35 / 52
第7章
レオッカとナナシと(4)
しおりを挟む
(……どうする? マトリ)
「え? あ、あたしは……」
言いながら、違和感を持つ。今レオッカがしゃべったのに、口が動いてなかったような……腹話術? だとしたら上手すぎる。何故に、急にその特技を披露?
(マトリ、黙って聞いて。今、僕は魔法でマトリの頭の中にだけ、話しかけてるんだ。マトリも口には出さずに、頭の中で僕に話しかけてみて)
アタシは固く口を閉ざし、普段、自分が考え事に頭を巡らせる要領で問うてみる。
(あ、頭の中で……? これでいいの?)
(そうそう。いいね、上手だよ。で、本題だけど……ダメだね、彼。話し合いはやめて、魔法でちゃちゃっと締め上げちゃおっか)
(え?! なんで? せっかくああ言ってるんだし、あたしひとりでも話してみるよ)
(マトリ……彼は仮にも魔法使い。そして、男だ。その気になれば、きみをどうにだってできるってこと、分かってる?)
(えっ……うーん、確かにさっき、王様ぶっとばすとか言ってたっけ。あれにはちょっと引いちゃったけど……で、でも、魔法は悪戯に使っちゃだめだってことを、あたしが説得しなきゃいけないと思うの。だって、その為にここに来たんだもん。暴力的な方法じゃ王様にはなれないってことも教えなきゃ)
(そういうことだけの話をしてるわけじゃないんだけどね……はぁ、仕方ないなあ。じゃあ、少しでも危険を感じたら、頭の中で僕の名前を呼んで。すぐ助けに行くから)
(う、うん。わかった、ありがとう)
頭で話を済ませ、あたしはナナシに視線を戻した。
「……わかった。じゃあ、ふたりで話そう」
木製のドアを開き、ナナシが手招きする。誘われるまま中に入ると、カップやお皿が置かれた小さなカウンターがあった。その奥に、冷蔵庫や様々なキッチン用品も見える。フロアには、低いテーブルと、それを挟んで向かい合うように、ベージュ色で柔らかそうなソファがふたつ置かれていた。素朴で、雰囲気がどことなくレフドのナナシの家に似ている。
あたしはカウンターに置かれたカップをひとつ、手に取った。白い、陶器製のティーカップだ。さっきまで、こんなものここには存在していなかったのに。
これが、魔法。エミルドさんの見ていた世界――。
白の地ではじめてナナシの魔法を見たときは、なにがなんだかわからなくて、驚き以外の感情を認める暇もなかった。でも、こうして改めて目の当たりにすると、やっぱり魔法は不思議で幻想的で、あたしの現実にはなかったものだと自覚する。
感激なのか羨望なのか、それとも嫉妬なのか。自分でも整理のつかない高揚感に包まれ、カップを握る手に力が入る。こんな時なのに、口元が綻んでしまう。
ナナシはゆったりした足取りで部屋の奥に向かい、ドアから見て手前にあるソファに深く腰かけた。ソファの背に腕を回し、あたしをふり返って顎をしゃくる。
「来いよ、マトリ」
こ……「来いよ」、とな……?! なんすかその「自分に酔ったドS系男子が彼女を呼ぶ時」みたいな感じ。またあたしの知らないナナシが出てきたんですけど……。
苦笑いを浮かべてカップを置き、ナナシと向かい合うように置かれたソファに急ぐ。ナナシの横を通り抜けようとして、腕を掴まれた。
「ここにおいで」
にっこりと笑い、ナナシがソファをぽんぽんと叩く。叩いたのは、自分の右隣でも左隣でもなく、大きく開いた脚と脚の隙間から覗くクッション部分だ。
「はっ……? なんで? なんのために?!」
「ここに座んないと話さない」
拒否を示すため首をふると、掴まれていた腕を強引に引っ張られた。バランスを崩し、ナナシの上に倒れ込む。脚を持ち上げられ、腰に腕を回されて、横向きに抱えられる形で着席してしまった。
彼の、股の間に。
「ぅぎゃあっ?! ちょちょちょちょっと待って! なにこれ、こんな体勢で話なんかできるわけないでしょ!」
「できるよ。ひと触ってると、落ち着くだろ」
「どこが?! 全然落ち着きませんけどっ」
こうしている間中もずっと、密着した身体の側面から、腕から、ナナシの体温が伝わってくる。恥ずかしさと焦りで、心臓が爆発しそうだ。
逃れようと身体をよじったら、より強い力で引き寄せられた。覆いかぶさるように、顔を寄せてくる。
「ぎゃあぁっ!」
叫びながら、あたしはねじ切れるんじゃないかというくらい素早く首を横にひねった。
くく……、とナナシから笑いが漏れる。
「……キスされると思った?」
こちらの反応を楽しむように、にやついている。その表情に、少しカチンときた。
……ほほー。そうか、分かったぞ。きみは、あたしをからかってるんだな?
