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転生遊戯
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開戦を控え、フィルはとんでもなく忙しいと言った。会議とか、陣形訓練とか、ミュウが理解するには到底できないことがたっぷりあるらしい。今までもあったがミュウを優先してきたツケが回ってきたようだ。
「だから、あまりミュウに構っていられない」
そう言った時のフィルの唇は噛み締めすぎて血が吹き出るんじゃないかと思った。それでも眠る時は手を握ってくれるので、ミュウとしてはなんら問題ない。
そんなもんだから、ミュウの傍にジェジェが戻ってきた。
「ミー坊、大尉と上手くやっとるようで良かったわ」
「うん、優しいで」
「そうや、誰に聞いてもええお人や、尊敬する上官やと悪い噂は一個しか無かったわ」
「あるんかい」
おう、とガハハとジェジェは笑った。ミュウがフィルと行動を共にしている間、ジェジェはジェジェで色んな所に顔を出して情報を集めていたらしい。今では宿舎を歩くと、よぉジェジェと誰も彼もが気安く声をかけてくる。
「悪い噂ってなに?女誑しとか?」
まさかね、とミュウはくふふと含み笑いで冗談のつもりだった。なのに、ジェジェは目をまん丸にしてペチンと自分のツルツルの頭を叩いた。ミー坊その通りやで、そう言いながら。
「ようわかったな。家柄はええし、実直やし、顔の造作もいい、それに優しいお人やろ?みんなぽぉってなってまうらしい」
「…ふーん」
ダンスを踊っていたフィルが頭に浮かんで、なんだかミュウは面白くない。ぶすくれるミュウをおかしそうに見ながらジェジェは言う。せやけどな縁談もなんもみぃんな断ってまうらしいわ、と。
「ああいうお人やろ?ピンと来んとかなんか違うとかはっきり言うんやて」
「それは…言われた方はたまったもんちゃうな」
「せやろ?だから、一部の人らには評判が悪いらしいわ」
顔が好みでないとか性格が嫌、断り文句としてそんなものならまだいい。それがなんか違うと言われてしまっては、それはもうなんともしようがない。
「あれやな、大尉は頭で考えるとか心で感じるとかそういうんやなくて、直感みたいなんが鋭いんかもな」
「…直感」
「第六感ともいうな」
「ふぅん」
今度の「ふぅん」はちょっぴり優越感の混じった「ふぅん」だ。その第六感がミュウを認めたことはなんだか誇らしい。
二人は今、マージの塔にいる。ジェジェは腕まくりをして片付けを始め、ミュウは夢見の本、または先祖返りの本を物色していた。
夢見の本は少ない。けれど大雨を予言しただとか、王家に赤ちゃんが産まれるだとか、大昔には牙の生えた象がそこら中にいたとか、そんなことがちらほら書いてある本は見つかった。
塔の外ではマージがナッツとミンティを手なずけようと必死になっているのが窓から見えた。角で突かれなきゃいいけど。
「なぁ、ジェジェ。もしも、僕がなんも悪いことしてないのに殺されたらどうする?」
「ぬあ!?」
「あ、例えやで?例え話や、そんなおっかない顔せんとって」
慌てて取り繕うミュウに、ジェジェはそのおっかない顔そのままに、復讐やと言った。
「そんなもんやり返したるわ」
「えーと、ほんなら、やり返せんと死んでもうて、生まれ変わってもそうする?」
「覚えてたらな」
ジェジェは素っ気なく言う。覚えてたら、もしローザの生まれ変わりがいてそこにローガンがいたとしたら?今度こそローザを助けたいと思うだろう。そして、ローザを死に追いやった国を許すことはできない。
──第二のローザが現れないことを願う
あれはただ単にもう憐れな患者が現れないように、無慈悲なことが起こりませんように、ということではなかったのかもしれない。第二のローザ、それがもし現れた時、ローガンもまた現れるとしたら…
ゾッとした。
ローガンはこの国を憎んでいる、この国に住まう人々はあのローザに石を投げた人々の子孫で、それを良しとした王家の血が脈々と受け継がれている。
いやいや考え過ぎだ、とミュウは首を振って胸ポケットのものを確かめるようにギュッと握り込む。全ては憶測で何ひとつ確かなことなんてない。ケイレブの本棚にあったローガンの本もたまたまだ。医療に明るいからってすぐにそれと結び付けてはいけない。ジュリアンが先祖返りだからって、手が震えていたからって、ルリウオを使っていたからって、そんなのはこじつけで思い込みだ。主君の病に寄り添っているだけで…寄り添っているのはケイレブだけ?
