王子発掘プロジェクト

urada shuro

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第2章

国王様の隠し子(2)

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 かつてレフド区の守護者を務めていたのは、闇魔法使いニナファルドだ。

 彼は十数年前、推定四百歳弱という年齢で亡くなったが、生前は食に精通していた。その影響か、レフド区は今でも農業が盛んである――


 ――うん、教科書で読んだその通りですね。歴史に偽りなし。だって、こんなに広大な農地があるんだもの。三百六十度、見渡す限りの農地が!
 地面から伸びる背の高い緑の茎になった、丸くつやつやした握り拳大の赤い実……これはおそらく、レフド区の特産品ラジーだ。食べた事はないけれど、テレビで見たことがある。

 なんて、冷静に思い出してる場合じゃない。うわぁん、一体ここはどこ?!

 駅からまっすぐ歩けば着く小さな村を目指したはずなのに、いつの間にかラジー畑に迷い込んでしまった。地図を見てもさっぱり現在地がわからない。道を聞こうにもひとがいない。民家もない。店もない。挙句の果てに、ロッくんとはぐれる始末。てっきりついてきてると思ったのに、気付いたらいなくなってるんだもんなあ! ピンチ! 今あたし、めっちゃピンチ!

 大きく息を吸い、恥じらいをかなぐり捨てて、思い切り声を張り上げる。

「すみませーん! 誰か、いませんかあーっ?」

 ……返事、なし!

 返事はないけど、あたしのお腹が盛大に鳴った。
 腕時計の針は昼過ぎを示している。朝ご飯は軽めにパンをひとつ食べただけ。ランチは食べた記憶がない。カフェオレ飲んだだけじゃ、そりゃお腹もぺこぺこだわ。

 まいった。こうなれば、もうアレしかない。そうだ、こんなときこそアレの出番でしょ!
 魔法の言葉、『可能性は無限』……!

 あたしはバッグから幼少期のエミルドさんなりきりセットを取り出すと、帽子を被り、ステッキを組み立て、魔法書を開く。

 ……よし、これだ。405ページ、「迷子になっても落ち着いて、道案内の妖精を呼び出す魔法」! エミルドさん、どうかお力をお貸し下さい……!
 ステッキを大きく二度左に回し、さらに右、左、上、下の順にふる。そして、この呪文。
「グリック・リラック・ライラークッ……!」

 お願い、あたしのポテンシャル! 今こそ覚醒して、ほら早く……!

 突如としてラジーの葉がざわめき、妖精が姿を……

「おまえか? おれのこと呼んだのは」
「――っ?!」

 背後から聞こえた声に、体が跳ね上がる。
 恐る恐るふり向くと、そこには黄金色の髪をした少年風の何者かが立っていた。



 でっ……でたーっ!
 嘘でしょ!? ついにやったの? あたし、魔法が使えちゃったのね……!? 
 開いた口が塞がらず、腰が引けたまま、足がふるえてきた。

「あっ、あなたは……道案内の妖精?」
「みちあんないのようせい……? なにそれ」

 少年風で妖精だったらいいなあ的何者かは、不思議そうに首をかしげている。あたしは丸くなった目をいっそう見開いた。

「えっ? だ、だって、あなた今、あたしに『おまえか? おれのこと呼んだのは』って聞いたでしょ?」
「うん。畑でラジー獲ってたらさあ、遠くから誰かいませんかーって聞こえたから、来たんだ。おまえが呼んだんじゃないのか?」
「……ええっ?! そっち? そっちを聞きつけて来てくれたんですかっ?」 
「うん」

 はあー、そっかあ。妖精じゃなくて、いいひとだったんだ。
 でもよかった。これで助かった……んだけど、このちょと複雑な気分はなんだろう。魔法、使えたと思ったのにな……。

「てゆか、まほうって、なに? おまえ、おれの知らないことばっかり言うなあ」
「え……? えーと、その、魔法っていうのは、魔法使いと魔女という種族のひとたちだけが使える不思議な力のことです。ありとあらゆる物を出せたり、消せたり、とにかくいろんなことができるアレですよ。知らない……ですか?」
「うん、はじめて知った! おっもしれーな!」

 え……? はじめて……て、このひとなんで魔法を知らないんだろ……?

 ミグハルド王国は、建国以来ずっと魔法が深く根付いた国だ。各地の守護者たちは、昔から魔法を駆使して土地や民と関わっていた。しかし現在、現存する魔法使いはおらず、唯一ひとりだけ現存している魔女も、その姿を人前に現すことはないという。国民が生の魔法に触れあう機会は稀だ。それでも、学校では初等科時代から魔法の存在は教えられたし、ニュースや新聞でも魔法に関する話題が取り上げられることも多々ある。若い世代には実際に魔法を見たことがないひとはたくさんいると思うけど、魔法自体を知らないというのは珍しいよね……。

「なあ、おまえも使えるのか? やってやって!」

 はうっ、少年がきらきらした目でこっちを見てる! しかも子供のように無邪気な笑顔!
 そ、そんなに期待されても、今まさに魔法が使えなかったばっかりなんですけど……あたしは急いでステッキを解体して、帽子と魔法書と一緒にバッグに詰め込んだ。

「……できません。あ、あたしには今のところ」
「ふーん、そっか。じゃあ、おれにはまほう使える?」
「えっ?!」 

 まさかの逆質問に意表をつかれ、思わず身体を引いてしまった。あたし的王子様スカウト基準として考えていた質問を、よもや自分が他人から受けることになるとは……!

 うーむ、この少年、一体何者? 改めて、彼を上から下まで眺めてみる。
 見た目からはっきりわかるのは、種族が人間だということぐらいかな……彼には獣人の特徴である獣の尻尾や耳がないし、神族の特徴である顔の模様もない。
 年齢はおそらくあたしと同年代。黄金色の髪に、緑色の瞳。白いTシャツに、橙色のつなぎを腰まではいて、袖の部分を体に巻いて結んでいる。さっきラジーがどうとか言ってたし、ほぼほぼ農家の方だとは思うけど……。

「なあ、聞いてる? おれ、まほう使えるの?」

 気がつくと、少年があたしの顔を覗き込んでいた。

「ひゃっ!? ……そそそそそんなに近づかなくても聞こえてますって! ま、魔法は誰にでも使えると思います! 可能性は、無限なので!」

 後ずさりしながら答えると、少年は「かのうせいはむげん、てなに?」と聞いてきた。あたしが「なんでもできる力が、きっとあるってこと」と返すなり、花が咲いたように破顔する。

「ホントー?! やったあ! じゃあ教えて、どうやってやんの?!」
「うえぇっ?!」

 戸惑いながらもエミルドさんの魔法書を取り出し、一番はじめに紹介されている「大好きなあの子に、好きなものを出してあげちゃう魔法」のページを少年に見せてみる。

 少年は魔法書に従って、人差し指を立て、空中に半円を描く。あとは心の中で呪文を唱えるだけだ。
 ちなみに、呪文は「カウィム・○○」。○○の部分に出したいものの名前を入れれば、術者のレベルに応じた範囲で好きなものが出せるらしい。

「……あれ? なんも出ねえ。カウィム・おっきなラジーって言ったのに」

 真剣な顔で見つめてくる少年から、あたしはちょっとだけ目をそらした。

「……たぶん……今日はちょっと調子が悪いのかも……」
「ふーん、そっか! じゃあ、また今度やってみよーっと!」

 さすがに文句のひとつでも言われるかと思いきや、少年は両手を頭のうしろで組んで、軽やかに笑っている。

 なんてポジティブ。アンド、ピュア。そして感じるシンパシー!
 魔法の練習をしてはバカにされる、という経歴を持つあたしにとって、信じられないような存在だ。こんなひとが、世の中にいたなんて……これが「世界は広い」というやつですか?
 
 はあ……もし子供の頃にこんな友達がいたら、楽しかっただろうなあ。彼となら、一緒に魔法の練習ができたに違いない。彼の幼なじみとして幼少期をやり直したいです神様ぁ!

「そんで、おまえはなんでおれを呼んだんだ? なんか用?」
「あ……はい。あのう、あたしはマトリ・シュマイルズっていいます。実は、道に迷ってしまって……来てくださって、本当にありがとうございました」

 頭を下げると、なぜだか景色が回りだした。妙に身体が軽く感じて、うまくバランスが取れない。視界もぼうっとしてきたよ?

「おい、大丈夫か?」

 少年の声を聞きながら、地面に崩れ落ちる。
 どうやら、回ってるのはわたしの目だった模様。

 大丈夫じゃないです。もう気が遠くなってき……た……。
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