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移りいく季節

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侑の機嫌が悪い、そして大和はなんだかぽわぽわとしている。
なんでも三人で話しあって愚痴りあってきた、けれど二人の機嫌の矢印が逆方向で周平は困っていた。
むっとへの字口でスマホを睨みつける侑と、刺繍の色使いがパステルカラーになっていく大和。
話をしたいし聞いてもらいたい、幸い今日はつる婆からみんなが好きなおやつをもらった。
これをきっかけにまたなんでも言い合える三人になりたい。

「ねぇ、あっくんはこないだからなんで怒ってんの?」

こたつの上にはくるみゆべしと煎茶が湯気をたてている。
マナベのつる婆からもらったくるみゆべしは、あまじょっぱくてむちむちでとても美味しい。
なのに、侑の顔はギュッと顰められたままだ。

「別に。それより、武さん最近いないじゃん」
「そうそう、どうして?」

ふうふうと煎茶を冷ましながら大和も首を傾げた。
そうあの日、どうしようもないことで喧嘩のようになってしまったことを周平は話したかったのだ。

あのマッスルバーの件は、嫉妬したんだと武尊は言った。
ごめんねと謝って抱き寄せられて、キスを仕掛けられたところでバチンと頬を打った。
過去のことを蒸し返して掘り返して引っ張り出して、怒りを露わにしてもいいのならそれはこっちの方なのだ。
安易な謝罪とキスで誤魔化そうとしているようにしか感じられなかった。
お金を払って少し夢を見させてもらっただけ、武尊は違うじゃないか。
好きな人がいたんだろう?お付き合いして体を繋げたんだろう?
そっちの方が心が痛い、自分には武尊しかいないのに。
だから、しばらく顔を見たくないと言った。
そのがいつまでなのか自分でもわからない。
かけられた魔法が解かれたような気がした、好きな気持ちは良いものばかりじゃない。
子供の頃に買ってもらったスーパーボールに似ている。
あの色んな色がマーブル模様になった叩きつけるとえらく弾んで、どこかへ飛んでいってしまったあのボール。

「ペー助はもう怒ってないんだよね?」
「最初から怒ってなんかないよ。ただ悲しくなっただけ」
「帰ってこいって言えばいいじゃん、武さんならすぐに帰ってくんじゃないの?」

周平はくしゃりと顔を歪めて、そんなの言えないと言ってべそをかいた。
今のままならただ少し喧嘩しただけだ、そう思える。
もう帰らない、そう言われたら終わってしまう。
最悪のことばかり考えて動けない。

「なに言ってんだ、武さんはペー助のこと大好きじゃんか。和明と違って」
「和明君?あっくんも喧嘩したの?」
「はぁ?会ってもないのにどうやって喧嘩すんの?」
「そういや、週末になっても来ないね」
「勉強なんだって!受験なんだって!気が散るといけないからだって!なんで!?今までだって来てたじゃん!!」

侑はひと息に言って肩をいからせてふーふーと息を荒らげた。
その剣幕に周平はぽかんとし、涙が引っ込んでいく。

「なぁ、付き合い始めっていっちゃん楽しい時じゃないの!?ペー助だってそうだったじゃん、やまちだって今そうなんだろ?」
「えっ、僕は違うよ?そんな、そんなんじゃ・・・」
「はぁ!?毎日浮かれてんじゃんか」
「だって、だって、それはなんか嬉しいから」
「あいつだっていつの間にかやまちのこと好きんなって、やまちだって満更でもないんだろ?俺なんてデートなんかしたことないんだから!」

バンと叩いたこたつの上で湯のみに入った茶が揺れる。
侑はゆべしを味わいもせずに一口で食べてごくごくと茶を飲み下した。

「アレだよ、釣った魚は海に返すだっけ?」
「あぁ、キャッチアンドリリース」
「餌はやらない、でしょ?」
「どっちにしろタチが悪いよ」

むむぅと侑はまたへの字口になって大和につつつとにじり寄ってきゅと抱きつき、八つ当たりごめん、とぽそりと呟いた。
それに周平も寄っていき三人で抱き合った。

「好きがゴールじゃないんだねぇ」

しみじみと大和が言い、そんなの知らなかったと二人が言う。

「んーー、マッスルバー行く?」

「「 行かない 」」

「ふふ、僕も」

くすくすと笑い合う、触れ合いたい人はもういるから行かなくてもいい。
行かないで、と言われなくても行くつもりなんて毛頭ない。

「やまちはいいな」
「どうして?」
「だって、卯花は大人だからきっと大事にしてもらえてるだろ?和明はまだ高校生だもん」
「大人だからきっとすごく深い経験をしてるよ。ほら、あの元恋人とか」
「・・・あぁ、アレはやべぇ。強烈すぎる」
「武さんだって、今まで何人と関係があったかわかんない。その点、和明君なんかいいじゃん」
「あいつ、モテるもん」

湿った空からぽつりぽつりと雫が落ちて、次第に庭一面を濡らしていく。
サァサァという音は心地よく、松竹梅はごろりと寝転がった。
雨が降る度に夏が遠ざかっていき、短い秋が過ぎ冬が近づいてくる。
縁側から流れてくる風は冷えていたがそのまま松竹梅は昼寝を決め込んだ。
夢だけを見ていた頃にはもう戻れない、だから今だけ三人だけの温もりで眠る。
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