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第5章
34.ヤルミオンの森深部での戦い①
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エイクが南方へと動いた頃、ヤルミオンの森の深部でもまた、動きを見せる者達があった。今のエイクには直接は関わりのない事態が起ころうとしていたのである。
ヤルミオンの森の深部を支配するフィントリッド・ファーンソンの妻にして、その城の警備を司る者であるセフォリエナが、その美しい真紅の髪をなびかせてヤルミオンの森を歩いている。
だが、それは優雅な散策というわけではない。彼女の表情は厳しく引き締められていた。
身に着けているのは赤色のロングコートだ。そのコートは首元から足首近くまでを覆っており、胸元から腰あたりまでをボタンできっちりと留めて、腰でベルトを締めていた。
広い歩幅で歩いている為、歩くたびにコートの脚部のあわせが少しはだけ、彼女が膝の上までを覆う、これもまた赤を基調にしたブーツを履いていることが見て取れる。
身を守ることと動き易さの両立を目指しているように見える衣服だった。
実際、彼女が身に着けるコートは、繊維状に加工されたミスリル銀で紡がれた、極めて優秀な魔法の戦装束だ。
ブーツも強力な幻獣の皮を用い、脛や爪先、靴底などの要所をミスリル銀で補強したやはり優れた魔道具である。
そして、右手には全長2m半ほどの槍が握られている。これも総ミスリル銀製の非常に強力な魔法の武器だ。
その穂先は両刃で1mほどの長さにもなり、刺突だけでなく振るえば斬撃を与える事も出来る。柄は黒色だが、穂先は透明感がある赤色に加工されている。
セフォリエナは完全武装と言ってよいいでたちだった。
そのセフォリエナの前を10代中頃の少年のように見えるハーフエルフが歩いている。後方にはやはり同じくらいの見た目のハーフエルフの少女がいた。2人はそれぞれ、先導と後方警戒の役を担っていた。
セフォリエナは、ヤルミオンの森の中の極めて広い範囲を“見る”ことができる能力を有している。
しかし、その能力を使うためには目を閉じる必要があった。そのため、その能力を使うことを前提に行動する場合には、基本的に補助する者を同行させていた。
ただ、今日セフォリエナにつき従っているのは、通常そのような任務には就かない比較的新参の2人だった。
従来の警備体制は既に見透かされている事が懸念される。だから常ならざる形で行動する。セフォリエナはそう説明して2人を連れ出していた。
「待て」
セフォリエナが前を行くハーフエルフの少年にそう声をかけた。
少年は即座に動きを止め、前方を警戒する。
それを確認したセフォリエナは両目を閉じた。
「……いるな」
しばらくしてから、セフォリエナが目を閉じたままそう告げる。
「後ろに回って2人で背後を警戒してくれ」
目を開いたセフォリエナは前にいる少年に指示した。
「はい」
そう答えた少年が後ろに下がると、セフォリエナは先頭に立って歩き始める。
それから更に5分間ほど歩いたところで、セフォリエナは不意に立ち止まり、左手を下から上へと振り上げた。
と、地中から黒紫色の影が飛び出す。黒紫の肌そして体中に無数の口を持つ異形。フィントリッドらが過誤者と呼ぶ存在だ。
「「「ギヤァァァァ!!」」」
過誤者の複数の口がそんな声をあげた。苦痛の声だった。
過誤者の体は茨によって絡めとられている。その茨が地中から突き上がることによって、無理やり引きずりだされたのだ。
そしてその過誤者は、地面から伸びる茨によってそのまま空中に押し上げられる。
「ギュアァァァ!」「ギエェェェ!」
一拍遅れて、木陰や樹上など、そこかしこからそのような叫びが上がる。