「ミューロイヒ、ちょっといいか?」
ハッと思考が途切れて振り返った先には、イーハンがいて丸めた紙を肩に乗せて立っていた。なに?と首を傾げると、そのまま床に紙を広げた。大きな地図にはバツ印がいくつかついている。
「お前が夢で見た砦はどこだ?」
「さぁ…多分、東?」
「多分てなんだ、多分て」
だって本には砦の場所なんて詳しく書いてなかったもん、とミュウは唇を尖らせた。フィル率いる中隊はそこが手薄だと確信しやって来たようだった。実際は返り討ちにあってしまうのだが、それも今となってはよくわからない。癒しの力を手に入れるためにイーハンが仕組んだことなのか、なんらかの事情があって本当は手薄ではなかったのか。
「ここで、奇襲を受けるんだな?」
「奇襲っていうか、火のついた矢がいっぱい降ってくる」
イーハンは眉を顰める。そりゃそんな顔にもなるよねぇ、ミュウは小さく小さく縮こまった。
「…おでこ合わせる?」
「私は親友に殺されたくはない」
ギロリと睨む目にミュウが殺されそうだった。頼りなくてすみません、ミュウは土下座の勢いで謝った。
「だから、あまりミュウに構っていられない」
そう言った時のフィルの唇は噛み締めすぎて血が吹き出るんじゃないかと思った。それでも眠る時は手を握ってくれるので、ミュウとしてはなんら問題ない。
そんなもんだから、ミュウの傍にジェジェが戻ってきた。
「ミー坊、大尉と上手くやっとるようで良かったわ」
「うん、優しいで」
「そうや、誰に聞いてもええお人や、尊敬する上官やと悪い噂は一個しか無かったわ」
「あるんかい」
おう、とガハハとジェジェは笑った。ミュウがフィルと行動を共にしている間、ジェジェはジェジェで色んな所に顔を出して情報を集めていたらしい。今では宿舎を歩くと、よぉジェジェと誰も彼もが気安く声をかけてくる。
「悪い噂ってなに?女誑しとか?」
まさかね、とミュウはくふふと含み笑いで冗談のつもりだった。なのに、ジェジェは目をまん丸にしてペチンと自分のツルツルの頭を叩いた。ミー坊その通りやで、そう言いながら。
「ようわかったな。家柄はええし、実直やし、顔の造作もいい、それに優しいお人やろ?みんなぽぉってなってまうらしい」
「…ふーん」
ダンスを踊っていたフィルが頭に浮かんで、なんだかミュウは面白くない。ぶすくれるミュウをおかしそうに見ながらジェジェは言う。せやけどな縁談もなんもみぃんな断ってまうらしいわ、と。
「ああいうお人やろ?ピンと来んとかなんか違うとかはっきり言うんやて」
「それは…言われた方はたまったもんちゃうな」
「せやろ?だから、一部の人らには評判が悪いらしいわ」
顔が好みでないとか性格が嫌、断り文句としてそんなものならまだいい。それがなんか違うと言われてしまっては、それはもうなんともしようがない。
「あれやな、大尉は頭で考えるとか心で感じるとかそういうんやなくて、直感みたいなんが鋭いんかもな」
「…直感」
「第六感ともいうな」
「ふぅん」
今度の「ふぅん」はちょっぴり優越感の混じった「ふぅん」だ。その第六感がミュウを認めたことはなんだか誇らしい。
二人は今、マージの塔にいる。ジェジェは腕まくりをして片付けを始め、ミュウは夢見の本、または先祖返りの本を物色していた。
夢見の本は少ない。けれど大雨を予言しただとか、王家に赤ちゃんが産まれるだとか、大昔には牙の生えた象がそこら中にいたとか、そんなことがちらほら書いてある本は見つかった。
塔の外ではマージがナッツとミンティを手なずけようと必死になっているのが窓から見えた。角で突かれなきゃいいけど。
「なぁ、ジェジェ。もしも、僕がなんも悪いことしてないのに殺されたらどうする?」
「ぬあ!?」
「あ、例えやで?例え話や、そんなおっかない顔せんとって」
慌てて取り繕うミュウに、ジェジェはそのおっかない顔そのままに、復讐やと言った。
「そんなもんやり返したるわ」
「えーと、ほんなら、やり返せんと死んでもうて、生まれ変わってもそうする?」
「覚えてたらな」
ジェジェは素っ気なく言う。覚えてたら、もしローザの生まれ変わりがいてそこにローガンがいたとしたら?今度こそローザを助けたいと思うだろう。そして、ローザを死に追いやった国を許すことはできない。
──第二のローザが現れないことを願う
あれはただ単にもう憐れな患者が現れないように、無慈悲なことが起こりませんように、ということではなかったのかもしれない。第二のローザ、それがもし現れた時、ローガンもまた現れるとしたら…
ゾッとした。
ローガンはこの国を憎んでいる、この国に住まう人々はあのローザに石を投げた人々の子孫で、それを良しとした王家の血が脈々と受け継がれている。
いやいや考え過ぎだ、とミュウは首を振って胸ポケットのものを確かめるようにギュッと握り込む。全ては憶測で何ひとつ確かなことなんてない。ケイレブの本棚にあったローガンの本もたまたまだ。医療に明るいからってすぐにそれと結び付けてはいけない。ジュリアンが先祖返りだからって、手が震えていたからって、ルリウオを使っていたからって、そんなのはこじつけで思い込みだ。主君の病に寄り添っているだけで…寄り添っているのはケイレブだけ?
「ミューロイヒ、ちょっといいか?」
ハッと思考が途切れて振り返った先には、イーハンがいて丸めた紙を肩に乗せて立っていた。なに?と首を傾げると、そのまま床に紙を広げた。大きな地図にはバツ印がいくつかついている。
「お前が夢で見た砦はどこだ?」
「さぁ…多分、東?」
「多分てなんだ、多分て」
だって本には砦の場所なんて詳しく書いてなかったもん、とミュウは唇を尖らせた。フィル率いる中隊はそこが手薄だと確信しやって来たようだった。実際は返り討ちにあってしまうのだが、それも今となってはよくわからない。癒しの力を手に入れるためにイーハンが仕組んだことなのか、なんらかの事情があって本当は手薄ではなかったのか。
「ここで、奇襲を受けるんだな?」
「奇襲っていうか、火のついた矢がいっぱい降ってくる」
イーハンは眉を顰める。そりゃそんな顔にもなるよねぇ、ミュウは小さく小さく縮こまった。
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