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第二章
実家で攻防(4)
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「……風音寺さん。もしや、体調が悪いのではありませんか? 休んで下さい」
休めるわけがないだろ。今寝たりしたら、逃げたのと同じだ。
なんとか開いた目を保ち、敵の姿を捕らえる。
サイボーグは居間にある座布団を集めはじめた。それをマットレスのように、一列に並べる。そしてオレに再び近付き、顔を覗き込んできた。
「休んで下さい」
うるせえよ。いいから、帰れ。もう出て行ってくれ。
抵抗できるのは、頭の中限定だ。もはや身体は、無力だった。背中に手を添えられただけで、オレはあっけなく体勢を崩した。膝をつき、突っ伏しそうになる。そこを抱きとめられ、投げるように引っくり返されると、並んだ座布団の上に仰向けで押し倒された。
横になるとだるさが増し、床の中に引きずり込まれそうな不快感が上半身に渦巻く。
「……休んで下さい」
釘を刺すように、サイボーグがぐっとオレの両肩を座布団に押し付ける。そのあと、ふっと、手が離れた。オレはとっさに、彼女の手首を右手で掴む。細い手首だ。
「……どうされましたか?」
驚きもせず、サイボーグがこちらを見下ろす。
オレは何も答えなかった。ただ「この手だけは放してはいけない」と意識を集中させる。この家の中で、彼女を自由にさせるわけにはいかないんだ。
握った白くか細い腕をじっと見る。身体のだるさにのみ込まれないように、無理やりに、別の事を考えてみようと試みる。
母さんは今ごろ、仕事中だろうな。レジでお客さんと話でもしてるんだろうか。父さんも仕事。妹と弟は学校だ。高校か、いいな。楽しくやってるかな。オレの高校時代は、楽しかったぞ。
……棟方園は……本当に今、どうしているんだろう。
高校卒業以来、彼女とは会ってない。
高一のときに同じクラスになって、夏休み前に付き合いはじめてからは、暇さえあればくっついていた。明るくて朗らかな彼女が、とにかくオレは大好きだったんだ。
友人から「二年も付き合ったら飽きるだろ」と言われたこともあったけど、全然そんなことはなかったよ。楽しくて楽しくて、笑い合った記憶ばかりが今も残っている。
それが一生続くような気がしてたのに……高三の夏、オレたちははじめてケンカらしいケンカをしたんだよな。
原因は、彼女がオレには内緒で、キャバクラでバイトをしていたことが発覚したことだった。
オレはどうしようもないほどショックを受け、「高校生なのに、そんなところで働いていいと思ってんの?」という、似合いもしない真面目ぶった言葉をふりかざして彼女を責めた。
夢があって留学したいけど、うちにはそんな余裕がないから、自分で働いてお金を貯めたい。
それが彼女の言い訳だった。オレは彼女の夢も家庭の事情も、全く知らなかった。今度は「なんでそんな大事なことをオレに相談してくれなかったの」と問い詰めた。
「開人くんとは、楽しいことだけしてたかったから」
彼女は目に涙をいっぱいに溜めてそう言った。
なんで? なんでも話せるのが恋人じゃないの? オレを信じられなかったの?
不信感もあったし、腹も立った。でもとりあえずキャバクラをやめてくたら、オレは許すつもりでいたのに……なのに、彼女は「やめない」と譲らなかった。
それから何度話し合っても平行線で、結局オレたちは別れてしまったのだ。
まあ、そのうち考え直してくれるだろ。そう思って待っていたオレは、のん気に構えすぎていたのかもしれない。その間にも彼女は、徐々に覚悟を決めていたのだろう。
高校生のオレには、彼女の気持ちを理解できなかったけど……今なら分かる気がする。
相手が大事な人であればあるほど、心配なんてさせたくないんだ。落ち込んだ自分も見せたくない。そして、嫌われたくない――そういうのも愛なんだよな。
お互いもう二十一歳になったけど、彼女の夢は叶ったのかな。
オレよりも優しい、いい男に出会えただろうか。
散々オレと愛しあったあの小さな身体で、今は誰とセックスしてるんだろう。
今のオレを見たら、どう思うかな……
「……お水でもお持ちしましょうか」
サイボーグの声で、現実に引き戻される。オレは小さく、頭を横にふった。
「頭部を冷やす冷却材などは必要ですか?」
しつこいな。オレから離れる口実がほしいのか。なにか、行動を起こそうとしてんのか?
