剣魔神の記

ギルマン

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第4章

81.本隊の戦い②

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 下級妖魔という存在は、多数の者が勢いづいて嵩にかかって来た時には侮れない脅威になる。だが、劣勢だと思った時は脆い。
 ゴブリンなどにはロードやシャーマンに盲目的に従う習性があるので、その指揮がある限り劣勢でも戦い続ける事がある。
 だが、そのロードやシャーマン自体が、なまじ並みのゴブリンより知恵が働く為に、状況次第では弱気になってしまう事がある。そうなれば、配下のゴブリン共の士気も崩れる。
 どうやら勝手に戦う事を禁止されているらしい眼前の妖魔軍では、正にそういう事態が起ころうとしている。メンフィウスはそう感じていた。

(場合によっては、案外簡単に勝てるかも知れん)
 メンフィウスはそのようにも考えた。
 だが、その考えはさすがに楽観的過ぎるものだった。
「ブオォォ~」という角笛の音が鳴り響く。それは妖魔たちに攻撃開始を告げるものだった。

 その時、殆どの妖魔は、まだ疑念よりも闘志が勝っている状態だった。
 攻撃を許された妖魔たちは、一気にメンフィウスの中央部隊に向かって攻めかかる。
 そしてその動きは、妖魔軍中央のみならず右翼と左翼でも同時に起こっていた。
 それはメンフィウスが予想した通りのものだ。

(当然だな。突出してきた敵を包囲して殲滅しようとするのは妥当な戦術だ。それに、あの程度の指揮統制では、一部だけ待機させるのは難しい。攻撃してくるなら、全軍一気でということになると思っていた)
 メンフィウスはそう考えつつ命令を告げた。
「撤退! 全力で撤退せよ」

 メンフィウスの命令を受け、中央隊の者達は敵に背を向けて速やかに駆け出す。
 敵が逃げたと判断した妖魔たちは、我先に中央部隊に襲いかかろうとして、こちらもまた全速で駆け出した。
 今や妖魔軍全体がほとんど一塊になって、アストゥーリア王国軍の中央部隊に引き寄せられようとしている。



 アストゥーリア王国軍中央部隊が、妖魔軍の誘き出しに成功しようとしている時、左右の両部隊も既に機動しいていた。
 右翼部隊は左端を、左翼部隊は右端を基点にして、それぞれ部隊全体を、北へ向かって90度回転させようとしていたのである。
 東西に延びる横陣を、横陣のまま4分の1回転させて南北に延びる横陣に変え、妖魔軍を挟み込もうとする動きだ。

 簡単な機動ではない。
 基点となっている部分では、兵一人が向きを変える程度の動きなのに対して、その逆の先端部の者達は、長距離を迅速に動かなければならないからだ。
 それを部隊全体で揃えて動かなければならない。
 よほどの修練をしていなければ、部隊は大きく乱れてしまう。

 実際今も、左右両部隊共にかなり大きく乱れて、隙を生じさせてしまっている。
 もしも、相手が標準的な能力を有する軍だったならば、その隙に向かって攻撃を仕掛け、陣形をズタズタに引き裂いて、容易くアストゥーリア王国軍を打ち破ってしまった事だろう。

 だが、今アストゥーリア王国軍が敵としているのは、組織的な動きが苦手な妖魔のたちである。しかも、そのほぼ全てがアストゥーリア王国軍中央部隊に注目し、これに攻めかかろうとしている。
 自分達の左右で起ころうとしている事に注目している者は殆どいなかった。

 左右の動きに気付いて、そちらに向かった妖魔も僅かにいたのだが、それらに対しては、左翼部隊・右翼部隊の後方に控えるそれぞれの指揮官と、その周りの炎獅子隊員たち、そして少数の騎兵が対処して事なきを得ている。
 その結果、相応の混乱をきたしながらも、その機動は完成しようとしていた。
 左右の部隊がそれぞれ南北に伸びる横陣となって、中央部隊を追って集まって来ている妖魔の大軍を、東西から挟み込むようになりつつあったのである。

 そのような左右の情勢を確認し、中央部隊を退却させて妖魔たちを誘き込んでいたメンフィウスもまた、次の行動に出るべく号令をかけた。
「停止! 反転して、陣を組み、踏みとどまれッ!」
 そして、予め定めていた調子でラッパが吹き鳴らされる。

