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第七章
マルチューと違和感(4)
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「よく、手品などで見られるテクニックです。マルチューに我々の目を向けさせることで、その間に彼はなにかを成し遂げたかった。わたしはそう推測します」
「な、『なにか』、って?」
「騒ぎのあった当時、彼の手には新薬の入った注射器が握られていました。その状況と、風音寺さんの伸びなかった爪、さらに注入時の痛みの軽減を踏まえて考えれば――おそらく、注射器のすり替え、ではないでしょうか」
「すり替え?!」
「はい。あのとき風音寺さんに注入されたのは、社長の作った新薬ではなく、すり替えられた別のものであるということです」
オレは呆気に取られた。だってこんなサスペンスドラマみたいな推理、現実味がない。
「投薬後の状況にも気になる点があるんです。あの時、風音寺さんが気を失ってしまい、それを見た社長が取り乱しました。するとすかさず、君縞先生はわたしに指示を出したんです。処置の妨げになっては困るので、社長を部屋から連れて出てくれ、と。そこから、わたしと社長はずっと別室にいました。ですから、風音寺さんの容態を直接確かめたわけではないのです。脈拍の乱れも、心電図の状態も、すべて君縞先生ひとりで確認しただけなのです」
「えぇ……? 待って、どういうこと? それはつまり、オレがショック状態になったっていう証拠がないってことですか? でも、オレはホントに気を失ってましたよ?」
「それはおそらく、実際に注入されたものの影響だと考えられます。それがなにかは、特定できませんが……麻酔の類なら、あの状況を作ることは可能にも思えますし」
怖すぎる推理に、一瞬、全身がぞわりとする。それが本当なら、オレにとってはただ事ではない。謎の物質が、体内に入っているなんて。でも、なあ……。
眉をひそめて、後頭部を掻く。推理の筋立てはできていると思うけど、合点がいかないのだ。
「……なんで? 君縞さんが、なんでそんなことしなきゃなんないんですか?」
「わたしにも、わかりません。ただ、彼が怪しい行動をとったのは事実です。なんらかの理由で、風音寺さんへの投薬計画を失敗させたようとした疑いはぬぐえません」
「だから、なんの目的で?! あの人、すげえ優しかったじゃないですか。そんな憶測、オレは信じられませんよ」
「わたしも、そうです。ですから、それを確かめに、彼に会いに行ってきます」
「え……?! 会いに……って、相殺堂に戻るってことですか?」
「いいえ。彼は今日の昼過ぎ、相殺堂をあとにしました。その後電話も繋がらず、現在の所在はわかりませんが、自宅の住所を知っていますのでそちらに向かおうと思います。その前に、風音寺さんはお家にお送りします」
切っていたエンジンを、再びマルカさんがかける。オレはとっさに、彼女の腕を掴んだ。
「ダメですよ、そんなの。マルカさんを行かせるくらいなら、オレが行きます」
咎めるような真面目な眼差しを、マルカさんに向ける。
いくら相手が君縞さんでも、男の家に女性ひとりで乗り込むなんて冗談じゃない。
第一、当事者はオレだ。もし本当にこの件に関して隠された裏側が存在し、それを暴く役割が必要ならば、選ばれるべきはオレだろう。
マルカさんは、困ったような顔をした。しかしすぐに、強い眼差しをオレに向ける。
「いいえ、わたしが行きます。風音寺さんが行って、もしその場で重い倦怠感に襲われたらどうするつもりですか。すでに今も、体調はそれほどよくないのでしょう?」
「えっ……そ、それは……」
「わたしはここ数か月、ずっと風音寺さんを見てきました。それくらい、声色でわかりますよ」
オレはばつが悪いような、理解してもらえて嬉しいような複雑な思いで口をつぐんだ。
確かに、今日は無理をした。倦怠感は今も感じるし、これからもっと悪くなる可能性もある。
「……じゃあ、君縞さんの家までオレを車で送ってもらって、マルカさんは車内で待っていてもらえますか? 話は、オレが聞いてきますから」
「いいえ、わたしも彼に会います。社長と風音寺さんをどん底に陥れた理由を、わたしは知る権利があります。どんな手を使ってでも問い詰めて、吐かせます」
暗がりのなか、マルカさんの見開かれた瞳が爛爛と光る。味方ながら、ゾッとした。
「それに……わたしには、新薬の奪還という使命もありますので」
「え?」
「注射器がすり替えられたのならば、あの新薬は使われなかったということです。証拠隠滅のためすでに処分済みとも予想されますが、そうでないのなら絶対に奪い返します。あの薬は、社長の魂です。それにもし、予定通りに新薬の投与が行われていたのなら、今ごろ風音寺さんの身体には効果が出ていたかもしれないのですから」
「……!」
そうか、そんな可能性もあるんだ……!
