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番外編 ちょっとした寄り道
盛冬
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居酒屋『元気』ではワイワイガヤガヤうるさく熱気に包まれている。
一穂はカウンターの端に座って一人で呑んでいた。
「一穂、なんで帰って来た?」
「実家、取り壊すって言うから。最後にちょっとな」
ふーん、と言いながら元気がアスパラベーコンを置く。
「会社、潰したって本当?」
「潰してねぇよ。大学時代の友人に任せたの」
「どういうこと?」
「まぁ、売ったというかなんというか」
「これからどうすんの?」
それは、と言いかけた所ですみませーんと声がかかる。
後でな、と元気が目の前から立ち去り行き場を失った言葉はそのまま脳内を巡る。
取引先に向かう電車から見える大きな木に寄り添うように建つ建物。
白く真四角で蔦が絡みついていてなんなのかわからない。
いつかこの駅を降りる事があれば行ってみようと思いながらも、ついぞその機会は訪れなかった。
なので、会社を辞したあとにわざわざ足を運んだ。
いざその建物を前に驚いた、『売り物件』の看板が小さく立ててある。
木の柵を前に、この先に行けない。
あの時の気持ちはなんだったのか未だによくわからない。
気がつけば看板に書かれている不動産屋に電話をし、ここがかつて喫茶店を営んでいた事を聞いていた。
居抜き物件ですぐに開業できますよ、と明るく言われた。
前オーナーは高齢で施設入所の資金のために売り出したという。
坂道を転がり落ちるように?違うか、トントン拍子に?物事が進む時っていうのはあるんだなぁ、と一穂は振り返る。
なんだかんだと地元は居心地が良く、里中の親父にはやれ釣りだ、やれパチンコだと連れ回され、忙しいからと元気の店をたまに手伝いずるずると滞在が伸びて、使うつもりのなかったコタツまで引っ張り出すほどになってしまった。
その日はまたしても里中の親父とパチンコに来ていた。
『今から蒼太が気にかけてる人が来る』
メッセージを読んで気が滅入る。
だいたい蒼太が本当に裏切ってたら家に呼ぶわけないじゃないか、と思う。
無視だ無視、と思うもどうにも落ち着かない。
ちょうど連チャンも終わってしまった。
悶々としながらも足は蒼太の家へ向かう。
いつものように掃き出し窓から入り、目に入ったのはとんでもない美人だった。
これは陸に勝ち目はないな、と思う。
この子が蒼太を?と思うと無い無いと思いながら自然と吸い寄せられるよう抱きしめていた。
抵抗らしい抵抗もせずにすっぽり収まってしまう体につい興奮してしまう。
ピクピクと震わせる小さな体が可愛いな、その時はそうとしか思わなかった。
人生ってどこで落ちてどこで這い上がるかわからないものだなぁ、と振り返りながらバシャバシャと湯で顔を洗う。
なんでも素直に受け入れるくせに、隙間だらけだった稔。
ポロポロこぼれ落ちるそれを拾うこと無く立ち止まっていた稔。
その隙間を埋めてあげることはできなくても、こぼれ落ちたそれを代わりに拾ってやりたいと思った。
露天風呂の縁に顎を乗せて、窓越しに寝室を見る。
こんもりと盛り上がった布団が微かに上下している。
「本当よく寝るなぁ」
独りごちて笑みが零れる。
坂道を転がり落ちるように?
トントン拍子に?
いや、違う。
あの流れ落ちる水が少ない滝のように、途中岩にぶつかりながら少しづつ流れていった。
それでも滝の下には水が溜まり、また下流へと流れていく。
止まる事のない流れのように、生涯をかけて毎日想いを伝えたいと思う。
一穂はカウンターの端に座って一人で呑んでいた。
「一穂、なんで帰って来た?」
「実家、取り壊すって言うから。最後にちょっとな」
ふーん、と言いながら元気がアスパラベーコンを置く。
「会社、潰したって本当?」
「潰してねぇよ。大学時代の友人に任せたの」
「どういうこと?」
「まぁ、売ったというかなんというか」
「これからどうすんの?」
それは、と言いかけた所ですみませーんと声がかかる。
後でな、と元気が目の前から立ち去り行き場を失った言葉はそのまま脳内を巡る。
取引先に向かう電車から見える大きな木に寄り添うように建つ建物。
白く真四角で蔦が絡みついていてなんなのかわからない。
いつかこの駅を降りる事があれば行ってみようと思いながらも、ついぞその機会は訪れなかった。
なので、会社を辞したあとにわざわざ足を運んだ。
いざその建物を前に驚いた、『売り物件』の看板が小さく立ててある。
木の柵を前に、この先に行けない。
あの時の気持ちはなんだったのか未だによくわからない。
気がつけば看板に書かれている不動産屋に電話をし、ここがかつて喫茶店を営んでいた事を聞いていた。
居抜き物件ですぐに開業できますよ、と明るく言われた。
前オーナーは高齢で施設入所の資金のために売り出したという。
坂道を転がり落ちるように?違うか、トントン拍子に?物事が進む時っていうのはあるんだなぁ、と一穂は振り返る。
なんだかんだと地元は居心地が良く、里中の親父にはやれ釣りだ、やれパチンコだと連れ回され、忙しいからと元気の店をたまに手伝いずるずると滞在が伸びて、使うつもりのなかったコタツまで引っ張り出すほどになってしまった。
その日はまたしても里中の親父とパチンコに来ていた。
『今から蒼太が気にかけてる人が来る』
メッセージを読んで気が滅入る。
だいたい蒼太が本当に裏切ってたら家に呼ぶわけないじゃないか、と思う。
無視だ無視、と思うもどうにも落ち着かない。
ちょうど連チャンも終わってしまった。
悶々としながらも足は蒼太の家へ向かう。
いつものように掃き出し窓から入り、目に入ったのはとんでもない美人だった。
これは陸に勝ち目はないな、と思う。
この子が蒼太を?と思うと無い無いと思いながら自然と吸い寄せられるよう抱きしめていた。
抵抗らしい抵抗もせずにすっぽり収まってしまう体につい興奮してしまう。
ピクピクと震わせる小さな体が可愛いな、その時はそうとしか思わなかった。
人生ってどこで落ちてどこで這い上がるかわからないものだなぁ、と振り返りながらバシャバシャと湯で顔を洗う。
なんでも素直に受け入れるくせに、隙間だらけだった稔。
ポロポロこぼれ落ちるそれを拾うこと無く立ち止まっていた稔。
その隙間を埋めてあげることはできなくても、こぼれ落ちたそれを代わりに拾ってやりたいと思った。
露天風呂の縁に顎を乗せて、窓越しに寝室を見る。
こんもりと盛り上がった布団が微かに上下している。
「本当よく寝るなぁ」
独りごちて笑みが零れる。
坂道を転がり落ちるように?
トントン拍子に?
いや、違う。
あの流れ落ちる水が少ない滝のように、途中岩にぶつかりながら少しづつ流れていった。
それでも滝の下には水が溜まり、また下流へと流れていく。
止まる事のない流れのように、生涯をかけて毎日想いを伝えたいと思う。
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