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第三幕
木曜日 ~noisy goblins of schoolhouse~ ③
しおりを挟むもう、俺はダメかも知れない……。
重い足枷のような絶望感を引き摺りながら、ヨロヨロと闇の中に歩み出る。
ズクズクと、コンパスを突き立てられた背中が熱を持って疼く。それに反比例するかのように俺の手足の先は、氷のように冷たくなっていた。
すぐに明かりを灯す気にはなれなかった。
逃げ出したことを感付かれたら、その時こそ一巻の終わりだ。
怪物どものいる教室から十分、距離を取った後、俺は懐中電灯のスイッチを入れた。
そして――
「またかよ……」
俺が教室にいた間に、随分と大掛かりな改装工事が行われたらしい。
懐中電灯の光に浮かび上がったのは、床に打ち込まれた何十本もの鉄骨。等間隔に置かれた柱のようなそれらの間には、ギラギラした棘を生やした鉄線が無数に張り巡らされており、複雑に交差し会う通路を形成。
それぞれの通路の先にはドアやら階段やらがあった。一本道の無限通路だった汚濁に満ちた空間は、今や、迷路の様相を呈していた。
井原千夏の心の迷路か。それとも、混乱しきった俺自身の頭の中身なのか。
はぁ、と溜息をつき――、トボトボと俺は有刺鉄線の迷路を進み始めた。
適当な通路を一本選び、その先に見えた階段を下る。
殆ど、阿弥陀くじのノリだ。どうせ、どこを選んだって俺を待ち構えているのはろくなことじゃない。大体、どこにいけばいいのかも分からない。
階段はなぜか、螺旋階段だった。
ぐるぐる、ぐるぐる。
思った以上にカーブはきつい。不気味に歪んだ手摺にしがみつくようにして階段を降りる途中、鎖に吊るされた鳥籠のような物体が闇の中でいくつも揺れているのを俺は目にした。
鳥籠の中には、真っ白い肉の塊のような物がブヨブヨ蠢いていた。
見ようによっては人間にも見えるそれが一体なんなのか、深く考えないようにして俺は歩調を速める。
まあ、深く考えたって、答えが出るわけじゃない。
闇の底に向かって螺旋階段は永遠に続いているかのようだった。
ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる……
そろそろ、目が回ってきたナ、と思った時だった。
唐突に階段が終った。
階下に辿り着いたらしい。
それから暫く、俺は単調な一本道を進み続けた。
ふと懐中電灯の光を向けた時、有刺鉄線にベットリとした血糊や髪の毛、それに肉片などがこびり付いているのを俺は所々で目にした。誰かが力任せに有刺鉄線に押し付けられ、紅葉卸のように擦り付けられたようだ。
痛い、何てモノじゃなかっただろう。そこは正に地獄だった。
気分が悪くなるのを感じながら、俺は先を急いだ。やがて、通路は行き止まり、左右に分岐していた。
少し、逡巡し――俺は左側の通路を選ぶ。根拠は特にない。この先に迷路の出口があるかもしれないなんて期待もない。立ち止まっていてもどうにもならないから進むだけ。もし、間違った道なら元の場所に戻って別の道を行くしかない。
案の定、いくらも進まない内に通路は行き止まりとなった。
張り巡らされた有刺鉄線の隙間から、同じように有刺鉄線に囲まれた狭い通路が見えた。
先程、俺が歩いてきた通路とは別のものらしい。一体、この迷路はどれだけの広さがあるのか、見当もつかない。
溜息をつき、引き返そうとした時だった。ガシャン、と鋼が鳴る音が聞こえた。
ギョッとして振り返った俺は、有刺鉄線の向こうに動く者の姿を認めた。
「……!」
危うく、俺は声をあげるところだった。
一瞬、そいつはファンタジー小説なんかによく登場する戦士や騎士のように思えた。
見上げるような巨体に着込んだ重厚な板金鎧。片手に握り締められているのは、ゾッとするほど厳しい意匠が施された槍。元々は優麗な儀式用の装身具だったのだろうが、今は血に塗れてドロドロだった。その顔は獣のような牙を生やした、髑髏を模した鉄仮面に覆われ、窺い知ることは出来ない。
死神だ。
俺は全身から血の気が引くのを感じた。
鎧に身を固めた、大男の死神だ。――男だろう、多分。
地下街の一つ目ヤモリや先程、教室に現れた半人半獣どものような浅ましさは感じられない。一歩一歩、重たい鋼の足音を響かせながら悠然と通路を歩く姿は、忌まわしくも、ある種の威厳を漂わせていた。
こいつはこの狂った世界の王様なのかも知れない。
そう、怪物達の王様だ。
まさか、こいつ、俺を探しているんじゃないだろうな……?
