毒と薬の相殺堂

urada shuro

文字の大きさ
42 / 51
第八章

毒と薬(1)

しおりを挟む




 相殺堂から車を走らせること、約ニ十分。
 君縞邸は、田園風景の広がる郊外にあった。住宅地から少し離れた場所にある、庭付きの真新しい一軒家だ。道路に面した一階の部屋には、明かりが灯っている。

「窓から、忍び込みましょう。正面突破では、どうせ開けてはもらえないと思います」
「ま、まあまあ……まだ、君縞さんがなんかやったって決まったわけじゃないんだし……」

 オレはいきり立つマルカさんをなだめ、ふるえる指でインターホンを押した。
 頭には、「あの君縞さんが、まさか」という気持ちと、自分の身体のためには「裏があって欲しい」という思いが交錯している。

 カメラ付きのインターホンから君縞さんの声が聞こえたのは、十数秒後のことだ。

「……風音寺くん? 弓枝木さんも……どうしたんですか? こんなところまで」
「はい。あの……ちょっと君縞さんに、お話があって」

 オレがそう言うと、「わかりました。今開けます」と即座に返された。
 しばらくしてドアが開き、微笑む君縞さんが現れる。白衣ではなく、Yシャツにパンツというラフな姿だ。「まあ、上がって下さい」と言いながらオレたちに背を向け、廊下を進んでいく。

 君縞さん、いたって普通に見えるな。しかもこんなにあっさり家に入れるなんて、やっぱりやましいことはないってことか……?

 勘ぐりつつ、マルカさんとついていく。通された廊下の突き当りの部屋に入るなり、オレは言葉を失った。

 二十畳ほどの広さの部屋の壁に、ペットショップの熱帯魚売り場のように水槽がたくさん並んでいたのだ。その中には、大小さまざまな何匹ものヘビやトカゲ、大きな蜘蛛などがいた。水の張った水槽もあり、クラゲやヒトデ、見たことのない魚もいる。

「こ、これ……」
「これ……? ああ、水槽の彼らのことですか? 彼らは、僕の友人達です。みんな、毒を持っているんですよ。可愛いでしょう?」

 君縞さんは恋する乙女のごとく、頬を染めて破顔する。それを見て、オレの顔は強張った。
 
 みんな毒を持ってる、って……ど、毒蛇って飼っていいんだっけ……?! 
 やばい。やっぱこの人、「やばいやつ」じゃん。社長といい勝負、いや、もしかしたらそれ以上かも……。

「さあ、どうぞ。座って下さい」

 君縞さんは部屋の中央に置かれたソファに腰かけ、その向かい側のソファを勧めてくる。

 座りたい。

 車内にいた時よりも、オレの身体は気だるさを増していた。しかし、ソファの側までは行ったものの、実際、座る気にはなれなかった。奇妙な空間に身を置いているなんともいえない恐怖が、それを拒んだのだ。君縞さんからマルカさんを隠すように立ち、彼を見下ろした。

「あの……君縞さん。単刀直入に聞きます。昨日のことなんですけど……」

 オレはさっきマルカさんから聞いた、新薬投薬時に関しての推理を話しはじめる。
 信じがたいことに、聞き終った君縞さんは、「バレちゃいましたか」とあっさりと犯行を認めた。

 マルカさんの推理通り、玄関に置かれていたケージからマルチューを連れ出し、タイミングを見計らって白い部屋に逃がして、みんなの目を逸らしたところで注射器を交換したという。

「ネズミを部屋に逃がすのは、気が進まなかったんだけど……まあ、その場に馴染んだものを利用するのが一番自然だと思ったし、弓枝木さんがすぐに捕まえてくれることを期待して、思い切ってみたんだよ。期待通りに動いてくれて、感謝してます」

 君縞さんはオレのうしろを――マルカさんを見ながら、穏やかな瞳でふっと笑った。

「そういえば、鈍原さんはどうしたんですか? ここまでわかっているなら、あの人が一番に殴り込んでくるはずなのに……いないということは、来られない事情があるのかな? それとも、なにかの作戦か……」

 オレもマルカさんも、なにも答えなかった。君縞さんが、目を細めてうなずく。

「僕に教える気はない、ってことかな……まあ、それはそうだろうね。あ、それと……安心して下さい。あのとき風音寺くんに注入したのは、麻酔薬だからね。おかしなものは使ってないよ。僕は医者です。人を殺めるようなまねは、絶対にしませんから」
「で、でもなんで注射器のすり替えなんて……オレに、なんの恨みがあるんですか?!」

 頭が、くらくらする。怒りとも恐怖ともつかない感情が、胸に込み上げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...