確か魔魂の影響で、性格が前とは変わってるんだっけ……じゃあこれも、魔魂に引き継がれた親の性格に引っ張られて出てきた、ナナシのやんちゃな面の一部ってことか。
からかわれてるだけだと分かれば、動揺する必要もない。身体が密着してるのはかなり気になるけど、ここはひとつ、毅然とした態度で接してみせようではないか。
あたしは深呼吸をして、姿勢を正す。
「……思ってないです。ナナシ。あなたは本来、そんなことするようなひとでは」
あえてかしこまったあたしの言葉は、そこで止まった。いや、止められた。
柔かな感触で、口を塞がれたのだ。ナナシの目で、鼻で、頬で、視界がいっぱいになる。
一瞬とも永遠とも思える時を経て、「ちゅ」と小さな音を奏で、唇が離れた。
「しちゃった」
ナナシは悪びれもせず、眼前で薄笑いを浮かべている。
し、し、しちゃった、じゃないでしょーっ!? 冗談でもやっていいことと悪いことがあるでしょうが! 付き合ってもない相手とファーストキスなんて、あたしの恋愛経歴どうしてくれちゃってんの?! こっちの感情、完全無視だし!
うわーん、エミルドさん(の写真)に合わせる顔がないよぉぉぉぉっ!
脳内では沸騰しそうに叫んでいるのに、言葉にできない。顔が熱い。鼓動が早い。ナナシをまともに見られない。抵抗することも忘れ、ゆっくりと顔を遠ざけたあと、呆然となる。
こんなことするのも、魔魂の影響とかいうやつなの? 悪魔女って、一体どんな女性だったわけ?! これってもうエンドの王子候補様に助けを求めたほうがいいレベルなんだろうか。でも、まだなんにも話せてないんだけど……。
悩めるあたしの顎を、ナナシの手が持ち上げた。
「こっち向けよ。もっかいしよ」
ふっと顔に影がかかり、再び彼が迫る。
あたしは絶叫して思い切り腕を突っ張り、顔面を背けた。その勢いで、ソファから転がり落ちる。もつれる足でダッシュしてカウンターの後ろに隠れ、頭だけを出してナナシを睨んだ。
「……しません! しません、しませんからっ!」
ソファ越しに、ナナシがこちらにふり返る。
「なんで? レフドのじいちゃんとばあちゃんは、いっつもしてたのに」
「そっ、それは夫婦だからいいの! でも、あたしとナナシはダメだから! そっちの仲じゃないから! 今度やったら、本気で怒るから!」
ナナシは怯んだように急に眉を下げ、しゅんとした様子を見せた。
「え? あ、あたしは……」
言いながら、違和感を持つ。今レオッカがしゃべったのに、口が動いてなかったような……腹話術? だとしたら上手すぎる。何故に、急にその特技を披露?
(マトリ、黙って聞いて。今、僕は魔法でマトリの頭の中にだけ、話しかけてるんだ。マトリも口には出さずに、頭の中で僕に話しかけてみて)
アタシは固く口を閉ざし、普段、自分が考え事に頭を巡らせる要領で問うてみる。
(あ、頭の中で……? これでいいの?)
(そうそう。いいね、上手だよ。で、本題だけど……ダメだね、彼。話し合いはやめて、魔法でちゃちゃっと締め上げちゃおっか)
(え?! なんで? せっかくああ言ってるんだし、あたしひとりでも話してみるよ)
(マトリ……彼は仮にも魔法使い。そして、男だ。その気になれば、きみをどうにだってできるってこと、分かってる?)
(えっ……うーん、確かにさっき、王様ぶっとばすとか言ってたっけ。あれにはちょっと引いちゃったけど……で、でも、魔法は悪戯に使っちゃだめだってことを、あたしが説得しなきゃいけないと思うの。だって、その為にここに来たんだもん。暴力的な方法じゃ王様にはなれないってことも教えなきゃ)
(そういうことだけの話をしてるわけじゃないんだけどね……はぁ、仕方ないなあ。じゃあ、少しでも危険を感じたら、頭の中で僕の名前を呼んで。すぐ助けに行くから)
(う、うん。わかった、ありがとう)
頭で話を済ませ、あたしはナナシに視線を戻した。
「……わかった。じゃあ、ふたりで話そう」
木製のドアを開き、ナナシが手招きする。誘われるまま中に入ると、カップやお皿が置かれた小さなカウンターがあった。その奥に、冷蔵庫や様々なキッチン用品も見える。フロアには、低いテーブルと、それを挟んで向かい合うように、ベージュ色で柔らかそうなソファがふたつ置かれていた。素朴で、雰囲気がどことなくレフドのナナシの家に似ている。
あたしはカウンターに置かれたカップをひとつ、手に取った。白い、陶器製のティーカップだ。さっきまで、こんなものここには存在していなかったのに。
これが、魔法。エミルドさんの見ていた世界――。
白の地ではじめてナナシの魔法を見たときは、なにがなんだかわからなくて、驚き以外の感情を認める暇もなかった。でも、こうして改めて目の当たりにすると、やっぱり魔法は不思議で幻想的で、あたしの現実にはなかったものだと自覚する。
感激なのか羨望なのか、それとも嫉妬なのか。自分でも整理のつかない高揚感に包まれ、カップを握る手に力が入る。こんな時なのに、口元が綻んでしまう。
ナナシはゆったりした足取りで部屋の奥に向かい、ドアから見て手前にあるソファに深く腰かけた。ソファの背に腕を回し、あたしをふり返って顎をしゃくる。
「来いよ、マトリ」
こ……「来いよ」、とな……?! なんすかその「自分に酔ったドS系男子が彼女を呼ぶ時」みたいな感じ。またあたしの知らないナナシが出てきたんですけど……。
苦笑いを浮かべてカップを置き、ナナシと向かい合うように置かれたソファに急ぐ。ナナシの横を通り抜けようとして、腕を掴まれた。
「ここにおいで」
にっこりと笑い、ナナシがソファをぽんぽんと叩く。叩いたのは、自分の右隣でも左隣でもなく、大きく開いた脚と脚の隙間から覗くクッション部分だ。
「はっ……? なんで? なんのために?!」
「ここに座んないと話さない」
拒否を示すため首をふると、掴まれていた腕を強引に引っ張られた。バランスを崩し、ナナシの上に倒れ込む。脚を持ち上げられ、腰に腕を回されて、横向きに抱えられる形で着席してしまった。
彼の、股の間に。
「ぅぎゃあっ?! ちょちょちょちょっと待って! なにこれ、こんな体勢で話なんかできるわけないでしょ!」
「できるよ。ひと触ってると、落ち着くだろ」
「どこが?! 全然落ち着きませんけどっ」
こうしている間中もずっと、密着した身体の側面から、腕から、ナナシの体温が伝わってくる。恥ずかしさと焦りで、心臓が爆発しそうだ。
逃れようと身体をよじったら、より強い力で引き寄せられた。覆いかぶさるように、顔を寄せてくる。
「ぎゃあぁっ!」
叫びながら、あたしはねじ切れるんじゃないかというくらい素早く首を横にひねった。
くく……、とナナシから笑いが漏れる。
「……キスされると思った?」
こちらの反応を楽しむように、にやついている。その表情に、少しカチンときた。
……ほほー。そうか、分かったぞ。きみは、あたしをからかってるんだな?
確か魔魂の影響で、性格が前とは変わってるんだっけ……じゃあこれも、魔魂に引き継がれた親の性格に引っ張られて出てきた、ナナシのやんちゃな面の一部ってことか。
からかわれてるだけだと分かれば、動揺する必要もない。身体が密着してるのはかなり気になるけど、ここはひとつ、毅然とした態度で接してみせようではないか。
あたしは深呼吸をして、姿勢を正す。
「……思ってないです。ナナシ。あなたは本来、そんなことするようなひとでは」
あえてかしこまったあたしの言葉は、そこで止まった。いや、止められた。
柔かな感触で、口を塞がれたのだ。ナナシの目で、鼻で、頬で、視界がいっぱいになる。
一瞬とも永遠とも思える時を経て、「ちゅ」と小さな音を奏で、唇が離れた。
「しちゃった」
ナナシは悪びれもせず、眼前で薄笑いを浮かべている。
し、し、しちゃった、じゃないでしょーっ!? 冗談でもやっていいことと悪いことがあるでしょうが! 付き合ってもない相手とファーストキスなんて、あたしの恋愛経歴どうしてくれちゃってんの?! こっちの感情、完全無視だし!
うわーん、エミルドさん(の写真)に合わせる顔がないよぉぉぉぉっ!
脳内では沸騰しそうに叫んでいるのに、言葉にできない。顔が熱い。鼓動が早い。ナナシをまともに見られない。抵抗することも忘れ、ゆっくりと顔を遠ざけたあと、呆然となる。
こんなことするのも、魔魂の影響とかいうやつなの? 悪魔女って、一体どんな女性だったわけ?! これってもうエンドの王子候補様に助けを求めたほうがいいレベルなんだろうか。でも、まだなんにも話せてないんだけど……。
悩めるあたしの顎を、ナナシの手が持ち上げた。
「こっち向けよ。もっかいしよ」
ふっと顔に影がかかり、再び彼が迫る。
あたしは絶叫して思い切り腕を突っ張り、顔面を背けた。その勢いで、ソファから転がり落ちる。もつれる足でダッシュしてカウンターの後ろに隠れ、頭だけを出してナナシを睨んだ。
「……しません! しません、しませんからっ!」
ソファ越しに、ナナシがこちらにふり返る。
「なんで? レフドのじいちゃんとばあちゃんは、いっつもしてたのに」
「そっ、それは夫婦だからいいの! でも、あたしとナナシはダメだから! そっちの仲じゃないから! 今度やったら、本気で怒るから!」
ナナシは怯んだように急に眉を下げ、しゅんとした様子を見せた。
0
あなたにおすすめの小説
腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。
四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」
突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる