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転生遊戯
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カンと音を立てて兜が宙を舞った。「屈め」という声が確かに聞こえた。あの声がなければ顔面を撃たれていた。投石機からの石が降ってきて、意識がそっちに逸れた。大砲の威力には劣るが、投石機の地味な攻撃は侮れない。音もなく空から降ってくる、下敷きになれば命はほぼないと言っていいだろう。
パラパラと小石が降ってくる、前方を見やれば銃口を向けた男が立ったまま絶命していた。
「ヒューゴ!!」
ヒューゴが男の腹から剣を引き抜くと男は前のめりに倒れ、その手から銃が落ちた。
「大尉っ!!大丈夫ですか!?」
「ヒューゴ、聞こえたか?」
「はい、姫さまの声が…」
ここにはいないミュウの声が聞こえた、真っ直ぐに耳に入ってそれに体が反応した。ここにいるはずがない。ミュウに戦のことは何ひとつ言っていない。夢が負担になっているミュウにこれ以上のことは耳にいれたくないからだ。
「どこだ?どこから聞こえた?」
「…わかりません。ただ──」
ヒューゴは視線を空に向けた。上の方から聞こえた、そう言いながら。けれど、空を見上げてもそこには自身が作った炎の膜しかない。その上で大岩が高速で回転し、そのうちパンと弾けた。
──ワォーーーーーン!!
「大尉!」
「あぁ、私にも聞こえた。これはイヌゥだ」
──ミー坊ーーーーーー!!
「ジェジェの声!」
ドンドンと遠くで大砲の音、それに加えて雄叫びやキンキンと剣を合わす音も聞こえてくる。その中でヒューゴは確かにジェジェの声を聞いた。どこだ、どこから…。
「大尉!あそこ!」
ヒューゴが指さした先は、戦場を臨むことのできる崖の上だった。あそこへ辿り着くには整備されていない山道を登らねばならない。なぜそんなこところに…。
「ヒューゴ…」
「大尉、行ってください。アトレー殿下には伝令を飛ばします」
「すまない」
フィルは走り出し、ヒューゴはその背中を見送ることもなく逆方向へと走り出した。
時は少し遡り、ミュウが走り出したのを見てジェジェは狼の首根っこに突き刺した鉈を引き抜いた。と同時に飛びかかってきた狼を振り向きざまに切りつけた。上手く鼻っ柱を叩いたらしくキャウンと高い声を上げて狼は転がった。その転がる様を見ている暇はない、もう一頭が突進してくるのを躱すとそのまま狼は木にぶつかった。それでも確実に仕留めたのはミュウに襲いかかった一頭だけで、まだジェジェの回りには牙を剥き出した狼がいる。鉈の一本ではどうにもならない。脚力を使って逃げてもいい、けれどそれをしてしまうとミュウに危険が及ぶかもしれないと思うとそれもできない。
「じぇー」とミュウが初めて呼んだ時のことが頭を過ぎる。とたとたと歩き、抱っこをせがみ、ミンティの背に二人で乗った。「じぇじぇはちゅるちゅる」肩車をするとそうやって頭を触った。だから、頭はいつでも綺麗に剃る。
「…ミー坊、頑張れ」
グルグルと唸りを上げる狼にジェジェは向かって行った。振り上げた鉈が一頭の顎を叩き、その腕を違う狼に噛みつかれた。ギリギリと食い込む牙、反対側からかかってくる狼に左腕で顔を庇った瞬間、ギャウッ!と声が聞こえ右腕が自由になった。
「ミンティ!ナッツ!」
ジェジェに噛み付いた狼はミンティの角に貫かれ、襲いかかった狼にはナッツが噛み付いていた。ブルブルと首を振り、放り投げる。二頭の手入れされた艶々の毛は血と土に塗れ、角は血に濡れていた。
「無事やったか」
二頭は戦闘態勢を解かず威嚇するようにミンティが一声吠えた途端、残党はキャンキャンと弱気に吠えながら去っていった。わふわふとミンティはジェジェに甘え、ナッツはクンクンと辺りを嗅ぎ回る。
「ナッツ、わかるか?」
くぅんとナッツの耳が下がり、振っていた尾がペタリと垂れた。血の匂いが濃すぎる、それでも行かなければいけない。
ジェジェはミンティの背に乗り、山頂を目指したその先にあったのは戦場だった。ふんふんと匂いを嗅いだナッツが、大きく吠えた。遠く遠く聞こえるように、ここにいない主人に届くように。
ジェジェとフィルがそれぞれミュウに思いを馳せていたその頃、ミュウは移動していた。
真っ暗だ。上も下も右も左も、全部真っ暗で一片の光もない。ゆらゆらと揺れる体が自分のものじゃないみたい。力という力が全く入らなくて、このまま沈んでしまいそう。
自分を抱くこの腕がフィルだったらいいのに、だけどこれはフィルじゃない。
閉じた瞼が震えて睫毛が濡れていくのを感じながらミュウは完全に意識を手放した。
※読んでくださりありがとうございます。次話より新章です。
パラパラと小石が降ってくる、前方を見やれば銃口を向けた男が立ったまま絶命していた。
「ヒューゴ!!」
ヒューゴが男の腹から剣を引き抜くと男は前のめりに倒れ、その手から銃が落ちた。
「大尉っ!!大丈夫ですか!?」
「ヒューゴ、聞こえたか?」
「はい、姫さまの声が…」
ここにはいないミュウの声が聞こえた、真っ直ぐに耳に入ってそれに体が反応した。ここにいるはずがない。ミュウに戦のことは何ひとつ言っていない。夢が負担になっているミュウにこれ以上のことは耳にいれたくないからだ。
「どこだ?どこから聞こえた?」
「…わかりません。ただ──」
ヒューゴは視線を空に向けた。上の方から聞こえた、そう言いながら。けれど、空を見上げてもそこには自身が作った炎の膜しかない。その上で大岩が高速で回転し、そのうちパンと弾けた。
──ワォーーーーーン!!
「大尉!」
「あぁ、私にも聞こえた。これはイヌゥだ」
──ミー坊ーーーーーー!!
「ジェジェの声!」
ドンドンと遠くで大砲の音、それに加えて雄叫びやキンキンと剣を合わす音も聞こえてくる。その中でヒューゴは確かにジェジェの声を聞いた。どこだ、どこから…。
「大尉!あそこ!」
ヒューゴが指さした先は、戦場を臨むことのできる崖の上だった。あそこへ辿り着くには整備されていない山道を登らねばならない。なぜそんなこところに…。
「ヒューゴ…」
「大尉、行ってください。アトレー殿下には伝令を飛ばします」
「すまない」
フィルは走り出し、ヒューゴはその背中を見送ることもなく逆方向へと走り出した。
時は少し遡り、ミュウが走り出したのを見てジェジェは狼の首根っこに突き刺した鉈を引き抜いた。と同時に飛びかかってきた狼を振り向きざまに切りつけた。上手く鼻っ柱を叩いたらしくキャウンと高い声を上げて狼は転がった。その転がる様を見ている暇はない、もう一頭が突進してくるのを躱すとそのまま狼は木にぶつかった。それでも確実に仕留めたのはミュウに襲いかかった一頭だけで、まだジェジェの回りには牙を剥き出した狼がいる。鉈の一本ではどうにもならない。脚力を使って逃げてもいい、けれどそれをしてしまうとミュウに危険が及ぶかもしれないと思うとそれもできない。
「じぇー」とミュウが初めて呼んだ時のことが頭を過ぎる。とたとたと歩き、抱っこをせがみ、ミンティの背に二人で乗った。「じぇじぇはちゅるちゅる」肩車をするとそうやって頭を触った。だから、頭はいつでも綺麗に剃る。
「…ミー坊、頑張れ」
グルグルと唸りを上げる狼にジェジェは向かって行った。振り上げた鉈が一頭の顎を叩き、その腕を違う狼に噛みつかれた。ギリギリと食い込む牙、反対側からかかってくる狼に左腕で顔を庇った瞬間、ギャウッ!と声が聞こえ右腕が自由になった。
「ミンティ!ナッツ!」
ジェジェに噛み付いた狼はミンティの角に貫かれ、襲いかかった狼にはナッツが噛み付いていた。ブルブルと首を振り、放り投げる。二頭の手入れされた艶々の毛は血と土に塗れ、角は血に濡れていた。
「無事やったか」
二頭は戦闘態勢を解かず威嚇するようにミンティが一声吠えた途端、残党はキャンキャンと弱気に吠えながら去っていった。わふわふとミンティはジェジェに甘え、ナッツはクンクンと辺りを嗅ぎ回る。
「ナッツ、わかるか?」
くぅんとナッツの耳が下がり、振っていた尾がペタリと垂れた。血の匂いが濃すぎる、それでも行かなければいけない。
ジェジェはミンティの背に乗り、山頂を目指したその先にあったのは戦場だった。ふんふんと匂いを嗅いだナッツが、大きく吠えた。遠く遠く聞こえるように、ここにいない主人に届くように。
ジェジェとフィルがそれぞれミュウに思いを馳せていたその頃、ミュウは移動していた。
真っ暗だ。上も下も右も左も、全部真っ暗で一片の光もない。ゆらゆらと揺れる体が自分のものじゃないみたい。力という力が全く入らなくて、このまま沈んでしまいそう。
自分を抱くこの腕がフィルだったらいいのに、だけどこれはフィルじゃない。
閉じた瞼が震えて睫毛が濡れていくのを感じながらミュウは完全に意識を手放した。
※読んでくださりありがとうございます。次話より新章です。
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