33 / 58
転生遊戯
24
しおりを挟む
ふっと意識が浮上して最初に目に入ったのは、こちらを覗き込んでいるフィルの顔だった。頬が少し腫れて、口元にはガーゼが貼ってあった。
「な…に…」
「ミュウ、大丈夫か?」
そっちこそ、と言いたいのに上手く舌が動かない。代わりにキュルキュルと腹が鳴った。
「よく頑張った。なにか食べような」
よしよしと頭を撫でられて、やっぱりフィルは自分の保護者なんじゃないだろうか?と思うのだ。子どもにするそれ、これって恋とか愛とかある?
スプーンの上にはクリーム色のスープ、野菜をすり潰して濾したのかもったりとしている。それにふうふうと息をかけて冷ましたものをフィルがミュウの口元に運んだ。
ミュウが寝かされていた寝室の続き部屋は、見るからに豪華な調度品が並んだ客室だった。ダイニングテーブルにはミュウのための食事が並んでいる。
「子どもちゃうから」
ぷいとそっぽを向くミュウに、フィルの顔が曇ったのが横目に見えた。過保護すぎる、心配をしてくれているとわかっていても普通にしてほしい。
「フィランダー、お前嫌われてるな」
そう言ったのはアトレーでこっちの顔にもガーゼが貼り付けてあって、喋ると痛むのか口元が歪んでいた。
「私は破棄されてませんので」
ふん、とフィルは鼻で笑った。そんなこと言っていいん?王様の次に偉い人なんじゃないの?
「…お前、覚悟はできてるんだろうな?」
「えぇ、私はミュウがいればいいので。このままミュウを連れて湖に帰ってもいいんですよ?」
バチバチと火花が散りそうに睨み合う二人、怖すぎて見ていられない。窓の外にはもう星が煌めいていて、今日は夕焼けを見られなかった。
もったりとしたスープは野菜の優しい味がして、とうもろこしの甘みが舌に残った。合わせて出されたパイ包みの中身は白身の魚と青菜が詰まっていてサクサクしっとりと美味しい。甘味はミルクプリンにスノーリのジャムがたっぷりかかっていて、初めて食べた時のことを思い出したミュウの頬が緩んだ。
「ミュウ、満足したか?」
「うん。喧嘩終わった?」
「喧嘩じゃないぞ、意見の交換だ」
「嘘やん」
クスクスと笑うミュウ、口の端についた紫のソースはフィルの親指がさらっていった。
「おい、私はお前らのそんな姿を見るためにここにいるんじゃない。ジュリアンの話はどうした、早く言え」
「殿下…」
「わかってる、威嚇はしない。睨むな、お前がそんな顔をしているとその鄙鳥も怖がるぞ」
ふふん、と得意気に嫌味を言うアトレー。ジュリアンはほんとこんな奴のどこがいいんだろ?
気持ちはムカムカとしたが、ミュウは夢で見たことを話した。見たばかりなのでかなり詳しく話せたと思うし、要所要所でフィルが質問を挟んでくるので話がとっ散らかることもなかった。
「本当に自分で腕を焼いたのか?」
「多分…リンって女の人がもうしちゃいけませんって言ってた」
リンというのはアイリーンという名前でジュリアンの乳母兼教育係らしい。だからお仕着せではないし、王族であるジュリアンに意見することが出来たのかとミュウは納得した。
「私が最後に会ったのは半年以上も前だ。その時はそんな火傷なんかなかった」
「じゃあ、その後なんかな?」
「それ以外は元気そうだったか?」
高慢だと思っていたアトレーの瞳が揺れている。心配で心配でたまらない、そう目が語っていた。あぁ本当にジュリアンが好きなんだ、とストンと胸に落ちた。
「ううん、アトレーを裏切ったって泣いとった。でも、リンが現実は残酷だって。アトレーがありのままを受け入れられるわけがないって」
「どういうことだ?私は、ジュリアンのことを…」
「もし、ジュリアンの肌が真緑でも?」
「何色でもいいだろ、そんなの。ジュリアンがジュリアンであればいいんだから」
アトレーは事も無げに言い放った。まるで朝食のオムレツが失敗しても腹に入れば同じだと言うように、黒い馬も茶の馬も同じ馬だと言うように。
「そんなことより…」
「ジュリアンは先祖返りなんだと思う」
「……先祖返り?なんだそれは」
怪訝な顔のアトレーにこれ以上どう説明すればいいのかわからない、ミュウだってジュリアンのあの緑の軟膏の下を見たわけじゃない。
フィル、と隣に座るフィルの裾をミュウはちょんちょんと引く。ローザの話はフィルには包み隠さず話しているし、ローザの記録もフィルは読んでいる。
「そのままの意味です、殿下。先祖の血が色濃く出ること、例えば尾が生えたり獣のように体中に毛が生えたり、と多岐に渡るようです」
アトレーの喉仏が大きく上下する、ジュリアンが?なぜ?と呟きは口の中で消えていく。
「ケイレブとオーウェンって知ってる?」
あぁ、とか、うぅとか顔色を失くしたアトレーは、テーブルに肘をついてそこに顎を乗せた。そうしないと前を向いていられないというように。
「ケイレブは神職に就いているが医療にも明るいらしい。オーウェンはジュリアンの二番目の兄だ。歴史の研究者だが、ジュリアンもその成果はよくわからないと聞いた事がある」
それがなんだ?とアトレーの目が言っている。感情は読めない、嘆いているようにも怒っているようにも泣いているようにもどうとでも見えた。
「ジュリアンは死なないだろうな?」
その答えをミュウは知らない、持っていない。
「な…に…」
「ミュウ、大丈夫か?」
そっちこそ、と言いたいのに上手く舌が動かない。代わりにキュルキュルと腹が鳴った。
「よく頑張った。なにか食べような」
よしよしと頭を撫でられて、やっぱりフィルは自分の保護者なんじゃないだろうか?と思うのだ。子どもにするそれ、これって恋とか愛とかある?
