剣魔神の記

ギルマン

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第5章

91.今後の為の会議③

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 今後の事に関する話し合いがひと段落したところで、ヒエロニムから傭兵達を尋問した結果についても語られた。その中には気になるものもあった。
 傭兵たち全員が、ある種の儀式めいた行為を行っていたのだという。

「酒宴の際などで、団長のゼキメルスから特別な酒を注がれ、それを飲み干した後に、宣誓をしていたのだそうです。宣誓の内容はゼキメルスの命令があれば命を捨ててそれに従う、というものです。
 これだけなら、それほど珍しい事ではないでしょう。しかし、ゼキメルスの最後の言動を踏まえると、意味深長なものを感じます」
 
 確かに、ヒエロニムのいう通りだろう。
 傭兵団が宴に興じるなどよくある事だし、その様な席で団長自ら酒を注ぐことも十分にあり得る。団長から注がれた酒を飲み干すことを、忠誠を尽くす証とする事もあるくらいだ。
 そして、団長の命令に従って命を捨てると宣言することも当然あり得る。傭兵団はそもそも命を懸ける事もある集団なのだから。

 しかし、その団長のゼキメルスが、本当に配下の傭兵達を生贄とするような呪文を唱えた事を考え合わせると、その行為に何か特別な意味があった可能性も考えられる。
 ヒエロニムは更に説明を続けた。

「尋問した傭兵達の全員が、その事を覚えていました。その理由はその時に飲んだ酒が、他で飲んだことがない全く独特の味がしたからだそうです。
 そして、宣誓を行った後、例外なく酩酊状態になったとも言っていました。普段どんなに酒を飲んでも潰れない者も、その酒を飲んだ後は記憶があいまいになるのだそうです。非常に怪しいですね。
 配下の傭兵達を生贄にする為の前準備だったのかも知れません」

「確かにあり得る話だ。生贄に捧げるにしても、何らかの準備が必要な場合は多いらしいからな。しかし、だとすると、ゼキメルスは最初から配下を犠牲にするつもりだったわけか……」
 この話を聞き、エイクもいろいろと思うところがあった。

「念のため、傭兵共の死体は念入りに焼却処分にいたします。儀式の内容によっては死体になっても何らかの作用が残っているかも知れませんから」
 ヒエロニムはそう告げた。

 本当ならば、捕虜にした傭兵達を生かしておいて、賢者の学院かどこかでしっかりと調べてもらうべきだろう。だか、ベアトリクスがそれを嫌った。
 ベアトリクスとしては、憎い仇の一員でもある傭兵達を生かしておきたくはなかったし、ヴェスヴィア辺境伯領で起こったことの詳細はあまり広めたくなかったからだ。

 もちろん、反乱がおきて辺境伯が殺された事は最早隠しようもないし、王国政府には詳細な報告をする必要がある。
 しかし、市井にまで詳細を知られたくはなかった。その為、捕虜とした傭兵達も尋問の後速やかに処刑していたのである。

 ヒエロニムは、せめて死体の後処理だけはしっかりとしておくことにした。
 ただでさえ、死者がアンデッド化する事もあるのに、何やら特殊な儀式を受けており、何者かへの生贄にされる可能性があった者の死体の処理を疎かにすることは出来ない。

「確かに、俺も注意しておくべきだと思う。十分に気を付けておいて欲しい」
 エイクもそう答えた。
 そして、自分が知っている事も告げた。

「ゼキメルスの死体を調べて、両手の平に宝珠が埋め込まれているのを見つけた。多分、雷撃の能力に関係するものだと思う。
 念のために手ごと切り取って保管しているが、出来ればこれを持ち帰って調べてみたい。奴が使っていた雷撃の能力に興味があるからだ」

 黙って持って行っても咎められる事はないだろうと思ったが、今後の関係を考慮して筋を通したのである。
 ベアトリクスはこれを快諾した。

「その程度の事何の問題もない。自由に持って行ってくれ。
 それだけではない、傭兵共が使っていた物は全てそなたの物にしてくれていい。グロスとかいう魔剣や身を隠すローブはそなたにとっても役に立つだろう?」

