剣魔神の記

ギルマン

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第5章

23.大精霊使いの事情

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「ダグダロア信者の目的か、それもはっきりとは分かっていない。
 まあ、全てのダグダロア信者にとっての究極の目的はダグダロアの降臨だ。その事は、何時の時代も変わらないだろう。だが、どのような手法を用いてそれをなそうとしていたのかは分からない。
 今も言ったとおり、預言者はいつの間にか死んでいたらしく、はっきりとした形で決着しなかったからな。
 だが、どうしてそんなことが気になるんだ」

 問い返してくるフィントリッドにエイクが答える。
「当時のダグダロア信者共の目的を知れば、何かの参考になるかも知れないだろう? 今も、当時と同じ目的で動いているのかも知れないしな」
「いや、流石にそんなことはないだろう。1300年の時が過ぎ、その間に魔法帝国も滅びて世の有り様も大きく変わっているのだから……」
 と、そこでフィントリッドは言葉を途切れさせ、何事か考え込んだ。

「どうかしたのか?」
 エイクがそう問いかけると、フィントリッドは改めて話し始めた。
「少し思い出した事があってな。私も魔法帝国時代のダグダロアの預言者について、我が家に残っている文献を調べた事があるのだ。
 結局大したことは分からなかったが、その中に、当時最も激しくダグダロア信者と戦い、最も多くのダグダロア信者を殺したのは、我がファーンソン家だった。と書かれていた。

 といっても、私は、それは自己の武勇を強調する為の虚飾に過ぎないと思っていた。わざとらしいほどに誇らしげに書かれていたからだ。
 だが、もしもその記述が事実だとすると、最も激しくダグダロア信者と戦ったというのは、要するにダグダロア信者から攻撃される事が最も多かったのが我が家の領土だった。ということなのかも知れない。ふと、そう思ったのだ」

「あなたの家の領土と言えば、確かこの王都アイラナがそうだったはずだな」
「その通り。我がファーンソン家は、当時から今の王都アイラナを中心とする領域を支配していたそうだ。
 具体的には、現在のアストゥーリア王国と北方都市連合の西部、そしてヤルミオンの森のうち、今の我が城の近くまでの領域だ」

 それは要するに、1300年前に預言者が最も激しく攻撃していた地域と、現在において主に活動している地域が重なっている可能性を示唆していた。エイクには、その可能性は軽視してよいものとは思えなかった。
 エイクは眉をひそめつつ発言した。
「それは、無視すべきではない話なんじゃあないか?」

 フィントリッドも否定はしなかった。
「そうだな……。この地に大した由来などないはずだが……。いや、私が知らないだけという可能性もあるか。いずれにしても改めて調べてみよう」

 エイクは若干語気を強めた。
「是非頼む。もしも1300年前の預言者の活動と現在の預言者の活動に何らかの共通点があるなら、それは重要な情報になるからな。
 特に、1300年前にあなたの家と当時の預言者の間に何らかの因縁があったなら、現在の預言者の狙いがあなたである可能性は高くなる。あなた自身の為にもこの事はしっかり調べておくべきだと思うぞ」

「だがな、私が生まれたのは、魔法帝国が滅亡しファーンソン家が権力を失ってエルフの村に逃げ込んだ後だ。実質的に帝国貴族ファーンソン家は既に滅びていたといってよい。
 直系の子孫とは言え、私と帝国貴族ファーンソン家の間に直接的な関わりはないぞ」

「俺は、そういう予断は止めた方がいいと思う」
 エイクはそう忠告した。
 実際エイクは、フィントリッドの言動について不用意だと思っていた。

(やはり、強者の奢りがあるような気がする。少し危なっかしいな。まあ、実際にとてつもなく強いのだから問題はないのかも知れないが……)
 エイクはそんな事を考えた。

 フィントリッドも一応は真剣な表情になって答える。
「分かった。よく注意しよう。だが、本当にただの虚飾の類で、何の関係もない可能性もあるからな。絶対とは言えないぞ。
 それで、他に預言者関係で何か確認して置くべきことはあるか?」

「……。今はこんなところだろう」
 エイクは少し考えてからそう答えた。
 そして、改めて別のことについてフィントリッド聞くことにした。

「ところで、話は変わるが、あなたはこの街に戻ってきて大丈夫なのか? 面倒そうな敵が侵入して来ていたようだが」
「そなたがスクリーマーと呼んでいた者達のことか? あれは対処済みだ。恐らくもう問題にならない」

「恐らく、では困るんだがな。
 もしも、あんな魔物があなたを追ってこの街まで来たりしたら、えらいことになる。俺も他人事とはいっていられない」
 それは確かに杞憂とは言えないことである。

 エイクは、自分が倒したスクリーマーという魔物は、倒しにくさという点では大竜にも匹敵すると考えていた。
 広範囲の殲滅能力は大竜に比べれば大分劣る。竜は空を飛び、様々なブレスを吐き、更に大竜ともなれば魔法を使う個体すら珍しくはないからだ。

 しかし、そのしぶとさは恐らく大竜に劣らない。上級上位の冒険者パーティでも倒すのはかなり難しい。叫びによって周り中の者を同時に攻撃する事も出来るから、数を頼りに倒す事も出来ない。
 確実に倒す為には国に幾人もいない英雄級冒険者や、軍の最強クラスの者達、国内最高クラスの魔法使い達などが必要になるはずだ。

 そんな魔物が、もしも20・30という数で侵入してきたなら、それだけで国家存亡の危機になってしまう。軽視することなどとても出来ない。
 だが、フィントリッドの答えはどこか気楽な感じのものだった。
「といっても、私も絶対などということは保証できないな」

 エイクは思わず眉をひそめた。
 フィントリッドは苦笑しつつ言葉を続ける。
「そんな顔をするな。仮に連中への対処が上手く行かなくても、連中がこの国までやってくる可能性は殆んどない」
「そういえる根拠は?」
 尚も疑わしげにそう問うエイクに、フィントリッドはしばらく間を空けてから答えた。

「……仕方がない。特別に教えてやろう。
 奴らはな、正確には私が守っているあるモノを狙っているのだ。
 自分で言うのもなんだが、私はかなり強い存在だ。そして1100年以上も生きている。だから、その間に相当に貴重なものを幾つも手にしている。
 あの連中はその中の一つを欲している。奴らにとっては何よりも大切なモノだ。そして、それは私の城にある。だから奴らの目的地は私の城だ。城を越えて東まではやってこない。
 私が城を離れているなら、むしろその方が好機と考えて私など無視して城を狙うだろう。多分、今でも、な……。
 いや、まあ、これも、結局は奴らの考えを全て読む事は出来ないから絶対とは言えないが、理屈で考えればそうなるだろう。と、そういうことだ」

「……」
 エイクはその答えを聞いても直ぐには納得できなかった。
 スクリーマーが発した「フィントリット・ファーンソンを壊す」という言葉を覚えていたからだ。
(連中はあなたを壊したいらしいぞ)
 エイクは心中でそう思った。
 だが、少し考えてそうと決め付ける事はできない事に気付いた。

(あれは、途切れ途切れの言葉が連なってそう聞こえたものだ。だから「フィントリッド・ファーンソン」と「を壊す」の間やその前後に、別の言葉が入ってもおかしくはない。
 例えば、「フィントリッド・ファーンソンの城を壊す。そして何かを奪う」とか。
 そう考えれば、フィントリッドの説明が嘘とは言い切れない。これ以上問詰める根拠はないな。今はとりあえずフィントリッドのいうことを信じておこう。

 そもそもフィントリッドのいうことが嘘でも、今の俺には対処できないしな。今は父さんの仇との決着をつけるのが最優先だから。
 万が一フィントリッドのいうことが嘘で、あの異様な存在が大挙してヤルミオンの森から押し寄せてくる。などということになるなら、父さんの仇を倒した後にして欲しいところだ……)

 そんな事をつらつらと考えてしまっていたエイクに、フィントリッドが声をかけた。その声音は若干不機嫌そうになっている。
「納得しがたいかもしれないが、私もこれ以上は話せないぞ」
「いや、分かった。あなたの言葉を信じよう」
 エイクも直ぐにそう答え、また話題を変えることにした。

「そういえば、ブルゴール帝国の大使にあなたが料理を振舞う計画があるそうだな」
「そうだ。自称美食家の大公殿に、本物の美味い料理というものを味あわせてやろうと思ってな。レムレア帝国を滅びへと誘ったといわれるネフェルトの饗宴を一部再現してやろうと思っているのだ。何しろあれは…」
「いや、すまないが、余り時間がないんだ。今詳しく説明してもらう必要はない」
 エイクはそう言ってフィントリッドの話しを止めた。料理の事を語り始めると相当長くなる事を知っていたからだ。
 そして、注意を促す事にした。 

「それよりも、分かっていると思うが、問題を起こさないように気をつけてくれよ」
「心配するな。私も上流階級の人間との関わり方くらい弁えている」
 フィントリッドは料理自慢を遮られて少し不満そうな様子だったが、一応そう答えた。
 
「それじゃあ、今日のところはこれくらいにさせてもらおう」
「ああ、分かった」
 そうしてエイクは席を立ち、フィントリッドとの会談を終わらせた。
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