剣魔神の記

ギルマン

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第5章

20.女剣士に関する情報

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 エイクの言葉に応えて、セレナがまず発言した。
「それじゃあ私から。
 まず、ボスに頼まれていた、下水道跡を調査できないかという件だけれど、予定していた通り出入口を作る事が出来たわ。直ぐにでも入り込むことが可能よ」

「そうか、それなら……、明日にでも降りてみたい。
 出来ればセレナに案内を頼みたい。目立たないようにしたいから1人で同行して欲しいが、可能だろうか」
「……ええ、可能よ」
 セレナは、少しだけ間を空けてからそう答えた。
「頼む」

 セレナが言葉を続ける。
「後はグロチウスの処刑も確認したわ。
 普通に火刑に処されたのだけれど、特に波乱もなかったわね」
「……」
 エイクはしばし沈黙した。

 因縁深く、そして父の死にも関与していた闇司祭が処刑されたと聞いて、エイクにも感ずるところが多かった。
 ちなみに、犯罪行為を行った闇信仰信者は火刑に処されるのが慣例とされている。

「奴は何か言っていなかったか?」
 エイクはそんな事を聞いた。
 グロチウスから聞くべきことは全て聞いたはずだが、最期の時に何かを口走る可能性もあるかと思ったからだ。

「いいえ、呻き声を出すだけで、まともな言葉は何も発していなかったわね。余り見ごたえのある見世物ではなかったわ」
 そう告げるセレナは、どこか不満気に見える。

(まともにしゃべれなくしたのは、お前だろうに……)
 エイクはそう思った。彼はセレナがグロチウスに対して相当の苦痛を伴う“尋問”をしたことを知っていた。

「ちなみに、捕らえられていたグロチウスの部下たちも一緒に処刑されたわ。ゴルブロ一味の者達もね。
 今月は王様の誕生祝の式典があるでしょう? その時に恩赦が出るそうで、恩赦の対象にすべきでない者は先に処刑してしまう方針にしたみたい」
 セレナはそんな補足説明を行った。

「なるほどな」
 エイクはそう短く答え、気持ちを切り替えた。仇敵とはいえ、死んだ者の事をくどくど考えても仕方がない。今後の事を考えるべきだ。と、そう思ったからだ。

 セレナがさらに話を続ける。
「後は、ボスにお願いしたいことがあるわ。
 時間ができた時で良いのだけれど、私たちが支配することになった盗賊ギルド“暗黒車輪”のギルド長と、一度会ってもらいたいのよ。
 彼にも、色々と働いてもらう事にはなるし、ボスの存在をはっきりと知らしめておいた方がいいと思うの」

 この意見にアルターが反応した。
「お待ちください。その男は、場合によっては切り捨てることもあり得る者だったはず。その場合は、我々には一切関わりがない者として切り捨てるのですから、エイク様との直接の面識はない方が良いでしょう」

「それはその通りだけれど、そこまで気にしないでも良いと思うわ。切り捨てる場合には、喋れなくした上で切り捨てるつもりだから。
 もしも、それに失敗してしまえば、確かに奴の口からボスの名が出る事になるでしょうけれど、その場合は直接会ったことがあろうがなかろうが同じよ。確たる証拠がない限りはね。
 実際のところ、“暗黒車輪”の背後にボスが居ることは、それなりの情報収集能力がある者には察せられてしまっているから、余り気にしても仕方がないわ。
 もしも、ボスと会っている場面を“記録の水晶球”で記録でもされてしまえば、ボスと繋がりがあった動かぬ証拠にされてしまって厄介だけれど、さすがにそんなへまはしないわ」

「だとしても、意味もなく懸念材料を増やすべきではないでしょう」
「意味がないわけではないわよ。ボスに出張ってもらった方が動かし易くなるわ。自分の本当の主人と面識があるかどうかは、やはり多少の影響はあるもの。
 誰だって、全く会ったことも相手の為に働くなんて面白くはないと思うだろうから。
 まあ、どうしても必要というわけではないけれど」
 セレナはそう告げて、裁可を求めるようにエイクを見た。
 アルターもそれ以上反対意見を述べなかった。エイクの判断に任せるつもりのようである。

「……分かった。一度会ってみよう」
 しばらく考えた上でエイクはそう告げた。
 仮にも、自分の下で盗賊ギルドをまとめるとなれば、その者はそれなりに重要な存在といえる。直接顔を合わせた方がいいだろう。と、そう思ったのである。

 そしてエイクは、その配下にする盗賊ギルドの事で、セレナに伝えるべき事があったことを思い出した。
「話は変わるが、配下の盗賊たちが理由もなくエルフやハーフエルフに危害を加える事がないように気をつけてくれ。
 一応協力関係を築いているトロアへの配慮だ。自分と同じハーフエルフやエルフが虐げられていると聞けば、相当気を悪くするだろうからな」
「分かったわ」

 セレナの返答が気軽過ぎるように感じたエイクは、若干強い口調で念を押した。
「本当に気をつけてくれ。トロアが気を悪くすれば相当面倒な事になるし、敵対するようにでもなってしまえば、とんでもない被害が出る事になりかねない。
 それから、虐げられているエルフやハーフエルフがいるという情報があった場合も、念のため俺の耳に入れてくれ」

 エイクは、トロアことフィントリッド・ファーンソンと話す中で実感した、その面倒な精神性について考えながらそう告げた。
「え、ええ、良く注意するわ」
 セレナは、エイクが思いのほか強い口調で再度指示した事に驚いたようだ。

「皆も気をつけてくれ」
 エイクは、セレナ以外の者達に向かってそう言う。

「畏まりました」
 アルターがそう答える。
「も、もちろん、十分に注意させていただきます」
 慌てた様子でロアンもそう告げた。
「主様のおっしゃるとおりにいたします」
 シャルシャーラはそう言って頭を下げた。