まだオレには、あの新薬に賭ける希望があるかもしれないんだ。それなら、是が非でも真実を確かめなければ。俄然、行く気になってきた。
短い話し合いの末、オレたちは、二人で行くのが一番無難だと結論を出した。マルカさんを連れて行くのは合意しがたいけれど、本人が引いてくれないから仕方がない。
頭をフル回転させ、ありとあらゆる事態を想定してみる。
とりあえず、一応、護身用に武器とかいるのか? あとは、ええと……。
新薬のことを考えれば、悩んでいる時間はない。しかし丸腰では危険すぎる。時間は食うけれど、一旦相殺堂に戻って準備を済ませるしかなかった。
オレはポケットに、マルカさんは斜め掛けのバッグに、必要となりそうな荷物を詰め込んだ。それからオレたちは、マルカさんの車で君縞さんの自宅へと向かったのだった。
「な、『なにか』、って?」
「騒ぎのあった当時、彼の手には新薬の入った注射器が握られていました。その状況と、風音寺さんの伸びなかった爪、さらに注入時の痛みの軽減を踏まえて考えれば――おそらく、注射器のすり替え、ではないでしょうか」
「すり替え?!」
「はい。あのとき風音寺さんに注入されたのは、社長の作った新薬ではなく、すり替えられた別のものであるということです」
オレは呆気に取られた。だってこんなサスペンスドラマみたいな推理、現実味がない。
「投薬後の状況にも気になる点があるんです。あの時、風音寺さんが気を失ってしまい、それを見た社長が取り乱しました。するとすかさず、君縞先生はわたしに指示を出したんです。処置の妨げになっては困るので、社長を部屋から連れて出てくれ、と。そこから、わたしと社長はずっと別室にいました。ですから、風音寺さんの容態を直接確かめたわけではないのです。脈拍の乱れも、心電図の状態も、すべて君縞先生ひとりで確認しただけなのです」
「えぇ……? 待って、どういうこと? それはつまり、オレがショック状態になったっていう証拠がないってことですか? でも、オレはホントに気を失ってましたよ?」
「それはおそらく、実際に注入されたものの影響だと考えられます。それがなにかは、特定できませんが……麻酔の類なら、あの状況を作ることは可能にも思えますし」
怖すぎる推理に、一瞬、全身がぞわりとする。それが本当なら、オレにとってはただ事ではない。謎の物質が、体内に入っているなんて。でも、なあ……。
眉をひそめて、後頭部を掻く。推理の筋立てはできていると思うけど、合点がいかないのだ。
「……なんで? 君縞さんが、なんでそんなことしなきゃなんないんですか?」
「わたしにも、わかりません。ただ、彼が怪しい行動をとったのは事実です。なんらかの理由で、風音寺さんへの投薬計画を失敗させたようとした疑いはぬぐえません」
「だから、なんの目的で?! あの人、すげえ優しかったじゃないですか。そんな憶測、オレは信じられませんよ」
「わたしも、そうです。ですから、それを確かめに、彼に会いに行ってきます」
「え……?! 会いに……って、相殺堂に戻るってことですか?」
「いいえ。彼は今日の昼過ぎ、相殺堂をあとにしました。その後電話も繋がらず、現在の所在はわかりませんが、自宅の住所を知っていますのでそちらに向かおうと思います。その前に、風音寺さんはお家にお送りします」
切っていたエンジンを、再びマルカさんがかける。オレはとっさに、彼女の腕を掴んだ。
「ダメですよ、そんなの。マルカさんを行かせるくらいなら、オレが行きます」
咎めるような真面目な眼差しを、マルカさんに向ける。
いくら相手が君縞さんでも、男の家に女性ひとりで乗り込むなんて冗談じゃない。
第一、当事者はオレだ。もし本当にこの件に関して隠された裏側が存在し、それを暴く役割が必要ならば、選ばれるべきはオレだろう。
マルカさんは、困ったような顔をした。しかしすぐに、強い眼差しをオレに向ける。
「いいえ、わたしが行きます。風音寺さんが行って、もしその場で重い倦怠感に襲われたらどうするつもりですか。すでに今も、体調はそれほどよくないのでしょう?」
「えっ……そ、それは……」
「わたしはここ数か月、ずっと風音寺さんを見てきました。それくらい、声色でわかりますよ」
オレはばつが悪いような、理解してもらえて嬉しいような複雑な思いで口をつぐんだ。
確かに、今日は無理をした。倦怠感は今も感じるし、これからもっと悪くなる可能性もある。
「……じゃあ、君縞さんの家までオレを車で送ってもらって、マルカさんは車内で待っていてもらえますか? 話は、オレが聞いてきますから」
「いいえ、わたしも彼に会います。社長と風音寺さんをどん底に陥れた理由を、わたしは知る権利があります。どんな手を使ってでも問い詰めて、吐かせます」
暗がりのなか、マルカさんの見開かれた瞳が爛爛と光る。味方ながら、ゾッとした。
「それに……わたしには、新薬の奪還という使命もありますので」
「え?」
「注射器がすり替えられたのならば、あの新薬は使われなかったということです。証拠隠滅のためすでに処分済みとも予想されますが、そうでないのなら絶対に奪い返します。あの薬は、社長の魂です。それにもし、予定通りに新薬の投与が行われていたのなら、今ごろ風音寺さんの身体には効果が出ていたかもしれないのですから」
「……!」
そうか、そんな可能性もあるんだ……!
まだオレには、あの新薬に賭ける希望があるかもしれないんだ。それなら、是が非でも真実を確かめなければ。俄然、行く気になってきた。
短い話し合いの末、オレたちは、二人で行くのが一番無難だと結論を出した。マルカさんを連れて行くのは合意しがたいけれど、本人が引いてくれないから仕方がない。
頭をフル回転させ、ありとあらゆる事態を想定してみる。
とりあえず、一応、護身用に武器とかいるのか? あとは、ええと……。
新薬のことを考えれば、悩んでいる時間はない。しかし丸腰では危険すぎる。時間は食うけれど、一旦相殺堂に戻って準備を済ませるしかなかった。
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