剣魔神の記

ギルマン

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第5章

22.疑似神託について

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「擬似神託が下るのを目にしたのか?」
 エイクの話しを一通り聞いたフィントリッドは、そう問うた。
 やはり、ダグダロアの預言者による擬似神託に最も興味を引かれたらしい。

 エイクが答える。
「俺はそう思っている。
 殆ど本能的に、何か異様なことが起こっていると感じられていたし、その後の魔族の行動を見ても間違いないだろう」
「その異様な感じとやら、何か音楽が聞こえたような感覚があったというのが気になるのだ。
 私もかつて神託が降るのを目の前で見たことがある。だが、その時には音楽が聞こえてくるような感じなどしなかった」
 
「そうなのか? だが、その後に“神意の戦”が発動されていたから、やはりあれは神託だったのだと思う。“神意の戦”は、神託を得なければ発動できないのだろう?」
「そうだ。そして、擬似神託でも代用可能だ。
 かつて古代魔法帝国時代にダグダロアの預言者が現れ、魔法装置を用いて擬似神託を効率的に行使できていた頃には、比較的頻繁に“神意の戦”が行使されていたらしい。
 そうだな、今回行われたのは、恐らく魔法装置を用いて効率化された擬似神託だ。私が見た神託と違っていてもおかしくはないな」

「その、魔法装置を用いて擬似神託を効率化するというのは、具体的にはどういう事なんだ?」
「私も詳しくは知らない。その魔法装置の情報は殆ど残っていないのだ。
 ダグダロアの預言者がいた時期は、相当の混乱が生じていたからだそうだ。
 それは魔法帝国滅亡の百数十年前、今から数えれば、およそ1300年ほど前のことになるのだが、当時は強力なデーモンが次々と召喚されて人々を襲い、“神意の戦”も時折発動され、“捧命者”による自爆攻撃も頻発していたらしいからな。

 だが、突然“神意の戦”の発動頻度が落ちて、ダグダロア信者による混乱はやがて終息した。恐らく、何らかの理由で預言者が死んだのだと推測されている。
 その後、デーモン召喚の魔法はその原理が解析され、他の魔術師たちによっても普通に使われるようになったのだが、擬似神託効率化の魔法装置については詳しい事は分からなかった。その存在は明るみになったものの、現物は発見されず、それがどんなものかは解明されなかったのだそうだ。

 しかし、ある程度推測できることはある。
 その装置には、まず間違いなく術者の疲弊を緩和する効果があったはずだ。何しろ、擬似神託を降すと、預言者は相当疲弊してしまうらしいからな。
 ある預言者は、擬似神託を下した後の己の状態について、魂が疲労した。と表現したらしい。その疲弊を何とかしなければ、擬似神託を頻繁に行うことは不可能だ。
 他にも、同じ内容の神託を、複数の相手に下すことも出来ただろうと推測されている」

「そして、神託を降す相手やその周りの状況を知ることもできるわけか」
「そうだ。それも当然可能なはずだ。その時々の状況に即した神託が下ることもあるらしいからな。
 そなたが遭遇したのも、正にそういう感じだったのだろう?」

「その通りだ。しかも、はっきりと御照覧ある。と言っていた。実際に見ていたとしか思えない」
「だろうな。だが、その効果はそれほど簡単には使えないはずだ。
 少なくとも、預言者が何でも見通しているなどということはありえない。何しろ神自身ですら全知ではないのだから。まして預言者をや。という奴だ。それは、魔法装置を使っても同じことだろう」

「ああ、それも多分間違いない。
 あの時俺の動きをもっと正確に知っていたなら、そしてその事を、神託で的確に魔族たちに伝える事が出来たなら、より効果的に対処出来たはずだ。そうなればほぼ確実に俺の方が負けていた。
 そうならなかったということは、魔法装置を使って遠くの状況を知る事や神託を下す事には、かなりの制約があるのだろう」
「当然だ。現代においては、離れた場所のことを見たり、連絡を取り合ったりするのは相当に困難だ。
 私も遠隔通信用の魔道具を2組持っているに過ぎない」