「それじゃあ、他には何かあるか」
 エイクが改めてそう告げる。

 そこで、セレナがロアンの方に顔を向け、何か目配せのような事をした。それを受けて、ロアンが少し上ずった声で発言する。
「あ、あの、私からも、報告というか、ご判断をしていただきたい事があります。よ、よろしいでしょうか」
「もちろん構わない。言ってみてくれ」

「じ、実は、少し前にトロア様から要望があったのです。
 何でもトロア様は、近くブルゴール帝国の外交大使として来訪の予定があるブルグヘルト大公に料理を振舞いたいそうで。
 それで、実現すれば良い伝手が作れるかもと思いまして、とりあえず、物は試しにとトロア様の料理を宣伝してみたのです。トロア様の料理が評判になれば、外務局に売り込む事も可能になるかもしれませんので。

 ところが、その、まだ極短期間行っただけなのですが、思った以上に評判になりまして、トロア様がしばらく店を離れて料理を出せなかった間に逆に噂が広まったほどで、これは外務局に働きかければ、ひょっとするとひょっとすると思うのです。
 つきましては、実際に働きかけをしても良いかエイク様に判断していただきたいのです。その、いかがでしょうか?」

「そうか、確かに外務局に伝手を作れるのは悪くないが……。
 その、ブルグヘルト大公はどんな人間なんだ? トロアが自分で言い出した事でも、何かトラブルが起こって、結果としてトロアが機嫌を損ねたりすると、相当面倒な事になるぞ」

「食事に関しておかしな趣味があるようです。それと政務に余り積極的ではないと噂されています。それ以外は特に悪い話はないようです」

 セレナも自身の意見を口にした。
「私が知る限りでも、ブルグヘルト大公はそれほど悪辣でも偏屈でもないようよ」

「そうか……。アルターはどう思う?」
「良い手なのではないかと考えます。
 上手く行けば外務局に恩を売る事が出来る上に、場合によってはブルグヘルト大公本人とも知己を得られる可能性もある。預言者がユアン半島の魔王を動かしている事を考えれば、これは重要でしょう。
 確かに、トロア様も色々とこだわりがある方のようなので、何か致命的なトラブルでも生じてしまうと大変面倒な事になってしまいますが、ブルグヘルト大公の人となりをしっかりと調べて、そうなる事がないようにさえ注意しておけば、試す価値はあると思われます」

(……俺としては、フィントリッドには余りこっちに介入しないで欲しい。だが、本人が希望している事を無下に断れば機嫌を損ねるだろう。そのくらいなら、試してみてもいいか)
 そう考えたエイクは、その試みを許可する事にした。
「分かった。進めてみてくれ。俺もこの後トロアと話す時に、本当に問題はないか確認してみる。
 他はどうだ?」

 シャルシャーラが控えめに口を開いた。
「それでは私からも、よろしいでしょうか」
「言ってみろ」
「はい、ご主人様配下の冒険者パーティに加わったという女剣士についてです」

 エイクはそれを聞いて少し首をかしげた。
 サリカと名乗ったその女剣士と、シャルシャーラに何か関係があるとは思えなかったからだ。
 シャルシャーラは説明を続ける。

「昨日の凱旋の時に目にしたのですが、私はあの娘をハリバダードの街で見かけたことがあります。
 以前、私が女サムライの姿でご主人様の前に現れたのは、ハリバダードの街で本物の女サムライを見かけたことがあって、それが印象に残っていたからだと申しあげました、覚えていただいておりますでしょうか」
「そんな話もあったな」

「あの娘がその女サムライです」
「何だと?」
 エイクは思わずそう聞き返した。

「間違いはございません。気に留めておいてもよろしいかと」
「……」
 確かにそれは、エイクにとって少し気にかかる情報だった。父ガイゼイクがかつて戦において凄腕のサムライを討ち取った事があるからだ。

 サムライという存在は、大陸の東方に浮かぶ島国ヤハタ邦国に固有の戦士の呼称である。
 今では東方のみならず大陸の中央部でも見かけられるようになっているが、西方ではまだまだ相当に珍しい存在だ。
 その珍しいサムライと因縁を持つ自分の下に、別のサムライが接触して来ている。そこには何らかの作為があるのかも知れない。

(父さんに討たれた、サムライ、確かハクタリ・モノベといったな。そのハクタリの縁者が、自分の正体を隠した上で、何らかの思惑を持って俺に近づいてきたのだろうか?)
 エイクはそう考えた。だが、直ぐにその考えを否定した。
 あの女剣士と接触したのは、自分から近づいていった結果だったと思い出したからだ。

(あの魔物の行進を感知した時、それと戦う事を決めてそこに駆けつけたのは俺自身の意思だ。だから、その場であの女剣士と会ったのは偶然だ。
 身分を偽っているというのも、西方に来た時点で、目立つ女サムライの格好を止めてもおかしくはない。それに、サムライというだけで父さんが討ったサムライの縁者と考えるのも短絡的過ぎる。
 だが、ただの偶然と切り捨てるべきでもないな。世の中には“運命のかけら”などというものもあるのだから)

「分かった気に留めておこう」
 エイクは、かつて“伝道師”に教えられた“運命のかけら”という概念を踏まえてそう答えた。
 
 続いて、またセレナが口を開いた。
「私からも、もう一つだけ。ちょっとした情報があるの」
 セレナはそう言ってまた話し始める。

 それは、これまでとはがらりと変わる内容の話だった。
「大分あやふやなものだけれど、魔剣を作れる者が居るのかも知れないという話があるのよ」
 セレナはそんな事を口にしたのである。
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