毒と薬の相殺堂

urada shuro

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第二章

実家で攻防(3)

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 そして、その「明日」、つまり今日が訪れた。

 だ、大丈夫じゃねえじゃん……! 詐欺師が目の前に、しかも自宅内に現れたんですけど!

 結局、親には話しそびれたままだ。もちろん、口外禁止を守ったわけじゃない。言ったら言ったで心配かけるし、疲れてたし、疲れてたし……

 実家まで付きとめられるなんて、最悪の事態だろ。さっさと警察に言っておけば、こんなことにはならなかったのかな。今さら後悔しても、なにもかも遅いけど。

「……なんで、ここにっ……」
「先ほどチャイムを鳴らしたのですが、風音寺さんは出て下さいませんでした。しかしながら、ご自宅にいらっしゃることは把握しておりましたし、玄関の鍵が開いておりましたので、自己判断でお邪魔させていただきました」

 まじか。母さん、慌てて出てったから今日は鍵かけ忘れたんだな……というか、それ不法侵入じゃねえ……?! 

「どうして、家に……目的はなんですか……?!」
「もちろん、本日は風音寺さんに用があってうかがったまでです。昨日、風音寺さんが相殺堂を出たあと、このお宅に帰り着くまで追跡させていただきました」

 こ、怖ぇよ! なんだよその手口……!
 やっぱり、オレの作戦なんてお見通しだったということか。自宅を突きとめるための罠だったんだ。

 オレをパニックの谷底に突き落とすような恐ろしいことを口にしておいて、マルカさんは平然と手に持ったオムライスを見ている。
 
 台所に白衣。あまりに不釣り合いだ。今さらだけど、製薬会社の社員って、看護師さんと同じ白衣なんて着るのかな? もしや、本当にコスプレ? 病院を連想させる「白衣」を着ることで、病人に緊迫感を与えたいとか? その陰湿さに、秘めたる狂気を感じてしまう。

「ところで、これは風音寺さんの朝食でしょうか。食事は、まだですか? ハミガキは?」
「ハ、ハミガキは起きてすぐしましたけど、食事はまだ……それより、オレになんの用ですか」
「はい。風音寺さんには、新薬を使うにあたって必要となる検査を受けていただきます。昨日、受けずに帰られたので……改めて受けていただくため、うかがいました」

 検査、だって?

 また、怪しいワードが出てきたな。医療関係の言葉を出せば、信憑性が出せるとでも思ってんのかよ。オレの弱みにつけ込めるとでも思ってんのか。
 顎を引き、怒りを込めて彼女を睨む。

「……いえ、結構です。オレは、薬も検査も大丈夫です。もうお帰り下さい」
「お断りします。検査を受けていただくまで、わたしは絶対に帰りません」

 一切の迷いのない言葉に、オレは怯んだ。
 
 い、言い切りやがった。なんなんだ、その異様な図太さは。無表情で感情も読めないなんて、サイボーグかよ。昨日といい今日といい、なんでオレがこんな目に遭わなきゃいけないんだ?!

 ――だけど、昨日とは絶対的に違うところもある。

 ひとつは、ここがオレの家であること。包丁やハサミ、カッターの置き場所はだいたい分かる。家の構造もだ。
 そしてもうひとつは……これは、確認しなければわからないけれど――

「あの……ちなみに今日は、社長さんは……」
「社長は来ておりません。わたしの、単独行動です。社長はわたしがここに来ていることすら知らないでしょう」

 ――彼女が、独りだということ。一対一ならば、隙をついて逃げることもできるかもしれない。無論、実は社長も来てました~、とかいうオチがなければの話だけども。

 サイボーグは台所のテーブルにオムライスの皿を置いた。
 
 かたん。
 
 陶器と机の天板がぶつかる音が聞こえた途端、オレは反射的に駆け出した。体調を気にしていたら、対面している今回は逃げられない。オレの身体よ、どうにか外までもってくれ……! 祈りながら、台所と出て居間へと逃げ込む。当然、彼女は追ってきた。

 廊下に出るため、ふすまに手をかける。そこで、ふと重大なことに気がついた。
 オレは廊下に出るのをやめ、ふすまを背にする。追手と視線が交差した。彼女はオレからほんの一メートルあるかないかの距離で立ち止まり、サイボーグ面で仁王立ちになる。
 二人、向き合って静止した。
 
 今、オレがここから逃げれば彼女の思うつぼだ。彼女に家の中を好き放題漁る権利を与えてしまう。外へ逃げて警察を呼んだとしても、家の近所に交番はない。警官が到着する前に、通帳などの盗れる物を盗って逃走することも可能だろう。
 
 通帳に入っているのは、両親が働いて貯めたお金だ。妹も弟もまだ高校生。学費やら何やらで、この先お金が必要だろう。両親の老後だって、お金は必要に決まっている。
 
 それを犠牲にして、オレは逃げるのか。
 それ以上の価値が、オレにはあるんだろうか……

 ただでさえ、オレはこれまでなにかと親を悩ませてきた。学校の成績は芳しくはなかったし、中高生のころには染髪などの校則違反・無断欠席等々で何度か親が呼び出された。
 妹や弟に対しても、ロクな兄貴じゃなかったと思う。何年か前、妹が入っていると知らずに風呂場のドアを開けてぶん殴られたこともあるし、まだ小一だった弟が新しいサッカーボールを買うために貯めていた小遣いを勝手に借りて、泣かせたことだってあるからな。

 でも、そんなオレでもうちの家族は見捨てないでいてくれる。もちろん家族だから煩わしいこともいっぱいあるし、お互いさまという部分もあるんだろうけど……それを差し引いてでも、やっぱりオレは恵まれてると思うんだ。

 高校を出て以来、じいちゃんの経営するアパートに一人暮らしをしていたオレが、一か月前体調不良で実家に戻って来たときも、家族はいたって普通に受け入れてくれた。
 
 たぶん、「普通を装う」という気を、遣ってくれているんだろう。哀れむでもなく突き放すでもなく、必要なときにだけ助けてくれるのもありがたい。

 口に出したことなんてないけど……最近、身に染みて思うんだ。
 オレ、これ以上みんなに迷惑かけたくないよ……。

 心の嘆きも空しく、状況はより悪化した。この上なく悪いタイミングで、例の体調不良に襲われはじめたのだ。全身をまとっていた緩やかなだるさが、重く、激しくなっていく。

 なんだよ、よりによってこんなときにっ……!

 ふすまにもたれ掛かり、体重をあずける。呼吸を大きく、深くした。
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