毒と薬の相殺堂

urada shuro

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第七章

マルチューと違和感(1)

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 家に帰り着いたのは、夕方だった。

「ただいまー……」

つぶやきながら、玄関に上がる。日曜ということもあり、三和土には父親の靴もあった。母親が居間から出てきて、「あれっ、どうしたの?」と声をかけてくる。目が丸い。伝えていた予定より一日早く帰って来た息子に、驚いたようだ。

 あれからオレは、競輪場の近くの駅から、電車を乗りついで自宅の最寄り駅まで帰った。家族に迎えを頼む電話をかけて話すのも面倒で、駅から徒歩十分の自宅までの道のりは、自力で歩いてきたのだ。
 だから、疲れた。だるい。もう、部屋で休みたい。

「友達に急な仕事が入ったから、早く帰ってきただけ。近所まで、車で送ってもらった」

 最もらしい言い訳を考えるのも億劫で、いかにも説明的なセリフで切り抜ける。

 園ちゃん、子供できて結婚するんだって。

 そんなことは、もちろん教える気にもならない。

 自室に戻り、ベッドに寝転がる。相殺堂のベッドよりもふとんが柔らかく、背中にすっと馴染んできた。安息の地を得た気だるい身体が、ほっと息をついている。

 ただ……空気はよくない。ここは落ち着く場所であるけれど、落ち込む場所でもあるからだ。
 この数か月、オレはここで何度となく心の苦悩を吐露してきた。その負の感情が滞っているんだろうか。目には見えないけれど、重苦しい空気を肌で感じる。

 オレは寝たまま手を伸ばし、ベッドの脇に置いたバッグを探った。駅で買った水を飲むためだ。なんだか、妙に喉が渇く。

 ペットボトルを探り当てる前に、指先が固い小さなものに触れた。
 ……なんだ、これ? 取り出し、確認して溜め息が出る。
 爪切りだ。社長から借りたものを、持って帰ってきちゃったのか……。
 苛立ちながら、ふっとあることに気がついた。爪切りを握る指先を、じっと見つめてみる。

 そういえば……今回は爪、伸びてないんだな。

 薬の効果というのは、その時の体調によっても変わるとどこかの真面目なサイトに書いてあったっけ。副作用も、しかりだ。出るも出ないも、そのとき次第ってことなんだろうか。

 そこまで考えて、オレは顔をしかめた。爪切りを枕元に置き、タオルケットを握り締める。
 今さら、なにを終わったことを掘り返してるんだ。もう、どうでもいいだろうが。

 しかし、そう思ったところでオレの頭はそんなに有能ではない。一旦考え始めてしまったことをぱっとは切り替えられず、ずるずると思考が引きずり込まれていくのを止められない。

 君縞さん、オレにショック症状が出た原因を、薬の蓄積とか量が多すぎたとか言ってたな。
 てことは、あの新薬はそもそも、身体が受け入れられる量が決まっていたってこと? オレはその量を越えたから、ショック症状が出たという意味か?

 舌打ちをして、寝返る。
 なんでそれ、オレに新薬が投与される前に判明してなかったんだよ。確か、社長を含めて3人の人間で新薬を試したって言ってたよな。本来ならその時、投与できる量が決まっていると気がつくべきだろ。だって、そういうことを知るために、実験をするんでしょ?

 じゃあ……実験段階から、ミスがあった可能性があるってこと……?

 再び、溜息が出た。仰向けになり、ぼんやり天井を見上げる。
 ……仕方ないのか。だってあの新薬は、あくまでも試験段階だったんだから。

 創薬というのは、途方もない時間を要するものだということはオレももう知っている。あの薬は、まだ、その途中なんだ。だから、こうなったのもなにも不自然ではないのか。
 
 悔しいな。材料さえあれば、この先もっと、研究が進められたはずなのに。
 そしたらオレも、まだ希望を持てたかもしれないのに――……

 延々と思い悩んでいるうち、夕飯の時間になった。母親に呼ばれ、一階へと向かう。
 まだ気だるいし食欲もないけれど、拒否するとまた心配をかけるから顔は出さなければ。
 重たい気持ちで階段を下りる。そして、オレの目はある一点に釘付けになった。

 わが家は階段を下りたところに玄関がある。その玄関の靴箱の上に、花瓶に生けられた花が数本飾られていた。赤い花と、白い花だ。
 オレが注目したのは、白い花弁が五枚ある、丸い形の花だった。
 一目見て、相殺堂の研究室で見たあの花――写真立てに飾られていた写真に写されていた、新薬の原料になった花に似ていると思ったのだ。

 花瓶を抱え、母親のもとへ急ぐ。廊下まで、揚げ物の匂いが漂っていた。台所のテーブルの上に並べられた家族と同じ数の皿には、切られたとんかつと千切りキャベツが乗っていた。

「ねえ、この花、どうしたの?!」
「え……? なあに、急に」

 のん気な顔で、棚から小皿を出しながら母親がふり向く。オレは花瓶を突き出した。
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