王子発掘プロジェクト

urada shuro

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第9章

ラブ イズ オール(5)

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「エミルドをたぶらかす、このガルドに減らず口を叩く、魔法が使える……今分かったの。ガルドにとってこの世で一番目障りなのはお前――マトリ・シュマイルズなの。お前だけは絶対に殺してやるの。ガルドの魔魂で、酷い死に様にしてやるの……!」

 腕を突き出した悪魔女は、手のひらをこちらに向けて重ねる。その中央に、光の球体が生まれた。あたしの顔一つ分ほどの大きさだ。中心は赤く、外側になるにつれ、黒みがかっていく。

「シロクさん、あたしの後ろから動かないで!」

 あたしは足を開き、腕に、手に力を入れた。
 悪魔女は今、「ガルドの魔魂」とわざわざ言った。ということは、ナナシの物ではなく、扱い慣れていて相性もいい自分の魔魂を使って攻撃してくる。レオッカの話を参考にするならば、これまでよりも強力な魔力で、本気で殺しにいくぞという宣言がされたのだと思う。

 ――耐えてみせる。

 その本気に。その狂気に、耐えてみせる。耐えなければ、魔力をもらった意味がない……!

「消し飛べばいいの…………っ!」

 悪魔女の声と共に、殺意は放たれた。空を裂き、風を鳴かせながら、一直線にあたしを目がけ――

 バギャァァァァァァァァァァァンッ!

 バリアと衝突し、耳が破裂しそうな爆音を上げた。強い圧力に押され、足が地面に沈む。

「ぐっ……う、ううっ……!」

 おかしい。

 これまでとは違う。弾けない。光の弾はあたしの張った防御膜にくっつき、止まっている。そのまま、ぐんぐんと膨張し、直径があっという間にあたしの背丈を追い越していく。

 あたしは背中を丸め、前傾姿勢になった。経験なんてないけれど、走って来る大きなトラックを押し返しているような重みだ。
 息が切れる。肩が外れそうに痛い。

「マトリ、手の幅を広げるんだ! 指をもっと開け!」
「は……はいっ……!」

 遠くで聞こえる大魔法使いの助言に、あたしは叫ぶように返事をして言う通りにした。
 ふっと、圧が軽くなる。
 でもそれは一瞬だった。光はバチバチと声を発しながら成長を続け、再び重みが増していく。

 ぎし、ぎし、ぎしっ……!

 悲鳴をあげているのはバリアではない。あたしの腕だ。足元は、くるぶしまで地にめり込んでいる。目尻が熱い。泣いているのかもしれない。

 折れる、折れる、折れるっ……!

 がたがたと両腕がふるえ出す。その手首を、大きな手に掴まれた。後退する身体が行き止まる。
 首を曲げられず、後ろは見えない。
 でも分かる。黒衣を纏ったこのたくましい腕は、シロクさんの物だ。背後から抱きかかえるように、シロクさんがあたしの身体を支えている。

「う、うっ……うっ……」

 やっぱりあたしは泣いていた。しゃくりあげ、彼の名前すら呼べない。どこが痛いか分からないくらい、身体のあちこちが痛い。少しでも動けば、今にも砕けてしまいそうだ。

「マトリ! 魔法は、気持ちも大事だ! 愛する者のことを考えろ! きっと強くなる! オレはそう信じてきた!」

 降ってきた愛おしい声に、あたしは大きく息を吸って吐き、止めた。

 愛する、者――

 これまで出会った色んなひとの顔が、頭の中一杯に、一斉に浮かぶ。家族。センパイ。友達。ナナシ。シロクさん。レオッカ。みんな、みんな……もちろん、エミルドさんもだ。

 そして――あたし。

 あたしだって、こんな形で死にたくない。いや、死んでたまるか。あたしはまだ、自分の人生に納得できてない。夢もつかめず、何もないままで消えたくなんてない。

 それに形はどうであれ、こうしてエミルドさんにも会えた。死んでる場合じゃない。

 そうだ、あたしの可能性は、無限。ですよね、エミルドさん……!

