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2.3話 家出準備
しおりを挟むミシェルはコウの説得をあきらめ、もう一度冷静に考え出した。
次期当主としての立場からコウが家を出るリスクをミシェルは考える。
地面を直視すること数秒。顔を上げたミシェルは明らかに先ほどとは違う別人のように思えた。
「コウ君、家を出るにあたり三つだけ約束してもらいますが…構いませんね?」
「は、はい!」
家出に関して許しを得たと捉えて良いのだろうか…。
ミシェルの口から出たのは約束の言葉。それは条件の裏付けであることをコウは即座に理解する。仕切り直すため、コウはもう一つ椅子を用意し、二人は対面へ。
続きを切り出したのはミシェルだった。
「コウ君は十五歳、帝都における成人は十八歳。もしコウ君が成人するまでに帝都魔導学院に入学できなければ、その夢は諦めてもらいます。」
「わかりました。」
ーーー成人までの挑戦となると、来年受験するとしたら…。
余談だが帝都魔導学院の受験者は王国、東和国も含めダントツの一番である。毎年名高い名門校と比較しても、二倍近くの学徒が足を運ぶのだ。
その理由は試験の制度にある。帝都魔導学院は毎年受験できるわけでなく、二年に一度しか受験のチャンスは回ってこない。成人までを考えると、受けることができるのは来年と三年後となるだろう。
チャンスは二回、それが一つ目の条件ということだ。
「そして、あなたはマードック家の人間です。アランの言った通り、そのままでは家名を傷つけるかもしれません。帝都では仮の身分を使いなさい。当然、入学時に名を振りかざしての交渉は一切認めません。」
「もとよりそのつもりです。」
これは前提として挙げていたものだ。元からマードックの名を捨てる気で受験するつもりだったのだ。コウは何ら痛手に思うことはなく、その条件を呑んだ。
「後は……そう、これが最も重要なことです。」
「と、言いますと?」
重要と聞いていやでも背筋に力が入る。しかし、ここまで来たらもう後に引くことはできないと、コウはどこかモジモジとしだしたミシェルにストレートに問いただす。
「それはですね、そう!! あなたの婚約についてです。」
「えっ! 婚約、ですか??」
それは意外な答えでコウは首を傾げてしまう。
ここにきて婚約の話か、と変に身構えていた体から力が抜けていく。正直な話、齢十五の少年に結婚のことなど想像もつかず、今は眼中にないものだったが、ミシェルはどうも違うらしい。
「成人までの入学問わず、コウ君の婚約者は私がふさわしいと判断した人に限ります。」
「……それは何か大切な意味があるんですか?」
「勿論大ありです。帝都にはコウ君をたぶらかそうとするメスが沢山いますから!」
「メスって…僕みたいな不良物件を欲しがる人なんていないと思いますが…。」
「とにかく! もし成人までの入学が叶わない場合、私が相手を見繕いますのでその相手と結婚すること。婚約時……いいえ、お付き合いしたい人ができた際は必ず最初に報告すること。」
「は、はぁ…。」
「いいですか、これは確定事項。異論は認めません。」
報告しなければならない理由について問おうとしたが、なんだか面倒なことになると予感しコウは口を塞ぐことにした。
とにかく、これで家出の条件は出た。
1 チャンスは二回、成人するまで。
2 帝都での姓を隠しての生活、受験の際も同様
3 婚約のお約束??
一番は無茶なこちらの要求としての条件であり、のまざるをえない。
二番は元からそのつもりなのでどうということはない。
三番は……生活に支障はない、のか?