そう思った途端、ガクガクと膝が笑い始めた。さっき見た、可哀そうな誰かの成れの果ての姿が自分と重なった。
しかし、どうも様子がおかしい。
死神が持つ、槍の穂先には赤錆びた、大きな鉄の鳥籠がぶら下げられていた。その中に何かが、ギュウギュウに押し込まれている。黒くて長い毛を持つ、鼠くらいの大きさのそれらはキィキィと甲高い声で鳴いていた。
「あれは……」
俺の独り言は続かなかった。ふと、死神が鉄線の壁の前で足を止めた。そして、血ぬれた籠手を嵌めた手を伸ばし、籠の中の生き物を一匹、引きずり出す。
「うわぁあああ、やめろやめろやめろぅッ!」
子供の声で悲痛な叫び声をあげたのは――、思った通り、6年2組の教室で襲ってきた怪物どもの一匹だった。キーキー、耳障りな声で鳴きわめき、自らを捕らえた鋼鉄の手を引っ掻き、噛み付いて何とか逃れようとしている。
が、見た目以上に死神は短気だった。
叩きつけるようにして、鷲掴みにしたそいつを有刺鉄線の束に押し付ける。
一瞬の静寂。そして――
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
胸糞が悪くなるような、惨たらしい絶叫が耳朶を震わす。思わず、俺は自分の口に拳を押し当てていた。そうでもしなければ、無様に叫びだしてしまいそうだった。
幸か不幸か、小さな怪物の断末魔はすぐに止んだ。代わりにグチャグチャと言う、柔らかく湿ったモノを擦り付けるような音が聞こえてくる。ブチブチと細かく引き千切られる肉の音も。
全身から厭な汗を流しながら、俺はジリジリと後退りしていた。
怪物が怪物を殺している……?
込み上げてくる激しい嫌悪感とは別に、疑問が浮かび上がる。
なぜだ? やつらはともに井原千夏の抱く強迫観念の産物――、悪夢の眷族じゃないのか?
ベチャッ……
戸惑う俺を嘲笑うかのように、有刺鉄線の向こうから何かが無造作に投げつけられた。
足元に叩きつけられたのは、原型を止めぬほどズタズタに切り刻まれ、血袋のようになった小さな怪物の残骸だった。そんなもの、いちいち、確認するまでもない。
踵を返して、俺は来た道を戻り始めた。
死神が追ってこないよう、切に祈りながら。
焦ったせいか、何度か有刺鉄線に衣服を引っ掛けてしまった。布が切り裂かれ、肌に傷を負ってしまったがそんなことに構っていられない。とにかく俺は歩き続けた。がむしゃらに歩き続けた。
やがて、前方に一枚のドアが現れる。隙間から明るい光が漏れている。
粘液に塗れてグッショリと湿り、奇怪に変形したドアのノブには、プラスチックのプレートがかけられていた。
保健室――。確かめるよりも先に、身体を投げ込むようにしてドアを押し開き、勢いよく俺は中に飛び込んだ。
「…………」
気がつくと、俺は背中を壁に、冷たいモルタルの床に座り込んでいた。
天井から部屋を照らしつける照明の光は、これまでになく優しく明るい。
……ひょっとして、ここは天国?