 話題が以前から気にしていたことに及んだので、エイクはこの機会にその事について聞いてみる事にした。
「そういえば、どうしてそういう魔法は使えなくなってしまったんだ?
 他にも瞬間移動や、広範囲攻撃魔法なども使えない。それも魔法帝国の生き残りすら使えなくなっていると聞くが、その理由を知っているか?」
 
「ああ、それか。それは答えることが出来ない質問だ。約束を破るわけにはいかないからな」
「そうか」
 エイクはそう答えたが、若干不愉快だった。フィントリッドが少し面白がるような表情をしていたからだ。

(約束云々というのは、口を滑らせたというよりも意図的に思わせぶりな台詞を口にして楽しんでいるんだろう。
 だが、わざわざそんな事を口にするのは、本当はもっといろいろ喋りたいからだ。もう少し探ってみてもいいかもしれない)
 フィントリッドの態度を見てそう考えたエイクは、更に言葉を重ねた。

「使えなくなった魔術の多くは“帝国市民”でなければ使えないものだったそうだが、何か関係があるのかな?」
「ほう、良く知っているな。その通り、使えなくなった魔術は全て“市民”専用のものだ。
 だが、帝国後期に市民の権利を乱発されて急増した“新市民”達はその意味が分かっていなかったはずだ。
 誰でも彼でも“市民”にしてしまった皇帝共も、流石に帝国の秘儀までは公開しなかったそうだからな。だから、魔法帝国の生き残り達ですら、その殆どが、自分がなぜかつてのように魔術を使えなくなってしまったか、その本当の理由を知らないのだ。まあ、知らない者しか生き残れなかった。とも言えるがな」

「帝国の秘儀というのは?」
「ん? いや、それは本当に教えられない。まあ、この話はここまでにしてくれ」
「……分かった」
 二度目の拒否を受けて、エイクもそれ以上この話題に拘るのをやめた。そして話題を元に戻す。

「擬似神託に関わる魔法装置のことで、他に分かることはないか?」
「そうだな。これも推測になってしまうが、多分それがある場所はいずれかの迷宮内だと思う。
 現在において、古代魔法帝国時代の遺物が最も良く生きて残っているのは迷宮だからだ。というよりも、迷宮以外には殆ど残っていない。
 そもそも、現在に残って稼動している古代魔法帝国時代の施設は殆ど迷宮のみだからな」

「確かに、そういえば、なぜ迷宮ばかりが残っているんだろう?」
 エイクは思わずそう呟いた。
 言われてみれば、それも不思議なことだった。
 魔法帝国時代には、当然ながら数多くの施設が作られていた。ところが、今も残っており、しかも機能を失わずに生きているのは殆ど迷宮のみ。それも地下迷宮のみだった。これも奇妙と言えば奇妙だ。

 フィントリッドがエイクの呟きに答えを返した。
「いろいろ理由があるが、最も根本的なところは、迷宮は基本的に迷宮核を潰さないと壊れないからだ。そして、迷宮核は多くの場合、迷宮の最奥の最も壊され難い場所にあるからだ。
 古代魔法帝国の施設が壊れた第一の原因は、帝国末期における“敵性存在”による破壊だ。
 “敵性存在”は殆ど無差別に魔法帝国の施設を襲ったという。しかし、わざわざ地下迷宮の奥底まで入り込んで迷宮核を探し出してそれを壊すことまではしていない。もっと目立つ、より重要な施設はいくらでもあったからな。

 そして、迷宮は内部で戦闘が起こることを前提にした施設だったから、自動修復機能がほぼ確実に備え付けられていた。つまり、迷宮核さえ無事なら壊れてもいずれ修復される。
 まあ、自動修復機能も完全ではない。一つのフロアの大半が破壊されると、そのフロアは最早迷宮核の影響が及ばなくなり修復はされないらしい。だが、地下にある迷宮の一フロアを破壊するのはかなり面倒だ。

 例えば、地上から“敵性存在”が地下迷宮を攻撃して、一見して破壊されてしまったように見える状態になっても、最奥で迷宮核さえ生きており、且つ各フロアも全壊していなければ、いずれ修復されるのだ。
 逆にいうと地上に建築された迷宮。例えば塔型の迷宮などは、殆ど壊されてしまって今は存在しない。

