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第19話 心風
しおりを挟む彼とお昼を一緒に食べるようになってからは、あっという間に平日が過ぎていった。体感的には凄く長いように思えたけど楽しい事は一瞬で過ぎていく。
彼とのお昼を楽しみにしていたのは事実で、それ以上に今日という日が待ち遠しかったのかもしれない。
「おはよう鬼神くん。待たせちゃったかな?」
「お、おはよう桃宮さん。だ、大丈夫だよ。いまきた……ところ」
私は今日の為にかおる達に相談してオシャレをしてみたのだけど彼は気に入ってくれるだろうか? 返事を返した彼の反応を見ると少しは効果があったみたい。
「も、桃宮さん。その……」
「どうしたの鬼神く~ん、なにかな~?」
きっと今の顔はソラみたいになってるや。いつもは私がドキドキしてるから今日くらいはドキドキさせたい。
口をパクパクさせた彼は、いつも見る穏やかな表情とはうってかわって金魚みたいで面白い。
「ふふふっ。慌ててるね」
ちょっといじわるをしたかもしれない。そんな私の言葉に彼は降参とばかりに手を挙げた。
「ずるいよ、桃宮さん」
「へへ~ん! 私の勝ちだね!」
「勝負になってないよまったく」
テンションがいつもより5割増しで高くなっている私は彼に追撃をかけるのだ! 言葉にしてもらわないと伝わらない事があるのを知ってるから。
「私のどこがずるいって?」
周りの目を気にせずニヤニヤとしながら私は彼との距離を詰める。
下から覗いた彼の瞳に私の顔が映る。不本意ながら咲葉さくはから化粧を教わった私はどうだろう……そんな事を思い出しながら。
うん、ちゃんとお化粧もできてる。
「そ、それは……」
「それは~?」
「とっても、綺麗……です」
いやぁこれはヤバいわね。
なんていうか気になる人から言われる綺麗って言の葉は嬉しいを通り越して破壊力が凄い。心の中がハチミツでいっぱいになりそう。
世の中の女の子はいつもこんな気持ちなの?
好きな人から言われた言葉に一喜一憂してるの?
えっ好きな人!?
待って待って!
今度は私が赤くなる番だった。1人芝居をしているかのようにコロコロ変わる私の表情を見て今度は彼がクスリと笑っている。
「ははっ桃宮さんは相変わらず面白いね。知ってたけど」
「んなっ!」
彼の心の中に親友達とは違う何かを得られたのは確かな事。それが何なのかは今はいいや。
「でも、今日はなんていうか……ホントに綺麗だよ」
「あ……ありがと」
改めて言われても照れるものは照れる。彼は何かを決意したように私の方を振り返り勢いに任せて言葉を叫ぶ。
「そのスカート似合ってるよ」
「おょん……サンキュ」
なんでキョドったぁぁ。
せっかく彼が精一杯褒めてくれたのに「おょん」ってなんなのよ……それに外国人風にサンキュって言っちゃったよ。
この数分の間に私と彼の周りで喜怒哀楽の七変化のできあがり。
「じゃあ行こっか桃宮さん」
「うん、行こう鬼神くん」
彼からの出発の合図に私は気持ちを切り替えて手をあげる。それも面白かったのか彼がまたクスクス笑っている。
隣で笑う葉桜のような君。
ふと頭の中にいつかの夢の光景が蘇った気がした。
電車の中は休日でも比較的人は少なく隣同士で座ることができた。
「ねぇ、今日行く所って初めてなんでしょ?」
私は敢えてもう一度初めて行くのか聞いてみた。
これは私の心が狭いのかもしれないけど、彼との初めてに特別な意味を持たせたかった乙女心。
「うん初めてだよ。なんか有名な場所なんだって」
「そっかそっか。初めてかぁ」
彼の返事に心の中ではホッとしながら表に出さないように気をつけた。
座席の温かさが心地よく揺れる車内はゆりかごのよう。外を見る振りをして彼の横顔を覗き見る。
「「っ!!」」
同じタイミングで彼も私に顔を向けた。鼻先が掠めそうな距離で電車の揺れが増した気がした。
ピトッ
お花を見に行く前に彼のお鼻とお話を。
最寄り駅に到着するまで無言だったのは言うまでもない。そしてさらにそこからバスに乗り換え山間を進んで揺れる車内。
揺れる心は風のよう。
「バスはすぐ着くから立ってようか」
「うん」
いいや、きっと揺れているのは私の心。
ディーゼルエンジンよりも圧縮された私の心。
ガタゴトッ
「キャッ」
「おっと! 大丈夫桃宮さん?」
少し前まで私が支えていた体に今度は私が寄りかかる。
揺れる心は風のよう。
「ありがと鬼神くん」
「どういましまして。ふふっいつもと逆だね」
風は一方通行しか出来やしない。
「うん。逆だね」
葉桜の君はしっかりとした幹。
揺れる心は風のよう。
「あの……鬼神くん」
「もう少しこのままで」
葉桜を揺らす風は……私でありたい。
「うん」
もう少しこのままで。
「まもなく~終点~」
アナウスの声が遠くに聞こえる。
きっと彼の胸の音を聞いていたから。
揺れる心は風のよう。
トクンットクンッ、と時を刻む音が心地良い。いっそこのまま――
「桃宮さん。着いたよ」
優しい心音と同じ声で彼は私に囁きかける。彼の白のシャツにもう少し浸っていたかったけど今日のメインを忘れちゃダメ。名残惜しさを感じながら私はゆっくりと顔をあげる。
『川神藤園かわかみふじえん』
「わぁ。ここが鬼神くんが来たかった場所?」
「ううん違うよ」
え? 何が違うの?
「桃宮さんと一緒に来たかった場所だよ」
言の葉の風が私の胸を駆け抜ける。
揺れる心は風のよう。
どうかその風で私と彼を連れ去って。
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