剣魔神の記

ギルマン

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第5章

67.想定外の事態

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 バルオンは、エイクのいう事にも一理あると思ってしまっていた。
 彼には、命に代えても秘密を守ろうというほどの忠誠心はない。ただ、団長ゼキメルスの恐ろしさを良く知っており、その報復を恐れるからこそ裏切りを躊躇っていただけだ。

 だが、確かにエイクの言う通り今の状況なら報復される可能性は低いように思われる。それなら、無駄に傷を負う前に知っている事を話してしまった方が良い。そんな気がしていた。
 それに、バルオンはエイクの口ぶりから気づいたこともあった。

(こいつはさっきから「俺たち」と言っている。仲間がいるってことだ。
 まあ、当たり前だ。いくら腕に覚えがあっても、たった一人で敵の砦に攻め込んで来る馬鹿がいるはずがない。
 要するに、辺境伯領には、俺たちが知らない武装集団がいたんだ。こいつはその切り込み隊長みたいな存在だろう。そして並の強さじゃあねぇ。こんな奴らがいるなら、団長も倒されるかも知れねぇな。
 だとすれば、むしろこいつらにすり寄った方が良いだろう……)

 そんなことを考えたバルオンは、改めて口を開いた。洗いざらい語るつもりになっていた。

「……分かった。知っていることは教えてやる。
 まず、雷刃剣グロスの雷撃の能力って奴だが、あれは、本当は魔剣の能力じゃあねぇ。団長自身の特殊能力って奴だ。
 団長は魔剣に限らず、手に持つ物すべてに雷撃の力を付与できる。左右どっちの手でもな。呪文も本当は必要ねぇ」

「……グロスに意識を向けていれば、別の攻撃で雷撃を受けるという訳か」

「そうだ。その上で、真上から全力で振り下ろした時だけは、武器や防具越しにも雷撃を加えられるという偽の情報を、調べれば簡単に知れる程度に出まわらせている。
 それを知れば、上からの攻撃の時には、特にグロスに注意して他が疎かになるからだ。だが、本当は、武器や防具越しに雷撃を与えるかどうかも、自由に切り替えられる。
 要するに、雷撃から逃れるためには、団長の攻撃すべてを避ける必要がある」

(こいつが言っている事が事実なら、剣だけじゃあなく、鞘や飾りにも雷撃の力が宿っているって推測の方は間違っていたわけだ)
 エイクはそう考えた。先に尋問した傭兵の中にそんな推測をする者もいたのである。

 ゼキメルスは、雷撃の真の能力は、可能な限り幹部や信頼できる一部の配下の前でしか使わないように注意していた。しかし、そうも言ってはいられない場面もあり、平の傭兵の前で鞘や飾り鎖で雷撃を使う事もあったのだ。
 そこから、鞘や飾りにも雷撃の能力があると推測されていたのだった。
 エイクは質問を続ける。

「ゼキメルスはどうやってそんな能力を得たんだ?」
 エイクはそのことが大いに気にかかった。
 自分も特殊な能力を複数持っているのだから、他にも特殊な能力を持つ者がいても不思議ではない。だが、本当にそんな能力があるなら、今後の為にもその詳細は知っておくべきだ。

「それは、俺も知らねぇ」
 だが、バルオンの答えはそんなものだった。
 エイクは固執せずに次の質問を口にする。

「そうか、ゼキメルス自身の強さは?」
「一対一で正面から勝負をすれば、多分手前の方が強いだろうよ。
 だが、団長は尋常な勝負なんかしねぇ。今言った雷撃の能力もそうだが、団長の戦い方を知らずに戦ったらやべぇぞ」

「具体的には?」
「団長は、相手が手強いとみれば自分で前に出てくる。一騎打ちには自信を持っているし、部下が死ねば損失だからな。だが、本当の強敵と真面に一対一で戦うつもりはない。
 団には、透明化の魔法が付与されたローブを扱う奴がいる。そいつを敵の背後に忍ばせるようにして、本当に強敵の場合は後ろから攻撃させる。手前と戦うなら、多分その手を使うだろうよ」

「なるほど……」
 この情報も他の傭兵から既に聞いていた。しかも、雷刃剣グロスの偽情報と違い厳重に口止めされていたらしい。つまり、隠すべき真実の情報ということだ。