身を隠していた無数の過誤者達が、同様に地面から生え出た茨によって絡めとられていた。
更に何体かの過誤者が、最初の1体と同じように地中から引きずり出される。
しかし、全ての過誤者が捕らえられたわけではなかった。
茨による攻撃を逃れた過誤者の内2体が、セフォリエナを襲う。
だが、その2体はセフォリエナの体に触ることすら出来ない。セフォリエナの足元から突如突き上がった茨によってはじかれ、吹き飛ばされ、倒れた先で茨に捕らえられた。
セフォリエナを無視して後ろのハーフエルフ達を狙った過誤者も3体いた。だが、セフォリエナが振り向いて左手を向けると、やはりセフォリエナの足元から凄まじい勢いで茨が飛び出し、その3体を絡め取る。
そうして、瞬く間にその場に居た全ての過誤者が捕らえられた。その数は20体を数えた。
セフォリエナが左手を握る。すると、ハーフエルフたちを狙った3体の過誤者たちを絡めとる茨が蠢き、恐るべき強さで締めつけ始めた。
「グアァァァ」
過誤者がまた叫ぶ。
セフォリエナは正面に向き直りつつ、握り締めたままの左手を振るう。
すると前方で無数の過誤者たちを絡み取っていた茨も激しく蠢き、過誤者を締め上げる。その威力は凄まじく、過誤者達は見る間に傷だらけになり断末魔の悲鳴をあげた。
最初に、ハーフエルフ達を襲おうとした3体が息絶えた。
続いて、前方の過誤者達も1体また1体と力尽きていく。
セフォリエナはその様子を冷めた瞳で見つめていた。
だが、次の瞬間、突如セフォリエナが振り返った。何事か異変を感じたのだ。
セフォリエナが鋭い視線を向けた先では、ハーフエルフの少年が屈みこんで地面に両手を付き呪文を詠唱している。
セフォリエナは一瞬も躊躇わず左手をその少年へ向ける。またも足元から飛び出した茨が少年を襲った。
しかし、突如空中に粘液が出現し、茨にぶつかり、その動きを止めてしまう。
その間に少年の詠唱は完成した。
「出でよ、分裂する海、古の縛りの手よ!!」
瞬時に少年を中心に、セフォリエナの周辺までを含む地面が漆黒の泥土とかわる。そして黒紫の触手が生え、少年の隣で驚愕しているハーフエルフの少女を襲う。
セフォリエナは右手の槍を少女の方に向けた。
槍の柄の部分から茨の塊が飛び出し、触手を弾き飛ばして少女の下に至り、そして瞬時に球状の格子となって少女を囲んだ。
その茨の棘は全て外側に向いていた。拘束ではなく守護を目的としているのだ。
事実、続けざまに少女を襲った触手は、全て茨によって阻まれている。
だが、その代わりに、セフォリエナの両手と両足は触手に絡みつかれてしまっていた。
触手が少女を襲った一拍後に、セフォリエナもまたその足元から生え出た触手に襲われていたのである。
「くっ!」
セフォリエナからそんな声が漏れ、その表情が悔しげに歪む。
「アハハハハ」
哄笑が響き渡った。地面に手をついたハーフエルフの少年が声を上げて笑っていた。
その声は女のものだ。
そして、その姿が変わっていく。
体は成熟した女のものとなり、爪が長く鋭い鉤爪に変わり、口から犬歯が生え出た。サイズが合わなくなった上着のボタンが弾け飛んで、白い肌と豊かな双丘が露になる。髪は赤紫色に染まって長く伸びた。
その女に向かって、触手に絡まれ身動きが取れないセフォリエナが、憎憎しげな声で告げる。
「やはり貴様か、カルレアータ」
「やはり? 察してくれていたのかしら?」
カルレアータと呼ばれた女はそう問いかけた。
セフォリエナがカルレアータを睨みつけながら応じる。
「今回の件は、我々の内部の情報を知った上で行われた事だ。
我らの城に忍び込み情報を盗み取る。そんなことが出来る者は限られている」
「あら、そんなに評価してもらえて嬉しいわ。
でも、それを察していながらまんまと捕まってしまうなんて、どうかと思うわよ?
