王子発掘プロジェクト

urada shuro

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第9章

ラブ イズ オール(6)

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 それでもどうにか、シロクさんの姿を見ることはできた。シロクさんはレオッカのすぐ側で、地に臥している。

 シロクさんまで、あんな姿に……

 滲むあたしの視界で、何かが動く。それは、むくりと起き上がったシロクさんだった。悪魔女の全身が、小さく跳ねる。亡霊のように白い顔で、大きく舌を鳴らした。

「坊やはしつこいの……!」

 生きていてくれてよかった……でも、もう戦える身体ではないのはあたしにも分かる。
 ぬるく柔らかな風が吹き、傍らのミッチェハップの葉が一枚、落ちた。風が傷に触ったのか、シロクさんは身を屈めて息を吐く。起立して剣を構えただけで、よろめいている。
 
 それでも……

「……我が一家には、ライドに平和をもたらすために尽力すべし、という掟がある。おれは一家の誇りを、歴史を守り通す……!」

 それでも、彼の口調ははっきりしていた。気持ちは惑ってはいなかった。引きずるような足取りで、真っ直ぐに悪魔女のもとに向かう。

 あたしは込み上げる涙をのみ込んだ。
 シロクさんは諦めてはいない。あたしも、なにかしなきゃ。可能性を、探さないと……! 肘に体重をかけ、身体を起こそうにも、支えきれずにそれができない。
 歯を食いしばり、もう一度試みる。
 
 だが、時間は待ってはくれない。

 そうこうしている間に、悪魔女がシロクさんに攻撃を仕掛けていた。右手の指をそろえ、三角形に空を斬る。辺の一つ一つが瞬き、三つの鋭利な角を持つ光のプレートへと形を変えた。悪魔女の合図で、プレートは回転しながらシロクさんに襲い掛かる。
 シロクさんはそれを盾で受け止め、跳ね返したものの、衝撃で後ろに身体が大きく傾いた。転倒をなんとか持ちこたえ、またひとつ息を吐く。

 悪魔女は薄い唇に冷笑を浮かべ、じりじりとシロクさんに近付いた。

「坊や……あのときは申し訳なかったの……片方だけじゃ、バランスが悪いの。おわびに、きれいに揃えてあげるの……!」

 魔女の腕がもう一度三角形を描きはじめた。しかし、線が結ばれる前にシロクさんが斬りかかる。間一髪で、悪魔女がバリアを張った。弾かれたシロクさんの身体が、半歩、後退する。すかさず、悪魔女がシロクさんの顔面を目がけて、光線を撃つ。盾が間に合わず、のけ反ったシロクさんの脚を目がけ、悪魔女はナイフに変えた腕を斜めにふり上げた。

 ――ざんっ…………!
 
 目の前の光景に、あたしは息をのんだ。

 シロクさんの片脚――腿の中間あたりから下の部分が切断され、宙を高く舞ったのだ。

 それに向かって、悪魔女は再び腕をふり上げた。ナイフだった腕は元に戻り、五本の指の先に光が宿っている。光はそれぞれ指から抜け出し、空を駆けた。飛ばされたシロクさんの脚に飛び込み、切り刻み、パン、と高い音を奏でて散らせる。

「また血の海で泣き叫ぶがいいの!」

 悪魔女が笑う。
 そして、飛び散ったのは血液の「赤」――ではなく。
 煌めく「白銀」だった。レンガ銀の破片は四方八方に飛び、そのひとつはエミルドさんの檻の位置まで高く届いた。

「……右脚は二度目だ」

 シロクさんは一滴の惑いも含まない瞳で、悪魔女を見据えた。片足で悠然と立ち、剣を構える。失われた右脚の切り口からは、残された銀色がちらりと覗く。

 シロクさんの生身の脚は左側だ。どうやら悪魔女は間違えたらしい。
 記憶とは、なんと曖昧な物か。被害者は忘れなくても、加害者は覚えていないというのはよく聞く話だけれど。

 汗まみれの顔を真っ赤にして、悪魔女が目を剥く。

 シロクさんの左脚を狙い、いくつも、いくつも、いくつも、いくつも連続して光る弾を撃つ。シロクさんは盾で防ぎ続けたものの、やはり分は悪く、やがてバランスを崩した。そこにひと際大きな弾を撃ち込まれ、吹き飛ばされる。呻きすら吐かず、あたしの左側、体一つ分向こうにシロクさんの身は投げ出された。

 裏庭に、エミルドさんの声が通る。

「ガルド……! きみにとって、オレは何なんだ? こうまでして手に入れて、そこに何の意味がある? 今のきみは、オレに怒りと悲しみを与えるだけだ。愛など感じられない!」

 悪魔女はふう、ふう、と喉を鳴らしながら、視線を上げる。

「愛なの……ガルドなりの、愛……」

 低く、しゃがれた声を聞きながら、ようやくあたしは体勢を変えられた。起き上がることはできないけれど、反転できのだ。
 地を這ったまま、腕だけで前に進む。身体が地面を擦って、ざっ……と音がした。
 悪魔女がこちらをふり返り、身構える。しばらく黙ってあたしの様子を窺ったあと、遠目から訝しげに見下された。

「……マトリ・シュマイルズ……お前は何してるの? 何で魔法を使わないの……?」

 あたしは何も答えなかった。肘が、骨が、悲鳴を上げ、答えるどころではない。

「マトリ、もういい! 逃げられるなら一旦退くんだ! 今は魔力を自分の為だけに使え!」

 エミルドさんがあたしのために叫んでいる。情けなくて、怖くて、身体が小刻みにふるえた。

 ダメです、エミルドさん……あたしはもう、もう魔力がないんです……!

 悪魔女はほんの一瞬だけエミルドさんを見上げた後、こちらに近付いてきた。
 あたしへの、悪魔女へのエミルドさんの声は、ずっと続いている。悪魔女は構わず歩を進め、あたしの頭上で立ち止った。腰を折り、顔を近付けてきて、

「もしかして……もう魔法は使えない、の……?」

 笑っている。口の端を上げるのではなく、心底嬉しそうな、大きな笑顔だ。

 声を出して笑いながら、あたしを蹴飛ばし、仰向けにして馬乗りになった。腹部が強く圧迫され、吐きそうになる。ぱしん、と頬を殴られた。口の中に、血の味が広がる。

「ほんとに気色の悪いガキなの! お前なんて、魔魂の材料に変えてやるほどの価値もないの。消してやろうと思ったけど、この手で苦しみを味わわせながら殺してあげるの」

 エミルドさんが「キャンディを出してあげちゃう魔法」と名付けた術で、悪魔女はナイフを出現させた。幅の大きな、銀色に輝く鋭いナイフだ。それが、右手に握られる。

 もうどうしようもない。

 エミルドさんの声も、この魔女には届かない。



「ばーか、ばーか。マトリのばーか。にんげんに、まほうなんてつかえないんだぞ」
「そんなほんよんだって、まほうつかいにはなれないよ。ばーか」



 幼い頃、近所の男の子に言われた言葉が浮かんでくる。

 ……なれたよ。魔法使いにはなれた。

 でも、もうあたしに魔法は使えない。

 自分の身体を、魂を犠牲にして悪魔女を封印したエミルドさんに倣うことはできない。
 あたしは所詮、平凡な人間。なんのポテンシャルもない。

 どんな可能性も、持っていると信じたかったけど……

「――まずは、その口から突き刺してやるの……!」

 悪魔女がふり上げたナイフが斜光を反射し、瞬く。
 眩い絶望に、あたしは目を閉じた。
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