、それぞれ神官団として運用する事にしていた。
伝令達は、メンフィウスの命令を伝えるべく直ぐに動いた。
こうして、メンフィウス・ルミフス率いる妖魔討伐部軍本隊もまた、妖魔の大軍と戦う事になったのである。
メンフィウスの命令は、今回も正確に伝えられ、部隊はそれぞれ横陣を組むために動き出す。
その動きは的確で、アストゥーリア王国軍は迅速に妖魔の大軍に対して横一線になりつつあった。
その結果、メンフィウスもその目で妖魔達の様子を見ることが出来るようになっていた。
(陣形を組むつもりか)
妖魔達の動きをその目で見たメンフィウスはそう判断した。
確かに、森から湧き出て来た大量の妖魔達は、そのまま攻めかかって来ることはなく、中央、右翼、左翼と三つの塊になろうとしているように見える。
この事は妖魔の大軍を指揮する者が、一定の戦術的な見地を持っている事を示している。
だが、その動きは迅速なものとは到底言えない。
妖魔の大半はゴブリンとコボルド、そして若干少ないボガードで構成されていた。その練度は軍としてみた場合お粗末なものに過ぎない。
(実態に即していない戦術だ。この妖魔達なら、無理に陣形など組まずに、直ぐに突っ込ませた方が有効だっただろう)
メンフィウスはそう考えた。
実際、妖魔が即座に攻めかかって来たなら、こちらの陣形が完成する前に戦闘になる可能性は高かった。
メンフィウスには、そうなった場合でも対抗できる自信があったが、今よりも不利な情勢になったはずだ。
メンフィウスの考えは正しかった。
妖魔討伐軍本隊が陣形を完全に組み終わっても、妖魔達の動きはまとまっていない。
メンフィウスはこの時間差と敵の錬度の低さを利用する事にした。
「伝令、1班及び2班!!」
メンフィウスがそう声をあげる。
「はい!」「これに」
それぞれの班長が答えた。
「左右両部隊の指揮官へ伝えよ。中央部隊によるおびき寄せからの、両翼包囲の応用作戦を用いる」
メンフィウスはそう告げ、更に作戦の詳しい内容を伝える。
「「承りました」」
2人の班長は、声を揃えて了承の意を告げると速やかに動き出した。
そして、メンフィウスは指揮下の中央部隊へ向かって命を下した。
「前進!」
メンフィウスの命を受けた中央部隊は、槍を構え足を揃えて速やかに前進を開始した。
中央部隊は隊列を乱さず前進し、妖魔軍の中央の固まりへ向かって行く。
妖魔たちは尚も整列しようとしているようだが、こちらに向かってくる人間の軍が気になるようで、更にその動きを乱している。
やがて弓の射程距離に入ったところで、中央部隊は足を止め、軽歩兵が隊列の前に出て弓矢を放った。
それは的確に妖魔を貫いていく。
「ガアァ!」
1体のゴブリンロードが、そんな声を挙げた。配下のゴブリンが矢で貫かれ倒れるのを目にして憤ったからだ。
激しい怒りを孕んだ声だった。だが、同時にゴブリンロードは困惑、或いは疑念ともいえる感情も懐いていた。
(ナゼ、攻メナインダ!)
と、そう思っていたのだ。
ゴブリンロードは、配下のゴブリンやコボルドを整列させろと命令された。
そして、別に命令するまで敵を攻撃するな、とも。
だが、なぜ攻撃してはいけないのか分からなかった。
そして、敵が迫って来て配下のゴブリンがやられたというのに、それでもまだ攻撃命令は来ない。
(ナゼダ!)