実際、この小娘を助けようとしなかったら、あなたは捕まらないで済んだのではないのかしら? まあ、あなたはそうするだろうと思って、わざわざこの娘も攻撃したのだけれど」
カルレアータは、己の横で茨によって守られているハーフエルフの少女を指差してそう告げた。
そして更に、嬉しくて仕方がないといわんばかりの笑みを浮かべつつ言葉を続ける。
「直接会うのは随分久しぶりだけれど、相変わらずお優しくて、そして迂闊すぎるわよ。
自分でもそう思うのではないかしら? ねえ、アイラちゃん」
カルレアータはセフォリエナに向かってそう言った。
ヤルミオンの森の深部を支配するフィントリッド・ファーンソンの妻にして、その城の警備を司る者であるセフォリエナが、その美しい真紅の髪をなびかせてヤルミオンの森を歩いている。
だが、それは優雅な散策というわけではない。彼女の表情は厳しく引き締められていた。
身に着けているのは赤色のロングコートだ。そのコートは首元から足首近くまでを覆っており、胸元から腰あたりまでをボタンできっちりと留めて、腰でベルトを締めていた。
広い歩幅で歩いている為、歩くたびにコートの脚部のあわせが少しはだけ、彼女が膝の上までを覆う、これもまた赤を基調にしたブーツを履いていることが見て取れる。
身を守ることと動き易さの両立を目指しているように見える衣服だった。
実際、彼女が身に着けるコートは、繊維状に加工されたミスリル銀で紡がれた、極めて優秀な魔法の戦装束だ。
ブーツも強力な幻獣の皮を用い、脛や爪先、靴底などの要所をミスリル銀で補強したやはり優れた魔道具である。
そして、右手には全長2m半ほどの槍が握られている。これも総ミスリル銀製の非常に強力な魔法の武器だ。
その穂先は両刃で1mほどの長さにもなり、刺突だけでなく振るえば斬撃を与える事も出来る。柄は黒色だが、穂先は透明感がある赤色に加工されている。
セフォリエナは完全武装と言ってよいいでたちだった。
そのセフォリエナの前を10代中頃の少年のように見えるハーフエルフが歩いている。後方にはやはり同じくらいの見た目のハーフエルフの少女がいた。2人はそれぞれ、先導と後方警戒の役を担っていた。
セフォリエナは、ヤルミオンの森の中の極めて広い範囲を“見る”ことができる能力を有している。
しかし、その能力を使うためには目を閉じる必要があった。そのため、その能力を使うことを前提に行動する場合には、基本的に補助する者を同行させていた。
ただ、今日セフォリエナにつき従っているのは、通常そのような任務には就かない比較的新参の2人だった。
従来の警備体制は既に見透かされている事が懸念される。だから常ならざる形で行動する。セフォリエナはそう説明して2人を連れ出していた。
「待て」
セフォリエナが前を行くハーフエルフの少年にそう声をかけた。
少年は即座に動きを止め、前方を警戒する。
それを確認したセフォリエナは両目を閉じた。
「……いるな」
しばらくしてから、セフォリエナが目を閉じたままそう告げる。
「後ろに回って2人で背後を警戒してくれ」
目を開いたセフォリエナは前にいる少年に指示した。
「はい」
そう答えた少年が後ろに下がると、セフォリエナは先頭に立って歩き始める。
それから更に5分間ほど歩いたところで、セフォリエナは不意に立ち止まり、左手を下から上へと振り上げた。
と、地中から黒紫色の影が飛び出す。黒紫の肌そして体中に無数の口を持つ異形。フィントリッドらが過誤者と呼ぶ存在だ。
「「「ギヤァァァァ!!」」」
過誤者の複数の口がそんな声をあげた。苦痛の声だった。
過誤者の体は茨によって絡めとられている。その茨が地中から突き上がることによって、無理やり引きずりだされたのだ。
そしてその過誤者は、地面から伸びる茨によってそのまま空中に押し上げられる。
「ギュアァァァ!」「ギエェェェ!」
一拍遅れて、木陰や樹上など、そこかしこからそのような叫びが上がる。
身を隠していた無数の過誤者達が、同様に地面から生え出た茨によって絡めとられていた。
更に何体かの過誤者が、最初の1体と同じように地中から引きずり出される。
しかし、全ての過誤者が捕らえられたわけではなかった。
