35 / 58
転生遊戯
26
しおりを挟む
エディンデルと隣国との間には山脈が横たわっている。王都からミュウの故郷である湖のラックスベルに向かうにつれ山は高く険しくなり、途中には切り立った崖がある。この崖が分岐点のようで湖側は厳しく、王都側は標高も高くはない。
その王都側の山を挟んであっちとこっちでいくつか砦があり、各々の国を守っている。
「…大丈夫かなぁ」
宿舎のミュウの(フィルの)部屋の窓から空を見上げながらミュウは独りごちた。東の砦、とミュウはイーハンに言ったがそもそも東にあるのが隣国なので大きな意味では全部東の砦なのである。本には砦について詳しいことはなかった、それもそうだ戦がメインの物語ではないのだから。メインはフィルの窮地によって生まれる癒しの力、その力によって和平が結ばれフィルと力の持ち主が結ばれる。癒しの力は国境を超えて人々を癒す、その傍らにはいつもフィルがいる。そして大陸は泰平を得ると共にフィルが愛を知り永遠を誓う。
イーハンはどんな力が生まれるとしても、フィルが倒れることは許せないと言った。本当に尊い力ならば、どこかで必ず生まれてくるという。その辺はいう事がフィルと似通っていて、二人は本当に親友なんだなぁと思う。
そのまま言うと、うるさい!と大きな声を出されたが耳が赤かったのできっと照れ隠しだ。
フィルはスウェインに乗って行ってしまった。「大将の首を取ってくる」とさらっと言うのには驚いたが、そういう世界なのだ。物語の中の命は軽い、けれどそこに生まれてそんなわけあるかと思う。
見上げれば広い空があって、平和に鳥が飛んでいて、雲はのんびりと流れている。なのに、なんだか息苦しい。本当にこれで良かったのか、疑念が消えない。
ミュウにできることはちっぽけなもので、どこの砦が手薄だとかどこの砦が打撃を受けるだとかそんなことを伝えるしかできない。ただただ、大切な人を守りたい。過ごした時間は短いけれど、夢を見るミュウを支えてくれた人を守りたい。擦り傷ひとつだって負ってほしくない。
その夜、久しぶりに一人で眠った。ジェジェが付き添うと言ったが断った。ジェジェの眉が下がり、口はへの字になっている。
「大尉に頼まれたんや」
「うん、そうなんやけど…」
ジェジェが悪いわけじゃない、ただ手を繋いでもらうのはフィルがいい。もじもじごにょごにょ、口ごもるミュウの頭をジェジェは軽く撫でた。
「同じ部屋におるんはええか?」
「うん」
フィルの手は大きく温かい、ジェジェだってそうなのだが質が違う。ジェジェは気安さや親しみがあり、フィルには充足感や喜びがある。今、恋しいのはそっちの方だ。
土煙が凄い、目に入ったら痛そうだ。だけど、誰も彼もミュウに目を向けない。ミュウの目も痛くない。文字じゃない、目に映るもの全てに現実味がある。
──…これ、夢や
確実にここは夢の中だ。鎧を身にまとった兵士たちが剣を振るっている。あちこちで小さな竜巻が上がっていて、どこかに風の使い手がいるのかもしれない。風に乗って火薬の匂いもする。
──あ、蒼い炎が見える
遠く蒼穹に溶け込むように、蜃気楼のような炎が揺らめいていた。行かなきゃ、迷いもなくミュウは走り出した。
目の前で物語の中の戦いが繰り広げられている。自分はいない存在だから狙われることもないし、ましてここで死んでしまうこともない。それでも、怖い。目の前で倒れる人がいる、空気を切り裂くような音をたてて矢がミュウを追い越していく。怖いのに妙な高揚感が確かにあって、命の瀬戸際というものを感じた。
あそこでフィルが戦っている、行ったところでどうということはない。だけど、今ここで自分が縋れる相手はフィルしかいないのだ。
蜃気楼のような炎がくっきりと見えて、その後ろに鮮やかな緑が見えた。ここはどこだろう、どこでもいいか。
フィルの姿が見えた矢先、パァンと乾いた音が聞こえた。そして、ゆっくりゆっくりと倒れた。全てがスローモーションに見えた。投石機でも使っているのか、空から大きな石が降ってきていた。カーテンのように張られていた蒼い炎は地上から空へ移り、その僅かな隙をついてフィルは撃たれた。顔から血が吹き出している。
──なんで?