ゴブリンロードはそう思う。
自分達の上に立っている者はとてつもない強者だったはずだ。だからこそ、従う気にもなった。
だが、こんな状況でも戦わないとは、実は腰抜けだったのではないか。と、そんな疑念が湧き起こった。
他の多くの妖魔も似たような事を考え始めていた。
それは、妖魔軍全体に動揺をもたらそうとしている。
中央隊を指揮して前方に押し出したメンフィウスは、妖魔軍のそんな様子に気付いていた。
(やはり、敵の戦術は実態に合っていない)
メンフィウスそのような考えをより強くした。
チムル村からの急報を受け、本隊はヤルミオンの森を左手に見ながら北上していた。
本隊の総兵力は約1200。前衛部隊、中央部隊、後衛部隊の三つの部隊に、概ね400ずつ分かれている。
そのような編成で本隊は北のチムル村へと急いだ。
中央部隊を直率し、アストゥーリア王国妖魔討伐軍全体の総司令官でもあるメンフィウス・ルミフスは焦っていた。
チムル村を攻撃する妖魔軍の総数が3000を数えたとの続報を得て、兵力差とチムル村の防御施設の状況を考えれば、長くは耐えられないと判断せざるを得なかったからだ。
だが、先を急ぐ本隊の前方から「ヒュゥ~」という甲高い音が響いた。
それは非常事態発生を告げる鏑矢の音だった。
メンフィウスは強く焦ってはいたが警戒を怠る事はせず、索敵の為に軽装騎兵を先行させていた。
その索敵兵が何かを発見し、本隊に急を知らせているのである。
「停止! 全軍停止せよ!」
メンフィウスは即座にそう命じた。
何事が起こったのかはまだ不明だが、そんな状態で行軍を続けるなどありえない。
行軍停止を告げるラッパが吹き鳴らされ、伝令が走る。
更にメンフィウスは前方へ向けて新たに偵察部隊を送ることにした。
索敵兵が伝令を送れない状況に陥っている可能性もあると考えたからだ。
メンフィウスの命令は問題なく伝達され、全隊が速やかに動きを止めた。
ちょうどその時、前方からメンフィウスの下に駆けつける騎兵があった。メンフィウスが策敵の為に先行させていた兵の1人だ。
その兵はメンフィウスの近くに至り馬を止めると、そのまま報告を始める。
「ご報告いたしますッ! 前方の森の中に妖魔の大群を発見。その数、少なくとも3000以上ッ!」
メンフィウスは眉間に皺を寄せた。
声を挙げることはなかったが、事態の深刻さを受け、メンフィウスといえども平静なままではいられなかった。
「右へ移動する」
メンフィウスは速やかにそう決断した。とにかく森から距離をとるべきだと判断したのである。
しかし、その命令を伝える伝令が動く前に、後ろから「隊長!」という声が聞こえた。
メンフィウスが振り向くと、炎獅子隊副隊長の1人で、今は後衛部隊を指揮しているはずのパトリシオが、騎馬でこちらに向かって来ていた。
メンフィウスは更に顔をしかめた。
「隊長、なぜ行軍を止めるのですか!」
メンフィウスの近くに至ったパトリシオがそう問いかける。
だがメンフィウスの答えは叱責だった。
「馬鹿者! 指揮官が勝手に部隊を離れてどうする! 直ぐに部隊へ戻れ!」
「し、しかし……」
「前方に妖魔の大群がいるのだ、東へ動いて距離をとる。直ぐに隊へ戻って指揮をとれ」
とにかく速やかに部隊を動かす事が先決だと判断したメンフィウスがそう説明した。
だが、パトリシオがその命令に従う前に、今度は前方から「急報! 急報!」という声を上げ、騎馬を走らせて来る者があった。
それもまた索敵兵の1人だった。
その者は、メンフィウスがいる場所を確認すると、つぶれても構わないというほどの全速力で馬を走らせた。
そして、メンフィウスに近づくと直ぐに報告を始める。
「前方の妖魔が、森から出てきました。数は5000以上!」
「な!」
パトリシオがそんな声を挙げた。
「命令を変更する。この場で前方の妖魔に対して横陣を組む。
前衛のギスカーの部隊が右翼、私が中央、パトリシオ、貴様の後衛部隊は左翼だ」
メンフィウスは騒がすに、改めてそう指示を出す。
既に妖魔が姿を現した以上、直ぐに攻めかかってくる可能性が高い。その時に移動していたのでは隙が大きすぎる。この場で陣形を組むべきだとの判断だった。
「はい!」
今度こそパトリシオもそう答えて、自分が指揮する部隊へと向かった。
メンフィウスは更に指示を続ける。
「冒険者達には私の近くに控えて指示に従うように伝えよ。
ハイファ神官団は左翼部隊、トゥーゲル神官団は右翼部隊の後方に位置して、それぞれ部隊を支援するよう依頼しろ」
メンフィウスはチムル村からの最初の伝令を受けた際に、少しでも戦力を増やす為に、近くの辺境の村に配属されていた2パーティ合計10人の冒険者を本隊に合流させていた。
また、今回の作戦に、ハイファ、トゥーゲルの両教団から一定の協力を得ていた。
この作戦は、あくまでも妖魔を討ち民を安んずるものあって、国家間の戦争とは関係がない。社会の安寧の為に必要な作戦だ。また、これこそ戦うべき戦いだ、と両教団を説得し、教団として王国軍の作戦に直接参加は出来ないが、個々の神官が参加する事は禁止しないことにしてもらっていたのである。
結果、それぞれ十数名の神官の参加を得ていた。その半数ほどが神聖魔法の使い手だ。
メンフィウスはこの神官たちをまとめて、それぞれ神官団として運用する事にしていた。
伝令達は、メンフィウスの命令を伝えるべく直ぐに動いた。
こうして、メンフィウス・ルミフス率いる妖魔討伐部軍本隊もまた、妖魔の大軍と戦う事になったのである。
メンフィウスの命令は、今回も正確に伝えられ、部隊はそれぞれ横陣を組むために動き出す。
その動きは的確で、アストゥーリア王国軍は迅速に妖魔の大軍に対して横一線になりつつあった。
その結果、メンフィウスもその目で妖魔達の様子を見ることが出来るようになっていた。
(陣形を組むつもりか)
妖魔達の動きをその目で見たメンフィウスはそう判断した。
確かに、森から湧き出て来た大量の妖魔達は、そのまま攻めかかって来ることはなく、中央、右翼、左翼と三つの塊になろうとしているように見える。
この事は妖魔の大軍を指揮する者が、一定の戦術的な見地を持っている事を示している。
だが、その動きは迅速なものとは到底言えない。
妖魔の大半はゴブリンとコボルド、そして若干少ないボガードで構成されていた。その練度は軍としてみた場合お粗末なものに過ぎない。
(実態に即していない戦術だ。この妖魔達なら、無理に陣形など組まずに、直ぐに突っ込ませた方が有効だっただろう)
メンフィウスはそう考えた。
実際、妖魔が即座に攻めかかって来たなら、こちらの陣形が完成する前に戦闘になる可能性は高かった。
メンフィウスには、そうなった場合でも対抗できる自信があったが、今よりも不利な情勢になったはずだ。
メンフィウスの考えは正しかった。
妖魔討伐軍本隊が陣形を完全に組み終わっても、妖魔達の動きはまとまっていない。
メンフィウスはこの時間差と敵の錬度の低さを利用する事にした。
「伝令、1班及び2班!!」
メンフィウスがそう声をあげる。
「はい!」「これに」
それぞれの班長が答えた。
「左右両部隊の指揮官へ伝えよ。中央部隊によるおびき寄せからの、両翼包囲の応用作戦を用いる」
メンフィウスはそう告げ、更に作戦の詳しい内容を伝える。
「「承りました」」
2人の班長は、声を揃えて了承の意を告げると速やかに動き出した。
そして、メンフィウスは指揮下の中央部隊へ向かって命を下した。
「前進!」
メンフィウスの命を受けた中央部隊は、槍を構え足を揃えて速やかに前進を開始した。
中央部隊は隊列を乱さず前進し、妖魔軍の中央の固まりへ向かって行く。
妖魔たちは尚も整列しようとしているようだが、こちらに向かってくる人間の軍が気になるようで、更にその動きを乱している。
やがて弓の射程距離に入ったところで、中央部隊は足を止め、軽歩兵が隊列の前に出て弓矢を放った。
それは的確に妖魔を貫いていく。
「ガアァ!」
1体のゴブリンロードが、そんな声を挙げた。配下のゴブリンが矢で貫かれ倒れるのを目にして憤ったからだ。
激しい怒りを孕んだ声だった。だが、同時にゴブリンロードは困惑、或いは疑念ともいえる感情も懐いていた。
(ナゼ、攻メナインダ!)
と、そう思っていたのだ。
ゴブリンロードは、配下のゴブリンやコボルドを整列させろと命令された。
そして、別に命令するまで敵を攻撃するな、とも。
だが、なぜ攻撃してはいけないのか分からなかった。
そして、敵が迫って来て配下のゴブリンがやられたというのに、それでもまだ攻撃命令は来ない。
(ナゼダ!)
ゴブリンロードはそう思う。
自分達の上に立っている者はとてつもない強者だったはずだ。だからこそ、従う気にもなった。
だが、こんな状況でも戦わないとは、実は腰抜けだったのではないか。と、そんな疑念が湧き起こった。
他の多くの妖魔も似たような事を考え始めていた。
それは、妖魔軍全体に動揺をもたらそうとしている。
中央隊を指揮して前方に押し出したメンフィウスは、妖魔軍のそんな様子に気付いていた。
(やはり、敵の戦術は実態に合っていない)
メンフィウスそのような考えをより強くした。
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