茨による攻撃を逃れた過誤者の内2体が、セフォリエナを襲う。
だが、その2体はセフォリエナの体に触ることすら出来ない。セフォリエナの足元から突如突き上がった茨によってはじかれ、吹き飛ばされ、倒れた先で茨に捕らえられた。
セフォリエナを無視して後ろのハーフエルフ達を狙った過誤者も3体いた。だが、セフォリエナが振り向いて左手を向けると、やはりセフォリエナの足元から凄まじい勢いで茨が飛び出し、その3体を絡め取る。
そうして、瞬く間にその場に居た全ての過誤者が捕らえられた。その数は20体を数えた。
セフォリエナが左手を握る。すると、ハーフエルフたちを狙った3体の過誤者たちを絡めとる茨が蠢き、恐るべき強さで締めつけ始めた。
「グアァァァ」
過誤者がまた叫ぶ。
セフォリエナは正面に向き直りつつ、握り締めたままの左手を振るう。
すると前方で無数の過誤者たちを絡み取っていた茨も激しく蠢き、過誤者を締め上げる。その威力は凄まじく、過誤者達は見る間に傷だらけになり断末魔の悲鳴をあげた。
最初に、ハーフエルフ達を襲おうとした3体が息絶えた。
続いて、前方の過誤者達も1体また1体と力尽きていく。
セフォリエナはその様子を冷めた瞳で見つめていた。
だが、次の瞬間、突如セフォリエナが振り返った。何事か異変を感じたのだ。
セフォリエナが鋭い視線を向けた先では、ハーフエルフの少年が屈みこんで地面に両手を付き呪文を詠唱している。
セフォリエナは一瞬も躊躇わず左手をその少年へ向ける。またも足元から飛び出した茨が少年を襲った。
しかし、突如空中に粘液が出現し、茨にぶつかり、その動きを止めてしまう。
その間に少年の詠唱は完成した。
「出でよ、分裂する海、古の縛りの手よ!!」
瞬時に少年を中心に、セフォリエナの周辺までを含む地面が漆黒の泥土とかわる。そして黒紫の触手が生え、少年の隣で驚愕しているハーフエルフの少女を襲う。
セフォリエナは右手の槍を少女の方に向けた。
槍の柄の部分から茨の塊が飛び出し、触手を弾き飛ばして少女の下に至り、そして瞬時に球状の格子となって少女を囲んだ。
その茨の棘は全て外側に向いていた。拘束ではなく守護を目的としているのだ。
事実、続けざまに少女を襲った触手は、全て茨によって阻まれている。
だが、その代わりに、セフォリエナの両手と両足は触手に絡みつかれてしまっていた。
触手が少女を襲った一拍後に、セフォリエナもまたその足元から生え出た触手に襲われていたのである。
「くっ!」
セフォリエナからそんな声が漏れ、その表情が悔しげに歪む。
「アハハハハ」
哄笑が響き渡った。地面に手をついたハーフエルフの少年が声を上げて笑っていた。
その声は女のものだ。
そして、その姿が変わっていく。
体は成熟した女のものとなり、爪が長く鋭い鉤爪に変わり、口から犬歯が生え出た。サイズが合わなくなった上着のボタンが弾け飛んで、白い肌と豊かな双丘が露になる。髪は赤紫色に染まって長く伸びた。
その女に向かって、触手に絡まれ身動きが取れないセフォリエナが、憎憎しげな声で告げる。
「やはり貴様か、カルレアータ」
「やはり? 察してくれていたのかしら?」
カルレアータと呼ばれた女はそう問いかけた。
セフォリエナがカルレアータを睨みつけながら応じる。
「今回の件は、我々の内部の情報を知った上で行われた事だ。
我らの城に忍び込み情報を盗み取る。そんなことが出来る者は限られている」
「あら、そんなに評価してもらえて嬉しいわ。
でも、それを察していながらまんまと捕まってしまうなんて、どうかと思うわよ?
実際、この小娘を助けようとしなかったら、あなたは捕まらないで済んだのではないのかしら? まあ、あなたはそうするだろうと思って、わざわざこの娘も攻撃したのだけれど」
カルレアータは、己の横で茨によって守られているハーフエルフの少女を指差してそう告げた。
そして更に、嬉しくて仕方がないといわんばかりの笑みを浮かべつつ言葉を続ける。
「直接会うのは随分久しぶりだけれど、相変わらずお優しくて、そして迂闊すぎるわよ。
自分でもそう思うのではないかしら? ねえ、アイラちゃん」
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