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スナック叶和は、今日は珍しく美樹一人だった。
カウンターには常連の山さんがビールをチビチビ飲んでいる。
「ママ、しのちゃんは?」
「それが、図書館に行くって出てったっきりなのよ」
その会話の後が続かず二人は沈黙していた。
美樹はタッパーからきんぴらを小皿に盛り山さんに出した。
木の重い扉がギィと鳴き、ハッとして扉に注目する。
入ってきたのはカーキの薄手のブルゾンを羽織った中年の男。
山さんはあからさまにガッカリし体ごと振り返ったのを元に戻しまたビールに口をつけた。
いらっしゃい、と美樹は見慣れぬ客にカウンターを進めた。
男は進められるまま山さんから一つ空けて座った。
ビールを頼み、おしぼりで顔を拭く男からは疲れが滲み出ている。
ビールを一口飲み男は切りだした。
「この子見たことない?」
懐から一枚の写真を出す。
美樹の顔が強ばり、それを見た山さんが写真をひょいと覗く。
「しのちゃんじゃねえか」
「え?いやこの子は楢崎稔という名前で」
「そうなの?や、でもこれはしのちゃんだよ、こんな別嬪さん見たことないもの。ねえ、ママ?」
「・・・そうね。これは忍だわ」
「・・・・・・しのぶ」
三人の視線は写真だけを見ている。
固く微笑む忍。
あぁ忍は消えたんだな、と美樹は思った。
美樹は翌日、電車で街に向かった。
こちらに来ると言ったのは断った。
誰に見られるかわかったもんじゃない。
街のホテルのラウンジで美樹は忍の幼なじみと会った。
金谷貴史とその婚約者の沙也加。
忍、『金谷』はこの子達だったのか。
それだけで美樹は目の前の二人は信用に値すると思った。
「稔は元気ですか?」
彼らの前から突然消えた忍、どこに行ったか、何をしていたか、気になることは多々あるだろうに、まず忍は元気か?と。
優しい子達なんだろうな、忍を大切に思っているんだろうな、お前は一人じゃないじゃないか。
美樹は笑み、頷いた。
「図書館に行くと出て行って帰って来ません。でも、それまでは元気でしたよ。心まで元気か、と問われるとそれはわかりませんが」
「そうですか」
二人は悔しそうに目を伏せた。
「私はね、忍のことよく知らないの。『金谷忍』と名乗って私と一年半暮らしただけ。私も聞かなかったし、忍も何も言わなかった。どこか諦めたような目をしてるくせに、でも笑った顔は可愛くてね。お客さんに可愛がられてたわ」
「稔は」
「いいの、言わないで。私が知ってるのは忍。一年半一緒にいた忍。『稔』の事情は私には関係ない」
美樹は小さなバッグから一枚の写真を取り出した。
テーブルに置かれたそれを金谷達は凝視する。
「忍は写真も嫌いでね。こんな可愛いのにね。山さん・・・うちの常連さんなんだけど、こっそり隠し撮りしたのよ。ほんとあのスケベじじいには参るわ」
美樹は笑って言ったようだがその目尻には涙が溜まっていた。
写真は遠目から撮られていたが、カウンターの中白いシャツを着てグラスを磨きながら口を開けて笑う忍。
忍の前に丸い背中が見えるから、客と談笑しているのだろう。
写真の中の忍は確かに笑っていた。
「みぃちゃん…みぃちゃん・・・」
と沙也加が溢れる涙をそのままに写真の忍を撫でる。
あげるわ、と美樹は紅茶を口に含んだ。
金谷は沙也加の肩を抱いて、涙を堪えているようだった。
「いつからか知らないけど、忍には発情期がきてない。でも、ネックガードは常に付けてる。まるでそれが命綱みたいにね。あの子は、忍はきっと自分の中のなにか答えを探してるんじゃないかと思うの。映画をたくさん見て、常連のおじさんの話を聞いて。それがなにか私にはわからないけど」
人と繋がるのを怖がっていた忍。
あの寂れた町で忍は店と図書館、児童公園と美樹の家だけ。
それだけだから連絡手段はなにもいらないと言った忍。
それでも、手を繋いでくれた忍。
ぎゅっと握ると同じように握り返してくれる忍。
忍、やっぱり私はお前が心配だよ。
ママは心配性だなぁ、と笑うお前が心配でたまらない。
忍、どこにいる?
そこにはお前の手を繋いでくれる人はいるか?
そこでお前は答えを見つけられそうか?
ママ、恋人と幸せにね、いつだったかそう言った忍。
私はお前こそ幸せを掴んでほしいよ。
すすり泣く沙也加の肩に美樹はそっと手を置く。
「忍を見つけてあげて」
それだけ言うと美樹はラウンジを後にした。
秋晴れの澄んだ青空を仰いで思う。
忍、お前の大切な人が泣いているよ。
カウンターには常連の山さんがビールをチビチビ飲んでいる。
「ママ、しのちゃんは?」
「それが、図書館に行くって出てったっきりなのよ」
その会話の後が続かず二人は沈黙していた。
美樹はタッパーからきんぴらを小皿に盛り山さんに出した。
木の重い扉がギィと鳴き、ハッとして扉に注目する。
入ってきたのはカーキの薄手のブルゾンを羽織った中年の男。
山さんはあからさまにガッカリし体ごと振り返ったのを元に戻しまたビールに口をつけた。
いらっしゃい、と美樹は見慣れぬ客にカウンターを進めた。
男は進められるまま山さんから一つ空けて座った。
ビールを頼み、おしぼりで顔を拭く男からは疲れが滲み出ている。
ビールを一口飲み男は切りだした。
「この子見たことない?」
懐から一枚の写真を出す。
美樹の顔が強ばり、それを見た山さんが写真をひょいと覗く。
「しのちゃんじゃねえか」
「え?いやこの子は楢崎稔という名前で」
「そうなの?や、でもこれはしのちゃんだよ、こんな別嬪さん見たことないもの。ねえ、ママ?」
「・・・そうね。これは忍だわ」
「・・・・・・しのぶ」
三人の視線は写真だけを見ている。
固く微笑む忍。
あぁ忍は消えたんだな、と美樹は思った。
美樹は翌日、電車で街に向かった。
こちらに来ると言ったのは断った。
誰に見られるかわかったもんじゃない。
街のホテルのラウンジで美樹は忍の幼なじみと会った。
金谷貴史とその婚約者の沙也加。
忍、『金谷』はこの子達だったのか。
それだけで美樹は目の前の二人は信用に値すると思った。
「稔は元気ですか?」
彼らの前から突然消えた忍、どこに行ったか、何をしていたか、気になることは多々あるだろうに、まず忍は元気か?と。
優しい子達なんだろうな、忍を大切に思っているんだろうな、お前は一人じゃないじゃないか。
美樹は笑み、頷いた。
「図書館に行くと出て行って帰って来ません。でも、それまでは元気でしたよ。心まで元気か、と問われるとそれはわかりませんが」
「そうですか」
二人は悔しそうに目を伏せた。
「私はね、忍のことよく知らないの。『金谷忍』と名乗って私と一年半暮らしただけ。私も聞かなかったし、忍も何も言わなかった。どこか諦めたような目をしてるくせに、でも笑った顔は可愛くてね。お客さんに可愛がられてたわ」
「稔は」
「いいの、言わないで。私が知ってるのは忍。一年半一緒にいた忍。『稔』の事情は私には関係ない」
美樹は小さなバッグから一枚の写真を取り出した。
テーブルに置かれたそれを金谷達は凝視する。
「忍は写真も嫌いでね。こんな可愛いのにね。山さん・・・うちの常連さんなんだけど、こっそり隠し撮りしたのよ。ほんとあのスケベじじいには参るわ」
美樹は笑って言ったようだがその目尻には涙が溜まっていた。
写真は遠目から撮られていたが、カウンターの中白いシャツを着てグラスを磨きながら口を開けて笑う忍。
忍の前に丸い背中が見えるから、客と談笑しているのだろう。
写真の中の忍は確かに笑っていた。
「みぃちゃん…みぃちゃん・・・」
と沙也加が溢れる涙をそのままに写真の忍を撫でる。
あげるわ、と美樹は紅茶を口に含んだ。
金谷は沙也加の肩を抱いて、涙を堪えているようだった。
「いつからか知らないけど、忍には発情期がきてない。でも、ネックガードは常に付けてる。まるでそれが命綱みたいにね。あの子は、忍はきっと自分の中のなにか答えを探してるんじゃないかと思うの。映画をたくさん見て、常連のおじさんの話を聞いて。それがなにか私にはわからないけど」
人と繋がるのを怖がっていた忍。
あの寂れた町で忍は店と図書館、児童公園と美樹の家だけ。
それだけだから連絡手段はなにもいらないと言った忍。
それでも、手を繋いでくれた忍。
ぎゅっと握ると同じように握り返してくれる忍。
忍、やっぱり私はお前が心配だよ。
ママは心配性だなぁ、と笑うお前が心配でたまらない。
忍、どこにいる?
そこにはお前の手を繋いでくれる人はいるか?
そこでお前は答えを見つけられそうか?
ママ、恋人と幸せにね、いつだったかそう言った忍。
私はお前こそ幸せを掴んでほしいよ。
すすり泣く沙也加の肩に美樹はそっと手を置く。
「忍を見つけてあげて」
それだけ言うと美樹はラウンジを後にした。
秋晴れの澄んだ青空を仰いで思う。
忍、お前の大切な人が泣いているよ。
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