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涙の初デート
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雨上がりの秋の空はどこまでも澄んでいて、探さないと見つからない太陽はクリーム色で薄青に溶け込んでいた。
K駅前の交番の側、歩道と車道を区切る植え込みに大和は腰掛けていた。
夏にソフトクリーム屋だった店はたい焼き屋に変わっていて、クロワッサンたい焼きってなんだろうとつい目が吸い寄せられる。
店前のベンチに腰掛けている二人組が美味しそうに頬張っているのがそれだろうか。
耳の垂れた犬と生意気そうな仔猫を思わせる小柄な二人組、短髪に平らな胸は男だろう。
可愛らしい、あれはきっとオメガだ。
周平も侑もあの二人も可愛い、自分はなんでこんなにおっきくなっちゃったんだろう。
きっと母のオメガの血を継いで、父の体躯を継いだのだ。
「食事にでも行きませんか?二人で」
あの夜、指先を掴んできた手が少しだけ震えていたのを、うっすら染まった頬を覚えている。
名前の刺繍のお礼に、と言われたがその刺繍こそたくさんもらった果物のお礼なのに。
お礼のお礼のお礼でお礼がお礼に、とお礼ってなんだっけと頭がゲシュタルト崩壊しそうだ。
少し遅れます、とメッセージを受け取ってから10分ほど経った。
「ほんとに来るのかな」
件の可愛らしい二人組は、たい焼きを食べ終えて連れ立って行ってしまった。
その後を見目の良い男が二人追いかけて行く、一定の距離を保ったその姿から桃色のオーラが見えるようだ。
あれが独占欲であり執着であり支配欲というやつなのかなぁ、とその背中を追っていると不意に目の前が肌色になって香ばしい匂いがした。
「なにか気になるものでも?」
「・・・あ、卯花さん」
肌色だと思ったものはあの夜震えていた手のひらで、見上げた先にあるのは困惑したような表情の卯花だった。
「渋滞に巻き込まれてしまって、遅れてすまない」
「いえ、大丈夫です」
立ち上がろうとしてふと思う、見上げるのって首が痛いんだな。
卯花が大和のために予約したレストランは、創作フレンチとして有名な店だった。
それこそ卯花が編集長を務める雑誌に掲載されていたのを大和は覚えている。
「こんなとこ初めてだ・・・」
表通りではなく裏通りにあって、ともすれば店前の植樹が店名を半分ほど隠していた。
シェフズカウンターのみの店内の壁は漆喰で装飾品は何も無い。
こちらへと、案内されてそこからの光景にまた大和は目を輝かせた。
「気に入ったかな?」
「はい、すごいです。プロの方をこんなに間近で見れるなんて」
目の前で切られるローストビーフに皿に絵を描くように落とされるソース、キラキラと輝く黄金色のスープに瑞々しい野菜、背の高いグラスには透明から赤へとグラデーションしていく果実水。
そのどれもが大和の心を掴み、ぽつりぽつりと交わす会話が心地よい。
「松下君は綺麗に食べるね」
「たくさん練習しました」
「えっと、学校で?」
「はい、僕みたいなのは付加価値をつけないといけないので」
デザートはフルーツがたくさん乗ったタルトで、キラキラと輝くナパージュがフルーツを宝石のように見せて食べるのがもったいないほどだった。
ナイフを入れるとサクとささやかな音がして、口に入れると果汁が口内を満たしていく。
「・・・付加価値って?」
「僕は他の子と違うから、礼儀作法やお料理とか生活に役立つことを身につけた方がいいって先生が・・・どうしました?」
最後の一口を口に入れて卯花を見るとなぜか無表情で固まっていた。
ひらひらと目の前で手を振ると、ギョロリと目玉が動いた。
穏やかに笑んでいた顔が強ばっていて少し怖い。
「松下君、今日はどうして昼間に約束をしたかわかる?」
「ん?」
「下心があるから、だよ」
「した、ごころ・・・」
「そう、松下君の時間が許す限り一緒にいたいと思って。もちろん無理強いはしない」
ほら、と見せられたのは映画の前売り券で今度は大和が固まった。
それはテレビでCMが流れる度に見たいなぁ、と密かに思っていたものだった。
「好きそうだと思ったんだけど、どうかな?」
「見たい、です」
「じゃあ、デートは延長で」
「っこ、これやっぱりデートだったんですか!?」
思わず立ち上がった大和の手元で皿がカチャンと音をたてて、フォークが落ちた。
大和が見たがっていた映画は『仕立て屋ニコラウス』で、紳士服しか作ったことの無い仕立て屋がやんごとない事情でウェディングドレスを作る物語だ。
最初は戸惑いながら作っていたニコラウスが、ドレス作りに奮闘し素敵なドレスを何着も仕立てていく。
「見ましたか!?あのレースのテーブルクロスで胸元を豪華にしたところ!あんな機転をきかすなんて・・・あと、あと、あの小さな真珠を一粒一粒縫い付けたドレス!光の加減で違った表情を見せるんです!結婚式のシーンも素敵でした。新郎が新婦にキスできないからってドレープを小さくしたところも・・・」
映画を見終わったカフェで大和は語りに語った。
ドレス以外の洋服も登場して、そのどれもがキュートで物語は温かくてうっとりしてしまう。
「いい映画だったね」
「ですよね!?」
勢いこんでずいっと対面に座る卯花に詰め寄った大和はハッとした。
自分だけが喋り過ぎている、お喋りはいけないとゆり花で教わったというのに。
「あの、ごめんなさい。つい、興奮してしまって」
「かまわないよ、聞いてるのは楽しいから」
柔和な笑みの卯花はさすが大人だな、と大和は思った。
嫌だな、と思っていてもそれを表には出さないのだ。
人生で初めてのデートなのに、たくさん本も読んで学校でも習ったのに身についていない。
きっと呆れられたに違いない、そう思うとじわりと涙が滲んできた。
ここで涙を見せるのは良くない、良くないから、だから──
「御手洗にいってきます!」
大和は逃げ出したのだった。
※話中の映画は『テーラー』という素敵な映画を参考モデルにさせてもらっています。
K駅前の交番の側、歩道と車道を区切る植え込みに大和は腰掛けていた。
夏にソフトクリーム屋だった店はたい焼き屋に変わっていて、クロワッサンたい焼きってなんだろうとつい目が吸い寄せられる。
店前のベンチに腰掛けている二人組が美味しそうに頬張っているのがそれだろうか。
耳の垂れた犬と生意気そうな仔猫を思わせる小柄な二人組、短髪に平らな胸は男だろう。
可愛らしい、あれはきっとオメガだ。
周平も侑もあの二人も可愛い、自分はなんでこんなにおっきくなっちゃったんだろう。
きっと母のオメガの血を継いで、父の体躯を継いだのだ。
「食事にでも行きませんか?二人で」
あの夜、指先を掴んできた手が少しだけ震えていたのを、うっすら染まった頬を覚えている。
名前の刺繍のお礼に、と言われたがその刺繍こそたくさんもらった果物のお礼なのに。
お礼のお礼のお礼でお礼がお礼に、とお礼ってなんだっけと頭がゲシュタルト崩壊しそうだ。
少し遅れます、とメッセージを受け取ってから10分ほど経った。
「ほんとに来るのかな」
件の可愛らしい二人組は、たい焼きを食べ終えて連れ立って行ってしまった。
その後を見目の良い男が二人追いかけて行く、一定の距離を保ったその姿から桃色のオーラが見えるようだ。
あれが独占欲であり執着であり支配欲というやつなのかなぁ、とその背中を追っていると不意に目の前が肌色になって香ばしい匂いがした。
「なにか気になるものでも?」
「・・・あ、卯花さん」
肌色だと思ったものはあの夜震えていた手のひらで、見上げた先にあるのは困惑したような表情の卯花だった。
「渋滞に巻き込まれてしまって、遅れてすまない」
「いえ、大丈夫です」
立ち上がろうとしてふと思う、見上げるのって首が痛いんだな。
卯花が大和のために予約したレストランは、創作フレンチとして有名な店だった。
