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真面目な王子様と私の話
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ここがその世界だと気づいたのは初めて王城へ上がった時だった。
私の目の前に立つ見目麗しい男の子、うわぁ王子様みたいと思ったら王子様だった。名はアシェル、この王国の第一王子様、ゆくゆくは立太子されてこの国を導く御方だ。
脳内を巡る前世の記憶、その中で私はいつだって読書をしていた。ソファに座って、ベッドの中で、公園のベンチに座って、湯気立つコーヒーを飲みながらカフェで。
低かった視線はどんどん高くなり、ふつりと暗闇に飲まれた。きっとそこで前世の命が尽きたのだろう。そして生まれ変わった。
「フォックス公爵家エレーナでございます」
辿たどしいながらも挨拶をし、淑女の礼をとった私に彼はうんと小さく頷いた。
彼はこの世界、『アイビーブルー』という小説でのヒーローだ。そして主人公は隣国の王女様。では私は?私は一体なんだろう?
考えながら城の侍従に案内された先のバルコニーにはティーテーブルが置かれ、どうぞと椅子を引かれた。
「エレーナ嬢、今日城に上がってもらったのは他でもない。僕と君の婚約が調ったからだ」
「まぁ…」
登城する際、父からは「お行儀よくするように」と言い含められていた。そんな父は私の挨拶を見届けると部屋を出ていってしまった。
そして私とこの王子が婚約ということで私は自分の役どころを自覚した。私はこの先この王子に婚約解消を申し出られる台詞がたった一言の令嬢だったのだ。
──承知しました──
名前はおろか、その素性さえ明らかにされず、あまつさえ婚約解消の旨は使者が持ってきた書簡だった。それに目を通した令嬢はただ前述の台詞を言うのだ。
登場したかと思えば秒で退場する令嬢、それが私。あの令嬢、エレーナって名前だったのね。
「エレーナ嬢、エレーナと名を呼んでも?」
「えぇ、もちろん」
「では僕のことはアシェルと」
彼の背後に控えている侍従の目尻がぴくりと動いたのを私は見逃さなかった。馴れ馴れしく名を呼ぶのはあまり良くないのかしら?どうすればいいんだろう。
「…アシェル殿下」
「エレーナ、敬称は」
「アシェル様!」
彼はほんの少しだけ眉を顰めたが、侍従は頷いていたのでこれでいいだろう。どうせ解消される仲だ。
それからは菓子をつまみ、茶を飲み、いくらか当たり障りのない話をして顔合わせは終了した。私は十歳、彼は十一歳、恋も知らずに婚約だなんて可哀想ねと前世の私の声が聞こえた気がした。
小説の中で彼は隣国へ留学する。十五歳から十八歳まで貴族子女が通う学院、学び半分小さな社交場半分というところで彼は二年に進級してから一年間の留学。
その留学先である隣国で彼は王女様に出会う。王女様は自由奔放でその国では、じゃじゃ馬姫だのお転婆姫だの呼ばれている。
堅物真面目と評される彼はその彼女に出会い、振り回されるがその自由奔放さに憧れあるがままの素直な彼女に惹かれ恋をし、一年の留学は伸びに伸び最終的に婚約を解消する。
解消までの八年間、私はどうするべきなのか。とにかく情報量が少なすぎる。なにせ秒で退場するのだから。
「お嬢様、ご気分が優れませんか?」
登城してからこっち、悶々と考え込む私に侍女のマリが声をかけた。手にはティーポットを持ち、見ると心配そうに眉根を寄せていた。
「違うの、アシェル様との婚約について考えていて…」
「大変名誉なことだと思いますが」
「そうよねぇ」
だけどあっさり解消に同意しまうのだ、小説の中の彼女は。どうしてかしら?かっこいい男の子が傍にいれば恋心を持ってもおかしくないと思うけど、とにかく情報量が少なすぎるのよ……もしかしてそれが答えなのでは?
情報量が少ない、それ即ち特筆すべきことがないのではなかろうか。小説の中の二人はきっと可もなく不可もなく、お互いに思うことが無かった。だから解消も面を合わせず書簡であっさりと。
まさに天啓のように浮き彫りになった考えに私は一人納得した。よし、可もなく不可もなくを心がけてこの先の婚約期間を乗り切ろう。……しかし、可もなく不可もなくって一体なんだろう?
それから顔合わせからきっかり一ヶ月後、私は再び登城した。前回と同じバルコニーで前回同様、彼と顔を合わせていた。違うのは前回はサブレだけだったのが、今回はプチタルトやマドレーヌ、サブレにクッキー、ショコラボンボンと菓子の種類が増えていた。
「エレーナの好みがまだわからなくて色々用意させたんだ。どれでも好きなものを食べて」
なんて気遣いの出来る王子なんだろう、小説の彼女はどうして心を動かされなかったんだろう。私なんて思わずボンボンをつまんで口に放り込んでしまったというのに。
美味しい?口元に笑みを浮かべるその様はどの角度から見てもかっこいい。ほんとにどうして?と思いながら私は疑問だったことを口にした。
「アシェル様、婚約期間中というのは具体的になにをすればいいのでしょうか?」
背後の侍従の目尻がぴくりと動いた。してもいい質問ではなかったのかもしれない。しかし私はもう自分では答えが出せないのだ、可もなく不可もなくについて。
「…考えたことがなかったな」
「あらまぁ」
「うん、ただそう言われるとそうだな。父上と母上に聞いてみよう」
「では私も聞いてみます。それで次の機会にお互い意見交換するというのはどうでしょう」
「名案だ」
こうして私は一通りの菓子を食べ(ボンボンが絶品だった)また他愛の無い話をして茶会はお開きになった。
次の機会はまたきっかり一ヶ月後に訪れた。
いつものバルコニーでボンボン多めの菓子を食べながら今回の議題について話し合った。
「父上や母上が言うにはまずは月に一回の茶会で親睦を深めよとのことだった」
「まぁ、それは私も同じでした」
「では、これには異存はない?」
はいと頷くと彼は手元の紙になにかさらさらと書き付けた。
「それから、王家には夏場になると向かう避暑地があるのだけど、そこへ野遊びに行くのも良かろうとのことだった」
「避暑地にはなにがあるのですか?」
「湖があってボート遊びができる。エレーナはボートに乗ったことは?」
「無いです」
「ではボートに乗ろう」
またさらさらと書き付けて、彼は紅茶に口をつけた。菓子はサブレが好きなようでそればかり食べている。
「エレーナ、他に案はある?」
「お父様とお母様はよく自然公園に散策に行っていたと」
「うん、それもいいな。エレーナは好きな花はある?」
好きな花…あったかしら?