「約束は以上です。それと勘違いしないように言いますが、無論私は入学に反対です。」
ミシェルの条件は賛成を促すものではない。許しはするが、認めてはいないというのが姉の本音だった。
コウは課された条件の重みを改めたことを姿勢で示す。
「あなたは魔術師ではなく、騎士になるべきだという考えも変えるつもりはありません。」
騎士になる道も考えたことはあった。しかし、どうしても母の顔がちらついてしまい、コウはその話に乗り出せなかった。
「それと何度も言うようですが、お母様が眠りについたのは貴方のせいではありません。遺志を継ぎ、憧れの背中を追うことは素晴らしいことです。しかし、決してそこに罪悪感を重ねてはいけません。」
「……わかってますよ。」
言葉とは裏腹にコウの表情は納得の色が浮かばない。
ミシェルはため息をおとし、慰めるようと腰を上げる。
「貴方の気持ちは分かっているつもりです。確かにお母様はあなたの特異体質についてとっても熱心に調べていた矢先、何者かの呪いを受けてしまった。自分のせいで眠り続ける母のためにも魔術師にならねば、と思う罪の気持ちも理解しているつもりです。」
ミシェルは何度も言い聞かせるように、少年の心に寄り添ってきた。その度に、コウの心を理解しては、慰めの言葉をかけてきた。しかし、いい加減に乗り越えるべきなのだ。
ミシェルはコウの未来と向き合うと決め、心の溝を抉りにかかった。
「その罪が心を苦しめてしまうことは分かります。しかし、苦しみにもがく姿なんてお母様は望んでいない。それぐらい、あなたもいい加減わかっているはずです。」
ミシェルの言葉が嫌というほど突き刺さる。理解しているが故に、それは正論にも聞こえ、救いの道にすら感じてしまう。もっと早くに母が苦しみを望んでいないと納得できたなら、今頃コウは剣を振っていただろう。人のための魔術師ではなく、人のための騎士となり、前者よりも多くの命を救えたはずだ。
しかし今、少年は魔術師になろうとしている。
コウは俯き様に、ミシェルの声に耳を傾け、過去の自分の姿を頭に投影していた。
そこには病院の床で伏せる母の見る自分の姿。
思えばあの時から、コウは自分が楽になることを許せなくなった。
そこから心を閉ざしたかのように周りの言葉を受け入れようとはせず、魔術師という茨の道を選んだのだ。
ミシェルは俯き続けるコウに何を思ったのか、慰めることも責め立てることもせず、いつもとは違う風貌でコウを見つめ、目に力を宿した。
「コウ君、聞いてください。これは私からの願いです。成人になるまでの三年間、あなたはその罪を乗り越える術を見つけなさい。」
それは突然の願いだった。お叱りの言葉が続くと思っていたコウは虚を突かれたかのようにミシェルの言葉に吸い込まれる。
伏せたい気持ちに抗い、コウはやっとの思いで重い頭をあげた。
「今、なんて……。」
「やっと、こっちを向いてくれましたね。」
ミシェルは頭を寄せると、死にそうな目のコウに元気を注入するように優しく額をくっつける。
「いいですか、これからあなたは沢山のことを経験します。その一つ一つが必ずあなたの成長と結びついて、コウ君をより恰好のいい男性してくれるでしょう。今は背が小さくて遠くを見渡せないかもしれませんが、成長したコウ君だからこそ見える景色もあるのです。」
二人を伝う熱は交差し、確かな温かみがそこにある。眼を閉じていても傍にいる確かな存在、それはかつて母がくれた愛情にも似ていて、どこかなつかしい匂いがした。
時期に離れる額を惜しみながら、その願いだけをミシェルがくれた願いと共に心に抱く。
「私の気持ち、伝わりましたか?」
ーーーええ、伝わりましたよ。
母が残した遺志と罪のジレンマ。大好きな姉がくれた願いと愛情。
コウは拙いながらも自分の気持ちを言葉にしようと試みる。
「…まだお母様の事と、どう向き合えばいいかは…分かりません。」
「大丈夫。きっと。」
「その…こんな自分を許せるかどうかも…。でも、姉様がくれたこの気持ちから逃げたくありません。」
「そう…。ありがとう。」
「だから、頑張ってみようと思います。いい加減……向き合いたいし、乗り越えたい。」
最後に添える言葉はもう決めている。
恥ずかしさに止まることはない。ただありのままの願いを力強く声に出した。
「僕はこんな自分でも好きだって言えるようになりたい。」
正直、幼稚で分からないことだらけの曖昧な答え、いや答えにすらなっていないのかもしれない。それでも、ミシェルは顔は嬉しさで迎えてくれていた。
「成長しましたね。私からはもう言うことはありません。」
オレンジ色の陽に姉の笑顔が溶け込んでいる。その面影が大好きな母と重なった気がした。
ミシェルは何か遂げたかのように満足げで、雲が晴れたかのようだった。
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