焦点が定まらない目でそれを見上げながら、ボンヤリと俺は思った。
いや、違う。こんな消毒薬臭い天国はない。そして、多分、地獄でもないだろう。
薬壜やファイルが収められた棚の横に立つ、人体模型の媚びるような笑顔は死後の世界のものとしては余りにも俗っぽい。
顔をしかめながら俺は立ち上がった。全身が軋むように痛い。見下ろすと上着やジーンズのズボンのあちこちが破れ、そこからジンワリ血が滲んでいた。
「さて。……どうするかな、これから」
投げやりに独り言を呟き、保健室の中を見回す。
しかし、役に立ちそうな物は何もない。外の怪物どもに対抗する手段も、この世界から脱出するための手がかりも何も。
ガッカリしながらも、棚に向かって俺は歩いた。せめて、傷の手当てぐらいはしておきたい。こんな状況じゃ、気休め程度の処置しかできないだろうが。お目当ての救急箱は、すぐに見つかった。
扉を開いて、それを取り出そうと手を伸ばしかけた時だった。
スゥー、スゥー……
小さく、健やかな寝息が微かに聞こえてきた。
ハッとして、俺は振り返ったのは、保健室の一角を隠すように取り囲む、布地のパーテーション。その向こうから寝息は立てられているようだった。
「…………」
無言で俺はパーテーションを開く。そこに置かれていたのは一台のベッド。その上で綺麗に洗濯された布団を頭から被り、誰かが寝ていた。
布団の膨らみは、小さい。酷く華奢な体格の持ち主のようだ。
焦るなよ、六道歩……!
片手で布団の端を掴み、もう片方の手で警棒を構えながら俺は自分にそう言い聞かせていた。
どんな怪物だろうと、寝込みを襲ってやればイチコロのはずだ。
素早く布団を捲り、容赦のない一撃をそいつの脳天に見舞ってやればいい。
非情な襲撃者になることを決意し、俺は荒々しく布団を捲った。
「きゃあっ!」
甲高い悲鳴をあげ、ベッドの上で寝ていた人物が跳ね起きた。
そして、ドギマギした表情で抗議してくる。
「ちょっ、ちょっと! いきなり、何するの? ビックリするじゃない!!」
しかし、そいつ以上に俺のほうが驚いていた。
「あれ、歩……?」
呆然としている俺に気が付き、そいつはポニーテールに結んだ、長く艶やかな金髪を後に払った。
そして、照れたような微笑を浮かべて言う。
「きゃは、久しぶり! 元気にしてた?」
「おっ、おっ、お前……! 何でだ!?」
相手に何を問いかけているのか、俺は自分でもよく分からなかった。
驚愕のあまり、思考も言葉もうまく続けられなかった。
ベッドの上にいたのは、一昨日、奇怪な姿に変貌した地下鉄構内で線路越しに言葉を交わした、外国人と思しき少女――アマリリスだった。
■3■
トン、と軽やかな音を立ててベッドから降り立ち、
「…………」
「あーあ、よく寝た……」
何と言えばいいか分からず、固まっている俺の目の前でアマリリスは両腕を大きく伸ばして欠伸をする。
呑気な、と言うよりは場違いな仕草だった。あまりにも。
口元を拭いながら、少女は長い睫毛を瞬かせ俺を振り返る。
パッチリと開かれた大きな瞳は、透き通るようなスカイブルーだった。
「歩、怪我してるよ?」
「え? あ、ああ……」
不意に、血の滲む肩を指差され、俺はぎこちなく頷いていた。
「フート・スキャンパーのやつらね、きっと」
可愛らしい顔に憤りの色が浮かばせるアマリリス。
「小鬼は皆、凶暴だし、意地悪だし、それに不潔だし。あたし、あいつら大嫌い」
彼女が言っているのは、あの小さな怪物どものことだろう。
なるほど、小鬼か。
確かにあいつらは悪魔とか魔神とか、そんな偉そうな感じじゃない。その使い走りってところだ。それでも、戦士でも退魔師でもない俺にとっては十分すぎる脅威だったが。
「あ、ごめん!」
はっ、とした表情でアマリリスが両手を合わせる。
「こんな話より、傷の手当てが先だよね? 確か、そこに救急箱が――」
「ま、待て! ちょっと、ちょっと待ってくれ!」
俺は慌てて、近づこうとした相手を片手で制していた。
「ん? どうかしたの?」
「聞きそびれていたけど、お前、いや、君は何者だ?」
