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第七章
マルチューと違和感(3)
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マルカさんはそれを受けとり、じっと白い花を見つめる。
「……違います。花の形状はそれなりに似ていますが、葉の形が全く異なります」
「えっ……」
まさかの言葉に、硬直する。
う、うそ……?! 間違えた…………?!
マルカさんは、無表情でオレをじっと見ている。冷や汗が背中を伝う。
ショックに加え、どうしたらいいんだ、この空気。
オレは花瓶を隠すように抱え、そっと視線を逸らした。
「す……すみません……わざわざ来てもらったのに、その……」
「いいえ、構いません。風音寺さんがこうして、今でもあの新薬を信じてくれていたことを嬉しく思います」
「マルカさん……」
マルカさんは表情を緩めた後、ぐっと引き締まった顔付きになった。
「それに……実はわたしも、風音寺さんに確認したいことがありましたので」
「え……? なんですか? 体調なら、いつものだるさ以外、異常は感じませんけど……」
「そうですか。それは、よかったです。しかし……それとは別に、気になったことがあるのです。昨日の投薬のことなのですが……風音寺さん。過去二回の投薬と比べて、なにか、違いは感じなかったでしょうか」
違い……? 見上げるように、首をひねる。あったかな、そんなの……
「……あ。そういえば、さっきオレも気がついたんですけど、爪が伸びてないんですよね」
証拠を見せるように、右手を差し出す。マルカさんはその指先を凝視し、息をのむ。
「風音寺さん。あの時――三度目に新薬を注射した時、風音寺さんは叫びませんでしたよね。
あれは、なぜですか? 過去二回は、あんなに叫んでいたのに」
「えっ?! い、いやぁ、あれは……オレのポテンシャルが目覚めたというか、なんというか」
「過去二回とは、痛みが違った、ということはないですか?」
「痛みが違った……? なんですか、それ? どういう意味?」
「つべこべ言わず、思い出して下さい。先入観は捨て、感覚だけを」
か、感覚……? 確かに、オレはあのとき叫ばなかった。D、つまり性欲に気をとられたおかげだと思ってたけど……どうにか思い起こそうと、注射された腕を撫でてみる。
「……痛みの感覚自体は、過去二回の新薬投与時よりも、ましだったような……オレが、痛みに慣れたんですかね?」
マルカさんは厳しい表情で「いえ」とつぶやいた。
「わたしは、違うと思います。やはり、あの日はなにかおかしかったのだと」
「『おかしかった』?」
「はい。わたしが違和感を持ったきっかけは、マルチューです。改めて冷静に考えれば……あの日、仮にマルチューが玄関に置かれたケージから抜け出したとして、偶然あの部屋に入り込めたとは思い難くありませんか。あの部屋は、ドアを開け放していたわけではありません。そうなれば、誰かの入室時、ドアが開いた瞬間に入り込むしかない。いくら小さいとはいえ、入出者は足元に動くネズミがいて気がつかないものでしょうか」
「うーん……とりあえず、ベッドにいたオレは気づいたかもしれないですね。ドアが開けば、そっちを全体的に見ますから。なにか動けば、気になるはずだし」
「ええ。ですから、マルチューは誰かが意図的にあの部屋に放した。その可能性が高いと思うんです」
「え? なんのためにですか? 社長が、マルチューといたいから?」
「いえ。社長なら、ケージのまま自分の手でマルチューを連れてくるはずです。大切なマルチューをわざわざ逃がすようなことをするなんて、有り得ないと思います」
「あ、そりゃそうですね。でも、じゃあ誰が―――……」
考えるまでもない。オレとマルカさんと社長が違うなら、もう残るは一人だ。
「もしかして、君縞さん……?!」
マルカさんは浅くうなずいた。
「……違います。花の形状はそれなりに似ていますが、葉の形が全く異なります」
「えっ……」
まさかの言葉に、硬直する。
う、うそ……?! 間違えた…………?!
マルカさんは、無表情でオレをじっと見ている。冷や汗が背中を伝う。
ショックに加え、どうしたらいいんだ、この空気。
オレは花瓶を隠すように抱え、そっと視線を逸らした。
「す……すみません……わざわざ来てもらったのに、その……」
「いいえ、構いません。風音寺さんがこうして、今でもあの新薬を信じてくれていたことを嬉しく思います」
「マルカさん……」
マルカさんは表情を緩めた後、ぐっと引き締まった顔付きになった。
「それに……実はわたしも、風音寺さんに確認したいことがありましたので」
「え……? なんですか? 体調なら、いつものだるさ以外、異常は感じませんけど……」
「そうですか。それは、よかったです。しかし……それとは別に、気になったことがあるのです。昨日の投薬のことなのですが……風音寺さん。過去二回の投薬と比べて、なにか、違いは感じなかったでしょうか」
違い……? 見上げるように、首をひねる。あったかな、そんなの……
「……あ。そういえば、さっきオレも気がついたんですけど、爪が伸びてないんですよね」
証拠を見せるように、右手を差し出す。マルカさんはその指先を凝視し、息をのむ。
「風音寺さん。あの時――三度目に新薬を注射した時、風音寺さんは叫びませんでしたよね。
あれは、なぜですか? 過去二回は、あんなに叫んでいたのに」
「えっ?! い、いやぁ、あれは……オレのポテンシャルが目覚めたというか、なんというか」
「過去二回とは、痛みが違った、ということはないですか?」
「痛みが違った……? なんですか、それ? どういう意味?」
「つべこべ言わず、思い出して下さい。先入観は捨て、感覚だけを」
か、感覚……? 確かに、オレはあのとき叫ばなかった。D、つまり性欲に気をとられたおかげだと思ってたけど……どうにか思い起こそうと、注射された腕を撫でてみる。
「……痛みの感覚自体は、過去二回の新薬投与時よりも、ましだったような……オレが、痛みに慣れたんですかね?」
マルカさんは厳しい表情で「いえ」とつぶやいた。
「わたしは、違うと思います。やはり、あの日はなにかおかしかったのだと」
「『おかしかった』?」
「はい。わたしが違和感を持ったきっかけは、マルチューです。改めて冷静に考えれば……あの日、仮にマルチューが玄関に置かれたケージから抜け出したとして、偶然あの部屋に入り込めたとは思い難くありませんか。あの部屋は、ドアを開け放していたわけではありません。そうなれば、誰かの入室時、ドアが開いた瞬間に入り込むしかない。いくら小さいとはいえ、入出者は足元に動くネズミがいて気がつかないものでしょうか」
「うーん……とりあえず、ベッドにいたオレは気づいたかもしれないですね。ドアが開けば、そっちを全体的に見ますから。なにか動けば、気になるはずだし」
「ええ。ですから、マルチューは誰かが意図的にあの部屋に放した。その可能性が高いと思うんです」
「え? なんのためにですか? 社長が、マルチューといたいから?」
「いえ。社長なら、ケージのまま自分の手でマルチューを連れてくるはずです。大切なマルチューをわざわざ逃がすようなことをするなんて、有り得ないと思います」
「あ、そりゃそうですね。でも、じゃあ誰が―――……」
考えるまでもない。オレとマルカさんと社長が違うなら、もう残るは一人だ。
「もしかして、君縞さん……?!」
マルカさんは浅くうなずいた。
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