豪華な薔薇も良いし、凛とした佇まいの百合も素敵だし、菫のような小花も可憐で愛らしいし、向日葵も逞しくて…うんうんと頭を捻ってみたが、これといったものが浮かばない。
「ではエレーナ、これから好きな花探しを僕としよう」
なにも思いつかない私に、見かねて彼は助け舟を出してくれた。それも書き付けてにっこりと笑う。うっかり惚れてしまいそうなくらい眩しい笑顔だった。
それから私は月に一回、彼に会うために王城を訪れた。自然公園への散策の練習として庭園を二人で歩くこともあった。その際、彼は植物辞典片手に私に色んな花の名前を教えてくれた。
前世同様に読書が趣味の私の為に、彼は書庫にも入れてくれた。見上げるほどの大きな本棚にはあらゆる蔵書が詰まっている。
ただ私が読むのは大衆向けの恋愛小説や冒険奇譚で、お城の書庫にはないだろうと思ったら普通にあった。
「母上も好きなんだ」
彼はひそひそ声で私にそう言った。耳元で囁くような声は声変わりする前の掠れた、それでいてちょっぴり男を感じさせる声で私はドキドキしてしまった。
そんな訳で私と彼は可もなく不可もなくという状況になっていると思う。真面目な彼はなにをするでも計画、余裕があれば練習もする。
避暑地で楽しんだボートも彼は約束したその日から櫂を漕ぐ練習をしていて、当日は力強く漕いでくれた。当日が雨だった場合の代替案も用意してくれていた(書庫での読書及びお勧めの本を互いに紹介しあい感想を語り合う)
彼はとにかく隙なく計画し、必要あらば予習も復習もする。私がそれに意見することはままあるが強く反対することはない。
私は彼のそんなところが好ましいと思う。順序立てて物事を進めることに安心感を覚えるし、なにより誠実さを感じてしまうのだ。
だから唯唯諾諾と従っているわけではないのだが、見る人によっては私はつまらないと分類されてもしょうがないのかもしれない。
これでは自由奔放な王女様に惹かれても仕方ないなぁと私は芽生え始めた初恋の芽を摘み取った。私は十四歳、彼は十五歳、あと一年もすれば彼は留学してしまう。
「エレーナ、王子妃教育が始まると聞いた」
「はい。アシェル様が学院へ入学すると同時に私はここへ通います」
どうせ無駄になるのに、と思うと教育への気持ちなんてさっぱり向かない。せめてもの救いは城の菓子がどれも軒並み美味しいということだけだ。おやつの時間がありますようにと願っている。
「それで提案なんだが、今は月に一回会っているだろう?その回数を増やさないか?」
「どういうことでしょう?」
「せっかく通ってくれるなら週に一回にするのはどうだろうか」
「ですが、アシェル様は学院へ通われるでしょう?お疲れになるのでは」
「全く無い」
ないですか?と問いたかったのに、彼は少々食い気味にそれを否定した。常にないその様子に面食らい私はただ頷くしか出来なかった。
そうして彼は学院に通い始め、私はそれなりに王子妃教育を受け始めた。やる気はまぁ無い。
「エレーナ、…」
「なんでしょう?」
私たちは今、手を繋いで城の庭園を歩いている。手を繋いだのは三年目に自然公園への散策がきっかけだ。
目的の四阿までは目と鼻の先、メイド達がお茶の準備をしているのがよく見える。
「僕たちの婚約が調って五年が経った。もう一段、段階を上げてもいい頃だと思う」
「具体的には?」
「…抱きしめる、とか」
「飛ばし過ぎじゃないですか?」
そうか、彼の一言と同時にメイドがお茶の準備が出来ましたと知らせにきたのでその話はそこで終わった。
「エレーナ、肩を抱くというのはどうだろう」
終わってなかった。
四阿の中央には丸いテーブルが設置され、それを囲むように曲線を帯びたベンチが設えてある。そこに二人で並んで座った瞬間の台詞である。
見ると耳の先をほんのり染めた彼が、真剣な眼差しで私を見ていた。
「…肩ぐらいでしたら」
いいですよ、と言わせてもらえないまま私はぐいと肩を寄せられた。肩に乗る彼の手が熱い、間近に聞こえるふうふうというのは彼の呼吸音だろうか。
「エレーナ、良い匂いがするな」
「それは…なんというか、光栄です?」
なんと言っていいかわからなかった私の言葉に、彼の体が揺れた。見上げると、なぜ疑問形なのだと忍び笑っていた。
じゃあなんて答えれば良かったの、恥ずかしくて俯いてしまった私の目に入ったもの。股間の辺りが二分咲きくらいにやんわり膨らんでいて、私の頭ははてなでいっぱいになった。
次の段階は共に歩く時に腰を抱くというものだった。
この先、公式な場で私をエスコートすることが増える。その際の練習だと力説されたので、それもそうかと私は頷いた。腰を抱いた時の彼の股間は四分咲きくらいだった。
「エレーナ、そろそろ抱きしめてもいいかと思う」
あの四阿の一件以来、対面で座っていた茶会は横並びで座るようになった。彼はもちろん今も肩に手を回している。
「そう…でしょうか?」
「難しく考える必要はない。我々はダンスの練習をしているだろう?その距離をほんの少し縮めると思えば」
そう言われればそうかもしれない。ダンスの時もそれなりに体を密着させる時もある。そういえばダンスの時、彼の股間は…ステップを踏むのに必死でよく覚えていない。
もしも抱き合えば何分咲きになるのだろうか。好奇心に勝てなかった私は彼と抱擁した。五…いや六分咲きだった。
それから彼と別れる際に軽く抱擁することが決まった。
そんな風にひとつづつ階段を上るようにしてきたある日のこと。
「エレーナ、…膝枕というものがあるらしい」
「はい、知ってます」
「そうか、なら話は早い」
彼は語った。膝枕というものは疲労回復、能力向上、その他様々な良い効能があると。最後には、父がそう言っていたと陛下にぶん投げたのだ。
「エレーナ、どうだろうか?」
「陛下がそう仰るなら…どうぞ」
膝に置いていた手を退けると、彼はすぐさま頭を太ももに乗せた。柔らかい、そう呟きながらうっとりと目を閉じた。仰向けになった彼の股間に目をやると八分咲きだった。
目のやり場に困るので侍従を呼びブランケットをかけてもらった。申し訳ありません、囁くようにそう言って侍従は頭を下げた。
いささか彼のペースに飲まれているな、という自覚はある。
前世の記憶があるとしても、今世ではこの世界で生きているのだ。ならば慣習などはこちらの世界に合わせるしかない。それに彼の性格上、こうなることをある程度は予測出来ていたともいえる。
「エレーナ。結婚式では誓いの口付けをするだろう?その練習をしないか?」
ちらりと背後の侍従を見ると目尻どころか口の端までもピクピクとさせ、いっそ涙目のように見えた。
「アシェル様、それは…」
「失敗すれば末代まで語られるかもしれない」
そんなわけない、とは思ったがいずれ解消される身の上だ。ファーストキスくらいもらってもいいかもしれない。
「アシェル様、練習するのは構いませんが人目につくのはちょっと…」
「それもそうだな」
パンと彼がひとつ手を打つと部屋の隅に控えていた侍女、そして侍従も下がっていった。扉だけは細く開けてあり、人払いをしたといってもすぐ側に控えているらしい。
「いいか?」
「はい、どうぞ」
練習というからには立ってするものかと思ったが、座ったままでいいというので私は体を彼の方に向けて目を閉じた。肩に手を置かれ、唇にそっと柔くも湿ったものが乗る。
これはただの練習、愛は無い、たとえ性への興味が先行していたとしても私の心はじんわりと嬉しいという気持ちが広がっていった。摘んだと思った初恋の芽は思ったより根深く、私は彼…アシェルのことが好きなんだと改めて実感した。
これまでアシェルが立てた色々な計画、それは決して独りよがりなものではなかった。避暑地への道中では、私が疲れを見せ始める頃合を予めわかっていたように休憩が挟んであった。
それはきっと庭園での散策の練習、自然公園での散策などを経て気づいてくれたもの。茶会では必ずショコラボンボンがあり、櫂を漕ぐ練習の成果で湖の真ん中からぐるりと見渡す景色は圧巻だった。
辞典片手に始めた好きな花探し、今ではすっかり暗記しているようで辞典など無くとも私に花の名前や特徴を教えてくれる。そうして教えられるとどれもこれもが素敵に見えて、結局はアシェルが教えてくれた花は全部好きになった。
そんなアシェルはもう離れていく。自分のようにつまらないものより、良い意味で期待を裏切る奔放で枠に囚われない面白いものに惹かれてしまう。
「エ、エレーナ!?どうして泣いている?時間が長かったか?それとも角度か?緊張して直前に唇を舐めてしまったのが良くなかったか?」
色んな想いが駆け巡り、ちゅと微かな音と共に唇が離れていった瞬間に私の目から涙が落ちた。
「言ってくれ、エレーナ。改善すべき点は改善しよう。枕を相手にだいぶ練習したがやはり生身とは違ったかもしれない。あ、力加減か?押し付け過ぎたか?」
「…ち、違うのです。口付けが嫌だったのではなくて…アシェル様が留学してしまうと思うと…」
「留学?そんなものしないぞ」
「え?」
「ん?」
留学しない?なぜ?小説の中では二年へ進級と同時に留学するはず。そしてそれはもう目前だ。
「確かに留学の話はあったが断った。それで弟が行くことになったんだ」
「…弟?」
「あぁ、エレーナと同じ歳だ。学院へは入学せずに隣国へ留学することが決まっている」
知らない展開が衝撃すぎて涙もどこかへいってしまった。アシェルに弟…そんなのいたかしら?あぁ、でも第一王子というからには第二王子がいたとしてもおかしくはない。
「…私、会ったことなんて」
「あぁ、それはなんというか説明が難しいのだが…」
アシェルが言うにはひとつしか違わない弟、王族として同じように教育を受けた。兄弟といえど成長するにつれ、性格や得意とするものは各々違っていったらしい。
「弟はミシェルというんだが、僕が文を得意とするなら弟は武だ。机上で頭を働かせるより、外で体を動かす方がいいと」
「そうだったんですか。ですが、これまで一度も顔を合わせていないだなんて…」
「あぁ、それは弟が隣国との境にある辺境伯領に滞在しているからだ。広い領地で馬を駆り、武の道を極めんとしている」
小説では描かれなかった事実に開いた口が塞がらない。ここは小説の世界ではあるけれど、私が知っていたのはそのたった一端だ。
それだけなのに全てをわかったような気がしていた。そんなわけあるはずもないのに。 勝手に相手の気持ちを推し量り向き合おうとしない自分の身勝手さにほとほと呆れてしまう。
生きていく上で決まった未来など無い、ぽろぽろとまた涙が頬を転がり落ちていく。なぜまた泣く?とおろおろと狼狽えるアシェルにまた愛しさが募っていく。
「アシェル様が留学すると思うと、寂しかったのです。今は、そうでは無いと知って嬉しくて」
「それは…要らぬ心配をかけてしまった。誰が留学の話をした?母上か、それとも」
「いいえ、もういいのです。これからも傍にいられるのなら」
その気持ちのままにアシェルの首に腕を回して、頬を寄せる。アシェルは一瞬だけ体を強ばらせたがすぐさま抱きしめてくれた。それが嬉しい。
「エレーナ、計画としてはまだ先だったのだが…その、膝に乗せてもいいか?」
「膝?」
「練習はしていたから安心してほしい。枕やクッションをシーツで包み、どれくらい足を開くのかエレーナが不安定にならないようにどこを支えるのか」
アシェルの語り口も眼差しもどこまでも真剣だ。真剣故に笑いがこみ上げて、私は自分から膝に乗ることで返事とした。
「アシェル様、これでよろしいですか?」
「うっ、あ、その、エレーナ、足の開き具合はこのくらいでいいか?不安定ではないか?」
