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第八章
毒と薬(2)
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困惑するオレを見上げ、君縞さんが肩をすくめる。
「風音寺くんに恨みなんてないよ。僕はね、あの新薬が欲しかっただけなんだ」
「え……?」
「きみも知っているでしょう? あの新薬は、新種と思われる植物の新種の毒由来なんですよ。僕はそのことを、数か月前に鈍原さんから聞いたんです。風音寺くんの投薬計画の協力を頼まれた時にね。僕としては新薬の原料となった植物を――その新種の毒をぜひとも譲っていただきたかったんですが……鈍原さんに聞けば、全てを新薬のために使ってしまったと言うじゃないですか。だから、せめて、その毒由来の薬だけでもコレクションしたいと思って、風音寺くんの投薬計画に協力することにしたんです」
「……そ、それって……はじめから新薬を奪うために、協力したってことですか?」
「はい。ああ、でも一応、はじめに鈍原さんには相談したんですよ? 少しでいいので、新薬を譲ってもらえませんかって。でも、断られてしまったので、こうするしかなかったんです。だって、あの薬はずっと鈍原さんがケースごと抱えていたでしょう? こっそり少しだけ拝借する隙もなかったんだよ。毎週ね、きみに投薬を行うたびに減っていく薬を見ていたら、どうしても我慢できなくなって……昨日、作戦を実行したんだ」
……なんだ、それ……?!
身勝手な犯行動機にまったく共感できず、オレは呆然とした。
そんなことのために、オレの気持ちは、身体はふり回されたっていうのか……?!
ふるえる両手を握り締める。普通の顔で淡々と話す君縞さんに、異様に腹が立つ。
「……ふざけんな!!」
静まっていた部屋に、怒号が響いた。オレは驚いて身体を縮める。
え……?! い、今のって……オレの心の声が勝手に漏れたわけじゃ、ないよな……?
恐る恐る、声のしたほうにふり返る。
首を限界までひねる前に、後ろにいたマルカさんが、すっとオレの横に出た。手には小型のナイフが握られている。その切っ先は、君縞さんの顔面に向けられた。
「薬はコレクションされるために作るんじゃねえ、人を助けるために作るんだ! 使わねえと、意味がねえんだよ! そんなことも分かんねえで、なにが医者だ、この童貞野郎がぁっ!!」
仁王立ちで目を剥いて顎を上げ、ドスのきいた声を君縞さんに浴びせる。
オレは目を点にした。君縞さんも同様だ。恐怖を抱くというよりも、呆気に取られているように見える。
普段異常なほどに丁寧な口調のマルカさんが、こんなに豹変するなんて。
頼もしいような、これが本性だとしたら若干残念なような……
考えているうちに、マルカさんは姿勢を正し、見慣れたサイボーグ面になった。
「……社長がこの場に居たら、そう言ったはずです。新薬を返して下さい」
今度は冷静に、冷たい瞳で君島さんを見ている。さっきのは、単に社長のモノマネだったようだ。オレは密かにほっとした。そして今さらながら、怒りに同調する。
「マルカさん、代わります」
ズボンのポケットからアウトドア用のナイフを出し、君縞さんの横顔に向けた。
話し合いの前に、この展開になってしまったのは随分と手荒い。しかし、新薬奪還のためだ。後手に回るよりは、たぶんマシだと思うし。
マルカさんは「でも」と躊躇をした。理由はわかる。オレの体調を気にしているのだ。
頼りなくて、ごめん。
それでもこんな危険な役を、マルカさんにやらせるわけにはいかない。
これは、オレの闘いなんだ。オレが気持ちを、身体を使わないでどうする。
「まだ、大丈夫だから」
顔を寄せ、ささやく。マルカさんは一瞬悩ましげな表情をしたあと、渋々ナイフを下げた。
君縞さんが、深く息を吐く。
「……わかったよ、返します。だから、もう少しお手柔らかにお願いできますか?」
オレは突き付けていたナイフを少しだけ引いた。君縞さんが立ち上がり、ドアのすぐ横の壁に向かって歩き出す。そのあとを、オレはナイフを持ったまま付いていく。
君縞さんは、ちょうど目線の高さにある小さなヘビの入った水槽を壁の棚から下ろした。
水槽が下ろされた壁の奥には、相殺堂にもあった冷蔵庫に似た小型のケースが置かれている。君縞さんがそれを取り出し、扉を開ける。中には、透明の液体が少量入った小さな瓶がひとつだけぽつんと入っていた。
「……これが、あの新薬ですか? 本当に?」
「ここまできたら、うそはつかないよ。僕だって、刺されたくないからね」
オレは恐々、ケースのなかに手を伸ばす。人差し指と中指の先が、小瓶に触れるか触れないかの瞬間だ。君縞さんが一歩、自らオレに近づいた。
えっ、と思ったと同時に、右手で構えていたナイフの先端が彼の胸を突きそうになる。オレは焦って、身体ごと仰け反った。
あああああっぶねっ……! 刺さっちゃうとこだった……!