 その情報を語ったということは、バルオンも真実を告げる気になっているのだろう。
 そう判断したエイクは、更に続けて思いつく限りの質問をした。
 バルオンは、こうなればエイクがゼキメルスを倒した方が都合が良いと本気で思っており、割り切って可能な限りその質問に答えた。



 やがて、聞くべきことを全て聞いたと考えたエイクは、一つだけ息を吐くとクレイモアを抜きはらった。その目は殺意を込めて鋭く細められている。
 バルオンもその剣呑な気配を感じ取り、思わず声をあげた。

「おい、手前、どういうつもりだ」
 エイクは低い声音で答える。
「悪いが、死んでもらう」

 バルオンは驚愕し声を荒げた。
「ふざけるなッ! 約束が――」
「自分が、約束を守ってもらえるような人間だと思っていたのか?」
 エイクはバルオンをさえぎってそう告げ、更に言葉を続ける。
「それとも、まさか俺が正義の味方だとでも思っていたか?」

 この指摘は、ある意味で正解だった。
 バルオンは、エイクがアメリアを助けるために踏み込んで来たのだと思っていた。つまり、捕らわれた婦女子を助けようと考える善人なのだろう、と。だから、約束も守るだろうと思った。
 酷い過ちだった。

 エイクは、クレイモアを上段に構える。
 バルオンが必死に声を上げた。
「やめろッ! ふざけんな! くそッ!」

 しかし、エイクは無造作にクレイモアを振り下ろす。
 その一撃は、バルオンを袈裟切りに深く鋭く切り裂いた。致命傷だった。

「ち、くしょ…」
 バルオンは恨み言を最後まで口にすることも出来ず、深い憎悪と怒りを抱いたまま事切れた。
 エイクは、バルオンの身体からオドが周りの空間に発散していくのを感じていた。肉体を離れたオドは速やかに希釈さら感知できなくなって行く。

 エイクは表面上平静な様子を見せていた。しかし内心では自分の気持ちが沈んでいる事に気づいていた。何人もの傭兵を、約束を破って殺したことに気が咎めていたのである。
 そして同時に、そんな自分自身の心の動きに苛立ちを感じていた。

(相手を騙して殺す。たかがその程度の事を気に病むとは、俺はなんて惰弱なんだ)
 エイクは、自分の心の動きを“弱さ”だと断じた。更に、偽善的だとも思っていた。

(相手が善人だったり仲間だったりしたならまだ分かる。だが、こんな極悪人を相手にして、騙す事に今更良心が咎めるとでもいうのか? そんなのはまるで善人の振りをしているようなものだ、あさましい心の動きだ)
 と、そんな風に考えたのである。

(もっと精神的に強くならなければならない)
 そして結局はそう結論付けた。

 エイクにとって精神的な強さとは何事にも動じない事だ。この程度の事で、めそめそと考え込むこと自体がエイクに言わせれば既に弱さだった。

 そこでエイクは自分自身の気持ちについて考え込むのを意識的に止めた。
 そんな無駄の事をしている場合ではない事を思い出したからだ。

(“雷獣の牙”がラモーシャズ家を裏切ったとなると、のんびりしてはいられない。直ぐに領都トゥーランに向かわなければ、取り返しがつかないことになる。早くベアトリクスたちと相談して――)

 と、その時、エイクが全く予想だにしない事態が生じた。
 突然、部屋が淡い光に包まれたのである。

「ッ!」
 エイクは驚愕して息をのみ、咄嗟に身構えて周りの様子を窺う。
 すると、天井全体が光を発している事に気付いた。それは、通常の生きている迷宮と同じ現象だった。
 エイクは直ぐに廊下に出た。廊下の天井にも明かりが灯り、室内と同じ状態になっている。

(まさか、迷宮が復活したというのか!?)
 そうとしか思えない。
 一度枯れた迷宮が復活するという事例をエイクは知らない。
 だが、どう考えても魔法の発露としか思えない方法で明かりが灯った以上、少なくとも機能の一部が復活しているのは明らかだ。

(これは、まずい)
 エイクはそう考えて、ベアトリクスらがいる部屋へ向かって走った。

 迷宮の機能が復活したなら、魔物の自動生成機能も復活したとみるべきだ。そしてかつてのワレイザの迷宮は、迷宮内の魔物が外の出てくることもある迷宮だった。
 つまり、ワレイザ砦の安全性は根底から覆ってしまったのである。
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