スプーンの上にはクリーム色のスープ、野菜をすり潰して濾したのかもったりとしている。それにふうふうと息をかけて冷ましたものをフィルがミュウの口元に運んだ。
ミュウが寝かされていた寝室の続き部屋は、見るからに豪華な調度品が並んだ客室だった。ダイニングテーブルにはミュウのための食事が並んでいる。
「子どもちゃうから」
ぷいとそっぽを向くミュウに、フィルの顔が曇ったのが横目に見えた。過保護すぎる、心配をしてくれているとわかっていても普通にしてほしい。
「フィランダー、お前嫌われてるな」
そう言ったのはアトレーでこっちの顔にもガーゼが貼り付けてあって、喋ると痛むのか口元が歪んでいた。
「私は破棄されてませんので」
ふん、とフィルは鼻で笑った。そんなこと言っていいん?王様の次に偉い人なんじゃないの?
「…お前、覚悟はできてるんだろうな?」
「えぇ、私はミュウがいればいいので。このままミュウを連れて湖に帰ってもいいんですよ?」
バチバチと火花が散りそうに睨み合う二人、怖すぎて見ていられない。窓の外にはもう星が煌めいていて、今日は夕焼けを見られなかった。
もったりとしたスープは野菜の優しい味がして、とうもろこしの甘みが舌に残った。合わせて出されたパイ包みの中身は白身の魚と青菜が詰まっていてサクサクしっとりと美味しい。甘味はミルクプリンにスノーリのジャムがたっぷりかかっていて、初めて食べた時のことを思い出したミュウの頬が緩んだ。
「ミュウ、満足したか?」
「うん。喧嘩終わった?」
「喧嘩じゃないぞ、意見の交換だ」
「嘘やん」
クスクスと笑うミュウ、口の端についた紫のソースはフィルの親指がさらっていった。
「おい、私はお前らのそんな姿を見るためにここにいるんじゃない。ジュリアンの話はどうした、早く言え」
「殿下…」
「わかってる、威嚇はしない。睨むな、お前がそんな顔をしているとその鄙鳥も怖がるぞ」
ふふん、と得意気に嫌味を言うアトレー。ジュリアンはほんとこんな奴のどこがいいんだろ?
気持ちはムカムカとしたが、ミュウは夢で見たことを話した。見たばかりなのでかなり詳しく話せたと思うし、要所要所でフィルが質問を挟んでくるので話がとっ散らかることもなかった。
「本当に自分で腕を焼いたのか?」
「多分…リンって女の人がもうしちゃいけませんって言ってた」
リンというのはアイリーンという名前でジュリアンの乳母兼教育係らしい。だからお仕着せではないし、王族であるジュリアンに意見することが出来たのかとミュウは納得した。
「私が最後に会ったのは半年以上も前だ。その時はそんな火傷なんかなかった」
「じゃあ、その後なんかな?」
「それ以外は元気そうだったか?」
高慢だと思っていたアトレーの瞳が揺れている。心配で心配でたまらない、そう目が語っていた。あぁ本当にジュリアンが好きなんだ、とストンと胸に落ちた。
「ううん、アトレーを裏切ったって泣いとった。でも、リンが現実は残酷だって。アトレーがありのままを受け入れられるわけがないって」
「どういうことだ?私は、ジュリアンのことを…」
「もし、ジュリアンの肌が真緑でも?」
「何色でもいいだろ、そんなの。ジュリアンがジュリアンであればいいんだから」
アトレーは事も無げに言い放った。まるで朝食のオムレツが失敗しても腹に入れば同じだと言うように、黒い馬も茶の馬も同じ馬だと言うように。
「そんなことより…」
「ジュリアンは先祖返りなんだと思う」
「……先祖返り?なんだそれは」
怪訝な顔のアトレーにこれ以上どう説明すればいいのかわからない、ミュウだってジュリアンのあの緑の軟膏の下を見たわけじゃない。
フィル、と隣に座るフィルの裾をミュウはちょんちょんと引く。ローザの話はフィルには包み隠さず話しているし、ローザの記録もフィルは読んでいる。
「そのままの意味です、殿下。先祖の血が色濃く出ること、例えば尾が生えたり獣のように体中に毛が生えたり、と多岐に渡るようです」
アトレーの喉仏が大きく上下する、ジュリアンが?なぜ?と呟きは口の中で消えていく。
「ケイレブとオーウェンって知ってる?」
あぁ、とか、うぅとか顔色を失くしたアトレーは、テーブルに肘をついてそこに顎を乗せた。そうしないと前を向いていられないというように。
「ケイレブは神職に就いているが医療にも明るいらしい。オーウェンはジュリアンの二番目の兄だ。歴史の研究者だが、ジュリアンもその成果はよくわからないと聞いた事がある」
それがなんだ?とアトレーの目が言っている。感情は読めない、嘆いているようにも怒っているようにも泣いているようにもどうとでも見えた。
「ジュリアンは死なないだろうな?」
その答えをミュウは知らない、持っていない。
応援ありがとうございます!
20
お気に入りに追加
162
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる