とんこつ彼氏とポンコツ彼女

トン之助

文字の大きさ
35 / 39

忘却の彼方・解【唐草時定】

しおりを挟む



 【大学時代】

 妻とは大学の時に知り合った。

 名前は天草双葉


 今思えば私の一目惚れだったと思う。研究一筋の私をよくからかって面白おかしく笑っていた。その顔を見る度に疲れが吹き飛んでいくようだ。


 彼女は研究職の私とは違い医者になりたいと言っていた。なんでも昔から体が弱くずっと病院にお世話になっていたらしい。



【結婚】

 大学卒業と同時に私達は籍を入れた。唐草双葉と招待状に書く時の彼女の顔を私は忘れない。


 「挙式は福岡でしよう!」


 私の両親に結婚の報告で訪れた時に気に入ったと言ってくれた。それが嬉しくて結婚式の前日は思い出の地を巡った。


 「あの海の向こうには何があるのだろう」


 夕日を見ながら呟く横顔にそっと口づけをしてふたりでずっと眺めていた。


 妻は順調にキャリアを積み、私が務める大学病院に赴任してきた時は給料がとんでもない事になっていた。


 だけど妻はそんな事は気にしないと言ってカラカラと可愛らしく笑うのだ。




【妊娠】

 「子どもが欲しいわ」


 妻の一言は唐突だった。

 今まで子どもが欲しいとは言わない妻だったので急な心境の変化だ。


 仕事一筋だった私と妻だったが、蓄えはある。仕事も順調だったので何の問題もない。思えばこの時から妻は何かしら感じ取っていたのかもしれない。


 妻が妊娠したと知った時の私の行動は少しおかしかったと今では思う。

 職場の研究仲間に毎日のように今日はお腹を蹴っただの、私の声に反応しただの、極めつけは母親にまで電話をかける始末。


 「毎日電話してこんでよか!」


 母さんから叱られた。

 それでも飽き足らず今度は妻の両親に電話をかける毎日。

 義母と義父はとても喜んでくれて私の話に飽きずに付き合ってくれた。


 「トキちゃん、はしゃぎすぎ」


 妻からは生暖かな目で見られたけど人生でこんなに興奮した事はないと思えてしまう。もちろん妻と出逢えた事も同じくらい嬉しい。



【出産】

 妻の妊娠期間中は手探りながらもふたりで歩んでいった。そして春……男の子が生まれた。


 「頑張ったな……双葉!」

 「ふぅ……ふぅ……一番にあたしを抱きしめるなんて……ありがとうトキちゃん」


 生まれてきてくれたこの子も妻も、かけがえのないくらい大切な存在だ。


 「……ねぇトキちゃん。この子の名前なんだけどね?」

 「うん」


 私と妻のお互いの趣味、史跡巡り。

 お互い戦国武将や幕末の志士が好きで休みが合う日は城や武家屋敷に一緒に出かけた。


 「……総司って名前にしたいの」

 「……総司」


 新撰組で有名なあの剣士の名前。


 「この子は仲間を想いやれる素敵な子になるわ」

 「あぁ! そうだな」




【暗転】

 順風満帆に新婚生活が続くと思っていた矢先……妻が倒れた。


 元々体が弱かったのと、自分が医者だという責任感で休日返上で働いた事がたたり気付くのが遅れた。


 余命3年と言われた時、私は絶望した。


 「双葉……私は」

 「トキちゃん。大丈夫よ安心して」


 励まさなれけばいけないのに私の方が励まされてしまう。そして幼いながら私と妻の姿を見て育った総司は正義感の強い男の子になっていた。


 小さいながら妻の命の灯火が短い事を薄々気付いていたのだろう。わがままを言う事はせず率先して家事を手伝っていた。


 「……私は弱いな」


 