声の調子が固く強張っているのが自分でも分かった。
「何で俺の名前を知っていたんだよ? 大体、ここで一体、何を……」
「歩ったら、ひどいなぁ」
小さく溜息をつき、少女は少し傷ついたような表情を浮かべる。
「あの時、ちょっとだったけどお喋りしたじゃん。忘れちゃったの?」
勿論、それは覚えている。
しかし、俺が尋ねているのは、それ以前に――
「あたしはアマリリス。……名前くらい、ちゃんと覚えてよ」
少しばかり拗ねたような俺を睨む女の子。
「一応、歩の命の恩人なんだから、さ」
ああ、そうだった。
忘れかけていたが、この子――アマリリスの言う通りにしたからこそ、怪物に八つ裂きにされることもなく、元の世界に帰れたのだった。
「すまん」
素直に俺は頭を下げた。
「ずっとテンパリ通しだったもんだから。慣れてねーんだ、こういうの……」
たどたどしく言い訳する俺を横目に見て、
「いいよ、もう、許してあげる」
クスッ、とアマリリスが小さく笑った。
「傷の手当てが済んだら出発しよ? 何時までも、こんな所にいたくないでしょ?」
「あ、ああ……」
釈然としないながらも、俺は頷き、背後の棚を振り返った。
そして、その隅に置かれた救急箱を手に取ろうとして、
「あれ?」
思わず、素っ頓狂な声をあげていた。
無造作に救急箱の横に突っ込まれていたのは、一本のビデオテープだった。
DVD機器の普及で、最近、見かけなくなってきたVHS。問題は、その背に張られたラベルの文字だった。今日の日付とともに、それはこう書き殴られていた。
私を見て――、と。
アマリリスに先導され、俺は再び有刺鉄線の迷路を進んだ傷にバイキンが入らないよう、応急処置をしてもらった後――
俺はアマリリスと一緒に保健室の外に出た。どこから持ち出してきたのか、アルミニウム製の大きな懐中電灯をアマリリスは所持していた。
それを点灯しながら、
「ああ、もう! 嫌になっちゃうなぁ」
醜悪な周囲の光景に頬を膨らませた。
「ドロドロでジトジト……! いつ来ても、ここって最悪の世界ね!」
「…………」
少し躊躇い――、
「なぁ、アマリリス。聞いていいか?」
「ん? なに?」
キョトンとした表情で話しかけた俺に懐中電灯に光を向けるアマリリス。
その眩しさに目をショボショボさせながら俺は尋ねた。
「その、何て言うか、日本語上手いよな? こっちでの生活は長いの?」
「えっ、あたしは生粋の日本人だよ?」
驚いたような表情を浮かべるアマリリス。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「どうしてって……」
質問を質問で返され、俺は口篭っていた。
……いかん。このままでは会話が終ってしまう。
そう考え、「それじゃあ、さ」とか強引に俺は話題を変えた。
「アマリリスって、この世界に詳しいよな? 何があっても落ち着いているし……」
「えへへへー、そうかな?」
誉め言葉ととったのか、照れ臭そうにアマリリスが鼻の頭をかく。
「あたし、よく大人っぽいって皆から言われるんだよね」
いや、大人っぽいとは一言もいっていない……。
余計なことを言いそうになるが、何とか思い止まり、俺は言葉を続けた。
「どれくらいの間、この世界にいるの? やっぱり、俺と同じように」
「ずーっと、だよ」とスッキリした笑顔でアマリリス。
「えっ」
何気なく返された言葉を俺は鸚鵡返しに繰り返していた。
「ずーっと……?」
「あれ? 言わなかったっけ?」
肩を竦めたアマリリスは悪戯っ子のような微笑を浮かべた。
「あたしね、いつか歩がこっちに来ちゃうっていつも感じていたの。……だけど、こっち側の連中には手出しなんかさせないから安心して? 何度でも、あたしが歩を無事にもとの場所に帰してあげるから」
闇の中に浮かび上がる、向日葵のような屈託の無い笑顔に俺は薄ら寒いものを感じた。
ひょっとすると、この子――アマリリスは正気を失っているのかも知れない。
