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第八章
毒と薬(1)
しおりを挟む相殺堂から車を走らせること、約ニ十分。
君縞邸は、田園風景の広がる郊外にあった。住宅地から少し離れた場所にある、庭付きの真新しい一軒家だ。道路に面した一階の部屋には、明かりが灯っている。
「窓から、忍び込みましょう。正面突破では、どうせ開けてはもらえないと思います」
「ま、まあまあ……まだ、君縞さんがなんかやったって決まったわけじゃないんだし……」
オレはいきり立つマルカさんをなだめ、ふるえる指でインターホンを押した。
頭には、「あの君縞さんが、まさか」という気持ちと、自分の身体のためには「裏があって欲しい」という思いが交錯している。
カメラ付きのインターホンから君縞さんの声が聞こえたのは、十数秒後のことだ。
「……風音寺くん? 弓枝木さんも……どうしたんですか? こんなところまで」
「はい。あの……ちょっと君縞さんに、お話があって」
オレがそう言うと、「わかりました。今開けます」と即座に返された。
しばらくしてドアが開き、微笑む君縞さんが現れる。白衣ではなく、Yシャツにパンツというラフな姿だ。「まあ、上がって下さい」と言いながらオレたちに背を向け、廊下を進んでいく。
君縞さん、いたって普通に見えるな。しかもこんなにあっさり家に入れるなんて、やっぱりやましいことはないってことか……?
勘ぐりつつ、マルカさんとついていく。通された廊下の突き当りの部屋に入るなり、オレは言葉を失った。
二十畳ほどの広さの部屋の壁に、ペットショップの熱帯魚売り場のように水槽がたくさん並んでいたのだ。その中には、大小さまざまな何匹ものヘビやトカゲ、大きな蜘蛛などがいた。水の張った水槽もあり、クラゲやヒトデ、見たことのない魚もいる。
「こ、これ……」
「これ……? ああ、水槽の彼らのことですか? 彼らは、僕の友人達です。みんな、毒を持っているんですよ。可愛いでしょう?」
君縞さんは恋する乙女のごとく、頬を染めて破顔する。それを見て、オレの顔は強張った。
みんな毒を持ってる、って……ど、毒蛇って飼っていいんだっけ……?!
やばい。やっぱこの人、「やばいやつ」じゃん。社長といい勝負、いや、もしかしたらそれ以上かも……。
「さあ、どうぞ。座って下さい」
君縞さんは部屋の中央に置かれたソファに腰かけ、その向かい側のソファを勧めてくる。
座りたい。
車内にいた時よりも、オレの身体は気だるさを増していた。しかし、ソファの側までは行ったものの、実際、座る気にはなれなかった。奇妙な空間に身を置いているなんともいえない恐怖が、それを拒んだのだ。君縞さんからマルカさんを隠すように立ち、彼を見下ろした。
「あの……君縞さん。単刀直入に聞きます。昨日のことなんですけど……」
オレはさっきマルカさんから聞いた、新薬投薬時に関しての推理を話しはじめる。
信じがたいことに、聞き終った君縞さんは、「バレちゃいましたか」とあっさりと犯行を認めた。
マルカさんの推理通り、玄関に置かれていたケージからマルチューを連れ出し、タイミングを見計らって白い部屋に逃がして、みんなの目を逸らしたところで注射器を交換したという。
「ネズミを部屋に逃がすのは、気が進まなかったんだけど……まあ、その場に馴染んだものを利用するのが一番自然だと思ったし、弓枝木さんがすぐに捕まえてくれることを期待して、思い切ってみたんだよ。期待通りに動いてくれて、感謝してます」
君縞さんはオレのうしろを――マルカさんを見ながら、穏やかな瞳でふっと笑った。
「そういえば、鈍原さんはどうしたんですか? ここまでわかっているなら、あの人が一番に殴り込んでくるはずなのに……いないということは、来られない事情があるのかな? それとも、なにかの作戦か……」
オレもマルカさんも、なにも答えなかった。君縞さんが、目を細めてうなずく。
「僕に教える気はない、ってことかな……まあ、それはそうだろうね。あ、それと……安心して下さい。あのとき風音寺くんに注入したのは、麻酔薬だからね。おかしなものは使ってないよ。僕は医者です。人を殺めるようなまねは、絶対にしませんから」
「で、でもなんで注射器のすり替えなんて……オレに、なんの恨みがあるんですか?!」
頭が、くらくらする。怒りとも恐怖ともつかない感情が、胸に込み上げた。
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