 加えて、魔法帝国滅亡後の破壊活動の影響もある。
 帝国滅亡後、帝国の痕跡を完全になくそうとする運動があったのだ。
 私の両親を殺した魔術師狩りなどと同じような発想の行動だな。
 その者達は、残っていた魔法帝国の施設を躍起になって破壊した。当然通常の防衛設備が機能していれば破壊されることなどなかったのだが、当時防衛設備が機能している施設は殆どなかった。何しろ、防衛設備を起動させ運用する事が出来る魔術師が殆どいなかったからな。

 だが、多くの迷宮では自動的に魔物や罠が生成されるようになっていた。本来それはいつでも迷宮で遊べる為のものであり、防衛の為ではなかったのだが、結果として迷宮を防衛する効果があった。
 その上、迷宮には宝物として魔石や簡易な魔道具を自動生成する機能もあったし、自動生成される魔物を倒しても魔石が得られる。
 つまり、生きていれば魔石の産地になるという有益な施設でもあったわけだ。だから、迷宮に限っては、破壊しようとする運動は比較的早く下火になった。
 こうして、今も残る古代魔法帝国の施設は、その殆どが地下迷宮という状態になったわけだ。

 もちろん、“敵性存在”にも帝国滅亡後の破壊者達にも見つからなかった施設は、地下迷宮に限らず今も残っている。例えば、この地の地下大図書館のようにな。
 だが、そういう施設も今はその殆んどは動いていない。1000年以上も制御する者がいなかったからだ。
 実際、この地の地下大図書館も、書物自体はしっかり保存されていたが、検索機能だの自動整理機能だのといったものは一切稼動していなかった。
 しかし、地下迷宮はこの点でも例外だ。迷宮はやはりいつでも遊べるように、基本的に自動制御される作りになっていたからだ。そのせいもあって今も動いているものも多い。

 だから、地下迷宮には今も稼動する魔法装置も多く残っている。特に大掛かりで高度なものは迷宮にしかないと言っても過言ではない。
 例えば、現在においても極少数ながら、遠く離れた二箇所を結ぶ“ゲート”が残っている事があるが、そのゲートの少なくとも片一方の出入口はほぼ確実に地下迷宮の中にある。
 擬似神託効率化の魔法装置も、そういう高度なもののひとつのはずだ。それがある場所は、きっとどこかの地下迷宮に違いない。
 今、推測できるのはこのくらいだな」

 フィントリッドの話を聞いたエイクは、1つの疑問を口にした。
「ということは、つまり、敵性存在や他の破壊者に見つかっていなくて、地下迷宮と同じように自動制御というのが施されていた施設は、今も動いているということか?」
「そういうことになるな。まあ、そんな施設は、まず存在しないがな」

 フィントリッドの答えは、更に疑問を生じさせるものだった。エイクはその事を聞いた。
「なぜだ? 自動制御というのを施した施設は沢山あったんじゃあないのか?
 そうしておけば1000年以上も勝手に動いてくれるなら、迷宮だけではなく、殆んどの施設を自動制御にしておいた方が、遥かに効率がいいだろう?」
「それは無理だ。何しろ……」

 フィントリッドはそこで言いよどみ、少し間をおいてから続きを答えた。
「いや、私には詳しい事は分からないな。まあ、迷宮の話はこのくらいでいいだろう」
 あからさまに言いつくろった発言だった。エイクはこの答えに不信感を持った。

(答えられないなら、今までどおりそう言えばいいのに、何でこの問いに限って言いつくろうんだ?)
 と、そう考えたのである。
 フィントリッドの表情は真剣なもので、思わせぶりな事を言ってからかっているようには見えない。その事が尚更エイクの関心を引いた。
 だが、エイクはこれ以上この話題に拘るのをやめた。興味はあるが、彼にとって最も重要な父の仇とは関係のない話題だと思ったからだ。

(どの道、フィントリッドは答えたくないなら答えは得られない。拘るだけ無駄だ)
 エイクはそう考えをまとめ、別の事を問うことにした。
 
「そうだな。それじゃあ、話しを戻すが、古代魔法帝国時代のダグダロアの預言者が現れていた当時、ダグダロア信者達が何を目的に行動していたかは分かっているんだろうか?」
 それは、エイクにとって、少なくとも迷宮の秘密よりも重要な問いだった。
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