それこそ卯花が編集長を務める雑誌に掲載されていたのを大和は覚えている。
「こんなとこ初めてだ・・・」
表通りではなく裏通りにあって、ともすれば店前の植樹が店名を半分ほど隠していた。
シェフズカウンターのみの店内の壁は漆喰で装飾品は何も無い。
こちらへと、案内されてそこからの光景にまた大和は目を輝かせた。
「気に入ったかな?」
「はい、すごいです。プロの方をこんなに間近で見れるなんて」
目の前で切られるローストビーフに皿に絵を描くように落とされるソース、キラキラと輝く黄金色のスープに瑞々しい野菜、背の高いグラスには透明から赤へとグラデーションしていく果実水。
そのどれもが大和の心を掴み、ぽつりぽつりと交わす会話が心地よい。
「松下君は綺麗に食べるね」
「たくさん練習しました」
「えっと、学校で?」
「はい、僕みたいなのは付加価値をつけないといけないので」
デザートはフルーツがたくさん乗ったタルトで、キラキラと輝くナパージュがフルーツを宝石のように見せて食べるのがもったいないほどだった。
ナイフを入れるとサクとささやかな音がして、口に入れると果汁が口内を満たしていく。
「・・・付加価値って?」
「僕は他の子と違うから、礼儀作法やお料理とか生活に役立つことを身につけた方がいいって先生が・・・どうしました?」
最後の一口を口に入れて卯花を見るとなぜか無表情で固まっていた。
ひらひらと目の前で手を振ると、ギョロリと目玉が動いた。
穏やかに笑んでいた顔が強ばっていて少し怖い。
「松下君、今日はどうして昼間に約束をしたかわかる?」
「ん?」
「下心があるから、だよ」
「した、ごころ・・・」
「そう、松下君の時間が許す限り一緒にいたいと思って。もちろん無理強いはしない」
ほら、と見せられたのは映画の前売り券で今度は大和が固まった。
それはテレビでCMが流れる度に見たいなぁ、と密かに思っていたものだった。
「好きそうだと思ったんだけど、どうかな?」
「見たい、です」
「じゃあ、デートは延長で」
「っこ、これやっぱりデートだったんですか!?」
思わず立ち上がった大和の手元で皿がカチャンと音をたてて、フォークが落ちた。
大和が見たがっていた映画は『仕立て屋ニコラウス』で、紳士服しか作ったことの無い仕立て屋がやんごとない事情でウェディングドレスを作る物語だ。
最初は戸惑いながら作っていたニコラウスが、ドレス作りに奮闘し素敵なドレスを何着も仕立てていく。
「見ましたか!?あのレースのテーブルクロスで胸元を豪華にしたところ!あんな機転をきかすなんて・・・あと、あと、あの小さな真珠を一粒一粒縫い付けたドレス!光の加減で違った表情を見せるんです!結婚式のシーンも素敵でした。新郎が新婦にキスできないからってドレープを小さくしたところも・・・」
映画を見終わったカフェで大和は語りに語った。
ドレス以外の洋服も登場して、そのどれもがキュートで物語は温かくてうっとりしてしまう。
「いい映画だったね」
「ですよね!?」
勢いこんでずいっと対面に座る卯花に詰め寄った大和はハッとした。
自分だけが喋り過ぎている、お喋りはいけないとゆり花で教わったというのに。
「あの、ごめんなさい。つい、興奮してしまって」
「かまわないよ、聞いてるのは楽しいから」
柔和な笑みの卯花はさすが大人だな、と大和は思った。
嫌だな、と思っていてもそれを表には出さないのだ。
人生で初めてのデートなのに、たくさん本も読んで学校でも習ったのに身についていない。
きっと呆れられたに違いない、そう思うとじわりと涙が滲んできた。
ここで涙を見せるのは良くない、良くないから、だから──
「御手洗にいってきます!」
大和は逃げ出したのだった。
※話中の映画は『テーラー』という素敵な映画を参考モデルにさせてもらっています。
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