剣魔神の記

ギルマン

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第5章

75.領主館襲撃①

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 ヒエロニムと別れたエイクは、再び城壁を乗り越えて街の外に出た。隠し通路は城壁の外にまで続くものだったのである。
 隠し通路の外側の出入り口は、城壁の外に作られた共同墓地内の倉庫にあった。礼拝堂の脇に建てられた目立たない建物だ。

 共同墓地は普段は無人で、倉庫はほとんど使われておらず、扉には簡易な鍵が掛けられているだけだった。重要な施設ではないと思わせるための偽装である。
 エイクはその鍵を壊して倉庫の中に入り、ベアトリクスに教えられた通りに床を探った。
 すると、隠し扉を見つけることが出来た。かなり巧妙に隠されていて、隠し扉があると知って探さなければ見つけることは出来なかっただろう。

 隠し扉の先には空洞が続いていた。壁面は漆喰で塗り固められ、梯子が設置されたしっかりとした作りになっている。エイクは速やかに梯子を使って下に下りた。
 降りた先には、鉄製の大きな扉があった。そのノブの近くには掌ほどの大きさのダイヤルが付けられている。
 そのダイヤルを特定の法則に従って左右に回すことで扉の鍵が開くのである。その方法もベアトリクスから聞いていた。

 エイクはその作業を行いつつ、これはあまり意味のない仕掛けだと考えていた。
(他者に見つかっても開けられないようにする為の仕掛けなのだろう。何となく気持ちは分かるが、ここに隠し通路があると知られれば、鉄製の扉でも壊すことは可能だ。存在を知られてしまえば、実質的にほとんど意味がない仕掛けだ。
 まあ、隠し通路とは、そもそもそういうものなのだろうが……)

 そのような事を考えつつも、エイクは間違いなくダイヤルを動かし、鉄扉を開けた。
 その先は通路になっている。灯りは全くないが、暗視能力を持つエイクには問題にならない。エイクは臆することなくその通路を進んだ。



 やがてエイクは、隠し通路の屋敷側の出入り口近くに辿り着いた。そこにも外と同じように鉄扉があり、ダイヤル式の開錠装置が仕掛けられている。
 そこでエイクは、改めてオドの感知能力を使って扉の先の様子を窺った。

 エイクのオド感知能力は大量の土を超えてその先を感知する事は出来ない。その為、地下を進む隠し通路内にいる間は、上手く感知する事が出来なかった。なので、改めてここで鉄扉の先にオドがないか確認したのである。

 結果、鉄扉の直ぐ近くはもちろん、その付近にもオドはない事が分かった。
 その上でエイクは、ダイヤルを動かし鉄扉を開ける。その先は、これも外と同じような縦穴になっていた。
 梯子を使い、隠し扉も開けて出た先は、辺境伯家の屋敷の地下倉庫だ。
 エイクは、そこで屋敷内のオドを感知しながら状況を考察する。

(ほとんどの人間大のオドは横になっている。普通に寝ているのだろう)
 今は、夜明け前と言える刻限になっている。ラモーシャズ家の者達を贄とした暴力の宴に興じていた者達も、今はそのほとんどが眠りについていた。
 奇襲には適したタイミングだ。

(2つ1組になって動いているオドが2組、これは見回りをしているようだな。他には、玄関付近に立っているオドが4つ。
 2階には多くのオドがまとまって横になっている場所が2か所ある。前に感知したのと同じ場所だし、まず間違いなく捕虜たちを捕らえている部屋だ。それぞれの部屋の近くに2つずつ立っているオドは、きっと見張りだ。
 他のオドは、適当にバラけて横になっている。傭兵達だろう。
 一応それなりの警戒はしているようだが、俺の行動がばれている様子はない。決行だな。とにかく、やれるだけやろう)