【永遠】

 そしてその時がきた。


 「……トキちゃん、総司をお願いね」

 「あぁ! 必ず幸せにしてみせる」


 「……総司」

 「なに、母さん」


 ベッドの上で朗らかに微笑む。


 「幸せになりなさい」


 妻のその言葉に総司はこう返したのだ。


 「父さんと母さんのようにすてきなふうふになりたい」


 「「…………っ」」


 妻とふたりで涙を流したのを覚えている。


 それから妻は私と総司に看取られながら、ゆっくりと目を閉じた。




【帰郷】

 妻が好きだと言ってくれた福岡に夏休みを利用して総司を連れて旅行に行った。


 「母さん……ただいま」

 「んっ。ゆっくりしていかんね」


 私の母、唐草藤江は何も言わず私と総司を抱きしめてくれた。


 総司はというと、母親の死という出来事と向き合う為に必死だった。しきりに私と妻の思い出の場所を聞いてきたので根負けしてしまう。


 そしてある日の夜、玄関が勢いよく開くとひとりの女の子を連れてきていた。


 「父さんばあちゃん! この子怪我してる! 手当てできる?」


 総司と同じくらいの女の子。見ると左腕から血が滲んでいた。母さんと私は急いで救急箱を持ってきて手当をする。

 彼女が腕に巻いていたのは総司にあげた妻の形見のピンクのハンカチ。


 そうか……誰かの為に頑張れる人になったんだな。


 私と妻の願いどおりに育ってくれて良かった。その日の夜……妻の遺影の前で涙を流した。



【転機】

 その日以降、総司はあの女の子とよく出かけるようになった。名前は細川鋼ちゃん。聞けば近所のラーメン屋さんだという。


 母さんは知ってるようだったけど、私は挨拶を兼ねて総司とお邪魔した。


 「おぉ、美味しいな総司」

 「うん! 美味しい!」


 鋼ちゃんはお母さんの後ろに隠れて総司をじっと見ている。それを見て全てを察してしまった私は妻との出逢いを少し懐かしむ。


 夏休みが進んでいくに連れて、総司の周りにはたくさんの友達が集まってくれた。親としてはとても嬉しくて、私も何度か一緒にプールや海に連れていった。




【雨】

 夏休みがもうすぐ終わり私も総司も前を向き出したある日……事故が起こった。



 「えっ! 子ども達が遭難?」


 電話の向こうから鋼ちゃんのお父さんの慌ただしい声が聞こえてきた。近くに座る総司の顔は青ざめている。


 話をまとめると、総司が東京に帰る前に思い出に残る物をプレゼントしたい。それで近くの山に咲く花を取りに行ったらしい。


 その言葉を聞いた総司は駆け出して玄関を出ていく。その日は……雨が降っていた。


 急いで警察や消防、地域のボランティアによる捜索隊が結成され山へ向かう。


 悪くなる天候、予報によると台風が近付いている。探せる所は一通り探したが見つける事は出来なかった。



 午後9時を超えて捜索が打ち切りになろうとした時、整備された道から外れた所から子どもの泣き声が聞こえた。


 「おい、大丈夫か?」

 「わぁぁぁぁん! ゾヴジぐぅぅぅん」


 この子は確か、片原かたはら致いたし君。


 「いたし君大丈夫かい? ケガはないかい?」

 「うっぅ……えっぐ……ゾヴジぐぅぅぅん」


 これだけ泣けるなら大丈夫だろう。私達は彼をだき抱えると急いで指差す方へ向かう。そして到着した場所には遭難していた子ども達がいた。


 「良かった……無事……で」


 発見した時はホッとしたけど、みんなわんわん泣いている。一体どうしたというのだ?


 捜索隊と救急隊が持っていた毛布で包みながら事情を聞くと……



 総司が……崖から落ちた。



 頭の中が真っ白になった。


 妻だけじゃなく、息子まで奪おうというのか!


 全てが憎くなって絶望に塗りつぶされそうになる。しかし私の肩にそっと暖かな温もりが触れる。


『トキちゃん。負けちゃダメ』


 妻がよく言っていた言葉だ。


 なんとか心を落ち着かせ、レスキュー隊が崖下まで降りて息子を救助してくれた。


 ドクターヘリで総合病院に運び込まれた時は一刻の猶予も無かったけれど、懸命な処置のお陰でなんとか一命は取り留めた。

 この時ばかりは研究職にするんじゃ無かったと後悔した。初歩的な対処はできるが重傷者となると……


 医者からは後遺症が残るかもしれないと言われた。


 生きててくれるならそれでいい。


 それに子ども達の話では鋼ちゃんを助けようとして落ちたと教えてもらった。今だから言えるが、好きな女の子の為に頑張った息子を褒めてやりたい。きっと天国の妻もそうするから……




【忘却】

 総司が目覚めてからしばらくはリハビリの日々が続いた。しかしある日警察から電話がかかってきた。何事かと話を聞いたら「お宅の息子さんが迷子になった……」とそんな事を言うのだ。


 もしかしてと思って詳しく調べると、記憶の欠損が見受けられる。


 この時も神様を呪った。

 どうして私の大事なものを奪っていくのか!

 総司はまだ小学生だ。母親の事も、福岡の友達の事もこれから忘れていくというのか!


 私は決意した……私はどうなってもいい。せめて息子だけでも幸せになって欲しい。


 その一心で、各地にいる専門家や妻の知り合いを訪ねては引越しの繰り返し。結局なにも解決策がないまま時間だけが過ぎていく。



 「時定……総司はウチで預かるけん」

 「……母さん」



 私と息子を見兼ねた母さんが総司を引き取りに来た。


 「あの子達に任せるけん安心せんね。時定も疲れたら戻ってきい」


 私は何も見えていなかったのかもしれない。総司を元に戻さなければという思いが先行して、今の息子を見ようともしてなかった。それでどれだけ寂しい思いをさせてしまったか。




 「……みんなに……よろしく」





 これが、私達の忘却の彼方。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?

さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。 しかしあっさりと玉砕。 クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。 しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。 そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが…… 病み上がりなんで、こんなのです。 プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...