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第43話 花火
しおりを挟む私と彼の同棲生活が始まった。
最初は戸惑う事が多かったけど、だんだん慣れてきた。
そして1番苦労したのは……いや恥ずかしかったのはお風呂。
「雪音……自分で入れるから」
「絶対にイヤ! 私が見てないと危ないもん」
彼を水辺に行かせる事自体トラウマになっている。だからお風呂だろうとひとりで入らせるわけにはいかない。
「でも……その」
真っ赤になる彼は男の子。私は女の子。だけど恋人になったのに恥ずかしがっていてはいつまで経っても先に進めない。
「安心して千姫」
「雪音?」
ここで、登場するとは思わなかったけどいい機会だ。
「私は水着を着るから!」
2人で買いに行った水着を。
「な、なるほど、さすが雪音! それなら恥ずかしくないね。だったら僕も」
「何言ってるのよ、千姫は裸よ?」
「えぇ……」
「当たり前じゃない。千姫の体を洗うんだから」
「ぼ、僕だけなんか損した気分……」
「ふふふっもう少ししたら……ね?」
久しぶりの登場デビル雪音ちゃん。小悪魔的に笑ってみせる。
まぁ正直、私の裸を見られるのはまだ緊張する。だから先に彼の裸を見てしまえば徐々に耐性が付くというもの……付くといいな。
早速着替えを済ませてお風呂場へ。
彼は脱衣所でパンツ1枚。
私はバスローブを羽織ってる。
「「……」」
なんだコレ?
この状態の方がエロくない?
「じゃ、じゃあ入ろっか」
「う、うん……」
でもお互い動かない。
「千姫……先に脱いでよ」
「いや、すごく恥ずかしいんだけど」
年頃の女の子の前で全裸になれって言う方が無理だったか。
「わかったわ、私が脱がせる!」
「えっ? ちょっとま……ゆき……」
スポンッ
「っ!」
見ちゃった、見えちゃった、また見ちゃった!
見るの三段活用(絶対違う)。そして私は心の中でアタフタしながらも、表情はクールに決めてみせる。
「ほほぅ……千姫くんのはなかなかに」
うん、無理だった。
「もうお嫁に行けない」
顔を隠して小さくなる彼に、母性本能をくすぐられてギュッと抱きしめる。
「私がもらったげる♪」
「……うん、もらって?」
上目遣いの千姫はとても可愛い。
今は体に何も巻いてないから私よりも華奢な体。
「この体で私を守ってくれたんだよね……」
肌を通して伝わる温もりを改めて確かめる。
「今度は私が守るから」
いつの間にかバスローブを脱ぎ、あらわになる水着。
「雪音……ありがとう。そしてとても……綺麗だ」
あの日の事が蘇るけどきっと克服しなければいけない時は来る。だからこそ早めがいいと思った。こうして彼に真の水着姿を見てもらえた事は今日の思い出になる。
「入ろっか」
「うん」
彼を抱きしめたまま、私は浴室へと足を踏み入れる。
彼の体を洗う手は……私の手のひら。
ゆっくりとマッサージするように、あの日守ってくれた傷の場所は入念に……想いを込めて洗います。
「ありがとう」
「こちらこそ」
どっちが何を言ったかなんてわからない。きっと私と彼は似たもの同志。
同じ志を持って、これからも支えていく。
彼との初めての体の触れ合いは、あの日の水着で。
「千姫、今日花火大会があるんだよ!」
「んぐっ……もうそんな時期なんだ」
彼と一緒に生活を初めて1週間。慣れないことだらけだったけど、パパやママにアドバイスをもらいながら順調に進んでいる。
8月も後半に差し掛かった今日、本来なら私が告白しようとした日の花火大会。
「この体じゃ縁日は厳しいかな……雪音、ソラ達と」
「イヤよ、一緒に行くもん」
「でも……」
少しわがままになってきたけど今更だ。それに私には秘策がある。
「実はね、咲葉が住んでるマンションにお呼ばれしたの」
「咲葉のマンションって」
そう、咲葉……というか雉ノ宮グループが所有するマンション。
「花火がキレイに見える所だよ」
「なるほどね。全部雪音の作戦だったわけか」
「ドヤァ! 一緒に行こ?」
千姫の顔のイチゴジャムを指で拭き取りながらあざとく口元へ持っていく。
ペロッ
「降参。最近の雪音には負けっばなしだよ」
顔を赤くしながら手を上にして白旗宣言。
「ふふっ、どんなもんだい!」
朝食を食べ終えた私と彼は、お昼過ぎに咲葉の家の車が迎えに来たのでそれに乗って現地へ行く。
「いらっしゃい2人とも。雪音ちゃん、千姫くん久しぶりね」
出迎えてくれたの咲葉のお母さん。おっとりしているが怒ると怖いと咲葉から聞いている。会社内では影のボスと呼ばれているとか。
「お久しぶりです。この度は色々とありがとうごさまいました」
「ありがとうごさまいました」
千姫の横で私も軽く頭を下げる。
「気にしなくていいわ。それより雪音ちゃんの着替えがあるから、彼女さん借りて行くわね千姫くん!」
おばさんはウインクをして私の背中を押す。
「えっ……えっ?」
なんの事かわからないまま連れて行かれる私……千姫はというとニコニコしながら手を降って見送る。
部屋に案内されると、かおる・ソラ・咲葉が待っていた。
「よっ! 主役」
「フフ……今日ばかりは仕方ない」
「お母さん、とびっきり綺麗にしてね」
「まっかせてー!」
3人はすでに浴衣を着ていたので、これから私も着替えるのだと悟った。
「千姫くんの好みはリサーチ済みよ」
咲葉ママ恐るべし。
「お、お待たせ……」
30分をかけて私の着付けは終わり、千姫が待つ部屋へ。
「!」
彼は何も反応が無いまま口を開けて固まっている。
「ちょっと、千姫起きてる?」
かおるが彼の目の前でブンブン手を振る。
「えっ? あっ……えっと」
明らかに動揺した様子。あんなにアタフタしている姿を見るのも珍しい。
「どうかな……千姫?」
「さ……」
「さ?」
「最高です」
「ふふっ、顔赤いよ?」
「雪音のいじわる」
彼の目の前まで行き、中腰になり目の高さを合わせるとそっぽを向く千姫。
「こら、目を逸らすな」
「ダメ、鼻血出そう」
「えぇ~水着の時はそんな事言わなかったじゃん」
「今の雪音の攻撃力はヤバい」
「どんな感じ?」
「桃桃してる」
「なんでやねん!」
「「あはははっ」」
2人していつもの軽口の応酬。
「もしも~しおふたりさ~ん?」
「家でもこんな感じみたいね」
「フフ……素直になったな雪音」
「あらあら」
4人がいる事も忘れてイチャついてしまった。パシンッとかおるが手を鳴らすと号令をかける。
「よし、んじゃ屋台でも見に行くか!」
「「「おー!」」」
「お、お~?」
千姫は戸惑いつつも私達の迫力に負けてしまう。
「千姫、見ろ綿菓子だ!」
「うわぁ、ふわふわしてるね」
かおるがはしゃぎながら綿菓子を人数分買っている。
「雪音は覚えてないだろうけど、小さい頃に千姫と雪音で大喧嘩したのよ?」
「「えっ?」」
咲葉のカミングアウトに千姫も同じ反応。
「ふふっ2人とも覚えてないのね」
「あはは……」
「僕も覚えてないや」
「雪音と2人で綿菓子を買って来て、千姫の方が大きいって雪音がイチャモンつけて取り合いしてた」
ソラが引き継いで昔話をしてくれた。
「し、知らないもんっ! そんな昔のこと」
「雪音は昔から食いしん坊さんなんだね」
「ひっど~い! だったら千姫の綿菓子あ~げない!」
「あ~僕の綿菓子~」
子供みたいにはしゃぐ私達。きっとあの頃もこんな感じで笑ってたんだね。
私とかおるが千姫の車椅子を押して、ソラと咲葉が前を固める。
「うん、完璧なフォーメーション」
ひとりで頷いていると、射的コーナーにたどり着く。
「千姫っ、千姫っ! 桃太郎ももうに似たぬいぐるみがある!」
いち早くソラがそれに気づいて目をキラキラさせている。ちなみに桃太郎はソラの実家に預けてきた。
「ソラはどんだけ桃太郎が好きなのよ」
「宇宙一!」
「今度遊びに来てよ」
「うん! いくいく!」
そして4人で射的を始める。勿論狙うのは、桃太郎ぬいぐるみバージョン。
「えいっ」
「おりゃ」
「ぶち抜け!」
「滅殺ッ!」
「……こわっ」
前2人は私と咲葉、後の2人はかおるとソラ。すごく引いてる千姫はしょうがない。
「いつも4人で遊ぶ時はこんな感じなの?」
なんとか桃太郎ぬいぐるみをゲットして、それをソラがホクホク顔で抱きしめている。
ちなみに私達はお菓子を少々。
「まぁ……だいたい」
「ソラとかおるはいつも競ってるわね~」
「なんかソラがいると張り合いがあんだよな」
「雪音はもっと胸を張るべき……ないけど」
「ソラ、ぶっ飛ばす!」
「あははっくくっ……お腹痛い」
どうやら私達の日常会話は千姫には新鮮だったみたい。思えばこうしてみんなでゆっくり話すのも、彼の家に行って以来かな。
その後は、りんご飴、焼きそば、カステラ、じゃがバター、チョコバナナなど食べ物を買い占めて咲葉の家へゴー!
「テラスは好きに使っていいからね」
「「「「はーい」」」」
咲葉ママはパパさんと一緒に別の部屋で見るのだとか。気を遣わせちゃったかな。
「よーし、たらふく食べるぞー」
「おー!」
かおるとソラのバトルが始まると同時に。
ヒュルルルルル……ドパンッ
打ち上げ花火が始まる。
「……キレイ」
「……うん」
彼の隣に座り、同じ空を見上げる。
「昔もこの空を見たのかな……」
「うん。場所は違ったけど雪音と見たよ」
「そっか」
この時ばかりは、覚えてない自分に腹が立つ。
「これからは」
「ん?」
そんな私の心情を察してか、千姫が手を握り口を開く。
「これからは毎年見よう」
「うん! 毎年ね!」
その一言で笑顔になれる。
空には大輪の花。
私の顔も大輪の花。
いつしか3人はテラス席には姿が無く、スマホのメッセージには『あとはふたりで仲良く♪』なんて書いてある。
生意気なことを……でもありがとう。
暗い夜空を色とりどりの花達が咲き誇る。
花火の爆音なのか、それとも私の心臓の音なのか……彼の横顔を見つめて、あらためて思う。
「千姫……好き」
口に出てしまっていた。こちらを振り向いた千姫と目が合い、頬をポリポリ掻きながらニコリと笑う。
「僕も好きだよ雪音」
「うん」
近づく瞳と瞳。
昔、映画のタイトルにこんなのがあった。打ち上げ花火をどこから見るか。
今の私はこう答える。
『打ち上げ花火をあなたの瞳の中で』
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