その隙を、君縞さんは逃さなかった。腕を強く払われ、その拍子にナイフが落ちる。目が、無意識にそれを追ってしまった。
その僅かな時間、あっという間に、君縞さんがオレの背後に回る。右腕を後手にひねりあげられ、電流のような痛みが走った。思わず、ひざが折れる。
「風音寺さん!」
叫びながらこちらに駆け寄るマルカさんを、君縞さんが「近づかないで!」と大声で制す。マルカさんはびくりと身体をふるわせ、オレから二メートル弱離れた場所で動きを止めた。
「風音寺くんに恨みなんてないよ。僕はね、あの新薬が欲しかっただけなんだ」
「え……?」
「きみも知っているでしょう? あの新薬は、新種と思われる植物の新種の毒由来なんですよ。僕はそのことを、数か月前に鈍原さんから聞いたんです。風音寺くんの投薬計画の協力を頼まれた時にね。僕としては新薬の原料となった植物を――その新種の毒をぜひとも譲っていただきたかったんですが……鈍原さんに聞けば、全てを新薬のために使ってしまったと言うじゃないですか。だから、せめて、その毒由来の薬だけでもコレクションしたいと思って、風音寺くんの投薬計画に協力することにしたんです」
「……そ、それって……はじめから新薬を奪うために、協力したってことですか?」
「はい。ああ、でも一応、はじめに鈍原さんには相談したんですよ? 少しでいいので、新薬を譲ってもらえませんかって。でも、断られてしまったので、こうするしかなかったんです。だって、あの薬はずっと鈍原さんがケースごと抱えていたでしょう? こっそり少しだけ拝借する隙もなかったんだよ。毎週ね、きみに投薬を行うたびに減っていく薬を見ていたら、どうしても我慢できなくなって……昨日、作戦を実行したんだ」
……なんだ、それ……?!
身勝手な犯行動機にまったく共感できず、オレは呆然とした。
そんなことのために、オレの気持ちは、身体はふり回されたっていうのか……?!
ふるえる両手を握り締める。普通の顔で淡々と話す君縞さんに、異様に腹が立つ。
「……ふざけんな!!」
静まっていた部屋に、怒号が響いた。オレは驚いて身体を縮める。
え……?! い、今のって……オレの心の声が勝手に漏れたわけじゃ、ないよな……?
恐る恐る、声のしたほうにふり返る。
首を限界までひねる前に、後ろにいたマルカさんが、すっとオレの横に出た。手には小型のナイフが握られている。その切っ先は、君縞さんの顔面に向けられた。
「薬はコレクションされるために作るんじゃねえ、人を助けるために作るんだ! 使わねえと、意味がねえんだよ! そんなことも分かんねえで、なにが医者だ、この童貞野郎がぁっ!!」
仁王立ちで目を剥いて顎を上げ、ドスのきいた声を君縞さんに浴びせる。
オレは目を点にした。君縞さんも同様だ。恐怖を抱くというよりも、呆気に取られているように見える。
普段異常なほどに丁寧な口調のマルカさんが、こんなに豹変するなんて。
頼もしいような、これが本性だとしたら若干残念なような……
考えているうちに、マルカさんは姿勢を正し、見慣れたサイボーグ面になった。
「……社長がこの場に居たら、そう言ったはずです。新薬を返して下さい」
今度は冷静に、冷たい瞳で君島さんを見ている。さっきのは、単に社長のモノマネだったようだ。オレは密かにほっとした。そして今さらながら、怒りに同調する。
「マルカさん、代わります」
ズボンのポケットからアウトドア用のナイフを出し、君縞さんの横顔に向けた。
話し合いの前に、この展開になってしまったのは随分と手荒い。しかし、新薬奪還のためだ。後手に回るよりは、たぶんマシだと思うし。
マルカさんは「でも」と躊躇をした。理由はわかる。オレの体調を気にしているのだ。
頼りなくて、ごめん。
それでもこんな危険な役を、マルカさんにやらせるわけにはいかない。
これは、オレの闘いなんだ。オレが気持ちを、身体を使わないでどうする。
「まだ、大丈夫だから」
顔を寄せ、ささやく。マルカさんは一瞬悩ましげな表情をしたあと、渋々ナイフを下げた。
君縞さんが、深く息を吐く。
「……わかったよ、返します。だから、もう少しお手柔らかにお願いできますか?」
オレは突き付けていたナイフを少しだけ引いた。君縞さんが立ち上がり、ドアのすぐ横の壁に向かって歩き出す。そのあとを、オレはナイフを持ったまま付いていく。
君縞さんは、ちょうど目線の高さにある小さなヘビの入った水槽を壁の棚から下ろした。
水槽が下ろされた壁の奥には、相殺堂にもあった冷蔵庫に似た小型のケースが置かれている。君縞さんがそれを取り出し、扉を開ける。中には、透明の液体が少量入った小さな瓶がひとつだけぽつんと入っていた。
「……これが、あの新薬ですか? 本当に?」
「ここまできたら、うそはつかないよ。僕だって、刺されたくないからね」
オレは恐々、ケースのなかに手を伸ばす。人差し指と中指の先が、小瓶に触れるか触れないかの瞬間だ。君縞さんが一歩、自らオレに近づいた。
えっ、と思ったと同時に、右手で構えていたナイフの先端が彼の胸を突きそうになる。オレは焦って、身体ごと仰け反った。
あああああっぶねっ……! 刺さっちゃうとこだった……!
その隙を、君縞さんは逃さなかった。腕を強く払われ、その拍子にナイフが落ちる。目が、無意識にそれを追ってしまった。
その僅かな時間、あっという間に、君縞さんがオレの背後に回る。右腕を後手にひねりあげられ、電流のような痛みが走った。思わず、ひざが折れる。
「風音寺さん!」
叫びながらこちらに駆け寄るマルカさんを、君縞さんが「近づかないで!」と大声で制す。マルカさんはびくりと身体をふるわせ、オレから二メートル弱離れた場所で動きを止めた。
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