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第4章
魔女のヒモ(1)
しおりを挟むミグハルド王国、エンド区。
かつては聖魔女メイラールドが守護者を務めた、国内最北端の地。一年のほとんどをブリザードと共に過ごす、ミグハルド王国一、厳しい環境の区である――
――っていうのは学校で習って知ってたけど、実際来てみるとハンパなかった。
ライド中央駅から、列車で約2時間。「次はァ終点ー、ェンド中央駅ぃー」絡み付くような独特ボイスのアナウンスが流れ、列車のドアが開いた途端、叩き付けるような猛吹雪。
エンドの土地柄もあってか、駅には全くひとの姿がなかった。鋭角の三角屋根をした広い駅舎内にいたのは、駅員のおじさんふたりと売店のおじいさん、あとはあたしたちだけだ。
旅行客の姿もなく、外に出歩いている地元のかたもいない。
この状況で、どうやって王子候補をさがせと……? スカウト旅最大の不安が胸によぎる。
でも……諦めるわけにはいかない。だって、これをやり遂げて、あたしはエミルドさんが信じてくれた無限の可能性を持った自分になりたいから。
それに――ナナシのおじいさん、おばあさんの想い。そして、ライドの平和を願う一家のみなさんの想い。関わってくれたみんなの想いに、どうにか答えたい。だから、頑張りたいんだ。
策を練った結果、とりあえず区役所で情報収集しようという答えに行き着いた。
売店で防寒着を買い、あたしとナナシ、シロクさんは、地図上で見て駅から一番近い町へと向かう。駅員さん曰く、今日は特に吹雪が激しいため、街中の公共交通機関は一切動いていないらしい。仕方なく、身を切るような吹雪の中、徒歩で町を目指すしかなかった。
シロクさんに先導してもらい、あたしとナナシは彼のコートの裾を掴んで白銀の世界を行く。白銀、なんて表現すると聞こえがいいけれど、厳密にいえば、乱れ舞う雪で視界が悪く、積もった雪でまわりの景色が分からない状態である。大通りも信号も、どこにあるんだかないんだか。自分たちの足跡さえ、たちまち消える有様だ。
それでもシロクさんは、膝まである雪を掻き分け、迷いなく進んでいった。
寒さ、というより痛みと恐怖に耐えながら、歩くこと数分後。前方にうっすら明かりを確認できた。
うはぁー、よかった。早く、どこか室内に入りたいよう。にしても、よく辿り着けたよね。あたしが先頭に立ってたら、間違いなく遭難してた。シロクさんがいてくれて助かったなあ。
「……あ!」
唐突に、ナナシが町とは別方向へ駆け出す。あっという間に吹雪に姿を隠され、見失った。
「ちょっ……嘘でしょ?! ナナシーっ! 戻って、ナナシーっ!」
叫んでも、ナナシは帰ってこない。彼の存在ごと消し去るように、足跡も吹雪にさらわれた。嫌な汗が、体中からどっと吹き出す。
「どうしよう、追いかけなきゃっ……」
コートを掴んでいた手を離し、慌ててナナシが消えた方へ足を踏み出した。
しかし、強い力で腕を掴まれ、引き戻される。
「……落ち着け、マトリ。おれが先導する」
シロクさんの黒い双眼は、あたしの荒ぶる心を瞬時に制するほどに頼もしかった。
ナナシ。ナナシ。ナナシ。
雪を踏み締める度に名前を唱え、どれだけ歩いただろう。シロクさんがふり返った。
「……いたぞ」
ナナシがいたのは、高い塀に囲まれた大きなお屋敷の前だ。鉄格子の門の隙間から、敷地の中を覗いている。あたしはもつれる足で、ナナシのもとへと急いだ。
「もう、ナナシ……! 心配したじゃない、ひとりでどっか行っちゃって!」
ナナシは悪びれた風もなく、こちらを見るなり手招きをする。
「なあ、マトリ! シロク! 見ろよこれ。なんかここだけ、違うぞ!」
「え……?」
そう言われれば……確かに、違う。
奇妙なことに、お屋敷の周囲一メートル程度の範囲だけ、ブリザードが弱まっているのだ。
さらに奇妙なのは、塀で囲まれた敷地内には雪さえ降っておらず、積もってもいないことだった。くすんだ色をした無機質な豪邸の四角い屋根にも、広いけど草木が枯れて閑散とした庭のどこにも、白がない。乱高下する雪の中、暖かな季節をひっそり待ち望むようにたたずむ透明な繭。それが、お屋敷の敷地を包んでいる。
「歩いてたら鳥が飛んできたからさあ、追っかけたら、ここに入ってったんだ」
「とっ、鳥……? この吹雪のなかに、鳥なんて――……あっ」
鉄格子を挟んだ向こう側に、ひらり、と黄色い羽の小さな鳥が横切っていく。
シロクさんは肩の雪を払いながら、お屋敷を見上げた。ちなみに今日は彼、頭巾や顔を覆う襟巻きをしておりません。不審に思われてはいけないという理由から、「ライド以外の区では、覆面はしない」という一家の掟があるらしく、お顔が見放題でございます。
まあ、寒いエンド区でこそ、覆ったほうがいい気もするけどね。
「……この土地にはなんらかの魔法がかけられているようだな。ここは聖魔女の家らしい」
シロクさんの言葉に、あたしは胸を弾ませた。
「これが、魔法……? 聖魔女って……じゃあ、ここにメイラールドさんが住んでるんですか? すごいシロクさん、エンド区のことまで詳しいんですね!」
「……いや、これを見ただけだ」
シロクさんが指差した門扉の横の塀には、可愛らしい丸みを帯びた文字で「メイラールドのお家」と書かれたどでかい金属製のプレートがかかっていた。
守護者の方々って、自宅の場所を明かさないイメージがあったんだけど……ひとそれぞれってことなのかな?
と、とにかく、メイラールドさんは各区の元守護者のなかで、唯一現在でもご存命という、貴重な存在だ。そんな方の家に来られるなんて……! なんだかそわそわしてくる。
ナナシはこちらをふり返り、首をかしげた。
「ねえ、せいまじょってなに?」
「魔法を使える、女のひとだよ。メイラールドさんっていう名前なの」
「へぇーっ、そんなやつがいるのか! おれ、会いたいな。そんで、魔法教えてもらう!」
正直、あたしも会いたい。
干渉し合っていなかったとはいえ、同じ守護者同士。この国が守護者制から国王制に変わる際、各区の守護者四人で会議を開いたという記録もある。てことは、メイラールドさんはエミルドさんと確実に面識がある。是非とも、エミルドさんとの思い出なんかを聞いてみたいなあ。
「じゃ……じゃあちょっと、会いに行ってみよっか。エンドにずっと住んでるメイラールドさんなら、王子様候補になりそうなひとのことも教えてくれるかもしれないし」
はやる胸を押さえつつ、あたしは門の柱に取り付けられたチャイムらしきボタンを押した。
しかし、家主へ来客を知らせる音は鳴らず。その代わりのように、塀から石でできた人、もしくは人型の石が飛び出してきた。身長およそ2メートル、がっしりした体格で、恐ろしいことに、手にした石製の剣をふりかぶっている。
「ぎゃあっ!」
あたしが仰天してのけ反るのと、ほぼ同時。シロクさんがナナシを抱えたまま、片手で石製のひとを薙ぎ払う。押さえ込まれた石の人は、炭酸の泡のごとくシュワっと消えていった。
「は、はああぁーっ。びびびびっくりした! これも魔法……うわっ?!」
おののきながら後ずさり、凍った地面に足を滑らせる。
「マトリ、だいじょぶか?! また魔法か?!」
ナナシは周囲に目を配りながら、天を向いて転がったあたしに手を差し延べる。
「う、ううん。あたしが勝手にコケただけ……」
照れ笑いを浮かべ、ナナシの手を掴む。と、右の手のひらが痛んだ。立ち上がって手袋を外し、確認してみる。案の定、手のひらは擦りむけ、わずかに血がにじんでいた。
「待ってろ、おれが助けてやる!」
ナナシはさっそうと、足を大きく開き、人差し指を立て、半円を……。
「――ごめん、マトリ! 病院出なかった! おれ今日も調子悪いみたい!」
「い、いいよナナシ。気持ちだけで嬉しいよ」
悲しげなナナシの顔があまりにも可愛いくて、含み笑いをしてしまった。
病院なんておおげさだけど、癒されるなあ。心配してもらえるのって、やっぱり嬉しいよね。
「――なにしてるの?」
聞き慣れない声に、総毛立つ。
恐る恐る声の出所をたどると、門の鉄格子の向こうに、少年らしき人物が立っていた。
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