 エイクは少し考えたが、この申し出は断る事にした。
「……いや、それは遠慮しておく。それでは報酬の貰いすぎだ。
 俺は、契約は出来るだけ守るようにしたい。追加の報酬を後で貰うつもりはない。
 宝珠についても、その価値が分かったら、改めてこちらから対価を払う事にしようと思っている」

 エイクがそんな対応をすることにしたのは、出来るだけ誠実な態度をとる事で、今更ながら多少なりとも心象を良くしようと思ったからだ。
 実際、傭兵達が使っていた物の中にはエイクにとって有益な物も少なからずある。しかし、それはヴェスヴィア辺境伯家とっても有益な物だ。それらをヴェスヴィア辺境伯家に渡した方が心象が良くなるだろう、とエイクはそう考えたのだ。
 だが、その言葉を聞いたベアトリクスは、やや気落ちした様子を見せた。

「そうか、感謝の気持ちのつもりだったが、要らぬというなら、無理強いするつもりはない……」
 そう告げて、少し目を伏せる。

 その様子をみて、エイクは自分の対応が誤りだったことを悟った。
(貴族が平民に下賜すると言っているのだから、喜んで拝領するのが正解だったか。
 だが、今更やはり欲しいですというのも気がひける。それに、この契約は対等な関係で結んだものだったのだから、無暗にへりくだりたくもない)
 そう考えて言葉を返す。

「感謝してくれているというだけで、嬉しいよ。
 けれど、俺は、貴女が対等な立場で契約を結ぶと言ってくれた事がとても嬉しかった。だから、この契約は出来るだけ誠実に履行したい。後になって報酬を増やしたり減らしたりするのはなしにしよう。
 感謝の気持ちは、気持ちだけしっかりと受け取っておく」

「……そうか、そう言ってくれるなら、私も嬉しい。私たちはこれからも対等な関係でいよう。
 私にも立場があるから、体裁は整えなけらばならない場面もあるが、そなたへの感謝は忘れないし、心では対等な相手だと思っておく。そなたもそう思っていてくれ」
「ああ、分った。今度ともよろしく頼む」



 そして、話し合いが全て終わった後、エイクは直ぐに王都に戻る事にした。今はこれ以上辺境伯領ですることはなかったからだ。
 だが、そう告げたエイクをベアトリクスが引き留めた。

「それほど急ぐこともないだろう? もう数日くらい、ゆっくりしていってはどうだ?」
「どうした? 俺と離れるのが寂しくなったのか?」
 エイクは冗談交じりにそんな言葉を返した。

「ば、馬鹿な事を言うな。領主として、恩人をもてなすのは礼儀だ。だから提案した。それだけの事だ。変な勘違いを、しないでくれ」
 ベアトリクスは慌てた様子でそう告げる。

 エイクは気にせずに答えた。
「それなら、気を使ってもらう必要はない。俺には、早く王都に還る必要もあるんだ」
「そうか、分った……」

 ベアトリクスは、少し口ごもったが、やがて意を決し、強い覚悟を込めて言葉を続けた。
「だが、覚えておいてくれ。私も契約を確実に守る。私の身体は、ずっとそなただけのものだ。これからも、いつでも屋敷を訪ねて来てくれていい」

 その言葉を聞いてエイクは少し驚いた。
 “報酬”は、一晩だけの事と思っていたからである。

(やはり、契約内容はしっかりと詰めなければならないな。こういう勘違いも発生してしまう。まあ、今回は俺に都合がいい勘違いだから、別に構わないが)
 そう考え、あたかも最初から分かっていたかのように言葉を返す。

「ああ、機会があれば、遠慮なくよらせてもらうよ。貴女も期待してくれていていい」
「だ、だから、勘違いをするな。誰が、何を期待するというのだ。契約を誠実に履行するというだけのことだ」

「分かっている、冗談だよ。それじゃあ、そう言いう事で、俺は王都に戻る。では、またな」
「ああ、また会おう」

 ベアトリクスとそんな言葉を交わして、エイクは領都トゥーランを後にした。言葉通り、直ぐに王都に還るつもりである。
 王都を出発してからまだ数日しか経っていないが、それでもエイクにとって王都の情勢は大いに気になるところだった。
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