王子発掘プロジェクト

urada shuro

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第5章

ただいま。またね。(3)

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 うう、大丈夫かなあ? 大臣に情報が伝わって、候補者選びに悪い影響が出ないといいんだけど……せっかくエンドから出られたのに、別の場所に捕まったりしないでしょうね?

 不安を抱く一方で、あたしには思わぬ収穫もあった。ここからは奇跡のお話だ。
 レオッカがシロクさんの腕を振り払った拍子に、その奇跡は起こっていた。

 なんと、シロクさんのシャツの一番下のボタンが外れ、はだけたのだ。
 露わになったのは、期待通りのシックスパック。我知らず、あたしは拳を握り締める。

 やっ、やりましたよアニイセンパイ! 腹筋、バッキバキですぅーっ! 

 己の腹部に注がれる、焼き尽くすような熱い視線。それに気が付いたのか、シロクさんの獣耳がぴくりと動いた。そして速やかにシャツを直すと、こちらに向かって浅く頭を下げる。

「……すまない、マトリ。見苦しいものを見せてしまったな」
「と、とんでもないです! 逆に助かりましたというか、なんというか……でも、よかったんですか? あの万年筆、レオッカにあげちゃって……」
「……致し方ない。我が一家には『志を同じくする者には、協力すべし』という掟があるんだ。レオッカは、オレと同じく王子候補としてここにいる。きっかけはどうであれ、王子候補になるという覚悟を持った時点で、それはミグハルドの発展を願っているということだろう。ライドを……この国をより良くしたいという志は、我が一家と同じだ」
「そ……そうデスカ……」

 そんな掟まであったとは。やはり忍一家、恐るべし。一体、あと何項目掟があるんだか。
 ともかく、シロクさんが深く広く物事を捉えてくれるひとでよかったね、レオッカ。

「いいなあ、オレもこんな足に生まれたかったなー」

 ナナシはシロクさんの右脚の甲を、ドアをノックするようにコンコン、と叩いた。

「……いや。これは生まれつきではない。おれも生まれたときは、ナナシと同じ普通の脚だったんだ」
「えっ! じゃあ、いつからこうなったの?」
「……子供の頃だ」
「なんで? もとの足は、どこいったの?」
「……悪魔女に吹き飛ばされた」

 あたしは思わず「えぇっ?!」と大きな声を漏らした。ナナシと検査員から注目を浴び、慌てて口を押さえる。

「す、すみません、びっくりして……悪魔女って、あのライドの悪魔女ですよね? この国を乗っ取ろうとした、あの悪い魔女……」
「……ああ。昔の話になるが……ライドで悪魔女と直接対峙……戦った時、魔法でやられたんだ」
「そ、そうだったんですか……」

 それっきり、あたしは何も言えなかった。

 彼はずっと、悪魔女の支配していたライド区で、区民を守る組織に属してきた。二十一歳という年齢からして、まだ悪魔女が生きていた時代も乗り越えてきたのだ。当時のライド区の実情がどのようなものだったか、あたしは知らない。けれど、ライド区民であり、悪魔女と戦う道を選んだ時点で、常に彼の身が危険にさらされていたであろうということくらいは想像できる。

 その中で、彼は右脚を失った。一区民の誰がいつ負傷した、なんて、教科書に書かれることはない。きっと、ニュースにすらならなかったんじゃないだろうか。少なくとも、あたしたちフロンド区民には、なにも知らされなかった。でも、これが現実なんだ……。

 凄惨な過去を示す、右脚の輝き。あたしはその眩しさから視線をそらすように、固く目を閉じてしまった。

「……おれはもう長年、この身体で生きてきた。良い技師……つまりこの金属の脚を作る職人にも出会い、今では何も不自由……困った事はないんだ。だから、マトリがそんな顔をする必要はない」
「は、はい……」

 シロクさんの諭すような声に、あたしは開眼する。シロクさんは僅かに右脚を引いた。銀色が、部屋のライトの光を反射して瞬く。それはまるで、ライド区民として生き抜いてきた彼の歴史がこぼした涙のように見えた。

 これまで数日間行動を共にしてきたあたしが言われなければ気付かなかったほど、シロクさんはレンガ銀の脚を自分のものにしている。ここまでくるのには、きっと大変な努力をしたんだろう。

「おれ、シロクの脚、かっこよくてスキだな!」

 弾むような声でそう言うと、ナナシは「にっ」と笑った。シロクさんは一瞬間を開けたあと、「……そうか」とつぶやくように言い、ゆっくりと瞬きをする。

 あたしはほっとした気持ちで、ふたりを見つめた。

 自由で空気を読まないナナシのおかげで、あたしが深刻にしてしまった場が和やかになった。シロクさんは、自分の話であたしが落ち込むことなんて、望んではいなかったに違いない。
 それを察したのか天然なのかは分からないけれど、言葉を選んでしまうあたしなんかには、到底かなわない感覚をナナシは持っている。旅の途中、奔放な彼の行動に戸惑うことも多かったけれど、本当に暖かくて優しい子だと改めて思う。

「あのーう……そろそろお着替えの方を進めていただきたいのですが……」

 部屋の隅に身を寄せていた案内係が、恐る恐る声をかけてくる。
 あたしは今さら部屋を出て行くのもおかしい気がして、ナナシの着替えを手伝うことにした。シロクさんも手早く自分の衣装を整える。すでに着替え終わっているレオッカは、壁際のテーブルでたくさんの実験器具のようなもの使ってお楽しみ中だ。

 ナナシの着替えが完了すると、あたしは感嘆を漏らした。
 黒いシックなスーツに身を包んだ彼は、いつもよりずっと男性的に見えて見違える。

「えー、この服変だよ。なんか苦しいし、嫌だなー」

 本人はお気に召さないようだけど、あたしはよく似合ってると思う。
 さらに似合っていたのはシロクさんだ。

 その姿は、休憩用のお茶とお菓子を運んできてくれたメイド服姿の女性までも、彼を見るなり頬を染めていたほどだ。
 堅い装いは、彼の持つシャープかつスマートな外的特徴をさらに引き上げ、高貴な空気さえ漂わせていた。さらに、ウエストの絞られたデザインが、筋肉質で引き締まったバランスの良い体躯を際立たせて見せている。
 メイド服の女性は、小さなパンケーキの上にフルーツとクリームが盛られたものがいくつか乗ったお皿を音も立てずにテーブルに置いた。彼女はパンケーキに飛び付くナナシを見てくすりと笑うと、シロクさんに甘美な視線を送ってから、お辞儀をして部屋を出て行った。

 案内係が硬く笑みながら歩み寄ってくる。

「お荷物は、こちらに置いていって下さいね。では皆様。これより白の地に――……」

 コツ、コツ。

 ノックの音と共に、「失礼」という低い声が聞こえた。木製のドアが開かれ、大臣が現れる。
 あたしの身体は自然に立ち上がり、背筋を伸ばした。

 ななななんで大臣が? 急に重役登場って、ちょっと心臓に悪いんですけど!

「……ご苦労だったな、マトリ・シュマイルズ」
「は……はいっ」

 大臣はあたしに視線をくれたあと、ナナシ、シロクさん、レオッカの顔を、順番にゆっくりと見つめる。

「ようこそ、王子候補諸君。わたしはミグハルド王国の大臣を務めるミハイドン・カイファーだ」
「おうじこうほしょくん、って?」

 無垢なナナシを無視して、大臣は続ける。

「諸君には、このあと『白の地』にて、祓いの儀を行ってもらうことになっているのだが……その前に、シロク君。これからきみにはわたしと共に、別室に来てもらいたい。ナナシ君とレオッカ君は、我々が戻るまで――そうだな、おそらく2、30分程度だ。マトリ・シュマイルズとここで待っていてくれたまえ」

 あたしはその言葉に疑問を感じ、それを大臣に投げかけた。

「え……? 待ってください。別室……って、シロクさんだけ、何でですか?」
「マトリ・シュマイルズ。きみには関係のないことだ」
「か、関係ない、って……」

 何? その引っかかる言い方。不信感を持ち、シロクさんを隠すように彼の前に立つ。

「彼は、あたしの探してきた王子様候補です。関係ないことはないと思いますけど……」

 後ろから、落ち着いた声が聞こえてくる。あたしにしか聞こえないような、小さな声だ。

「……マトリ、案ずるな。彼から殺気は感じない。これが試験の一環ならば、従うのみだ」

 シロクさんは自ら歩を進め、大臣と一緒に部屋を出て行った。
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