若干あたふたとしながらもアシェルはしっかりと支えてくれた。
「エレーナ、王子妃教育は気が乗らないか?」
「あら、気づいてたんですか?」
「ほら、教育が終わっての茶会でいつもよりボンボンを多く食べるだろう?疲れていると甘いものが欲しくなるというしな。だから、その…エレーナがもし辛いと思うようなことがあれば、こうして甘やかしてやりたかったのだ」
言いながらアシェルの手は髪を撫で、背中を撫でた。労るような手つきにいやらしさは全く感じない。耳に入る心臓の音も、鼻腔を擽る匂いも、包んでくれる腕も、どれもにときめいて温かい気持ちになった。
「アシェル様がどこか遠くへ行ってしまうのでは、と不安だっただけです。ですが、もう大丈夫です。私はすっかり満たされました」
頬を寄せていた胸から顔を上げると甘く優しい表情が自分を見つめていた。見つめ合い、吸い寄せられるようにアシェルと唇を重ねた。
合わせるだけでなく食むように、何度も角度を変えて、ほんの少し前までは愛なんて無いと思っていたのに今はどうだろう。
触れた唇から、肩にまわる手のひらから、背中を支える腕から、その全てからアシェルの気持ちが伝わってくるようだ。
「アシェル様、私あなたに恋をしています」
「…あぁ、僕もだ。僕もだよ、エレーナ」
感極まった私の言葉にアシェルはつと目を見張り、そして破顔してぎゅうぎゅうと私を抱きしめた。お尻の下にある股間は熱く、満開だった。
それから私は学院へ入学し、ここを見せたかった、これを一緒に見たかった等と校内を案内された。朝は一緒に登校し、昼食を一緒に食べ、帰りは一緒に帰った。
そして折にふれて私と触れ合いたがった。アシェルの言い分は、定期的に触れ合うことで精神的な息抜きになりそれは巡り巡って私の為になるという。
けれどそうすることでアシェルの満開になるそれが私は心配で仕方なかった。そんな心配は私が卒業するまで続いたがようやくそれも終わる。
諸々の大層な儀式を終え、国中の貴族の前で将来を誓い、王都では婚姻パレードも行い、怒涛の三日間を終えてようやく私とアシェルは初夜を迎えることができた。
軽い口付けから深く溺れるようなもの、抱きしめあったり、膝に乗せられたりとしてきたが素肌で触れ合うのは初めてだ。
「アシェル、恥ずかしいけど気持ちいい」
「あぁ、僕もだ」
まずは二人で裸で抱き合った。抱き合いながらアシェルの手のひらは私の体のあちこちを撫でた。まるでそれはお伺いをたてるように、優しくゆっくりと。この手は怖くないというのを私の肌に覚えさせるように。
そうしてからアシェルは軽く口付けた。顔中を唇で触れていき、最後にはまた唇に戻り今度は深く口付けた。舌を絡ませ、上顎を舐め、官能を呼び起こすようなそれに私は息も絶え絶えだった。
その間にもアシェルは絶妙な力加減で胸を揉みしだき、私の反応を見ながら柔らかい乳首が硬く赤く痺れるようになるまで指で舌で快楽を与えた。
「あっ…アシェル、もうっ…早く」
「駄目だ、エレーナ。傷つけたくないから、あと何回か達しておこう」
ひとつひとつの愛撫に時間をかけるアシェルに私はもう限界だった。初めてなのに何度達したかわからない。
指で舌で私の秘所はもうふやけているのではないかと思う。ぴちゃぴちゃじゅぶじゅぶという粘着質な音にも慣れてきた。恥ずかしさの臨界点はとうに超え、お腹の奥がむずむずと何かを待ち詫びるように蠢いているような気がする。
「アシェル!なんでも計画通りにはいかないの!早く超満開なそれを挿れてよぉっ!!」
最後の力を振り絞り私は叫んだ。下手したら泣いていたかもしれない。アシェルは「満開…?」と呟きながらも、私の叫びに恐れを生したのかすぐに挿入の体勢をとった。
あれだけされても破瓜の痛みが無くなることはなかった。痛いね、ごめんね、と言いながら腰をゆっくりと進めるアシェル。全て受け入れた時には安堵なのか、喜びなのか色んな気持ちが湧き上がった。
「…動いてもいいか?」
「お願い…なにも考えずアシェルの好きにして…っああぁぁっ」
言い終わるが早いかアシェルが最奥に向かってずんと突き上げた。どこもかしこもぴったり密着したまま抽挿は止まらない。自分の体がばらばらに散ってしまいそうな暴力的な快楽、縋るように回した背中に爪を立てた瞬間に胎の中のものがどくんと跳ねた。
アシェルの腰がふるりと震え、ぐっぐっと押し付けられる。あぁ、どれくらい費やしたのかわからないけれど長い初夜が終わったのだ。
安堵から体中から力が抜けていく…と思いきやまたしても胎の中が圧倒的に多いな質量で満たされていった。
「…アシェル?」
「悪い、エレーナ。好きにして、なんて言われたら治まらない。もう一回いい?」
正直言えば良くない。体は疲労困憊だし、声も掠れている気がする。だけど、それでも、愛する人にそう言われてしまったら私の返事はひとつしか無かった。
「承知しました」
秒で退場する予定だった私が退場するのは、この先まだまだずっと先の遠い未来の話。
私の目の前に立つ見目麗しい男の子、うわぁ王子様みたいと思ったら王子様だった。名はアシェル、この王国の第一王子様、ゆくゆくは立太子されてこの国を導く御方だ。
脳内を巡る前世の記憶、その中で私はいつだって読書をしていた。ソファに座って、ベッドの中で、公園のベンチに座って、湯気立つコーヒーを飲みながらカフェで。
低かった視線はどんどん高くなり、ふつりと暗闇に飲まれた。きっとそこで前世の命が尽きたのだろう。そして生まれ変わった。
「フォックス公爵家エレーナでございます」
辿たどしいながらも挨拶をし、淑女の礼をとった私に彼はうんと小さく頷いた。
彼はこの世界、『アイビーブルー』という小説でのヒーローだ。そして主人公は隣国の王女様。では私は?私は一体なんだろう?
考えながら城の侍従に案内された先のバルコニーにはティーテーブルが置かれ、どうぞと椅子を引かれた。
「エレーナ嬢、今日城に上がってもらったのは他でもない。僕と君の婚約が調ったからだ」
「まぁ…」
登城する際、父からは「お行儀よくするように」と言い含められていた。そんな父は私の挨拶を見届けると部屋を出ていってしまった。
そして私とこの王子が婚約ということで私は自分の役どころを自覚した。私はこの先この王子に婚約解消を申し出られる台詞がたった一言の令嬢だったのだ。
──承知しました──
名前はおろか、その素性さえ明らかにされず、あまつさえ婚約解消の旨は使者が持ってきた書簡だった。それに目を通した令嬢はただ前述の台詞を言うのだ。
登場したかと思えば秒で退場する令嬢、それが私。あの令嬢、エレーナって名前だったのね。
「エレーナ嬢、エレーナと名を呼んでも?」
「えぇ、もちろん」
「では僕のことはアシェルと」
彼の背後に控えている侍従の目尻がぴくりと動いたのを私は見逃さなかった。馴れ馴れしく名を呼ぶのはあまり良くないのかしら?どうすればいいんだろう。
「…アシェル殿下」
「エレーナ、敬称は」
「アシェル様!」
彼はほんの少しだけ眉を顰めたが、侍従は頷いていたのでこれでいいだろう。どうせ解消される仲だ。
それからは菓子をつまみ、茶を飲み、いくらか当たり障りのない話をして顔合わせは終了した。私は十歳、彼は十一歳、恋も知らずに婚約だなんて可哀想ねと前世の私の声が聞こえた気がした。
小説の中で彼は隣国へ留学する。十五歳から十八歳まで貴族子女が通う学院、学び半分小さな社交場半分というところで彼は二年に進級してから一年間の留学。
その留学先である隣国で彼は王女様に出会う。王女様は自由奔放でその国では、じゃじゃ馬姫だのお転婆姫だの呼ばれている。
堅物真面目と評される彼はその彼女に出会い、振り回されるがその自由奔放さに憧れあるがままの素直な彼女に惹かれ恋をし、一年の留学は伸びに伸び最終的に婚約を解消する。
解消までの八年間、私はどうするべきなのか。とにかく情報量が少なすぎる。なにせ秒で退場するのだから。
「お嬢様、ご気分が優れませんか?」
登城してからこっち、悶々と考え込む私に侍女のマリが声をかけた。手にはティーポットを持ち、見ると心配そうに眉根を寄せていた。
「違うの、アシェル様との婚約について考えていて…」
「大変名誉なことだと思いますが」
「そうよねぇ」
だけどあっさり解消に同意しまうのだ、小説の中の彼女は。どうしてかしら?かっこいい男の子が傍にいれば恋心を持ってもおかしくないと思うけど、とにかく情報量が少なすぎるのよ……もしかしてそれが答えなのでは?
情報量が少ない、それ即ち特筆すべきことがないのではなかろうか。小説の中の二人はきっと可もなく不可もなく、お互いに思うことが無かった。だから解消も面を合わせず書簡であっさりと。
まさに天啓のように浮き彫りになった考えに私は一人納得した。よし、可もなく不可もなくを心がけてこの先の婚約期間を乗り切ろう。……しかし、可もなく不可もなくって一体なんだろう?
それから顔合わせからきっかり一ヶ月後、私は再び登城した。前回と同じバルコニーで前回同様、彼と顔を合わせていた。違うのは前回はサブレだけだったのが、今回はプチタルトやマドレーヌ、サブレにクッキー、ショコラボンボンと菓子の種類が増えていた。
「エレーナの好みがまだわからなくて色々用意させたんだ。どれでも好きなものを食べて」
なんて気遣いの出来る王子なんだろう、小説の彼女はどうして心を動かされなかったんだろう。私なんて思わずボンボンをつまんで口に放り込んでしまったというのに。
美味しい?口元に笑みを浮かべるその様はどの角度から見てもかっこいい。ほんとにどうして?と思いながら私は疑問だったことを口にした。
「アシェル様、婚約期間中というのは具体的になにをすればいいのでしょうか?」
背後の侍従の目尻がぴくりと動いた。してもいい質問ではなかったのかもしれない。しかし私はもう自分では答えが出せないのだ、可もなく不可もなくについて。
「…考えたことがなかったな」
「あらまぁ」
「うん、ただそう言われるとそうだな。父上と母上に聞いてみよう」
「では私も聞いてみます。それで次の機会にお互い意見交換するというのはどうでしょう」
「名案だ」
こうして私は一通りの菓子を食べ(ボンボンが絶品だった)また他愛の無い話をして茶会はお開きになった。
次の機会はまたきっかり一ヶ月後に訪れた。
いつものバルコニーでボンボン多めの菓子を食べながら今回の議題について話し合った。
「父上や母上が言うにはまずは月に一回の茶会で親睦を深めよとのことだった」
「まぁ、それは私も同じでした」
「では、これには異存はない?」
はいと頷くと彼は手元の紙になにかさらさらと書き付けた。
「それから、王家には夏場になると向かう避暑地があるのだけど、そこへ野遊びに行くのも良かろうとのことだった」
「避暑地にはなにがあるのですか?」
「湖があってボート遊びができる。エレーナはボートに乗ったことは?」
「無いです」
「ではボートに乗ろう」
またさらさらと書き付けて、彼は紅茶に口をつけた。菓子はサブレが好きなようでそればかり食べている。
「エレーナ、他に案はある?」
「お父様とお母様はよく自然公園に散策に行っていたと」
「うん、それもいいな。エレーナは好きな花はある?」
好きな花…あったかしら?
豪華な薔薇も良いし、凛とした佇まいの百合も素敵だし、菫のような小花も可憐で愛らしいし、向日葵も逞しくて…うんうんと頭を捻ってみたが、これといったものが浮かばない。
「ではエレーナ、これから好きな花探しを僕としよう」
なにも思いつかない私に、見かねて彼は助け舟を出してくれた。それも書き付けてにっこりと笑う。うっかり惚れてしまいそうなくらい眩しい笑顔だった。
それから私は月に一回、彼に会うために王城を訪れた。自然公園への散策の練習として庭園を二人で歩くこともあった。その際、彼は植物辞典片手に私に色んな花の名前を教えてくれた。
前世同様に読書が趣味の私の為に、彼は書庫にも入れてくれた。見上げるほどの大きな本棚にはあらゆる蔵書が詰まっている。
ただ私が読むのは大衆向けの恋愛小説や冒険奇譚で、お城の書庫にはないだろうと思ったら普通にあった。
「母上も好きなんだ」
彼はひそひそ声で私にそう言った。耳元で囁くような声は声変わりする前の掠れた、それでいてちょっぴり男を感じさせる声で私はドキドキしてしまった。
そんな訳で私と彼は可もなく不可もなくという状況になっていると思う。真面目な彼はなにをするでも計画、余裕があれば練習もする。
避暑地で楽しんだボートも彼は約束したその日から櫂を漕ぐ練習をしていて、当日は力強く漕いでくれた。当日が雨だった場合の代替案も用意してくれていた(書庫での読書及びお勧めの本を互いに紹介しあい感想を語り合う)
彼はとにかく隙なく計画し、必要あらば予習も復習もする。私がそれに意見することはままあるが強く反対することはない。
私は彼のそんなところが好ましいと思う。順序立てて物事を進めることに安心感を覚えるし、なにより誠実さを感じてしまうのだ。
だから唯唯諾諾と従っているわけではないのだが、見る人によっては私はつまらないと分類されてもしょうがないのかもしれない。
これでは自由奔放な王女様に惹かれても仕方ないなぁと私は芽生え始めた初恋の芽を摘み取った。私は十四歳、彼は十五歳、あと一年もすれば彼は留学してしまう。
「エレーナ、王子妃教育が始まると聞いた」
「はい。アシェル様が学院へ入学すると同時に私はここへ通います」
どうせ無駄になるのに、と思うと教育への気持ちなんてさっぱり向かない。せめてもの救いは城の菓子がどれも軒並み美味しいということだけだ。おやつの時間がありますようにと願っている。
「それで提案なんだが、今は月に一回会っているだろう?その回数を増やさないか?」
「どういうことでしょう?」
「せっかく通ってくれるなら週に一回にするのはどうだろうか」
「ですが、アシェル様は学院へ通われるでしょう?お疲れになるのでは」
「全く無い」
ないですか?と問いたかったのに、彼は少々食い気味にそれを否定した。常にないその様子に面食らい私はただ頷くしか出来なかった。
そうして彼は学院に通い始め、私はそれなりに王子妃教育を受け始めた。やる気はまぁ無い。
「エレーナ、…」
「なんでしょう?」
私たちは今、手を繋いで城の庭園を歩いている。手を繋いだのは三年目に自然公園への散策がきっかけだ。
目的の四阿までは目と鼻の先、メイド達がお茶の準備をしているのがよく見える。
「僕たちの婚約が調って五年が経った。もう一段、段階を上げてもいい頃だと思う」
「具体的には?」
「…抱きしめる、とか」
「飛ばし過ぎじゃないですか?」
そうか、彼の一言と同時にメイドがお茶の準備が出来ましたと知らせにきたのでその話はそこで終わった。
「エレーナ、肩を抱くというのはどうだろう」
終わってなかった。
四阿の中央には丸いテーブルが設置され、それを囲むように曲線を帯びたベンチが設えてある。そこに二人で並んで座った瞬間の台詞である。
見ると耳の先をほんのり染めた彼が、真剣な眼差しで私を見ていた。
「…肩ぐらいでしたら」
いいですよ、と言わせてもらえないまま私はぐいと肩を寄せられた。肩に乗る彼の手が熱い、間近に聞こえるふうふうというのは彼の呼吸音だろうか。
「エレーナ、良い匂いがするな」
「それは…なんというか、光栄です?」
なんと言っていいかわからなかった私の言葉に、彼の体が揺れた。見上げると、なぜ疑問形なのだと忍び笑っていた。
じゃあなんて答えれば良かったの、恥ずかしくて俯いてしまった私の目に入ったもの。股間の辺りが二分咲きくらいにやんわり膨らんでいて、私の頭ははてなでいっぱいになった。
次の段階は共に歩く時に腰を抱くというものだった。
この先、公式な場で私をエスコートすることが増える。その際の練習だと力説されたので、それもそうかと私は頷いた。腰を抱いた時の彼の股間は四分咲きくらいだった。
「エレーナ、そろそろ抱きしめてもいいかと思う」
あの四阿の一件以来、対面で座っていた茶会は横並びで座るようになった。彼はもちろん今も肩に手を回している。
「そう…でしょうか?」
「難しく考える必要はない。我々はダンスの練習をしているだろう?その距離をほんの少し縮めると思えば」
そう言われればそうかもしれない。ダンスの時もそれなりに体を密着させる時もある。そういえばダンスの時、彼の股間は…ステップを踏むのに必死でよく覚えていない。
もしも抱き合えば何分咲きになるのだろうか。好奇心に勝てなかった私は彼と抱擁した。五…いや六分咲きだった。
それから彼と別れる際に軽く抱擁することが決まった。
そんな風にひとつづつ階段を上るようにしてきたある日のこと。
「エレーナ、…膝枕というものがあるらしい」
「はい、知ってます」
「そうか、なら話は早い」
彼は語った。膝枕というものは疲労回復、能力向上、その他様々な良い効能があると。最後には、父がそう言っていたと陛下にぶん投げたのだ。
「エレーナ、どうだろうか?」
「陛下がそう仰るなら…どうぞ」
膝に置いていた手を退けると、彼はすぐさま頭を太ももに乗せた。柔らかい、そう呟きながらうっとりと目を閉じた。仰向けになった彼の股間に目をやると八分咲きだった。
目のやり場に困るので侍従を呼びブランケットをかけてもらった。申し訳ありません、囁くようにそう言って侍従は頭を下げた。
いささか彼のペースに飲まれているな、という自覚はある。
前世の記憶があるとしても、今世ではこの世界で生きているのだ。ならば慣習などはこちらの世界に合わせるしかない。それに彼の性格上、こうなることをある程度は予測出来ていたともいえる。
「エレーナ。結婚式では誓いの口付けをするだろう?その練習をしないか?」
ちらりと背後の侍従を見ると目尻どころか口の端までもピクピクとさせ、いっそ涙目のように見えた。
「アシェル様、それは…」
「失敗すれば末代まで語られるかもしれない」
そんなわけない、とは思ったがいずれ解消される身の上だ。ファーストキスくらいもらってもいいかもしれない。
「アシェル様、練習するのは構いませんが人目につくのはちょっと…」
「それもそうだな」
パンと彼がひとつ手を打つと部屋の隅に控えていた侍女、そして侍従も下がっていった。扉だけは細く開けてあり、人払いをしたといってもすぐ側に控えているらしい。
「いいか?」
「はい、どうぞ」
練習というからには立ってするものかと思ったが、座ったままでいいというので私は体を彼の方に向けて目を閉じた。肩に手を置かれ、唇にそっと柔くも湿ったものが乗る。
これはただの練習、愛は無い、たとえ性への興味が先行していたとしても私の心はじんわりと嬉しいという気持ちが広がっていった。摘んだと思った初恋の芽は思ったより根深く、私は彼…アシェルのことが好きなんだと改めて実感した。
これまでアシェルが立てた色々な計画、それは決して独りよがりなものではなかった。避暑地への道中では、私が疲れを見せ始める頃合を予めわかっていたように休憩が挟んであった。
それはきっと庭園での散策の練習、自然公園での散策などを経て気づいてくれたもの。茶会では必ずショコラボンボンがあり、櫂を漕ぐ練習の成果で湖の真ん中からぐるりと見渡す景色は圧巻だった。
辞典片手に始めた好きな花探し、今ではすっかり暗記しているようで辞典など無くとも私に花の名前や特徴を教えてくれる。そうして教えられるとどれもこれもが素敵に見えて、結局はアシェルが教えてくれた花は全部好きになった。
そんなアシェルはもう離れていく。自分のようにつまらないものより、良い意味で期待を裏切る奔放で枠に囚われない面白いものに惹かれてしまう。
「エ、エレーナ!?どうして泣いている?時間が長かったか?それとも角度か?緊張して直前に唇を舐めてしまったのが良くなかったか?」
色んな想いが駆け巡り、ちゅと微かな音と共に唇が離れていった瞬間に私の目から涙が落ちた。
「言ってくれ、エレーナ。改善すべき点は改善しよう。枕を相手にだいぶ練習したがやはり生身とは違ったかもしれない。あ、力加減か?押し付け過ぎたか?」
「…ち、違うのです。口付けが嫌だったのではなくて…アシェル様が留学してしまうと思うと…」
「留学?そんなものしないぞ」
「え?」
「ん?」
留学しない?なぜ?小説の中では二年へ進級と同時に留学するはず。そしてそれはもう目前だ。
「確かに留学の話はあったが断った。それで弟が行くことになったんだ」
「…弟?」
「あぁ、エレーナと同じ歳だ。学院へは入学せずに隣国へ留学することが決まっている」
知らない展開が衝撃すぎて涙もどこかへいってしまった。アシェルに弟…そんなのいたかしら?あぁ、でも第一王子というからには第二王子がいたとしてもおかしくはない。
「…私、会ったことなんて」
「あぁ、それはなんというか説明が難しいのだが…」
アシェルが言うにはひとつしか違わない弟、王族として同じように教育を受けた。兄弟といえど成長するにつれ、性格や得意とするものは各々違っていったらしい。
「弟はミシェルというんだが、僕が文を得意とするなら弟は武だ。机上で頭を働かせるより、外で体を動かす方がいいと」
「そうだったんですか。ですが、これまで一度も顔を合わせていないだなんて…」
「あぁ、それは弟が隣国との境にある辺境伯領に滞在しているからだ。広い領地で馬を駆り、武の道を極めんとしている」
小説では描かれなかった事実に開いた口が塞がらない。ここは小説の世界ではあるけれど、私が知っていたのはそのたった一端だ。
それだけなのに全てをわかったような気がしていた。そんなわけあるはずもないのに。 勝手に相手の気持ちを推し量り向き合おうとしない自分の身勝手さにほとほと呆れてしまう。
生きていく上で決まった未来など無い、ぽろぽろとまた涙が頬を転がり落ちていく。なぜまた泣く?とおろおろと狼狽えるアシェルにまた愛しさが募っていく。
「アシェル様が留学すると思うと、寂しかったのです。今は、そうでは無いと知って嬉しくて」
「それは…要らぬ心配をかけてしまった。誰が留学の話をした?母上か、それとも」
「いいえ、もういいのです。これからも傍にいられるのなら」
その気持ちのままにアシェルの首に腕を回して、頬を寄せる。アシェルは一瞬だけ体を強ばらせたがすぐさま抱きしめてくれた。それが嬉しい。
「エレーナ、計画としてはまだ先だったのだが…その、膝に乗せてもいいか?」
「膝?」
「練習はしていたから安心してほしい。枕やクッションをシーツで包み、どれくらい足を開くのかエレーナが不安定にならないようにどこを支えるのか」
アシェルの語り口も眼差しもどこまでも真剣だ。真剣故に笑いがこみ上げて、私は自分から膝に乗ることで返事とした。
「アシェル様、これでよろしいですか?」
「うっ、あ、その、エレーナ、足の開き具合はこのくらいでいいか?不安定ではないか?」
若干あたふたとしながらもアシェルはしっかりと支えてくれた。
「エレーナ、王子妃教育は気が乗らないか?」
「あら、気づいてたんですか?」
「ほら、教育が終わっての茶会でいつもよりボンボンを多く食べるだろう?疲れていると甘いものが欲しくなるというしな。だから、その…エレーナがもし辛いと思うようなことがあれば、こうして甘やかしてやりたかったのだ」
言いながらアシェルの手は髪を撫で、背中を撫でた。労るような手つきにいやらしさは全く感じない。耳に入る心臓の音も、鼻腔を擽る匂いも、包んでくれる腕も、どれもにときめいて温かい気持ちになった。
「アシェル様がどこか遠くへ行ってしまうのでは、と不安だっただけです。ですが、もう大丈夫です。私はすっかり満たされました」
頬を寄せていた胸から顔を上げると甘く優しい表情が自分を見つめていた。見つめ合い、吸い寄せられるようにアシェルと唇を重ねた。
合わせるだけでなく食むように、何度も角度を変えて、ほんの少し前までは愛なんて無いと思っていたのに今はどうだろう。
触れた唇から、肩にまわる手のひらから、背中を支える腕から、その全てからアシェルの気持ちが伝わってくるようだ。
「アシェル様、私あなたに恋をしています」
「…あぁ、僕もだ。僕もだよ、エレーナ」
感極まった私の言葉にアシェルはつと目を見張り、そして破顔してぎゅうぎゅうと私を抱きしめた。お尻の下にある股間は熱く、満開だった。
それから私は学院へ入学し、ここを見せたかった、これを一緒に見たかった等と校内を案内された。朝は一緒に登校し、昼食を一緒に食べ、帰りは一緒に帰った。
そして折にふれて私と触れ合いたがった。アシェルの言い分は、定期的に触れ合うことで精神的な息抜きになりそれは巡り巡って私の為になるという。
けれどそうすることでアシェルの満開になるそれが私は心配で仕方なかった。そんな心配は私が卒業するまで続いたがようやくそれも終わる。
諸々の大層な儀式を終え、国中の貴族の前で将来を誓い、王都では婚姻パレードも行い、怒涛の三日間を終えてようやく私とアシェルは初夜を迎えることができた。
軽い口付けから深く溺れるようなもの、抱きしめあったり、膝に乗せられたりとしてきたが素肌で触れ合うのは初めてだ。
「アシェル、恥ずかしいけど気持ちいい」
「あぁ、僕もだ」
まずは二人で裸で抱き合った。抱き合いながらアシェルの手のひらは私の体のあちこちを撫でた。まるでそれはお伺いをたてるように、優しくゆっくりと。この手は怖くないというのを私の肌に覚えさせるように。
そうしてからアシェルは軽く口付けた。顔中を唇で触れていき、最後にはまた唇に戻り今度は深く口付けた。舌を絡ませ、上顎を舐め、官能を呼び起こすようなそれに私は息も絶え絶えだった。
その間にもアシェルは絶妙な力加減で胸を揉みしだき、私の反応を見ながら柔らかい乳首が硬く赤く痺れるようになるまで指で舌で快楽を与えた。
「あっ…アシェル、もうっ…早く」
「駄目だ、エレーナ。傷つけたくないから、あと何回か達しておこう」
ひとつひとつの愛撫に時間をかけるアシェルに私はもう限界だった。初めてなのに何度達したかわからない。
指で舌で私の秘所はもうふやけているのではないかと思う。ぴちゃぴちゃじゅぶじゅぶという粘着質な音にも慣れてきた。恥ずかしさの臨界点はとうに超え、お腹の奥がむずむずと何かを待ち詫びるように蠢いているような気がする。
「アシェル!なんでも計画通りにはいかないの!早く超満開なそれを挿れてよぉっ!!」
最後の力を振り絞り私は叫んだ。下手したら泣いていたかもしれない。アシェルは「満開…?」と呟きながらも、私の叫びに恐れを生したのかすぐに挿入の体勢をとった。
あれだけされても破瓜の痛みが無くなることはなかった。痛いね、ごめんね、と言いながら腰をゆっくりと進めるアシェル。全て受け入れた時には安堵なのか、喜びなのか色んな気持ちが湧き上がった。
「…動いてもいいか?」
「お願い…なにも考えずアシェルの好きにして…っああぁぁっ」
言い終わるが早いかアシェルが最奥に向かってずんと突き上げた。どこもかしこもぴったり密着したまま抽挿は止まらない。自分の体がばらばらに散ってしまいそうな暴力的な快楽、縋るように回した背中に爪を立てた瞬間に胎の中のものがどくんと跳ねた。
アシェルの腰がふるりと震え、ぐっぐっと押し付けられる。あぁ、どれくらい費やしたのかわからないけれど長い初夜が終わったのだ。
安堵から体中から力が抜けていく…と思いきやまたしても胎の中が圧倒的に多いな質量で満たされていった。
「…アシェル?」
「悪い、エレーナ。好きにして、なんて言われたら治まらない。もう一回いい?」
正直言えば良くない。体は疲労困憊だし、声も掠れている気がする。だけど、それでも、愛する人にそう言われてしまったら私の返事はひとつしか無かった。
「承知しました」
秒で退場する予定だった私が退場するのは、この先まだまだずっと先の遠い未来の話。
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