剣魔神の記

ギルマン

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第5章

9.残敵掃討

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 翌早朝、エイクはベニート村長と直接話す機会を持った。
「昨夜は、ご配慮をしていただきありがとうございました」
 ベニートはそんな事を述べた。
 昨夜エイクがレナに言った事。つまり、チムル村の安全を考えれば、エイクとの関係を深めるべきではない、という話をレナから聞いたのだろう。

「ええ、私はチムル村の皆さんとは今まで同様の関わりを続けたいと思っています。
 ですが、私との関わりが深いと思われると、村に危険を招いてしまうかも知れません。だから、表面上はさほどの関係はないということにしておいた方が良いと思います」
「畏まりましたエイク様。
 村を二度も救っていただいたご恩は忘れませんし、私どもに出来る事なら、今後も何でもご協力したいと思っています。
 ですが、その思いを形にする事がエイク様にとって足枷になってしまうようではいけません。
 エイク様のおっしゃるとおりにさせていただきます」

 それは妥当な判断だといえるだろう。
 昨日ベニートは、今や相当の有力者といえるエイクと深い関係を結ぶ事が、村の利益にもなると考えて娘のレナをエイクの寝室に行かせた。そんな判断をする点で、ベニートも小なりとはいえ政治家だったといえるだろう。

 しかし、その事により利益だけではなく危険も背負い込む事になるなら、当然判断が違ってくる。
 ベニートはその事も考慮して、目に見える形でエイクとの関係を強化する事は止めることにしたのである。

「ありがとうございます。今後とも、そういうことでお願いします」
 エイクもそう応えた。彼としても、自分の弱みになるような存在を増やしたくないというのは本音だ。
 実際、今の状態でもチムル村の住人達が自分のせいで殺されたり、人質に取られたりしたら、自分は心を乱してしまうだろう。
 今の自分はそんな情を捨てきれない中途半端な悪人だ。エイクは自分の事をそう評価していた。

 ベニート村長との話しを終えた後、エイクは朝食をとることにした。
 食事の世話はレナが行った。彼女は気落ちした様子を隠しきれてはいなかったが、努めて普通に声をかけてきた。
 変に意識しても気まずい事になる。そう考えてエイクも今まで同様の態度をとった。そして、早々に食事を終える。
 今日は朝から近隣に残っている妖魔の討伐が行われる事になっており、エイクもそれに参加するため、ゆっくりしている時間はなかった。



 妖魔討伐は滞りなく行われた。
 総指揮官であるメンフィウス・ルミフスは、参謀のマチルダ、副隊長の一人ヴァスコ・ベネスと共に森の近くで待機し、実際に森に分け入る討伐部隊の指揮はギスカーに任せ、その下にパトリシオを付けて更に冒険者達にも参加させている。

 結果は、これも大成功といえるものだった。
 エイクらが綿密な偵察を行っていた結果、妖魔の状況は的確に把握されていたし、予想通り妖魔は連携しては動かなかった。そして、想定外の強者もおらず、状況は概ね想定どおりに推移した。
 アストゥーリア王国軍の行動は、最早軍事作戦というよりもどちらかといえば大規模な狩りというべきものとなった。
 最終的に、1000体を超える妖魔が討たれ他の妖魔は逃げ散った。対してアストゥーリア王国側の損害は、死者は2名。重傷者すら極めて少数だったのである。

 ちなみに、何体かのゴブリンロードやシャーマンを捕らえて尋問した結果、妖魔共がチムル村の近くで屯していた事に深い理由はなかったことも明らかになった。
 より多くの妖魔を従えたいという野心を持って他の妖魔たちの近く残った者や、少数で行動した方が危険だと考えてその場に残った者などが多数いただけだったらしい。



 夕刻には討伐部隊が帰還し、メンフィウス・ルミフスに最終的な結果が報告された。
(妖魔たちは最後まで連携しなかった。最早何者かの指揮下にはないということだ。とりあえず、今回の魔族の侵攻は終結したと見ていいだろう。
 そして、我々は当初の目的を達したと評価できる)
 メンフィウスはそう判断した。

 元々今回のアストゥーリア王国軍の作戦の目的は、来るべき戦に備えての軍事訓練をかねてヤルミオンの森に巣くう妖魔を討つ事だった。
 妖魔がこれほどの規模で攻め込んで来るという事態は想定外だったが、そのような事態にも対応して戦った事は、とても有益な実戦経験になったといえる。その結果生じた戦死者は当初の想定よりは多くなっていたが、これも許容できないほどの数ではない。

 命の尊さなどという要素を排して冷徹に戦力としてみたならば、将兵が実戦経験をつんだ事による戦力の上昇の方が、少数の兵の死による戦力の低下よりも大きかったと評価できる。
 その数の減少も十分に補充可能な範囲内だ。

 そして、多くの妖魔を討てたのは、いうまでもなく重要な成果だ。
 今回アストゥーリア王国軍が討ち取った妖魔の数は、全体で9000近くになっている。
 いくら下級妖魔が直ぐに増えるといっても、この数は取り戻すには数年はかかるはずだ。本来なら、西からの妖魔の脅威は激減したと判断できるはずだった。
 だが、メンフィウスはこの点に関しては楽観視してはいない。

(我が国と境を接するヤルミオンの森の周辺部だけを見れば、そこに住み着いていた妖魔の多くを討てたと考えていいはずだ。
 だが、我々の敵はただの妖魔ではない。相当の組織力を持つ魔族。そして、それと通じる国内の何者かだ。最悪その勢力はヤルミオンの森全域に及んでいる可能性すらありえる。
 もしもそんな事になっているなら、使える下級妖魔の数など殆んど無尽蔵だ。この程度の妖魔を討ったくらいではとても安心など出来ない。
 いずれにしても、出来うる限り早く“敵”の全貌を暴かなければならないな)
 と、そう考えていたのである。

 だが、ともかく今回の作戦が成功裏に終わった事は間違いない。
 次に行うべき事は王都への帰還だ。
 メンフィウスはその事について参謀のマチルダに指示した。
「直ぐに王都に伝令を送ってくれ。予定通り明日のうちには帰還すると。
 それから、今夜は見張りの者以外は多少羽目を外しても構わないが、王都へ帰還する者達は早く休むようにも伝えてくれ。未明には出発する事になるからな」

 王都への帰還は全軍ではなく、一部の兵はヤルミオンの森の周辺部の探索の為の残る事になっていた。
 そして、帰還する者達の出発が未明になるのは、日のあるうちに王都に帰還して凱旋式を挙行するためだ。凱旋が暗くなってからでは映えないというわけである。
 要するに、式典のために戦いを終えたばかりの兵達に無理をさせるわけだが、国威発揚という観点から見ればそのような式典の影響は馬鹿にならない。やむを得ない事というべきだろう。

 これらの事は既に打ち合わせ済みで、マチルダは直ぐに了承の意を示した。
「はい、畏まりました」
 そして実際に滞りなく帰還の準備が進められた。
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