毒と薬の相殺堂

urada shuro

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第一章

大丈夫ではありません(4)

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 あれだけ辛かった身体の不調は、休息のおかげで時間と共に改善したらしい。今あるのは、わずかな倦怠感のみだ。それに伴い、頭の回転も通常の感覚が戻って来た。

 今一度、目の前の景色を見て息をのむ。背中に、冷たいものが走る。

 ていうか――――……あれ? ここ、どこだ……?!

 冷静に考えれば、この雑然とした部屋が病院なわけがない。
 外で見た景色が、脳裏に甦る。ぼんやりと覚えているのは、病院でも民家でもなく、「町工場」のような雰囲気の二階建ての建物だ。今オレがいるのが、その内部ということになる。

 そいうえば、オレは看護師さんの口からここへ来た目的をちゃんと聞いてない。自分で勝手に、病院に行くものだと思っていただけだ。

 な……なにこれ。考えれば考えるほど、すげー怖い。オレ、ここにいて大丈夫……?!

「ふむ……ふむふむ、なるほど……」

 おじさまはうなずきながらオレのお薬手帳を見ている。その隣には、看護師さんがいる。
 やだやだ、髭のオッサンと美女のコンビなんて「悪役」が似合いすぎて笑えない。
 だいたい、この人たちって本当に医療関係者? 白衣着てるからそう思い込んでたけど、医者や看護師のコスプレ衣装なんて、今時ネットでも手軽に買えるじゃん。

 つーか……もしかしてオレ、誘拐された…………とか?!

 ぃやでも、オレもう成人した男だよ? 謎の体調不良のせいで現在無職よ? 貯金も特技も大志もない。クレジットカードも持ってないし実家だって一般家庭。殺されなきゃいけないような悪い事をした覚えも……ない。と思う。
 
 だって、殺人も窃盗も談合も不倫も未経験。他人を傷つけることなんて、しないほうがいいでしょ? だから、避妊だって怠ったことはないんだ。十九歳の時に当時の彼女から「できちゃったかも」なんて言われたこともあったけど、あれも彼女の勘違いだったんだ。バイオリズムだかなんだかの関係で、周期的なものが遅れてただけなんだ。オレ、彼女の身体は大切にするから!! ……ま、そんな意気込んだところで、今現在守るべき彼女もいないんだけども。

 とにかく、二十一年間、品行方正、真面目に生きてきました! とは、言わないし言えない。
 でも、そんなに悪いこともしていないはずですよ……?!

 これはピンチか? さすがに、「大丈夫」なんて言ってられないくらいヤバイんじゃ……。

「おい、風音寺開人とやら。もう落ち着いたか?」
「はっ、はい……?!」

 髭のオッサンに鋭い視線を向けられ、背筋がピンと伸びる。

「いくつか聞きたいことある。おまえ、今日はなんで病院に行ったんだ?」

 えっ……あれ? そんなこと聞くなんて、やっぱりこの人、医者なの……?
 
 殺人犯なら、今から殺すやつの健康状態なんて聞かないよな。てことは誘拐犯の方? オレの家族から身代金を取る前に死なれたら困るから、確認したいとか……

 ……だめだ。ひとりで考えたところで、埒が明かない。
 オレは勇気をふり絞り、とりあえず彼らの目的を聞いてみようと決心した。

「そ、その前に……ひとつお聞きしたいことが……」
「いいから、先に俺の質問に答えろ。今日、おまえが病院へ行くことになったきっかけ、これまでの診察結果等、すべてまとめて話せ!」

 に、睨むなよ怖いからぁ! 状況くらい教えてよ。オレが何したっていうの?!
 心で反抗しながら、オレはこれまでの経緯を話した。抵抗して、殺されても嫌だから。

 遡ること、今から約一か月前。
 
 家で昼食をとっていたオレは、突然頭がふらっとして、肩及び背中が重いというか、だるいというか、ハンパなくしんどくなった。しばらく休んだら治ったものの、次の日の就寝前、また同じ症状に襲われる。その症状は、前日と同じように、しばらく休むとまた治った。
 それから連日、同じように急な激しい体調不良に襲われては、治る……ということを繰り返し、さすがに変だと思ったオレは、近所の内科のあるクリニックを受診したのだ。
 いくつかの検査を受けたものの、結局異常は見つからず、原因がわからない。
 そこで、今度は脳神経内科のある市民病院で頭部のMRI検査を受けることになった。症状に、ふらつきを伴っていたためだ。しかし、MRIの結果も異状なし。
 その結果が出たのが、ちょうど今日、さっきというわけだ。
 しかし今でも症状は治らず、オレは今、途方に暮れている。
 
 以上です。

「ふむ……で、薬は? なんか、飲んでた薬はあんのか? 処方薬、市販薬含めて」
「薬……は、飲んでないです」
「今おまえのお薬手帳を見たんだが……おまえ、整形外科にも通ってたのか?」

 ……なに? なんなの、めっちゃ聞いてくるじゃんこのオッサン。そんな個人情報入手して意味あんの? 狼狽えて黙っていると、「さっさと答えろ!」と怒鳴られた。

「はっ、はい! せ、整形外科、行ってました。ちょっと前……一か月くらい前まで」
「そこでは薬を出されてたみたいだな。錠剤と、それに、貼り薬」
「そう……ですね。薬、飲んでました」
「今は飲んでねえのか?」
「はい……だって、整形外科に通ってたのは、オレがこんな風に体調悪くなる前で……」
「じゃあ、整形でもらってた薬は、一か月前まで飲んでたってことだな?」
「は、はい……たぶん、そのくらい……」

 髭のオッサンは、ごつごつと骨ばった指で顎の髭を触りながら目を細めてうなずいている。

 な、なんなんだよ、その訳知り顔は。まさか、今の話を聞いて、オレの体調不良の原因が判明したとでも言うつもり? この人名医? んなバカな。病院で検査してもわかんなかったのに、話聞いただけでわかるわけないだろ。ないないないない。

 ……でも…………まあ……わかったらいいのに、とは思うけど……

 オレはうつむいて、小さく溜め息を吐いた。
 ほんとに、なんでオレこんな身体になっちゃったんだろ。
 原因不明なんて、どうしろっていうんだよ。バイトも辞めたし、貯金もないし、なにより辛いのはいつどこで襲ってくるかわからない体調不良、そしてそれに怯える日々だ。

 自分がこんなに打たれ弱い人間だったなんて知らなかったしさ。
 これまで、のん気で調子がいいのが自分だと思ってたのに、それが所詮、健康の上に成り立っていたものだったんだって最近つくづく思い知ってるんだ。
 こうなって以来、友人知人と出かけてもないし、アダルトな動画を鑑賞する回数も減った。そっち系の動画を見ても、お楽しみの最中にふと「もし、このまま治らなかったら……」なんて不安が浮かんでくるようになってんだから重症だろーよ。
 
 小さく、ベッドが軋んだ。気が付けば、看護師風美女がオレの横に腰掛けている。

「……風音寺さん」

 じっとこちらを見つめる眼差しは、訴えかけるような熱を持ったものだった。

「我々は、あなたを助けることができます」

 色づいた唇が、思いがけない言葉をつむぐ。オレは息をのんだ。

「……あなたたち、一体誰なんですか……? なんで、オレをここに……」

 無意識だった。導かれるように、すがるように言葉が出た。
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