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第一章
大丈夫ではありません(1)
しおりを挟むよかった。
心底、ほっとした。
昔付き合ってた彼女から、「ごめんね、遅れてただけだったみたい」とちゃんと女の子の日がきたことを報告された時と同じくらいほっとしたよぉ!
……なんて、調子のいいことを考えられるのは、脳のMRI検査の結果に異常がなかったからに他ならない。
ついさっき、神経内科の医師から検査結果を聞くまでは、生きた心地がしなかったんだ。
本当に、ほんっとによかった。
――けど。
じゃあ、原因は一体なんなんだ? この数か月間、ありとあらゆる検査を受けた。結果は全て「異常なし」。
どうなってんだよ、この身体は。オレ、まだ二十一歳なんだけど……
「……あ。やべ」
オレははっとして立ち止った。
母親に迎えを頼む電話をかけ忘れていたことに気が付いのだ。診察が終わったら電話をする、と約束していたのにも関わらず、会計を済ませて考え事をしているうちにうっかり病院の外に出てきてしまった。しかも、すでに出入り口から少し離れた駐車場の前まで辿り着いている。
今日は五月にしては気温が高い。ここで電話をかけ、そのあと病院の中に戻ってエントランスのソファで待つのが得策だろう。
踵を返すと、先程診察を受けた市民病院が目の前にそびえ立っていた。数年前建て替えられたばかりの、茶色を基調とした大きくてきれいな建物だ。はじめて来た時には、医療モノのドラマにでも出てきそうな格好のいい外観だなと思った。
中央のあの自動ドアから、裾の長い白衣をなびかせた女医さんが颯爽と現れる。そんな偶然でもあれば、ちょっとは気も紛れるのになぁ、なんて妄想しながら、バッグの中を探る。
おーい。どこだ、スマホ……スマホスマホ出ておいでスマホちゃーん?
「……え?」
嫌な汗が、額からどっと噴き出す。
ない。オレのスマホが、オレの色んな情報の詰まったスマホが、オレの「人としての恥部」が詰まったスマホがない!
落とした? ウソだろ、まだ半年以上ローン残ってんのにっ……
改めてバッグの中を確認しようと、焦って首を傾けたその時だ。
くらり、と頭が、身体が揺れた。
両肩、さらに背中に重みを感じ、寒気ともふるえともとれないものが湧き出てくる。倦怠感、のひとことで言い表すにはあまりに複雑な、気持ちの悪い感覚だ。
傍らの駐車場を囲むフェンスにもたれ掛かって肩で息をする。
……まじかよ、またコレだ。ちょっとホントに勘弁して。今、外で、独りなのに。
とにかく、どっか座れる場所に行って休まないと。横になれたら一番いいんだけど……
「……大丈夫ですか?」
左耳が聞き取ったのは、音域は高めなものの、落ち着いた声だった。
ゆっくりと、どうにか声の方へと視線を向ける。そこには、白衣姿の女性が立っていた。
看護師さんだ。
「お名前は?」
「ふ……風音寺……開人、です……」
見えているが、朦朧としている。
聞こえているが、朦朧としている。
答えられるが、朦朧としている。
オレは女性が好きだ。女性に声をかけられれば嬉しいし、心配なんてしてくれたらそれだけ好感を持ってしまう。その優しさを余すところなく受け止め、「ありがとう、君がいれば大丈夫だよ」と微笑みたい。
オレは、そんなやつだったはずだ。
生まれてこの方、こんなバカみたいなことばかり考えて、気楽に生きてきた自負がある。
それなのに最近、そんな自分を見失う時があるんだ。
それが、今である。
ふらつき及び気持ちの悪いだるさに身体が見舞われた際、オレはオレの中のあらゆるセンサーを鈍らせる。
この体調不良が恐ろしいのは、身体が辛いのはもちろんのこと、それにひっぱられて気力を失ってしまうところだ。積極的に何かをしよう、周りに気を配ろう、笑わせようなんてことは考えられず、注意力も散漫になってしまう。「身体がおかしい」「だるい」「やばい」という感覚がオレの中心となり、無意識に、自分をとことん労わることに徹しようとするのだ。
「しばらく……休めば、大丈夫なんですけど……」
かろうじて、そう答える。しかし、オレの痩せ我慢もそこまでだった。微笑みはおろか、お礼を述べることすら頭から消えていく。
看護師さんはオレの脇から背中に腕を回し、身体を支えてくれた。
フローラル系のいい香りと共に、オレの身体の側面に柔らかな弾力が伝わる。彼女の豊かな胸が思い切り当たっているらしいことは認識できたが、悔しいことにオレの心も身体も何の反応もできなかった。
「歩行は可能ですか?」
「……あ、あんまり……」
「そうですか。では、こちらへ」
さすが看護師、と言うべきか。
見知らぬ体調不良者に出くわしたにも関わらず、口調も態度も冷静だ。彼女はオレを支えたままフェンスに囲まれた駐車場へと入ると、たった数歩進んだ先に停められているセダンタイプの黒い車の前で歩みを止めた。
すぐさまオレの背中に回しているのとは逆の手でポケットからカギを取り出し、車のロックを外す。そして素早く、後部座席のドアを開いた。
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