 そう思い定めたエイクは倉庫を出た。
 最初の目標は正面玄関だ。退路を確保するためである。

(もし勝てないなら逃げる必要がある。隠し通路よりも正面玄関の方が使いやすい。まずは、玄関周辺の敵を倒して扉を開け放っておく。
 それに、玄関付近で戦えば、変事が起こっている事を外に知らせる事にもなる。さっきの男が本当にヒエロニム・ロフロールだったなら、何らかの動きを示すはずだ。
 逆にあの男が敵だったなら、俺が攻撃してくる事を知って罠を仕掛けたりしているかも知れない。猶更退路の確保が重要になる)

 エイクはそのような判断に基づいて正面玄関へと向かった。
 だが、秘密裏の内に玄関にいる者達全員を討つのは不可能だと判断していた。
 玄関付近にある4つのオドはそれぞれ多少の距離をとっていたからだ。一撃で全員を切り飛ばすのはとても無理な距離だった。

(襲撃がばれたら、あとは速攻だ)
 エイクはそんなことも思い定めた。



 正面玄関付近にいた者達は、確かに一撃で薙ぎ払うのは不可能な配置になっていた。
 扉は閉められており、その外側と内側に2人ずつ見張りが立っていたのである。外からの侵入者と同時に、捕らえている使用人などが逃げようとするのを防ぐためだろう。
 加えて2人の見張りは広い扉の左右に分かれて立っている。とても剣が届く距離ではない。1人ずつ討つしかなかった。

 しかも、玄関付近は魔道具による明かりに煌々と灯されているし、見張りの者は周囲をよく見回している。
 見張り達の剣は左腰の鞘に納められたままだが、左手には盾を持っており、直ぐに戦闘態勢に移れる状態だ。
 服装を見る限り見張り達は“雷獣の牙”の傭兵達のようだが、少なくともワレイザ砦にいた者達よりは遥かに真面に見張りの役を担っている。
 この状況では、いくらエイクが錬生術の奥義を用いて気配を消しても、気付かれずに間近まで接近して攻撃するのは無理だ。

 それでもエイクは、可能な限り近づくことにした。
 クレイモアを構え、気配を消して、1人の傭兵に向かってゆっくりと接近してゆく。
 
「ん?」
 周りを見回していた傭兵がそんな声をあげた。何か違和感を持ったのだ、そしてにじり寄るエイクの方に顔を向ける。

(気づかれた!)
 そう察したエイクは、躊躇わずに駆け寄りクレイモアを振り下ろす。

「なッ」
 傭兵はそんな声を上げ、左手に持っていた盾を上げようとした。右手は剣を抜くために左腰の鞘に伸びる。しかし、どちらも間に合わなかった。
 傭兵が盾を頭上に構える前に、エイクのクレイモアが傭兵の頭蓋を断ち割ったからだ。

 エイクは間髪を入れずもう一人の傭兵へと駆ける。
 だが、やはり傭兵が叫ぶのを止めることは出来なかった。

「敵だっ!」
 傭兵がそう叫んだ直後に、エイクのクレイモアが傭兵の盾を弾き飛ばして、そのまま喉を貫き、それ以上の言葉を止める。しかし、敵に襲撃を知られてしまったのは間違いない。

「どうした!」
 そんな声と共に、扉が外から開かれた。外にいた傭兵が状況を確認しようと考えたのだ。
 不用意な行いだった。
 エイクは扉の隙間からクレイモアを突き出し、その傭兵を刺し殺す。
 その直後、「ピィー」という笛の音が鳴り響いた。
 最後に残った傭兵が、敵襲を知らせるために笛を吹きならしたのである。

 エイクは扉の外に出ると、その傭兵も一撃で切り殺した。
 更に、扉の鍵の部分にクレイモアを叩きこむ。
 そうやって鍵をかけられないようにしてから扉を大きく開け放った。

 その間に、屋敷内の横になっていたオドの多くが立ちあがっていた。
 目を覚ました者が多数いるのだ。

(急ごう。次は捕らわれている使用人たちの解放だ。人質にされると面倒だからな)
 エイクはそう考えて次の目的地へ向かって走り始めた。
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