男の俺が、内心、死ぬほどビビッてるってのに、アマリリスは不安がっている様子も怯えている様子も微塵に見せない。こんな訳の分からない、怪物だらけの閉鎖空間に年端も行かない女の子がたった一人で閉じ込められていたにもかかわらず、だ。
「それで――」
複雑な表情で黙り込んだ俺に、当のアマリリスが明るい口調で言った。
「脱出する前に、そのビデオを再生できるところに行きたいんだよね?」
「あ、ああ……」
曖昧に頷き、俺は肩越しに背中のリュックサックを一瞥する。
その中には、先程、保健室で見つけた、私を見て、とラベルに書かれたビデオテープが入っていた。
正直なところ、俺はそれが気味悪くて仕方がなかった。何しろ、こんな不条理な世界の物だ。何か得体の知れない力で罠が仕込まれているのかも知れない。
だが、それでも、何故かそのテープを放置していく気にはなれなかった。何が何でも中味を確認せねばならない。そんな想いが俺の中に生じていた。
「うーん、だったら……」
少し考え、
「放送室に行ってみる?」
パッと明るい顔に戻って、アマリリスが言った。
「チラッと覘いたことがあるんだけど、機材がいろいろ置いてあったよ。確か、ビデオのデッキもあったと思う」
「……行き方、覚えているのか?」
「もちろん♪」
そう言って、アマリリスはスタジャンのポケットから一枚の紙片を取り出す。
はい、と突き出され、首を傾げながら俺は紙切れを受け取った。
どうやら、それは――、この迷いの世界を俯瞰した地図のようだった。
しかも、手書きらしく、歪んだ長方形の中に細かい通路のようなものがギッシリ書きこまれている。あちこちに赤インクで×印が付けられており、極めて読みにくい、小さな丸文字で何事か走り書きされている。
そして、余白部分にはこんな言葉が書かれていた。
行ったり来たりで、すっごい大変
だけど、元気にがんばるぞ! (おー♪)
「なぁ、これって、もしかして――」
「きゃはっ、あたしが書いたのよん♪」
得意げに胸を張り、アマリリスはブイサインをして見せる。
「あたしって、こう見えて優秀なマッパーなんだよ? 驚いた?」
「あ、ああ、そうだな……」
年上として、出来れば優しく微笑み返してやりたかったが、無理だった。
大体、何だよ? その、マッパーって言うのは? 職業?
しかし、まあ、大丈夫だろう。この世界でたった一人、アマリリスが生き延びてきたのは紛れもない事実だ。こんな読みにくい、と言うより落書きそのものの地図でもないよりはマシだ。……多分。
無理にでも、俺はそう思うことにした。
「じゃあ、そろそろ行こっか」
「あ、ちょっと待ってくれ!」
まるで散策にでも出かけるよう名気楽さで、歩き出そうとしたアマリリスを俺は慌てて引きとめていた。
「うん? どうしたの?」
「悪い。さっきは言いそびれたんだけどな」
振り返ったアマリリスに俺は今、思い出したことを告げる。
「怪物は、そのフート・スキャンパーとか言う小さいやつらだけじゃなくて、鎧を着た、死神みたいなデッカイのもウロウロ……」
「ああ、スローターのこと?」
頷いたアマリリスの顔にはやはり、恐怖も不安の色もなかった。
「最近、見ないなぁって思っていたら、こんな所にいたのね」
「……あいつのこと、知ってるのかよ?」
「うん。まあ、腐れ縁ってやつ?」
小さく渋面を作り、だが、肩を竦めてアマリリスはこう続けた。
「でも、大丈夫だよ。あいつのことならしばらく気にしなくても」
「何で?」
「だって、あいつ、今、その辺のフート・スキャンパーを狩り殺すのに夢中になっているはずだもん」
可愛らしい笑顔に戻り、物騒なことをサラリと言ってのけるアマリリス。
「それがスローターのお仕事だからね」
「仕事って、……あれがか?」
俺の脳裏に浮かんだのは、先刻、目にした血生臭い虐殺の光景。
「でもフート・スキャンパーって繁殖率が高いから、いくらやっつけてもすぐ元の数に戻っちゃうんだよねぇ……」
溜息混じりにそう言い、アマリリスは俺の前を歩き始めた。
「あ、ちょっと、待ってくれよ!」
慌てて、俺はその後を追った。
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