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第五章
投薬日記(5)
しおりを挟む午後七時すぎ。
期待は砕けた。
突然の強い倦怠感。食事後も付き添ってくれていたマルカさんが部屋のドアを開け、廊下に向かって「先生」と叫ぶ。君縞さんが駆けつけ、血圧や心電図をはかるが異常はない。
社長もやってきて、三人がベッドを囲み、オレの様子を見守っている。
オレには、これが薬による影響ではないだろうとわかっていた。まるっきり、例の、いつもの体調不良の症状だったからだ。
案の定、一時間ほど経ったころ症状は落ち着いた。君縞さんも、新薬とは関係のない症状だったと判断したようだ。消灯時間が迫っていたこともあり、社長以外は部屋を出ていった。
「これで焦るなよ。まだ、一回目だからな」
部屋の電気を消した直後、社長が念を押すようにオレに言った。
わかっている。だけど深夜、オレはトイレでひっそり泣いた。
日曜日。
朝の検査。検尿、血圧、その他数値に異常はなし。
しかし、気持ちは昨日の落ち込みを引きずっている。みんなの前ではそれを見せないよう、いたって普通にふる舞おうと心掛けよう。朝、目覚めたときそう決めた。
午前十時。
君縞さんが部屋に様子を見に来た。
「体調は悪くないけど、暇です」と言うオレに、「じゃあ、よかったらこの本どうぞ。わかりやすくて面白いと思いますよ」と一冊の本を渡してくれる。
本のタイトルは「毒と薬の今知るべき事実」だった。
君縞さんは、本の内容について生き生きと説明をはじめる。そこへ社長がやってきた。ベッドで横になるオレの横で、ふたりは毒の話で盛り上がっていく。
ある意味、地獄だ。なにが楽しいのか、聞いててさっぱりわからない。心の中で苦笑する。
(……ほら、やっぱりね。はじめに思った通り、君縞さんもちょっとおかしい人だっただろ)
この日も、例外なく気だるく、重いだるさも数時間にわたって起こった。しかし、それ以外の異常は特になにも見られずに、一日が終わった。
翌日、月曜日。オレは一旦家に帰った。
たった数日ぶりなのに、わが家がやたらと懐かしい。無駄に畳に寝転んだりして、慣れ親しんだ香りを、感触を噛みしめる。家族の声、母の手料理、柱の木目まで、すべてが愛おしい。
次に相殺堂に行くのは木曜だ。
その日まで、オレは表面上はいたって普通(のつもり)、内心は悶々として過ごした。
その間、体調不良に襲われる頻度も、その症状も、これまでと変わりはなかった。
がっかりした。不安になった。落ち込んだ。泣いた。
少しだけだったにしても、薬は入れたんだ。ちょっとくらい、よくなってくれてもいいのに。
まだこれからだとわかっているけど、少しくらい、前進した実感がほしいのに。
期間が開くことで、ふと心が挫けそうにもなる。しかし木曜までの数日間、マルカさんが毎日決まった時間に、体調確認の電話をくれた。君縞さんか社長から頼まれた義務なのかもしれないけれど、次の投薬まで気持ちが途切れないようにしてくれたのは救いだった。
翌週、木曜。
家族に先週と同じ言い訳をして、オレは相殺堂へとやってきた。
お泊りは二度目だが、マルカさんの車を降り、建物を見上げる瞬間の緊張感は変わりない。
ジギタリスは、今日も黙って色鮮やかに佇んでいた。
白い部屋に入り、先週と同じように健康診断を受ける。
特に異常はなし。滞りなく一日が過ぎ、さらに翌日もなにごともなく過ぎた。
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