王子発掘プロジェクト

urada shuro

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第9章

ラブ イズ オール(4)

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 あたしはエミルドさんのもとに急いだ。檻に体当たりするように張り付き、囚われの彼に近付けるだけ身体を近付ける。

 大魔法使いは迫るファンに微動だにせず、美しい瞳でこちらに目線を合わせてくれた。

 その瞬間、全身が硬直して上手く息ができなくなる。綺麗な目があたしだけを見てる。
 すぐそこに長い睫毛が、形の良い唇が、滑らかな肌が!
 おまけに鼻腔をくすぐる爽やかな香り。

 こ、腰が砕けそう……!
 気を強く持って来たつもりが、正直すぎるよあたしの身体!

 今からこんなんじゃ先が思いやられる……けど、悶えている時間はない。興奮を少しでも抑えようと無理やり黒目を横に逸らし、小声かつ早口で伝える。

「エ、エミルドさん、作戦に協力してもらえますか? レオッカが救助から戻るまで、悪魔女を食い止めたいんです!」
「もちろんだ。オレにできることならばなんでもする」
「よかった。じゃあ……じゃあ、お願いします。あたしにキスして下さい。思いっきり、愛を込めて……!」

 勇気をふり絞った申し出を、エミルドさんは躊躇いなく受け入れてくれた。

 あたしが問うてから彼が行動を起こすまでの速度は、悪魔女の問いに彼が「愛してる」と答えた時と同じ速さだったと思う。

 鈍色に輝く金属の細い棒と棒の間から、彼の腕が伸びる。
 綺麗な指があたしの首元に優しく添えられ、顔には影が落ちてきて――思わず目を閉じると、柔かな唇があたしの唇を包み込むように触れた。

 作戦とはいえ、自分で言い出したとはいえ、憧れ続けた王子様との口づけ。
 密着している部分から、脈打つように全身がふるえる。頭がじんじんして、息ができない。生の感触を味わう余裕なんてない。役得だとにやけることもできず、うっとりと身を委ねる術も知らない。ただただ、胸が高鳴る。

 固い身体をほぐすように、腰に手が回された。
 エミルドさんは傾けていた顔の角度を変え、小さく「ん……」と声を漏らして繋がりを深くする。口唇に彼の水分を感じ、あたしの身体がびくんと跳ねた時、

「なにしてるの、クソガキィ!」

 悪魔女の叫び声が轟いた。後頭部でそれを聞き、あたしは王子様との接触を終わらせる。

 もう、ダメ! たえられない! 鼻から血ぃ吹いてぶっ倒れそう!

 という個人的内情もあるけれど、すでに身体に巻き付いた鎖を外した悪魔女が猛スピードで空中を駆け、こっちに向かってきているからというのが一番の理由だ。

 いい。

 それでいいんだよ、悪魔女。
 心が掻き乱されればいい。そして、判断を誤ればいい。魔魂葬剣の使い手より、愛するひとに手を出したこのガキを先に殺すべきだと思い込めばいい……!

 唇の余韻を感じつつ彼女に向かって正面を向き、素早く深呼吸して気合を入れる。
 高速で飛びながら、悪魔女は右腕を鋭い凶器に変化させる。あたしは心の中で呪文を唱えた。
 
 殺し屋が迫る。もう間近、彼女の腕は獲物の首を斜めに刎ね落とす軌道で斬りかかり――

 バチィンッ……!

 ――弾かれた。前に突き出したあたしの両手が、きらめきを帯びた透明で水色の防御膜を作り、弾いたのだ。
 思ったよりも大きな衝撃が伝わり、身体が一歩、二歩、後退する。顔面には、冷や汗が噴き出た。肩で息をしながら歯を食いしばり、尚且つ口角が自然と上がる。

 できた……! 魔法が、あたしにも……っ!

 悪魔女は悪魔女で、弾かれた勢いそのままに、後ろに飛び退いていた。
 その眼は、口元は、大きく開いている。

 あたしのもらった魔力は僅かだ。回復魔法で傷ついた兵士を助けられても、ひとりが限界だ。見る限り、負傷者は多数いる。深刻な状態の者もきっと……それなら、レオッカが救助に行ったほうがいい。あたしはさっき、レオッカにそう告げていた。

 たった一回の魔法でも、バリアを張り続ければいくつもの攻撃に耐えられる。戦うシロクさんを守りきるのは、即席魔法使いのあたしには困難だ。それなら、自らが標的になって耐え抜けばいい。
 生粋の魔法使いでも賢者でもないあたしには、その方法しか思い付かなかったんだ。

 さらに目論見はもうひとつ。悪魔女は、あたしが魔力を得たことを知らない。

 だから、運が良ければ――

「な、何でお前が魔法をっ……ただの人間が何でなのっ……」

 ――知った瞬間、悪魔女は怯む……!

