毒と薬の相殺堂

urada shuro

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第二章

実家で攻防(2)

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「……お手洗い、貸していただけませんか?」
 
 オレの申し出に、社長は意外にもあっさり許可を出した。
 見張りをつけることもなく一人でトイレに行かせるなんて、もしかしてなにかの罠?
 そう怪しんだものの、このチャンスは絶対に逃せない。オレは作戦通り、トイレに行くふりをして建物からそっと逃げ出した。

 ごめんよ、オレのバッグと病院の領収書。あ、あと、お薬手帳。きみたちを置いていく羽目にはなったけど、それはこの際、仕方がない犠牲だ。ポケットに入れていた財布と、スマホを盗られなかっただけましだと、自分をなぐさよう。

 玄関を出ると、さっきオレが乗せられてきた黒い車が止まっていた。音を立てないように細心の注意を払い、花の咲いたプランターの並ぶ小さな庭を抜ける。どうやらここは住宅街の一角の様で、周りには古めかしい家がいくつか建っていた。

「走ると、もしかしたら体調を崩してしまうのでは」という不安を持つオレは、できるだけ早足で歩いた。どこに行ったらいいかもわからない、見知らぬ場所。それでも躊躇ってなんていられない。見つかったら、今度こそ何をされるかわからない。

 大丈夫、大丈夫。オレは助かる。心でそう唱えながら、自分を励ます。

 必死で、がむしゃらに進むと、やがて大通りに出た。そこで「寅猫橋とらねこばし」というバス停を見つけ、運よくいいタイミングで到着したバスで、オレは無事、市民病院へと戻ったのだった。

 病院で、ようやく母親に電話をかける。随分時間がかかったことを心配する母親に、オレは「診察終わって帰ろうとしたら友達から電話がきてさあ。つい長くなって、母さんに連絡すんの遅くなっちゃった。ごめん」と、とっさに誤魔化した。
 余計に心配をかけるようなことを、言い出せなかったのだ。
 
 幸い、その後再会した母親からは、オレがバッグを持っていないことに対してのツッコミを入れられることはなかった。電話が遅かったことを心配するあまり、「家を出るときと今、息子の服飾にどんな違いがあるか」までは気が回らなかったのかもしれない。

 母親の車で自宅に戻り、何事もなかったように遅い昼食を食べる。
それから自室でひとり、畳に寝転んで考えた。

 やっぱり、親には話すべきだよな。うまく逃げられたとはいえ、拉致されたのは事実だ。警察に相談するレベルの事件かもしれない。あの社長とかいう男、「口外禁止」って言ってたもんな。よっぽどヤバイことをしているに違いない。

 オレははっとして、スマホを取り出す。もしかして、他にも被害者がいるんじゃないのか? そうさいどう……って、どんな字だったっけ? これってそう読むの? って思うような漢字で、殺すって文字があったよな……ま、とりあえず、まずはひらがなでもいいか。

「そうさいどう」でウェブ検索をかけてみる。
 瞬時に、検索結果として「そうさい堂」という言葉がいくつかでてきた。薬のような画像もある。驚くべきことに、その薬は大手ショッピングサイトでも売られているらしい。
 
 商品のページにアクセスしてみる。説明文を読む限り、どうやら傷薬みたいだ。パッケージの画像を拡大し、「そうさい堂」なる会社の住所を確認する。そこに書かれていたのは、オレの住む県の、「寅猫橋」という住所だった。あのバス停と、同じだ。

 実在、するのか? あの製薬会社……?!

 会社名が漢字と平仮名で異なっているけれど、殺すって文字のイメージが悪いから途中で平仮名に変えたのかもしれない。社名の変更なんて、大企業でも有り得る話だ。

 胸の奥が騒ぎ出す。湧きあがるこれは、興味心? はたまた、恐怖? どっちもか。

 改めて、「そうさい堂」で検索をかける。
 会社のホームページらしきものはなかったものの、どこかの誰かが作った、さっきの傷薬を紹介するページがいくつか表示された。
 比較サイトでの傷薬の評価もいたって普通。レビューの数も少なくない。そして「詐欺」などというキーワードは、どこにも見当たらなかった。

 はっきりしたのは、「そうさい堂」という製薬会社が確かに存在するということだ。
 架空の会社をでっちあげていたわけではないらしい。
 製薬会社の人が、世間の知らないところで詐欺を働いている。そういうこと?

 そうさい堂が製造販売しているらしいあの傷薬、世間では結構使われてるっぽかったけど、あんなところであんな人たちが作っているなんて、みんな知ってて買ってんのかな……?

 ……どうしよ、早く警察に言うべき? いや、こういう情報はテレビ局とか新聞社? 
 それとも、ネットに書き込むとか……

 何かをしなくてはいけないという意識にかられ、気が焦る。でも、それは長くは続かなかった。
「……でも、なぁ……」
 ため息交じりでつぶやき、寝返りを打つ。

 オレは社長とマルカさんに顔も名前も知られている。下手なことをするのは、怖い。危険が伴う気がするのは確かだ。
 自宅の住所を知られているわけではない。置いてきたお薬手帳には自分の情報を記入する欄があったけれど、オレは面倒で書き込んではいなかった。
 スマホも見られた。でも、オレはスマホ自体には自分の住所なんて記憶させていない。まあ、通販サイトとかには住所が登録してあるけど、それを見るにもパスワードが必要だ。

 ……このまま、ほっとくのが一番いいんじゃ……。
 せっかく詐欺に遭うことなく逃げられたんだ。わざわざまた、首突っ込まなくてもいいんじゃないか? オレだって自分が大事だし。

 そう……だよな……? それで、大丈夫だよね?
 なにしろ、今日は疲れた。

 そうだ。また、明日考えればいいよ……
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