【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり

文字の大きさ
23 / 63

床屋

しおりを挟む
忍は床屋に来ていた。
くるくると回るトリコロールカラーのそれをまじまじと眺める。
大きなガラス窓からそっと中を伺う。
ガラス窓には金色で『BARBER 野上野のこの』と書いてあった。
チリンと鈴の音と共に入店する。

「・・・いらっしゃい」

ごま塩頭の店主が驚いたように迎える。

「えっと、うちはそのー若い子の流行りの頭とか出来ないんだけど」
「あの、普通に切ってくれればいいので」

それなら、と店主は茶色の革張りの椅子に座らせた。
座るとギュッと鳴る。

「えっと、どれくらい短くする?その、私はβだけれども・・・首回りをー、その、触らないけど、ハサミをいれてもいいのかな?」
「大丈夫なのでさっぱり短くしてください」

それじゃ、と水色のケープをかける。
シュッシュっと霧吹きで水をかけ、ブロッキングしていく。
シャキシャキとハサミの音だけが店内に響く。
大きな鏡に映る綺麗な顔。
変わっていく様を見たくはないのだろうか、客はずっと目を閉じている。
こんな子この町にいたっけかな?と店主は思いながら手を動かした。
襟足だけは少しだけ肩をすくめる。
すまないね、と思いながら手早く切っていく。

ガコンと鏡の下の白の洗髪台を出す。
音に反応してそっと目を開ける客に店主は微笑んだ。

「ここにね、首を乗っけて。シャンプーするから」

目を丸くする客を誘導する。
素直に前屈みになるのを見て手早くシャンプーしていく。
二回洗って、リンスを揉みこむ。
流していくとするすると指通りが良くなる。
タオルで拭って、ドライヤーをかけてセットしていく。
艶々とまではいかないまでも潤いのでた髪に店主は満足そうに鏡を見た。

「顔剃りとか軽いマッサージもやるけどする?」

ふるふると首を振るのを見て、だよねと店主は苦笑した。

「じゃあ、終わり。すっごい男前」
「すごく、すごくすっきりしました。ありがとうございます」

鏡の中の自分を見てほわりと笑う美貌の男。
やっぱりこんな美人見たことないなぁ、と店主はこちらこそと小さく頷いた。





「おやっさん、電話出てよ」
「おう、一穂。よくここがわかったな」

わからいでか、と一穂は慎太の隣に座って缶コーヒーを置く。
慎太はハンドルを握ったまま目の前の画面をじっと見つめる。
画面の中ではデフォルメされた可愛い鮫やタコがくるくる回っている。

「ちゃんとこっちにいるように誘導してくれた?」
「ん?いやー、向こうからどっか働き口ないかって聞いてきたぞ」

慎太は横目で一穂を見ながらニタァと笑う。

「あぁー、どうせ里中で働かせるんだろ。もうー、昨日おばちゃんが迷子の犬が帰ってきたみたいな目してたからそんな予感はしたんだよ」

ガックリと項垂れ大きな手で顔を覆う。

「いいじゃねえか、こっちにしばらくいるんだから」
「デートできないじゃん!」
「お前も働けよ」
「俺が働くのはしのぶちゃんが一緒に東京に行ってくれるって決まってからだ」
「そんな日くるのかねえ。働いてる方が惚れるんじゃねえの?無職とか普通に嫌だろ」

グッと喉を詰まらせたのを豪快に笑い飛ばす。
頑張れ若者よ、とひらひら手を振る。
チッと小さく舌打ちして一穂は席を立つ。

「しのぶちゃん、頼んだよ。あとその魚群外れちまえ」

そう言って慎太に背を向けて店を後にした。




※以前は美樹ママに髪を切ってもらっていました。




しおりを挟む
感想 101

あなたにおすすめの小説

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~

水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった! 「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。 そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。 「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。 孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!