阻止したいけれど、オレの身体の調子はまだ戻らない。だるいし、しんどいし、立ち上がりたくもない。
情けないよ。こんな細い女の子の腕を、握っているのが精いっぱいなんて――
突然、身体がふるえる。体調が変化したわけではない。身ぶるいだ。
――そうか、相手は女の子なんだ。
基本的に自称フェミニストなオレには、すぐに思いつかなかったけれど。オレは「戦法」を持ってるじゃないか。一番手っ取り早く、女性の戦意を喪失させる戦法を……!
「……マルカさん」
「はい」
「……オレの部屋の、ベッドの横の棚に……スニーカーが置いてあって……高校の時に買ったやつなんですけど……なんか今、プレミアが付いて……十万以上するらしいです」
「……それがどうしたのですか」
「それだけ、持って……帰ってもらえませんか……?」
「お断りします」
「どう……しても……?」
「はい」
「……どう、しても?」
「お断りします」
冷静に突っぱねられる。姿勢もきっちり伸びたまま、微動だにしない。
オレは彼女の腕を掴む指を緩めた。すると、力んでいた彼女の腕からも、若干力が抜ける。
――今だ。
放しかけた腕を強く握り直し、強引に自分の方へと引きよせる。やはり一瞬油断していたのか、彼女はオレの上に倒れるように転んだ。
空いた手を彼女の背中に回し、どうにか身体を反転させる。オレは完全に彼女に覆いかぶさった。通常、彼氏以外は触れてはならない女性特有の膨らみが、オレの身体に密着する。性衝動をもよおせる体調ではないけれど、ここまでくっつくと、さすがにどきりとした。
休めるわけがないだろ。今寝たりしたら、逃げたのと同じだ。
なんとか開いた目を保ち、敵の姿を捕らえる。
サイボーグは居間にある座布団を集めはじめた。それをマットレスのように、一列に並べる。そしてオレに再び近付き、顔を覗き込んできた。
「休んで下さい」
うるせえよ。いいから、帰れ。もう出て行ってくれ。
抵抗できるのは、頭の中限定だ。もはや身体は、無力だった。背中に手を添えられただけで、オレはあっけなく体勢を崩した。膝をつき、突っ伏しそうになる。そこを抱きとめられ、投げるように引っくり返されると、並んだ座布団の上に仰向けで押し倒された。
横になるとだるさが増し、床の中に引きずり込まれそうな不快感が上半身に渦巻く。
「……休んで下さい」
釘を刺すように、サイボーグがぐっとオレの両肩を座布団に押し付ける。そのあと、ふっと、手が離れた。オレはとっさに、彼女の手首を右手で掴む。細い手首だ。
「……どうされましたか?」
驚きもせず、サイボーグがこちらを見下ろす。
オレは何も答えなかった。ただ「この手だけは放してはいけない」と意識を集中させる。この家の中で、彼女を自由にさせるわけにはいかないんだ。
握った白くか細い腕をじっと見る。身体のだるさにのみ込まれないように、無理やりに、別の事を考えてみようと試みる。
母さんは今ごろ、仕事中だろうな。レジでお客さんと話でもしてるんだろうか。父さんも仕事。妹と弟は学校だ。高校か、いいな。楽しくやってるかな。オレの高校時代は、楽しかったぞ。
……棟方園は……本当に今、どうしているんだろう。
高校卒業以来、彼女とは会ってない。
高一のときに同じクラスになって、夏休み前に付き合いはじめてからは、暇さえあればくっついていた。明るくて朗らかな彼女が、とにかくオレは大好きだったんだ。
友人から「二年も付き合ったら飽きるだろ」と言われたこともあったけど、全然そんなことはなかったよ。楽しくて楽しくて、笑い合った記憶ばかりが今も残っている。
それが一生続くような気がしてたのに……高三の夏、オレたちははじめてケンカらしいケンカをしたんだよな。
原因は、彼女がオレには内緒で、キャバクラでバイトをしていたことが発覚したことだった。
オレはどうしようもないほどショックを受け、「高校生なのに、そんなところで働いていいと思ってんの?」という、似合いもしない真面目ぶった言葉をふりかざして彼女を責めた。
夢があって留学したいけど、うちにはそんな余裕がないから、自分で働いてお金を貯めたい。
それが彼女の言い訳だった。オレは彼女の夢も家庭の事情も、全く知らなかった。今度は「なんでそんな大事なことをオレに相談してくれなかったの」と問い詰めた。
「開人くんとは、楽しいことだけしてたかったから」
彼女は目に涙をいっぱいに溜めてそう言った。
なんで? なんでも話せるのが恋人じゃないの? オレを信じられなかったの?
