毒と薬の相殺堂

urada shuro

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第一章

大丈夫ではありません(3)

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 あっという間に建物の中に入り、連れられてきたのは短い廊下の突き当りの部屋だった。隅にあるベッドに、オレはおじさまの手で優しく寝かされる。

 幅に余裕のあるベッド。柔らかい枕。それだけで涙が出そう。車の後部座席もありがたかったけれど、あれには「車酔い」の落とし穴があった。でも、ここならその心配もない。
 現在、オレにとっての最優先事項は、自分の体調を回復させることだ。少しでも早く楽になろうと大きな呼吸をはじめる。

「――で、弓江木。さっきの続きだが……どういうことか説明しろ」
「はい。わたしは先ほどまで、市民病院に出向いていました」
「市民病院……? なんだおまえ、どっか悪いのか?」
「いえ。病院ならば、我々が求めている人材と巡り合える確率が高いかと」
「はあ~? ま、確率から言えば確かにそうなのかもしんねーけど……だからって、どうやって該当者を探すんだよ。ひとりひとりアンケートでも取るつもりか?」
「はい」
「『はい』?! 『はい』だと?! ほんっとに、おまえってやつは……」

 騒がしいBGMのようなおじさまと看護師さんの会話を聞き流しているうちに、胸のあたりがすっきりしてきた。呼吸法が良かったのかどうかはわからないけれど、車酔いは案外早く収まってくれたようだ。吐き気ももうない。

 残るは、もともとの体調不良だ。気付けば、そっちのほうも、多少はましになってきている。酔ったせいでわからなくなっていたけれど、肩の重みも和らぎ、恐怖すら感じるだるさも減っていた。
 これでようやく、精神的にも肉体的にも多少の余裕ができる。目をはっきりと開き、寝たまま部屋を確認してみた。

 頭上にはちょっと汚れた白い天井。オレから見て正面の壁は一面が棚になっていて、その中には本やら瓶やらごちゃごちゃと物が詰め込まれている。
 続いて右を向く。壁にはドアがあった。が、ドア以外はここも一面が棚だ。その前には机も見える。机の横では、看護師さんとおじさまの二人が立ったまま向かい合っていた。

 改めて見て気が付いたけれど、おじさまは白衣を着ている。もちろん、看護師さんとお揃いのワンピースタイプではなく、よくドラマで医者が来ている羽織るタイプのアレだ。

 つまり、おじさまはお医者様だったってこと?

 言われてみれば、身なりも小奇麗だしな……それに、切れ長の目と顎鬚がちょっと怖くも見えるものの、背が高くてすらりとした体型で、男のオレから見てもいい雰囲気だ。
 見るからにとっくに「オッサン」なんだけど、三十代と言われればそう見えて、四十過ぎと言われても頷ける。とにかく一つ言えるのは、世のオッサンにありがちな「諦め感」や「緩み感」などは、彼はまるで持っていないということだ。

 オレからの熱視線に気づきもせず、二人は話を続けている。

「はじめはそのつもりで出向いたのですが……しかしながら、病院に到着して草々、その必要はなくなりました」
「なんでだ」
「目の前を通りかかった彼が病院へと入る際、通信機器を落とした瞬間に偶然出くわしまして」

 看護師さんは、手のひらサイズの薄くて四角い物をおじさまに見せた。
 予期せぬ言葉に、オレの身体が僅かに跳ねる。
 目を見開き、よくよく彼女の手元に注目すると――そこには紛れもなく、オレが毎日生活を共にしてきた愛おしい存在の姿があった。

「あ、あの、それっ……」

 動揺し、身体を起こしたオレに、看護師さんが近付いてくる。

 オレはわが目を疑った。
 迫ってくる彼女の姿が、なんというか、美しかったからだ。
 はっきりした目鼻立ちの、正統派美人。正確に言えば、美人と可愛いの間。年齢はオレと同世代だろう。濃いめの茶色の髪を、後頭部の高い位置でまとめている。いわゆる、おだんご? オレの、好きなやつだ。

 これまでお世話になっていた人が、まさか、こんな見目麗しい女性だったとは。
 なんでオレ、さっき彼女を差し置いておじさまに気を取られてたんだろ。頭のセンサーが鈍るというのは、やっぱり恐ろしい。

「お返し致します」

 美しき看護師から手渡されたのは、失くしたと思っていたオレのスマホだった。
 よかったぁ! 会いたかったよ、スマホちゃん……! 拾ったって言ってたし、やっぱり病院で落としてたんだなあ。

 お礼を言おう、と思ったけれど、看護師さんはすでにおじさまのもとへ戻って再び会話をはじめていた。

「彼の通信機器に残された検索履歴を調べたのですが……『原因不明 倦怠感』『原因不明 だるさ』等、興味深いものがいくつもありました」

 オレの目が丸くなる。
 は……? ちょ……ちょっと待った。オレのスマホの検索履歴を調べた……?

 なんで? なにゆえ? 持ち主調べるにしても、検索履歴見てどーすんの? 最近はいかがわしいワードは調べてないはずだけど、他人に見られるのってなんか恥ずかしい。
 それに、そもそも落としたところを見てたなら、なんですぐ返してくれなかったんだ……?

「……おい。まさかそれだけで、あいつを連れてきたんじゃないだろうな?」
「いいえ、それだけではありません。これは、彼の市民病院の領収書と、お薬手帳です」

 看護師さんは手に持っていたオレのバッグの中から、言った通りのものを取り出す。
 おいおい、いくら美女でも他人の持ち物を勝手に……で、今度は領収書にお薬手帳?
 なにか、診断に必要なのか? ここなら、なにかわかるんだろうか。オレを、助けてくれるの? 看護師さんが連れて来てくれた、この病院なら――……

 オレの思考は、そこで一旦停止した。
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