エリートαとして追放されましたが、実は抑制剤で隠されたΩでした。辺境で出会った無骨な農夫は訳あり最強αで、私の運命の番らしいです。

水凪しおん
BL
エリートαとして完璧な人生を歩むはずだった公爵令息アレクシス。しかし、身に覚えのない罪で婚約者である王子から婚約破棄と国外追放を宣告される。すべてを奪われ、魔獣が跋扈する辺境の地に捨てられた彼を待っていたのは、絶望と死の淵だった。 雨に打たれ、泥にまみれたプライドも砕け散ったその時、彼を救ったのは一人の無骨な男、カイ。ぶっきらぼうだが温かいスープを差し出す彼との出会いが、アレクシスの運命を根底から覆していく。 畑を耕し、土に触れる日々の中で、アレクシスは自らの体に隠された大きな秘密と、抗いがたい魂の引力に気づき始める。 ――これは、偽りのαとして生きてきた青年が、運命の番と出会い、本当の自分を取り戻す物語。追放から始まる、愛と再生の成り上がりファンタジー。

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

無能と追放された宮廷神官、実は動物を癒やすだけのスキル【聖癒】で、呪われた騎士団長を浄化し、もふもふ達と辺境で幸せな第二の人生を始めます

水凪しおん
BL
「君はもう、必要ない」 宮廷神官のルカは、動物を癒やすだけの地味なスキル【聖癒】を「無能」と蔑まれ、一方的に追放されてしまう。 前世で獣医だった彼にとって、祈りと権力争いに明け暮れる宮廷は息苦しい場所でしかなく、むしろ解放された気分で当てもない旅に出る。 やがてたどり着いたのは、"黒銀の鬼"が守るという辺境の森。そこでルカは、瘴気に苦しむ一匹の魔狼を癒やす。 その出会いが、彼の運命を大きく変えることになった。 魔狼を救ったルカの前に現れたのは、噂に聞く"黒銀の鬼"、騎士団長のギルベルトその人だった。呪いの鎧をその身に纏い、常に死の瘴気を放つ彼は、しかしルカの力を目の当たりにすると、意外な依頼を持ちかける。 「この者たちを、救ってやってはくれまいか」 彼に案内された砦の奥には、彼の放つ瘴気に当てられ、弱りきった動物たちが保護されていた。 "黒銀の鬼"の仮面の下に隠された、深い優しさ。 ルカの温かい【聖癒】は、動物たちだけでなく、ギルベルトの永い孤独と呪いさえも癒やし始める。 追放された癒し手と、呪われた騎士。もふもふ達に囲まれて、二つの孤独な魂がゆっくりと惹かれ合っていく――。 心温まる、もふもふ癒やしファンタジー!

婚約破棄されて追放された僕、実は森羅万象に愛される【寵愛者】でした。冷酷なはずの公爵様から、身も心も蕩けるほど溺愛されています

水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男アレンは、「魔力なし」を理由に婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡され、社交界の笑い者となる。家族からも見放され、全てを失った彼の元に舞い込んだのは、王国最強と謳われる『氷の貴公子』ルシウス公爵からの縁談だった。 「政略結婚」――そう割り切っていたアレンを待っていたのは、噂とはかけ離れたルシウスの異常なまでの甘やかしと、執着に満ちた熱い眼差しだった。 「君は私の至宝だ。誰にも傷つけさせはしない」 戸惑いながらも、その不器用で真っ直ぐな愛情に、アレンの凍てついた心は少しずつ溶かされていく。 そんな中、領地を襲った魔物の大群を前に、アレンは己に秘められた本当の力を解放する。それは、森羅万象の精霊に愛される【全属性の寵愛者】という、規格外のチート能力。 なぜ彼は、自分にこれほど執着するのか? その答えは、二人の魂を繋ぐ、遥か古代からの約束にあった――。 これは、どん底に突き落とされた心優しき少年が、魂の番である最強の騎士に見出され、世界一の愛と最強の力を手に入れる、甘く劇的なシンデレラストーリー。

処理中です...