不信感もあったし、腹も立った。でもとりあえずキャバクラをやめてくたら、オレは許すつもりでいたのに……なのに、彼女は「やめない」と譲らなかった。
それから何度話し合っても平行線で、結局オレたちは別れてしまったのだ。
まあ、そのうち考え直してくれるだろ。そう思って待っていたオレは、のん気に構えすぎていたのかもしれない。その間にも彼女は、徐々に覚悟を決めていたのだろう。
高校生のオレには、彼女の気持ちを理解できなかったけど……今なら分かる気がする。
相手が大事な人であればあるほど、心配なんてさせたくないんだ。落ち込んだ自分も見せたくない。そして、嫌われたくない――そういうのも愛なんだよな。
お互いもう二十一歳になったけど、彼女の夢は叶ったのかな。
オレよりも優しい、いい男に出会えただろうか。
散々オレと愛しあったあの小さな身体で、今は誰とセックスしてるんだろう。
今のオレを見たら、どう思うかな……
「……お水でもお持ちしましょうか」
サイボーグの声で、現実に引き戻される。オレは小さく、頭を横にふった。
「頭部を冷やす冷却材などは必要ですか?」
しつこいな。オレから離れる口実がほしいのか。なにか、行動を起こそうとしてんのか?
阻止したいけれど、オレの身体の調子はまだ戻らない。だるいし、しんどいし、立ち上がりたくもない。
情けないよ。こんな細い女の子の腕を、握っているのが精いっぱいなんて――
突然、身体がふるえる。体調が変化したわけではない。身ぶるいだ。
――そうか、相手は女の子なんだ。
基本的に自称フェミニストなオレには、すぐに思いつかなかったけれど。オレは「戦法」を持ってるじゃないか。一番手っ取り早く、女性の戦意を喪失させる戦法を……!
「……マルカさん」
「はい」
「……オレの部屋の、ベッドの横の棚に……スニーカーが置いてあって……高校の時に買ったやつなんですけど……なんか今、プレミアが付いて……十万以上するらしいです」
「……それがどうしたのですか」
「それだけ、持って……帰ってもらえませんか……?」
「お断りします」
「どう……しても……?」
「はい」
「……どう、しても?」
「お断りします」
冷静に突っぱねられる。姿勢もきっちり伸びたまま、微動だにしない。
オレは彼女の腕を掴む指を緩めた。すると、力んでいた彼女の腕からも、若干力が抜ける。
――今だ。
放しかけた腕を強く握り直し、強引に自分の方へと引きよせる。やはり一瞬油断していたのか、彼女はオレの上に倒れるように転んだ。
空いた手を彼女の背中に回し、どうにか身体を反転させる。オレは完全に彼女に覆いかぶさった。通常、彼氏以外は触れてはならない女性特有の膨らみが、オレの身体に密着する。性衝動をもよおせる体調ではないけれど、ここまでくっつくと、さすがにどきりとした。
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