それしか言葉がなかった。
その王都側の山を挟んであっちとこっちでいくつか砦があり、各々の国を守っている。
「…大丈夫かなぁ」
宿舎のミュウの(フィルの)部屋の窓から空を見上げながらミュウは独りごちた。東の砦、とミュウはイーハンに言ったがそもそも東にあるのが隣国なので大きな意味では全部東の砦なのである。本には砦について詳しいことはなかった、それもそうだ戦がメインの物語ではないのだから。メインはフィルの窮地によって生まれる癒しの力、その力によって和平が結ばれフィルと力の持ち主が結ばれる。癒しの力は国境を超えて人々を癒す、その傍らにはいつもフィルがいる。そして大陸は泰平を得ると共にフィルが愛を知り永遠を誓う。
イーハンはどんな力が生まれるとしても、フィルが倒れることは許せないと言った。本当に尊い力ならば、どこかで必ず生まれてくるという。その辺はいう事がフィルと似通っていて、二人は本当に親友なんだなぁと思う。
そのまま言うと、うるさい!と大きな声を出されたが耳が赤かったのできっと照れ隠しだ。
フィルはスウェインに乗って行ってしまった。「大将の首を取ってくる」とさらっと言うのには驚いたが、そういう世界なのだ。物語の中の命は軽い、けれどそこに生まれてそんなわけあるかと思う。
見上げれば広い空があって、平和に鳥が飛んでいて、雲はのんびりと流れている。なのに、なんだか息苦しい。本当にこれで良かったのか、疑念が消えない。
ミュウにできることはちっぽけなもので、どこの砦が手薄だとかどこの砦が打撃を受けるだとかそんなことを伝えるしかできない。ただただ、大切な人を守りたい。過ごした時間は短いけれど、夢を見るミュウを支えてくれた人を守りたい。擦り傷ひとつだって負ってほしくない。
その夜、久しぶりに一人で眠った。ジェジェが付き添うと言ったが断った。ジェジェの眉が下がり、口はへの字になっている。
「大尉に頼まれたんや」
「うん、そうなんやけど…」
ジェジェが悪いわけじゃない、ただ手を繋いでもらうのはフィルがいい。もじもじごにょごにょ、口ごもるミュウの頭をジェジェは軽く撫でた。
「同じ部屋におるんはええか?」
「うん」
フィルの手は大きく温かい、ジェジェだってそうなのだが質が違う。ジェジェは気安さや親しみがあり、フィルには充足感や喜びがある。今、恋しいのはそっちの方だ。
土煙が凄い、目に入ったら痛そうだ。だけど、誰も彼もミュウに目を向けない。ミュウの目も痛くない。文字じゃない、目に映るもの全てに現実味がある。
──…これ、夢や
確実にここは夢の中だ。鎧を身にまとった兵士たちが剣を振るっている。あちこちで小さな竜巻が上がっていて、どこかに風の使い手がいるのかもしれない。風に乗って火薬の匂いもする。
──あ、蒼い炎が見える
遠く蒼穹に溶け込むように、蜃気楼のような炎が揺らめいていた。行かなきゃ、迷いもなくミュウは走り出した。
目の前で物語の中の戦いが繰り広げられている。自分はいない存在だから狙われることもないし、ましてここで死んでしまうこともない。それでも、怖い。目の前で倒れる人がいる、空気を切り裂くような音をたてて矢がミュウを追い越していく。怖いのに妙な高揚感が確かにあって、命の瀬戸際というものを感じた。
あそこでフィルが戦っている、行ったところでどうということはない。だけど、今ここで自分が縋れる相手はフィルしかいないのだ。
蜃気楼のような炎がくっきりと見えて、その後ろに鮮やかな緑が見えた。ここはどこだろう、どこでもいいか。
フィルの姿が見えた矢先、パァンと乾いた音が聞こえた。そして、ゆっくりゆっくりと倒れた。全てがスローモーションに見えた。投石機でも使っているのか、空から大きな石が降ってきていた。カーテンのように張られていた蒼い炎は地上から空へ移り、その僅かな隙をついてフィルは撃たれた。顔から血が吹き出している。
──なんで?
それしか言葉がなかった。
62
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
優秀な婚約者が去った後の世界
月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。
パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。
このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
《完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ
MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。
揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。
不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。
すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。
切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。
毎日更新
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる