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車内
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プシューと音を立てた扉が閉まる。
電車はゆっくりとホームを去っていく。
徐々に速度をあげて小さくなっていく。
「良かったの?」
「・・・まだバス代を返してないから」
「抱きしめていい?」
「それは・・・ちょっと」
「手を握ってもいい?」
柔らかい両手を大きな手で包む。
忍は見上げ、一穂は見下ろす。
両手は繋がり、暖かい。
扉が閉まる瞬間、思わず出した手と一歩踏み出した足はどちらが先だったのだろう。
同時だったらいい、一穂は思いキュッと手を握る。
「びっくりすると思うけど今日はもうバスないよ?」
「うん」
「今度また一緒にバス乗る?」
「うん」
「いつ乗るかの約束は出来ないよ?」
ふふっと笑った忍に、やっぱり抱きしめたいなぁと一穂も笑った。
「もしもし、俺。・・・え?いや違う違う・・・一穂!一穂!・・・そう、あのさ坂島の駅に居るから迎えにきて。うん、後で話すから・・・うんお願い」
車呼んだからね、とはぁーと大きく息を吐く。
古い駅舎にもたれ掛かるように立つ二人。
どんどん辺りが薄暗くなっていく。
遠くに見えるヘッドライト。
滑らかに止まる黒のミニバン。
「お前さぁ、何やってんの?」
「蒼太を待ってた」
そういうこと言ってんじゃねえよ、と蒼太は頭をガシガシかいた。
「忍君、大丈夫?」
「はい、すみません」
「なんで謝るの。とりあえず乗って」
後部座席に忍を誘導し、同じく後部座席に乗り込もうとする一穂を力ずくで助手席に押し込む蒼太。
ポツポツと付いた外灯の道を車は走る。
「で?どういうこと?」
「海で待ってたら会えた。それでデートしてた」
「無理やり?」
「同意だ、ばーか」
「忍君、本当?」
「はい」
「てか、その服なに?」
「いいだろ、しのぶちゃんの見立てだぜ?」
「どっちの『いいだろ』だよそれは。人なのに象ってなんだよ」
「俺さ、しのぶちゃんと共通点三つもあった。海老が好きでパクチー嫌いで無職!」
「いや、そろそろ働けよ」
「毎日が夏休みを満喫してんだよ。そのおかげでしのぶちゃんに会えた」
気を使わない関係の二人の会話はテンポもよくするすると耳に入っていく。
すれ違うヘッドライトを見つめながら忍はゆっくり眠りに落ちた。
「寝た?」
「うん、いっぱい歩いたから疲れたんだろうな」
「何してんだ、ほんとに。つか、なんで昨日うちに来たんだよ」
「んー、陸に『蒼太が美人のΩを気にしてる』って相談されたからさ。様子見に?」
「は?はぁー、そういうことかよ。里中のおばちゃんに言われたからちょっと様子見てただけだって」
「それは外から見た事実だろ。お前の心の内側はわからん」
「・・・だから、あの日海に来たのか」
「それは知らんけど、心配だったんだろ」
「俺は陸が好きだ」
「知ってるよ」
「一穂は忍君が好きなのか?」
「最初は可愛いだけだったんだけどなぁ。・・・けど・・・そうだな、俺の傍で笑って、泣いてほしい。あの子の感情の全てがほしい」
真っ直ぐな物言いに蒼太は豪快に笑った。
一穂はうるせぇなと不貞腐れて窓の外に目を向けた。
「忍君がお前の運命なら良かったな」
「もう忘れろよ。俺は忘れた」
「忘れられるわけないだろ、あんな衝撃的な・・・」
「運命なんてな、アイスの上にちっこい緑の葉っぱがのっかってるかのっかってないかの違いなんだよ。あの葉っぱがなくてもアイスは美味いだろうが」
お前だってそうじゃねえか、と一穂はむくれて蒼太を見る。
一穂の視線を横目で受けて、そうだなと蒼太はまた笑った。
「確かにあの葉っぱが無くてもアイスは美味いな。お前、今日は暴走してないだろうな」
「・・・・・・・・・してない」
嘘だな、と蒼太は思った。
でも、まあいいかと速度を上げた。
※最初、蒼太が忍に対して口が悪かったのは少なからず警戒していたからです。