 狙い通り、悪魔女は呆然としている。ゼンマイが止まりかけた人形のように頭をかくかくと動かし、怯えすら滲ませた目であたしの全身を見回している。

 見るべきは、自分の背後に忍び寄った影だとも知らず……あたしを見てしまっている。

 影――シロクさんは音もなく、魔魂葬剣をふり上げた。
 彼の表情は冷静だ。「今しかない!」と断言できるほど、抜群のタイミングだった。

 が。

 シロクさんは倒れた。魔魂葬剣をふり上げた瞬間、悪魔女の背後、の背後。シロクさんの背中を、黒い巨大な鳥が襲ったのだ。それは先刻、兵士たちを襲った悪夢の残党だった。まだ、残っていたなんて――いや、「こういう事態を想定して、残してあった」が、正解か。

 悪魔女の身体越しに見えるシロクさんは、地面に臥したまま全く動かない。

 何もできなかった。あたしには、何も……腕がふるえ、我知らず降下していく。

「…………マトリ、気を抜くな。ちゃんと自分を……守れ」

 息も絶え絶えに、シロクさんは片膝を着いて身体を起こした。意志の強い眼差しは変わらない。しかし顔色は青ざめ、喉がひゅうひゅうと音を立てている。

「シ、シロクさん……っ!」

 あたしはしっかりと腕を上げてバリアを張ったまま、十数メートル離れた彼の側に駆け寄った。  しゃがみ込んで顔を覗くと、いつも涼しいその顔に汗が浮かんでいる。呼吸も荒く、息をするたび肩が上下する。折り目正しい服の背中の部分には、いくつも焼け焦げたような綻びができていた。火傷か打撲かそれ以上なのか……とにかく、大きな怪我を負っているのは明らかだ。

 それでも悪魔女は、彼のことは一瞥しただけで、再びあたしを見ていた。自分の前には、防御壁を作っている。

「……言うの。何故、魔法が使えるの? お前は、何なの?」

 得体の知れない者への恐怖。苛立ち。悪魔女の口調から、それが読み取れる。

 あたしは彼女を見上げ、涙の滲む目で鋭く睨みつけた。

「あたしは――……魔法使いマトリ・シュマイルズ……!」

 魔女ではなく、魔法使い。そこが、エミルドさんファンとしてのこだわりだ。

「そんなわけがないの! 魔魂も感じないのに、魔法が使えるわけがないの! 何なの?! まさかエミルド、お前まさか、他の女との間にも子供がいたの?!」

 混乱し、ただ感情的に喚く悪魔女に、エミルドさんは肩を竦める。

「マトリはオレの子じゃない。正体も、今のオレには分からない。でも、ガルド。可能性は無限なんだ。この世にはどんな可能性だって有り得る。魔魂のない魔法使いだっているさ」
「そ、そんなバカなことっ……」 

 悪魔女は舌打ちをすると、エミルドさんに近付いた。彼の胸ぐらを掴み、頭を押さえ付け、無理やり口づけをする。しながら、見せつけるように視線をこちらに向けてきた。

 自分がやったことへの仕返し、とはいえ、見たくはないものだ。胸が、ちりちりと焼ける。

 唇を離し、悪魔女が何かを呟いた。エミルドさんにかざした手を、下から上へとスウィングさせる。エミルドさんは檻ごと上昇し、二階建ての家の屋根の上ほどの空中に浮かび上がった。

 あたしはシロクさんの前に立ち、怒りを押さえて魔女を見据える。

「悪魔女……いえ、ガルドさん。いい加減、もう諦めなさい。さっき聞いたでしょ? エミルドさんは……大魔法使いは、みんなを平等に愛してるって言ってるじゃない。あたしも知らなかったけど、彼はライドのみんなを苦しめてきた悪い魔女の申し出も信じるほど、究極の博愛主義者なんだよ。そんな彼を一人占めするなんて、身体はできても、精神までは一生無理。彼の愛を感じたければ、平等に与えられたそれを、しっかり受け取って噛みしめる……それが、大魔法使いを好きになってしまったあたしたちに許される限界よ……!」
「だ、誰が『あたしたち』なの! ただのファンのあんたと一緒にされたくないの!」

 悪魔女が乱暴に飛ばした光の弾に、腹筋に力を入れて耐える。

「それに……あたしは、ナナシを返してほしい。あなたは知らないでしょうけど、ナナシはあなたの子供にはもったいないくらいいい子なの。あなたが殺そうとした子は、エミルドさんによく似てるのよ。真っ直ぐで、誰にでも優しくて、育てのご両親に愛されてた。たとえ魔魂の影響を受けたって、あの子なら真っ当に生きられる。邪魔しないであげて!」
「黙るの、薄気味悪いガキ!」

 紫色の服の裾が、ふわりと翻る。悪魔女は再び身体を宙に浮かべた。
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