 指に力を込め直した途端、あたしの魔法の膜が、ぱっと色を濃くした。
 巨大な閃光弾の発する火花の向こうに、ぼんやりと悪魔女が見える。あざ笑う口が、「ハァァァッ!」と気合を吐く。
 光の弾もまた、悪魔女の気持ちに答えた。あたしより、悪魔女の方が気持ちが強かったなんて思わない。だけど――膨れ上がったそれは、容赦なく魔魂を持たない魔法使いを潰しにかかった。

 ボ、と燃える音を出して色が変わる。その瞬間とてつもない熱気に襲われ、あたしの瞼は勝手に閉じた。例えるなら、目の前に火を突き付けられたような熱だ。苦しくて、顎が上がる。圧し掛かる圧力も増していく。

「もうやめろ、ガルド! 感情の行き場がないなら、オレに当たればいい! 光線でも魔法弾でも、なんでも撃たせてやる! これ以上みんなに手を出すな!」

 エミルドさんの絶叫にも、悪魔女は手を緩めなかった。

 熱い。痛い。早く離れなければ、溶けて、焼けてしまう。
 でも負けたくない。

 負けたく……ない、のに……

「っ……くっ……あ、あ、あ、あ、あっ…………うああッ……!」

 シロクさんに全てを預けるように、とうとうあたしは仰け反って倒れた。ぱたん、と力なく、重い手が下がる。重くて、重くて……もう動かせない。

 ああ、魔法が……あたしの魔法が、消え……

 言葉を発する前の呼吸の音が、耳元で聞こえる。

「……………!」

 シロクさんが何かを言った気がした。エミルドさんの声も聞こえた気がする。しかしそれは、凄まじい轟音に全てかき消された。

 ドォォォォォォォォォン、パアァンッ! 

 ザザザザザザザザザザザザザザザザッ…………!

 ……………。

 不気味な静寂が訪れ、嘘のように熱さが消える。そして……

 あたしはまだ、生きている。

 土の匂いに気が付き、閉じきった瞼をこじ開けて足元を見た。
 つま先から少し前方の芝生が剥げている。そこから右方向、数メートルに渡って芝生は筋状にえぐれ、その先に土塊があった。

 風が吹き、その一部がさっとそよぐ。
 あたしは気を失いそうになった。
 そよいだのは、見覚えのあるコートに付いたファーだ。土塊と化していたのは、土にまみれ、身体を曲げて小さく倒れているレオッカだった。

 何が起きたのか、この目では見ていない。でも、なんでこうなったのかは明白だ。

 また、守られた。あたしが守らなくちゃいけなかったのに……。

 駆け寄ることも、声をかけることもできず、ただ傷んだ身体のしもべとなって朦朧とする。

 前方から、ずざ、と音がした。悪魔女が地上に降りた音らしい。レオッカを見るあたしの視界の端に、白い慰霊碑がある。そこへ上から、強いコントラストをもたらす紫の物体が現れた。

 悪魔女は何度も呼吸をし、蒼白した顔で歯噛みする。片手でこちらに向かってバリアを張り、もう片方の手で胸を押さえた。

 動けないあたしの身体が、後ろにゆっくりと傾きはじめる。そのまま、仰向けに地面に寝かされた。傍らを、シロクさんの二本の足が通りすぎていく。傷を負っているとは思えないほど、しっかりした足取りだ。大きな背中はどんどん遠のいて……あたしの視界から消えた。

 天を向いたあたしの目に映るのは、空ばかりだ。瞼も半分以上閉じている。エミルドさんが捕われている檻ですら、霞んで形を判断できない。

 耳に入ってくるのは、金属のぶつかる音。破裂音。何かがぶつかるような衝撃音……。

 エミルドさんが「シロク……!」と叫んだ。

 あたしは横たわったまま、なんとか首を曲げようと試みる。無理やり倒すことはできたけれど、痛みが身体中を突き抜け、それ以上どうすることもできなかった。
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