今は迷子を見守るお兄さんみたいな心境です。
電車はゆっくりとホームを去っていく。
徐々に速度をあげて小さくなっていく。
「良かったの?」
「・・・まだバス代を返してないから」
「抱きしめていい?」
「それは・・・ちょっと」
「手を握ってもいい?」
柔らかい両手を大きな手で包む。
忍は見上げ、一穂は見下ろす。
両手は繋がり、暖かい。
扉が閉まる瞬間、思わず出した手と一歩踏み出した足はどちらが先だったのだろう。
同時だったらいい、一穂は思いキュッと手を握る。
「びっくりすると思うけど今日はもうバスないよ?」
「うん」
「今度また一緒にバス乗る?」
「うん」
「いつ乗るかの約束は出来ないよ?」
ふふっと笑った忍に、やっぱり抱きしめたいなぁと一穂も笑った。
「もしもし、俺。・・・え?いや違う違う・・・一穂!一穂!・・・そう、あのさ坂島の駅に居るから迎えにきて。うん、後で話すから・・・うんお願い」
車呼んだからね、とはぁーと大きく息を吐く。
古い駅舎にもたれ掛かるように立つ二人。
どんどん辺りが薄暗くなっていく。
遠くに見えるヘッドライト。
滑らかに止まる黒のミニバン。
「お前さぁ、何やってんの?」
「蒼太を待ってた」
そういうこと言ってんじゃねえよ、と蒼太は頭をガシガシかいた。
「忍君、大丈夫?」
「はい、すみません」
「なんで謝るの。とりあえず乗って」
後部座席に忍を誘導し、同じく後部座席に乗り込もうとする一穂を力ずくで助手席に押し込む蒼太。
ポツポツと付いた外灯の道を車は走る。
「で?どういうこと?」
「海で待ってたら会えた。それでデートしてた」
「無理やり?」
「同意だ、ばーか」
「忍君、本当?」
「はい」
「てか、その服なに?」
「いいだろ、しのぶちゃんの見立てだぜ?」
「どっちの『いいだろ』だよそれは。人なのに象ってなんだよ」
「俺さ、しのぶちゃんと共通点三つもあった。海老が好きでパクチー嫌いで無職!」
「いや、そろそろ働けよ」
「毎日が夏休みを満喫してんだよ。そのおかげでしのぶちゃんに会えた」
気を使わない関係の二人の会話はテンポもよくするすると耳に入っていく。
すれ違うヘッドライトを見つめながら忍はゆっくり眠りに落ちた。
「寝た?」
「うん、いっぱい歩いたから疲れたんだろうな」
「何してんだ、ほんとに。つか、なんで昨日うちに来たんだよ」
「んー、陸に『蒼太が美人のΩを気にしてる』って相談されたからさ。様子見に?」
「は?はぁー、そういうことかよ。里中のおばちゃんに言われたからちょっと様子見てただけだって」
「それは外から見た事実だろ。お前の心の内側はわからん」
「・・・だから、あの日海に来たのか」
「それは知らんけど、心配だったんだろ」
「俺は陸が好きだ」
「知ってるよ」
「一穂は忍君が好きなのか?」
「最初は可愛いだけだったんだけどなぁ。・・・けど・・・そうだな、俺の傍で笑って、泣いてほしい。あの子の感情の全てがほしい」
真っ直ぐな物言いに蒼太は豪快に笑った。
一穂はうるせぇなと不貞腐れて窓の外に目を向けた。
「忍君がお前の運命なら良かったな」
「もう忘れろよ。俺は忘れた」
「忘れられるわけないだろ、あんな衝撃的な・・・」
「運命なんてな、アイスの上にちっこい緑の葉っぱがのっかってるかのっかってないかの違いなんだよ。あの葉っぱがなくてもアイスは美味いだろうが」
お前だってそうじゃねえか、と一穂はむくれて蒼太を見る。
一穂の視線を横目で受けて、そうだなと蒼太はまた笑った。
「確かにあの葉っぱが無くてもアイスは美味いな。お前、今日は暴走してないだろうな」
「・・・・・・・・・してない」
嘘だな、と蒼太は思った。
でも、まあいいかと速度を上げた。
※最初、蒼太が忍に対して口が悪かったのは少なからず警戒していたからです。
今は迷子を見守るお兄さんみたいな心境です。
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