 これもまた極めて難しい軍事行動である。
 中央部隊の者達は、妖魔に追いつかれないようにそれぞれ全力で走っており、当然ながら陣形などばらばらになっている。
 その状態で踏みとどまって反転しても、直ぐに陣形を組む事など出来ない。

 そもそも、意図的な後退が本物の敗走になってしまうのもよくある事だ。
 事実今も、兵士たちの中には妖魔に追われて走るうちに、戦う意思をなくしそのまま逃げ去ろうとする者もいた。これでは陣を組むこと自体が不可能だ。
 踏みとどまった者も妖魔に追いつかれ、あっという間にその大軍に飲み込まれてしまう事だろう。

 しかし、メンフィウスにはこの困難な行動を成功させる見込みがあった。
 その要となるのは、王国軍最精鋭たる炎獅子隊員たちの存在だ。
 中央部隊には50名の炎獅子隊員がいた。
 メンフィウスはその者達を部隊全体に均等に配置している。
 そして、後退時には出来るだけ後方に位置して、反転する際には妖魔を押し留め、他の兵士達が陣を組むのを助けるように指示していた。

 炎獅子隊員たちはその指示に従い、メンフィウスの号令を聞くや、速やかにその場に踏みとどまり、身を翻して、殺到する妖魔相手に戦い始めた。
 この場には、最近炎獅子隊に配属されたばかりの者達もいた。そのような者達の中には、古参の隊員ほどには熟達していない者も含まれる。
 しかし、それでも並みの兵士とは一線を画するだけの力量はあった。
 その炎獅子隊員達ならば、ゴブリン程度5・6体同時に相手にしても引けは取らない。
 彼らは、たった50人で一時妖魔を押し留める事に成功した。

 その間に下級指揮官達が、声を挙げて配下の兵士を踏みとどまらせる。
「留まれ! 陣を組むのだ!」
「止まって戦え!」
「妖魔共の動きは止まっているぞ! 反撃だ!」
 下級指揮官達は口々にそんな事を叫んで部下達を鼓舞する。

 少なくとも下級指揮官達の中に、臆病風にふかれてそのまま逃走しようとするものは一人もいなかった。
 これは、メンフィウスの功績だったといえる。
 メンフィウスは、今回の妖魔討伐作戦実施に際して、質がよくない下級指揮官を他の者と交代させていた。
 その結果、全ての下級指揮官が己の職務を全うしていた。

 下級指揮官らの働きにより兵士の後退は止まり、横陣が組まれる。炎獅子隊員たちもその横陣に加わり、妖魔の追撃を完全に押し留めた。
 それとほぼ時を同じくして、両翼の部隊の機動も完了した。
 東西から妖魔軍を挟み込む形で横陣を組んだ左右両翼部隊は、足並みを揃えて前進し妖魔の群れを圧迫する。
 今や妖魔の大軍は東西と南から横陣に囲まれ、狭い空間で極端に密集してしまった。
 ほぼ理想的な戦術レベルの包囲が完成したのだ。



 妖魔たちは、極端に密集した結果、動きが阻まれ連携して戦う事が出来ない。位置を交代するのすら難しい有様だ。
 これに対して周囲を囲む兵士たちは、最前列に立つ兵士を2列目3列目の兵士が援護する事が出来る。
 複数の兵士が連携して、1体の妖魔を攻撃するような態勢になっているのである。その上、兵士達は妖魔軍の多くを構成するゴブリンやコボルドよりも明らかに強い。
 兵士達は圧倒的に優勢に戦えていた。

 更に兵士たちは、負傷すれば後列と交代して後ろに下がる事が出来る。
 そして、回復薬や場合によっては神官達の魔法による治療を得て、戦線に復帰する事も可能だ。
 これに対して、前後の交代すらままならない妖魔たちは、外側にいる者から順に討たれてゆく。

 加えて隊列を組む兵士の後ろには弓兵も控えており、盛んに矢を放っている。
 弓兵達は、ゴブリンシャーマンやそれらしいオークなどの、魔法使いを優先して攻撃していた。
 魔法の射程距離は概ね弓矢よりも短い。魔法が届く距離まで接近する前に、射殺してしまおうという訳だ。
 この試みも、概ね成功していた。

 もちろん完全にというわけではなく、魔法攻撃を喰らって隊列が乱れる場面もあった。だがそれも、炎獅子隊員や神官団の働きで、速やかに対応出来ていた。
 トロールなど、並の兵士では対抗出来ない妖魔と戦う場合も同様だ。
 アストゥーリア王国軍は、圧倒的に優勢な戦術的情勢を確保したのである。

 メンフィウスは、自軍が着実に妖魔たちを倒して行くのを見ながら、冷静に敵の首領の次の動きについて考えを巡らしていた。
 妖魔が大軍を形成するのは、基本的に強力な個体が現れた時である。この妖魔の大集団にも、当然それを束ねるだけの強者がいるはずだ。
 だが、その者が動いた様子はない。
 その者がこの後どのように動くか、それが現状で最も重要だった。
 その者の強さと行動次第では、今の情勢が覆る可能性もあるからだ。

(さあ、どうする? 北へ動くか、それとも無理やりの突撃か)
 メンフィウスはそう考える。 
 この状況で妖魔軍がとるべき最も妥当な行動は、北に動いて包囲から抜け出す事だろう。北にはアストゥーリア軍はおらず包囲の穴になっているからだ。
 だが、これは危険を伴う行動でもある。

 北に動くとは後退に他ならず、それが敗走だと思われてしまえば、妖魔軍の士気は崩壊し、全軍が北へ向かって逃げ始めるだろう。
 その時点で妖魔軍の敗北はほぼ確定だ。
 メンフィウスとしては、そうなるように上手く誘導する必要がある。

 他の可能性として、遮二無二突撃を敢行してくるかもしれない。
 妖魔たちは密集していてまともに動けないが、味方の妖魔を自らなぎ払ってでも突っ込んで来る事もありえる。上位の妖魔にとって下位の妖魔は消耗品に過ぎないからだ。
 そして、この行動をとられた方が厄介だった。

 例え味方を打ち払いながらだったとしても、自らの首領が敵に突撃した方が妖魔たちの士気は上がる。士気崩壊による壊滅は望めず、敵の首領を討たなければ勝てない。
 つまり、もしも敵の首領が、こちらの残存戦力で対処できないほど強ければ、一転こちらが敗北してしまう可能性すらある。

(こちらの残存戦力は私自身と冒険者達。ギスカーとパトリシオと、その周辺にいる者達。どうなるにしても、この戦力でやりくりするしかない)
 メンフィウスはそう考えた。
 彼は、従軍させた冒険者たちをまだ戦いに参加させていなかった。
 そして、ギスカーとパトリシオもまだ戦闘に参加していない。

(個人として最強の者が3人とも残っているのは僥倖だ。だが、互いの距離が離れているのが難点だ。
 冒険者たちは全員が中級の範囲内で、決戦戦力としては心もとない。しかし、魔術師と神聖術師が1人ずついるのは心強い)
 メンフィウスは改めてそのように戦力分析を行う。

(いずれにしても、敵の首領は間もなく動くはず。現状のままでは不利になって行くばかりだからな)
 そして、そう予想し、自軍はどう動くべきかを検討していた。

 だが、メンフィウスの予想は外れた。
 妖魔軍の首領は中々動きを見せなかったのである。
 当然情勢はいっそう妖魔軍に不利になってゆく。
 まだ戦闘に参加していない、妖魔軍の中央にいる者達が動揺し、北へ向かって逃げようとする動きが見られるようになる。
 それが実際に起これば、それは名実共に敗走そのものだ。

 情勢が有利になるのを見ながら、しかしメンフィウスはむしろ警戒を強めた。敵の動きが余りにも鈍く不自然に感じたからだ。
(なぜ動かない? まさか、伏兵でもいるのか?)
 メンフィウスはそう考えた。

 彼は、他にも敵がいる可能性を考慮して、一部の軽騎兵に付近を警戒させていた。
 その者達からは特に連絡はない。だが、警戒の目を潜り抜けた敵がいるのかも知れない。
 あるいは、他の策があるのかも。
 そんな事を考えたメンフィウスは、いっそう注意深く妖魔軍の動きに注目したのだった。
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