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第2章
国王様の隠し子(3)
しおりを挟む……あー、いい匂い。
今日はミルククリームシチューかあ。お母さんのシチュー、久しぶりだなあ。
……って、お母さん? あたしはつい最近一人暮らしをはじめたはずじゃ……?!
飛び起きると、そこは見慣れない部屋だった。
天井も壁も床も木造で、角にはレンガでできた暖炉がある。視界のほとんどがブラウンだ。チャームポイントは青いチェック柄のカーテンのぐらいで、飾り気のない空間である。
もちろん、あたしの母親の姿もない。
「あっ、起きた」
居るのは、ラジー畑で出会ったあの少年だ。暖炉の前で、簡素な椅子に座っている。
「……あ、あの、あたし……」
少年の方へ体の向きを変えると、おしりが沈んだ。視線を下げると、自分が布張りの三人掛け用ソファに座っていると気付く。体には、うすい毛布がかけられている。
「待って、ばあちゃんに言わないと……ばあちゃーん、マトリ目ぇ覚めたよーっ」
少年は部屋の奥の開け放たれたドアのむこう声をかけ、あたしの横に座った。
「いきなり倒れたからびっくりしたぞ。大丈夫か?」
「は、はい。あの、あなたが助けてくれたんですか?」
「うん。おれがマトリをここにつれてきた。ここは、おれの家だよ」
そ、それは申し訳ないことを……あたしが倒れた場所からこの家がどれぐらい離れているかわからないけど、人間ひとり運ぶなんて骨が折れたに違いない。
「……いろいろとすみませんでした。えっと……あの、そういえばあなたのお名前は……」
「おれ、ナナシ! だからナナシって呼べばいいよ。なあ、マトリって、ます、とかいわないと、しゃべれないの?」
「え? ます……って、敬語のこと? 別に、しゃべれるけど……」
「んじゃあ、そうして。なに言ってるかわかりにくいし」
「……うん、わかった。本当にどうもありがとうね、ナナシ」
ギィ……と奥のドアが開き、白髪で小柄なおばあさんが部屋に入ってきた。両手で持った木製のトレイの上には、パンケーキとサラダ、ラジーの入ったミルククリームシチューが乗っている。あたしを目覚めさせたのは、この香りだったようだ。
「あ……すみません。すっかりお世話になってしまって」
お詫びをしつつ、我が目は美味しそうな料理に釘付けだ。おばあさんはくすりと笑い、ソファの前にあるテーブルにトレイを置いた。
「いいんだよ、ゆっくりしておくれ。マトリさん、といったね。おなかは減ってないかい? ちょうど夕食ができたとこだから、よかったらおあがり」
「あっ、ありがとうございます! 実はすっごくお腹が減ってたんです!」
あたしの中の「遠慮」は、「食欲」という化け物に食いつぶされた。
いただきます、と手をあわせ、さっそくシチューに手を伸ばす。
「……おいしい!」
スプーンを握り締め、たまらず左右に身体をよじった。暖かみ、香り、うま味が体にじわじわ染みわたる。もともと食べるのは好きだけど、今さらながら実感。おいしい食事ができることが、こんなにも幸福感をもたらすものだったなんて。
「そうだろ。ばあちゃんの作るメシはすげえうまいんだ!」
誇らしげに顔を和らげるナナシと優しく微笑むおばあさんに見守られながら、あたしはあっという間に完食してしまった。
「ごちそうさまでした! 全部、すごくおいしかったです。ご家族のみなさんよりお先にいただいてしまって、申し訳ないです」
空腹が満たされると、あたしのなかに「遠慮」も帰ってきたみたい。おかえり。
「いいよ。うちはいっつも、家族がそろってから食べるから」
「そうなんだ。ナナシの家族って、おばあさんのほかには誰がいるの?」
「じいちゃんがいるよ。じいちゃんは父ちゃんで、ばあちゃんが母ちゃんなんだ」
「……んん? ど、どういう意味?」
眉間にしわが寄る。あたしの問いに答えてくれたのは、暖炉の前の椅子に座ってお茶を飲んでいたおばあさんだ。
「ナナシは赤ちゃんの時に、この家の前に捨てられていてね。わたしら夫婦が拾って育てたんだ。だから、ナナシにとってはわたしが母親で、おじいさんが父親という意味だよ」
「えっ……す、すみません! 立ち入ったこと聞いてしまって……」
慌てて頭を下げると、おばあさんは肩をゆらした。
「ほっほっほっ。気にすることはないよ。うちはなんでもオープンな家庭だからね。この子の名前も、捨て子には名前がないから、おじいさんがナナシと付けたくらいだよ」
「そ……そうなんですか。それは、オープンですね……」
「いい名前だろ? みんな呼びやすいって言うから、おれも気に入ってるんだー」
にこにこするナナシにつられて、あたしも笑みをこぼした。
ナナシって本当に前向きだなあ。おばあさんも明るいし、素敵なご家族だ。
「ところで、マトリさんはどこから来たのかね? ここらじゃ見かけない顔だけど」
「はい、あたしはフロンド区から来ました」
「フロンド? 都会の若いひとが、めずらしいね。なにをしにこんな田舎に来たんだい?」
あたしはようやく本来の目的を思い出して、はっとする。
まずい。王子様探しにきたこと、完全に忘れてた……!
しかし、奇遇というかラッキーというか、あたしの横には若い男性がいる。
年齢制限もクリア。性格は純粋でポジティブ。初対面のあたしを助けてくれたその優しさもアリ。複雑な家庭に育ちながらも、ご家族と明るく仲良く過ごしている。
……うん、すごくイイ! だけど、あの質問の答えは聞かなきゃいけない。あたしが選ぶ王子様なんだもん、いくらいいひとでも、エミルドさんっぽさがないと!
「……あの、その話の前に、ナナシにひとつ、聞いてもいいかな?」
「いいよ! なに?」
「あのね。さっきラジー畑で、あたしはナナシに『魔法は誰でも使えると思う』って話したけど……本当のことを言うと、身体の中に『魔魂』っていう魔法の力の塊を持っていないと、魔法は使えないの。人間にはそれがないから、魔法を使えた人間なんて、まだこの国には誰もいないのよ。それでも、人間に魔法が使えることってあると思う……?」
今さらこんなことを言うと、純粋なナナシの気持ちを傷つけてしまうかもしれない。
でも、あたしの感性で王子様を選べと言うなら、この質問は不可欠だ。
どうだろう。いくらナナシでも、質問に答える以前に、嘘吐きだって怒るかな……?
「うん、使えるよ! おれ、そっちのほうがいい!」
ナナシの白い歯が光った瞬間、あたしの体は甲高い音を立て、弾き飛ばされたようにソファに倒れ込んだ。
――きゅぅぅぅん……っ!
い、今のはまさか……ときめきの調べ……?!
この胸の高鳴りはまさに、あたし打ち抜かれたのね……?!
打ち抜いたのは、思い切りつじつまが合わないあたしの心の矛盾をすべて笑いとばしてくれる彼の度量。エミルドさんほどの威力はないものの、あたしのど真ん中にずばっと風穴が開いて、そこからじんじんと温もりが広がっていく。
名言「可能性は無限」、に通ずる心の自由さ……これはもう、認めざるを得ない。
ナナシって、ちょっとエミルドさんっぽい……!
「どした? いきなり倒れて……胸なんて押さえて、痛いのか?!」
「う、うん。ちょっと……でも平気」
あたしは颯爽と立ちあがると、ギラつく瞳でナナシを見おろした。
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